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【最新版】キャリア自律とは? 意味・定義から企業の支援方法・注意点まで解説
【最新版】キャリア自律とは?  意味・定義から企業の支援方法・注意点まで解説

【最新版】キャリア自律とは? 意味・定義から企業の支援方法・注意点まで解説

「優秀な若手の離職」や「形骸化する研修」――。多くの経営者が抱くこれらの悩みは、個人がキャリアを「自分のもの」と捉え始めた構造変化に対し、企業の仕組みが追いついていないことに起因します。

統計でも、正社員の約7割が自分で職業生活設計を考えていきたいと答える一方で、直近1年間にキャリアコンサルティングを受けた正社員は1割強にすぎません。(令和6年度能力開発基本調査」)自律意識は広がっているものの、企業内でキャリアを言語化し方向づける機会の整備は道半ばです。

本記事では、公的調査や論文に基づき、キャリア自律の定義から、経営者が直面する五つの懸念への回答、そして実効性のある支援施策までを論理的に整理していきます。

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目次

キャリア自律とは?  意味と定義

学術的・公的な定義

キャリア自律(Career Self-Reliance)という用語は、1990年代半ばに米国で提唱され始めた概念と言われています。国内では花田光世・宮地夕紀子・大木紀子(2003)などの研究で早くから扱われており、彼らはキャリア自律を「めまぐるしく変化する環境のなかで,自らのキャリア構築と継続的学習に取り組む、(個人の)生涯に渡るコミットメント」といった趣旨で論じています。この議論から整理できるポイントは以下の三つです。

  1. 環境適応:変化の激しい環境への対応を前提としている。
  2. 継続学習:単なる職務遂行だけでなく、学び続ける姿勢を含む。
  3. 長期的関与:単発の行動ではなく、生涯にわたるコミットメントである。

実務上の視点で見れば、キャリア自律とは「個人が自分の足で立ち続ける力」であると同時に、「組織が変化に柔軟に対応するための基盤」とも言い換えられます。企業がこの自律性を尊重し支援することは、結果として、組織全体のレジリエンス(適応力)を底上げすることにつながります。

「自律」と「自立」の違い

「キャリア自律」を正しく理解するうえで、混同されやすい「自律」と「自立」の使い分けを整理しておくことは有益です。人材開発の文脈では、一般に次のように区別されます。

 ☑︎自律:他者からの指示に依存せず、自身の価値観や判断基準に沿って行動を制御すること。周囲との関係性の中で、自らで選択し、調整していくプロセスを指します。
 ☑︎自立
:経済的、あるいは物理的な側面において、他者の支援や保護を必要とせず、自身の力で存立している状態を指します。

このように整理すると、キャリア自律とは「独力で完結すること(自立)」ではなく、「環境の変化を受け止めながら、自分の意思でキャリアの方向を決めていくこと」であると言えます。

経営層や人事にとっての示唆は、この支援が単なる「個人の放任」ではないという点です。個人が主体的な選択・決定を行えるよう、企業側が適切な情報や機会、制度といった「判断の土台」を整えることが、実効性のあるキャリア支援のあり方と考えられます。

キャリア自律が注目される背景

日本的雇用慣行の崩壊

新卒一括採用、終身雇用、年功序列を柱とした「会社主導のキャリア設計」は、社会構造の変化とともに転換期を迎えています。1990年代以降の成果主義の導入や、相次ぐ産業構造のシフトを経て、キャリア形成の主導権は企業から個人へと徐々に移行してきました。

現在はさらに、ジョブ型雇用の浸透、副業の普及、DX化によるスキル寿命の短縮といった要因が、この流れを加速させています。働き方の多様化や労働力人口の減少に直面する中で、企業が一人ひとりのキャリアを固定的に管理し続けることには限界が生じつつあります。

こうした背景を踏まえると、キャリア自律は一時的な流行ではなく、個人と企業が対等な関係で成果を出し続けるための、合理的かつ不可避なパラダイムシフトであると捉えるのが自然です。

個人と企業、双方の動きが加速している

冒頭で示したように、働く個人の側ではキャリアを「自分で考えたい」という意識が広がっています。これに対して、企業側の対応も加速しています。

厚生労働省「令和6年度能力開発基本調査」(2025年6月公表)によれば、自己啓発を実施した労働者の割合は36.8%(前回より2.4ポイント上昇)、正社員に限れば45.3%に達しました。

同調査では、キャリアコンサルティングのしくみを正社員に対して導入している事業所の割合も49.4%(前回より7.8ポイント上昇)と急伸しており、企業側のキャリア形成支援が一段と本格化していることがうかがえます。

ただし、個人の利用実態とのギャップは残ります。同調査では、直近1年間にキャリアコンサルティングを受けた労働者は全体で11.7%、正社員で13.9%、正社員以外では6.3%にとどまっています。

一方、受けた正社員のうち50.2%が「仕事に対する意識が高まった」と回答しており、機会さえあれば前向きな効果を生む施策です。企業側の制度整備が進む中で、いかに利用機会を広げるかが次の課題となります。

経営アジェンダ・国の政策としての位置づけ

キャリア自律は、もはや「人事の一施策」というレベルを超えて、会社全体で取り組むべき経営テーマになりつつあります。たとえば経済産業省の「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書(人材版伊藤レポート2.0)」では、人材戦略によって企業価値を高めていく「人的資本経営」が、経営の重要なテーマとして位置づけられています。

この報告書の中では、その人材戦略を支える具体的なポイントとして、「動的な人材ポートフォリオ」の設計・運用や、「リスキル・学び直し」の取り組みが詳しく説明されており、これらが中長期的な企業価値の向上に欠かせないとされています。

こうした人的資本経営の流れは、社員一人ひとりが自分の意思でキャリアを考え、学び続けていく「キャリア自律」を、個人だけの話ではなく、経営としてしっかり向き合うべきテーマとして捉え直す動きとも結びついています。

国レベルでも、「三位一体の労働市場改革」の提言を通じて、個人のリスキリング支援、個々の企業の実態に応じたジョブ型雇用の導入、そして成長分野への円滑な労働移動の実現が進められています。厚生労働省による「グッドキャリア企業アワード」などの表彰制度も、自律的なキャリア形成が組織の活力を生むという考えに基づいています。

経営戦略と人材戦略を連動させ、社員一人ひとりの専門性や意欲を最大化させるという視点に立てば、キャリア自律支援はもはや福利厚生ではありません。変化の激しい市場において、持続的に価値を創出し続けるための「攻めの経営行為」と位置づけるのが妥当です。

キャリア自律を企業が支援するメリット

企業による個人のキャリア自律支援は、単なる福利厚生ではなく、組織の競争力を高めるための「投資」です。研究知見が示す主なメリットは、以下の通りです。

第一に、組織コミットメントへの効果です。堀内泰利・岡田昌毅(2009)「キャリア自律が組織コミットメントに与える影響」では、キャリア自律が高い人ほど、自分のキャリアに「充実している」「うまくいっている」という感覚を持ちやすく、そのキャリアの充実感を通じて、結果的に会社へのコミットメントも高まりやすいことが示されています。

第二に、社員のパフォーマンスと意欲への効果です。パーソル総合研究所「従業員のキャリア自律に関する定量調査」(2021年)によれば、キャリア自律度の高い従業員は、本来の役割を超えた自主的な行動(周囲への支援、発案・提案)が多く、ワーク・エンゲイジメントや人生満足度も高い傾向があります。これらへの効果は、会社への満足度や愛着を高めることによる効果よりも大きいとされています。

第三に、人的資本経営との接続です。経済産業省「人材版伊藤レポート2.0」(2022年)は、社員エンゲージメントやリスキル・学び直し、社員一人ひとりの能力発揮が、人的資本経営の重要な視点として位置づけられています。キャリア自律支援は、まさにこうした要素を底上げする取り組みであり、人的資本の情報開示が求められるなかで、投資家や労働市場に対して「人への投資に本気で取り組んでいる会社だ」というメッセージにもなります。

このようにキャリア自律支援は、社員個人のためになるだけでなく、企業の組織力や人的資本の価値を高めるための、重要な経営投資だと言えます。

経営者が抱く五つの懸念と解決策

キャリア自律の支援を検討する際、現場でよく耳にするのは「離職が増えるのでは?」「投資効果は?」といった懸念です。統計や実証データが示す客観的な事実をもとに、判断のポイントをお伝えします。

懸念1「キャリア自律を支援したら、優秀な社員ほど辞めるのではないか?」

これは、経営やマネジメント層の根強い懸念です。しかし、株式会社NEWONEが20代~40代の会社員618名を対象に行った「キャリア自律とエンゲージメントに関する調査」では、「キャリア自律している人ほど、現職でキャリアアップできる間は離職せず留まる意向が見られる」「いずれの年代でも、キャリア自律していない人の方が現段階の退職意向が高い」という結果が報告されています。キャリア自律を高めることで、むしろ離職を抑えながらエンゲージメントを向上させることが可能です。

また、パーソル総合研究所「従業員のキャリア自律に関する定量調査」(2021年)でも、キャリア自律と転職意向のあいだに、全体として目立った関係は見られませんでした。つまり、「キャリア自律が高い人はすぐ辞めやすいというわけではない」という結果です。

ただし、この調査は大事なポイントも示しています。「自分は転職市場での価値が高い」と感じている人たちの中では、キャリア自律が高いほど転職意向も高く、特に20代でその傾向が強いということです。一方で、「自分の市場価値はまだ高くない」と感じている層では、キャリア自律が高い人ほど、むしろ今の会社で働き続けたい気持ちが強くなる傾向が見られました。キャリア自律度が高く市場価値が高い層は社外にも多くの選択肢が見えているため、「この会社以外の道もある」と判断しやすくなります。逆に、市場価値が低いと感じている層は、社外の選択肢が限られている分、「今の会社の中でキャリアをつくっていこう」という意識が高まりやすい、と解釈できます。

では、キャリア自律度・市場価値がともに高い人材を引き留めるには何が必要でしょうか。同調査では、「社内での昇進見込み」や「やりたい仕事ができる見込み」があると感じている人ほど、転職意向が低い傾向があるとされています。そこで、やりたい仕事につながる人事管理策として、「手をあげれば希望する仕事にチャレンジできる仕組み(キャリア意思を表明する機会)」や、「ポジションの透明性」「組織目標と個人目標のつながり」が重要だと示唆されています。

キャリア自律支援は、社内に成長と挑戦の機会を用意できれば、優秀人材の定着とエンゲージメント向上につながる有効な施策だと言えます。

懸念2:「うちの規模・業界では、本格的なキャリア自律支援は難しい」

「キャリア自律支援」と聞くと、大企業の立派な研修体系や、ジョブ型雇用への大きな転換をイメージしてしまい、「うちの規模では人事の手が足りない」「この業界の慣習には合わない」と感じる経営者の方は少なくありません。

たしかに、労働政策研究・研修機構(JILPT)の調査研究報告書 No.223(2023年)では、従業員数が多い企業ほど、キャリア形成支援の施策を導入している割合が高いことが示されています。また、45歳以上の比率が低く、新卒採用が多い企業ほど、キャリア支援に積極的な傾向があることも分かっています。

一方で、この調査が示しているのは「規模だけで決まるわけではない」という点です。能力開発にどれだけ力を入れたいと思っているか、長期的に人を育てていく方針があるかどうかといった、経営のスタンスも施策導入を左右する大きな要因になっています。

つまり、会社の規模が小さくても、「人を育てることをどう位置づけるか」で、できることの幅は大きく変わってきます。実際には、雇用形態や組織構造をガラッと変えなくても始められる取り組みがたくさんあります。年に1回の面談でキャリアの希望をしっかり聞く、役職に上がるタイミングで研修をセットにする、社内公募の仕組みをつくる、1on1の中でキャリアの話題を必ず扱う、などです。こうした工夫なら、限られたリソースでも十分に取り組めます。

厚生労働省が提唱している「セルフ・キャリアドック」も、そのような施策を組み合わせて進めるための枠組みです。入社時や昇進のタイミング、育児休業からの復職時など、各社にとって効果の出やすい場面を選んで導入できるように設計されています。

懸念3:「ベテラン社員に、いまさら『自律』とは言いにくい」

ベテラン社員に対して、「いまさら自律してと言いにくい」と感じるのには、いくつか典型的な事情があります。
例えば、これまで「会社に忠実でいること」「与えられた役割をきちんとこなすこと」が善いとされる環境で長く経験を積んできた社員に、急に「今後は会社に依存せず、自分でキャリアを選択してください」と言うと、これまで求めてきたことと真逆に聞こえ、「今までのやり方を否定された」と感じやすくなります。また、「もう会社は面倒を見ない」という自己責任のメッセージにも聞こえがちです。
「自律してキャリアを選んでください」と言われても、若手と比べて年齢が制約になる分、「もう選択肢がない」とプレッシャーや無力感を感じる人もいます。

では、どうすればいいのでしょうか?
一般社団法人定年後研究所の「大企業における 中高年社員のキャリア自律に向けた現状と課題」によると、50歳以上でもキャリア自律意識の高い層は、仕事へのやりがいや成長意欲が強く、会社への期待も大きいことが示されています。一方で、自律意識が低い層は「今の仕事は嫌いではないが、どこかあきらめ感がある」「学び直しにもなかなか踏み出せていない」といった姿が浮かび上がっています。

だからこそ、ベテラン社員に対しては「自律してください」というメッセージを投げる前に、まずは次のような支援から始めることが現実的です。

 ☑︎これまでの経験や強みを棚卸しし、「自分は何ができる人なのか」を言語化する場をつくる(キャリアシートの作成や、研修など)
 ☑︎「今後10年をどう働きたいか」を一緒に描き、それを踏まえて仕事や役割、学びの機会を相談できる1on1やキャリア面談を設ける
 ☑︎補助的な仕事だけではなく、適度にチャレンジングな仕事や役割を任せ、「あなたに期待している」というメッセージをきちんと伝える

同報告書でも、50代・60代の社員であっても「自分の成長機会」「異動やローテーションの機会」を会社に期待している割合は決して低くなく、特にキャリア自律意識の高い層では9割近くが成長機会を求めているとされています。

こういったベテラン社員の気持ちに寄り添い、キャリアについての対話の機会を増やしていくことで、「いまさら自律をと言いにくい」という感覚が変化していくはずです。

懸念4:「研修やワークショップの効果をどう測ればいいのか」

キャリア自律のような「意識」に関わるテーマは、英語やITスキルと違って成果が数字で見えにくく、「何をもって成功と言えるのか」があいまいになりがちです。そのため、経営やマネジメント層が投資対効果を不安に感じるのも自然です。

そこで重要になるのは、「何を効果として見るのか」をあらかじめ決めておくことです。パフォーマンスやエンゲージメント、モチベーション、学習意欲の向上など、キャリア自律と関係が強い指標については、複数の調査・研究から共通した傾向が出ています。

たとえば、株式会社パーソル総合研究所の調査結果によると、「キャリア自律が高いと、ワークエンゲイジメントは1.27倍。学習意欲は1.28倍、仕事の充実感は1.26倍」向上するとされています。キャリア自律が高いほど、従業員自身の仕事への前向きさや満足度が2〜3割程度高まることがわかります。

懸念1でも触れた株式会社NEWONEの「キャリア自律とエンゲージメントに関する調査」では、「キャリア自律している層は、していない層と比較すると、自身の職場の推奨度が約3~4倍高い」ことが示されています。 同調査では、キャリア自律している人ほどワーク・エンゲージメントが高く、主体的に仕事に取り組んでいる様子も確認されています。

さらに、リクルートマネジメントソリューションズの研究では、「自律も支援も両方感じている社員(共創自律)」が、最も働く意欲が高いことが報告されています。会社からの支援とセットでキャリア自律を促すことで、従業員本人のモチベーションが一段と高まりやすい、という示唆があります。

こうした知見を踏まえると、「研修やワークショップの投資効果」は、短期の売上やコスト削減ではなく、次のような指標で測るのが現実的と言えます。

 ☑︎キャリア自律度
 ☑︎パフォーマンス(自己評価)
 ☑︎モチベーション
 ☑︎ワーク・エンゲイジメント
 ☑︎学習意欲・自己啓発実施率

まずは自社として何を重視するのかを明確にし、これらの指標のどれを「成果」として追うのかを決めることから始めてみるとよいでしょう。明確な評価基準を持って実践し、結果を測ることで、はじめて自社における効果が見えてきます。

懸念5:「制度を整えても、現場のマネジャーが動かない」

キャリア自律の支援は、制度を整えるだけでは機能しません。研修や社内公募などの制度を用意しても、本人がキャリアを考え、社内の機会に手を伸ばすところまで動かなければ、活用されないからです。

その動きを後押しする場の一つが日々接しているマネジャーとの対話であり、多くの企業がその場として採り入れているのが1on1です。しかし、マネジャー個人のコミュニケーションスキルに頼るだけだと、1on1はうまくいきません。パーソル総合研究所の「部下の成長支援を目的とした1on1ミーティングに関する定量調査」(正社員3,000名)によれば、上司・部下の双方が1on1の改善策として最も多く挙げたのは、「人材育成を重視する組織風土をつくること」(上司68.0%、部下55.3%)です。

つまり、現場のマネジャーが部下のキャリアと向き合えるかどうかは、本人のスキルよりも、その手前にある組織の姿勢に左右されます。「人材育成」を経営の重要テーマとして位置づけたうえで、マネジャーが対話の型を学べる仕組みや時間を用意し、その育成行動を評価する。こうした環境を整えることが、キャリア自律支援を根付かせる鍵となります。

キャリア自律支援の注意点

「やらされ感」という逆説

キャリア自律支援には、組織として推進するほど、効果が生まれにくくなるという逆説的な傾向があります。研修を一律必修化した結果、社員が「会社に言われて受けるもの」と認識してしまい、当初の意図と反対の効果を生んでしまうケースは珍しくありません。

この現象は、心理学の古典的研究でも裏付けられています。エドワード・L・デシらが1971年に提唱したアンダーマイニング効果は、内発的に動機づけられた行動に対して外発的な報酬や強制が加わると、かえって内発的動機が低下する現象を実証したものです。「自分が興味を持って取り組んでいたこと」が「やらされている義務」に変わった瞬間、モチベーションは下がります。

キャリア自律支援においても同じ構造が起きえます。本来「自分のキャリアを考えたい」という内発的動機を引き出すべき施策が、必修研修・受講義務・形式的な提出物として運用されると、社員は「会社に言われたからやる」モードに切り替わってしまいます。

制度設計として重要なのは、選択肢の幅(複数の研修・キャリア面談から選べる)、参加の自発性(義務ではなく機会として位置づける)、対話を通じた意味づけの3点です。「制度を整えれば人は動く」という発想ではなく、「動きたいと思える環境を整える」という発想で設計することが、やらされ感を回避する鍵となります。

全員一律で進めることの難しさ

キャリア自律を望まない、あるいは必要性を感じていない社員もいます。今の仕事や働き方に満足している、定年まで残り数年で新しい挑戦を必要としない、ライフステージ的に仕事よりプライベートを優先したいなど、理由はさまざまですが、いずれも本人にとっては合理的な選択です。

一部の社員だけが取り組んでも組織内での相乗効果は見込めません。同じ研修・同じ面談を全員に実施しても、自律意欲の高い社員には物足りず、関心の薄い社員には形式的な負担となる、という二重の非効率が生じます。社員の状況に応じた段階的なアプローチを設計することが有効です。

例えば下記の記事では、社員のキャリア自律度を5段階で捉え、段階に応じて1on1での話し方を変えるアプローチが紹介されています。

参考:キャリア自律を促す効果測定と1on1実践法 

キャリア自律を支援する具体的な施策

JILPT調査研究報告書 No.223(2023年)では、能力開発に積極的な企業ほど、さまざまなキャリア形成支援施策を導入している割合が高いことが示されています。同報告書で扱われている施策群などを参考に、企業のキャリア形成支援を「キャリアについて考える機会の提供」「能力開発の支援」「配置・処遇やキャリア相談の仕組み」という三つの軸で整理してみます。

1. キャリアについて考える機会をつくる

「立ち止まって自分のキャリアを言葉にする場」を制度として用意する方向性です。

☑︎ 階層別研修・節目研修の実施

新任管理職時、役職定年前、定年再雇用前など、役職や年代の節目に応じてキャリアを考える施策です。節目ごとにキャリアを振り返る機会を制度化することで、社員が「自分はこれからどう働くか」を考える起点になります。全社員一律の必修研修ではなく、節目に合わせて内容とタイミングを設計することがポイントです。

☑︎ キャリアシートの作成(自己理解・キャリアの棚卸しの支援)

少人数のワークショップやキャリアシートの記入を通じて、自分の経験・強み・価値観を棚卸しする場を設ける方法です。1on1や面談と組み合わせて活用することで、「考えたことを上司と共有し、次のアクションにつなげる」流れをつくれます。

2. 能力開発の機会と時間を支援する

「やりたいこと・目指したいキャリアに向けて、学びと経験を積めるようにする」方向性です。

☑︎ ジョブローテーション(戦略的・計画的な人事異動・配置転換など) 

所属部署の枠を超えた社内ローテーションを通じて、多様な業務経験を提供する施策です。担当業務や部署を変えることで、新たな視点と経験を得られ、社員本人のキャリアの幅が広がるだけでなく、組織全体の活性化にもつながります。

☑︎ 自己選択型研修・eラーニング

「自己啓発の機会」や「通信教育・eラーニング」などの提供は、能力開発施策の代表例です。「会社が用意したカリキュラムを一律に受けさせる」設計よりも、社員が自分で選ぶ余地を残す設計の方が、内発的動機を損ねにくいと考えられます。

☑︎ 教育訓練休暇制度

社員が業務時間を離れて学習に専念できる休暇制度です。導入企業はまだ多くありませんが、リスキリングが経営アジェンダとして語られる中で、今後の伸びしろが大きい施策と言えます。人材開発支援助成金「教育訓練休暇等付与コース」など、公的支援も活用できます。

3. 配置・処遇と相談の仕組みを整える

☑︎ キャリアコンサルタントの配置・相談窓口の整備

厚生労働省「令和6年度能力開発基本調査」によれば、正社員にキャリアコンサルティングを実施している事業所は49.4%(前回より7.8ポイント上昇)と、大きく伸びています。1,000人以上規模ではキャリアコンサルタント有資格者を相談担当者として配置する企業が約3割に達します。社内に相談先がある状態を整えることで、社員は「キャリアを考えたいタイミング」で自分から動き出しやすくなります。

☑︎ 自己申告制度・社内公募制度

社員自身がキャリアビジョンや異動希望を表明し、手を挙げて異動できる仕組みです。先述のJILPT調査研究報告書 No.223(2023)によると、自己申告制度や社内公募制度の導入割合はまだ4.1%と高くはありませんが、多くの企業にとって「これから伸びしろの大きい施策」とも言えます。前述の懸念1で示したとおり、優秀層の引き留めには「キャリア意思の表明機会」がプラスに作用するという調査結果もあります(パーソル総合研究所2021)。これらの仕組みは社員の声を吸い上げ、「やりたい」という希望を叶えることに活用できます。

☑︎ マネジャーによる1on1での対話設計

制度を整えても、最終的に部下のキャリア自律を引き出すのはマネジャーとの対話です。1on1では、過去の振り返り、現在の認識、未来の探索、行動計画という流れで対話を設計し、本人の言葉で意思を引き出していきます。具体的な対話の進め方はコラム「キャリア自律を促す1on1メソッド」に、仕事体験そのものをどう意味づけ、設計するかはコラム「仕事体験の「意味づけ」を設計せよ」にまとめています。

キャリア自律支援は、経営判断である

キャリア自律を支援することは、社員に「好きにしていい」と放任することではなく、一人ひとりが自分の強みや希望を言葉にし、それを軸に成長していけるよう後押しする営みです。

調査や研究が示すように、そのことはエンゲージメントやモチベーションのアップ、人的資本の価値向上にもつながり、企業にとっても確かなリターンがあります。

完璧な制度や大がかりな改革から始める必要はありません。節目でキャリアを考える場をつくる、社内に相談先を用意する、1on1で「これからどう働きたいか」を聞く。こうした小さな一歩の積み重ねが、キャリア自律を育てる土台になります。

キャリア自律とは?  意味と定義

学術的・公的な定義

キャリア自律(Career Self-Reliance)という用語は、1990年代半ばに米国で提唱され始めた概念と言われています。国内では花田光世・宮地夕紀子・大木紀子(2003)などの研究で早くから扱われており、彼らはキャリア自律を「めまぐるしく変化する環境のなかで,自らのキャリア構築と継続的学習に取り組む、(個人の)生涯に渡るコミットメント」といった趣旨で論じています。この議論から整理できるポイントは以下の三つです。

  1. 環境適応:変化の激しい環境への対応を前提としている。
  2. 継続学習:単なる職務遂行だけでなく、学び続ける姿勢を含む。
  3. 長期的関与:単発の行動ではなく、生涯にわたるコミットメントである。

実務上の視点で見れば、キャリア自律とは「個人が自分の足で立ち続ける力」であると同時に、「組織が変化に柔軟に対応するための基盤」とも言い換えられます。企業がこの自律性を尊重し支援することは、結果として、組織全体のレジリエンス(適応力)を底上げすることにつながります。

「自律」と「自立」の違い

「キャリア自律」を正しく理解するうえで、混同されやすい「自律」と「自立」の使い分けを整理しておくことは有益です。人材開発の文脈では、一般に次のように区別されます。

 ☑︎自律:他者からの指示に依存せず、自身の価値観や判断基準に沿って行動を制御すること。周囲との関係性の中で、自らで選択し、調整していくプロセスを指します。
 ☑︎自立
:経済的、あるいは物理的な側面において、他者の支援や保護を必要とせず、自身の力で存立している状態を指します。

このように整理すると、キャリア自律とは「独力で完結すること(自立)」ではなく、「環境の変化を受け止めながら、自分の意思でキャリアの方向を決めていくこと」であると言えます。

経営層や人事にとっての示唆は、この支援が単なる「個人の放任」ではないという点です。個人が主体的な選択・決定を行えるよう、企業側が適切な情報や機会、制度といった「判断の土台」を整えることが、実効性のあるキャリア支援のあり方と考えられます。

キャリア自律が注目される背景

日本的雇用慣行の崩壊

新卒一括採用、終身雇用、年功序列を柱とした「会社主導のキャリア設計」は、社会構造の変化とともに転換期を迎えています。1990年代以降の成果主義の導入や、相次ぐ産業構造のシフトを経て、キャリア形成の主導権は企業から個人へと徐々に移行してきました。

現在はさらに、ジョブ型雇用の浸透、副業の普及、DX化によるスキル寿命の短縮といった要因が、この流れを加速させています。働き方の多様化や労働力人口の減少に直面する中で、企業が一人ひとりのキャリアを固定的に管理し続けることには限界が生じつつあります。

こうした背景を踏まえると、キャリア自律は一時的な流行ではなく、個人と企業が対等な関係で成果を出し続けるための、合理的かつ不可避なパラダイムシフトであると捉えるのが自然です。

個人と企業、双方の動きが加速している

冒頭で示したように、働く個人の側ではキャリアを「自分で考えたい」という意識が広がっています。これに対して、企業側の対応も加速しています。

厚生労働省「令和6年度能力開発基本調査」(2025年6月公表)によれば、自己啓発を実施した労働者の割合は36.8%(前回より2.4ポイント上昇)、正社員に限れば45.3%に達しました。

同調査では、キャリアコンサルティングのしくみを正社員に対して導入している事業所の割合も49.4%(前回より7.8ポイント上昇)と急伸しており、企業側のキャリア形成支援が一段と本格化していることがうかがえます。

ただし、個人の利用実態とのギャップは残ります。同調査では、直近1年間にキャリアコンサルティングを受けた労働者は全体で11.7%、正社員で13.9%、正社員以外では6.3%にとどまっています。

一方、受けた正社員のうち50.2%が「仕事に対する意識が高まった」と回答しており、機会さえあれば前向きな効果を生む施策です。企業側の制度整備が進む中で、いかに利用機会を広げるかが次の課題となります。

経営アジェンダ・国の政策としての位置づけ

キャリア自律は、もはや「人事の一施策」というレベルを超えて、会社全体で取り組むべき経営テーマになりつつあります。たとえば経済産業省の「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書(人材版伊藤レポート2.0)」では、人材戦略によって企業価値を高めていく「人的資本経営」が、経営の重要なテーマとして位置づけられています。

この報告書の中では、その人材戦略を支える具体的なポイントとして、「動的な人材ポートフォリオ」の設計・運用や、「リスキル・学び直し」の取り組みが詳しく説明されており、これらが中長期的な企業価値の向上に欠かせないとされています。

こうした人的資本経営の流れは、社員一人ひとりが自分の意思でキャリアを考え、学び続けていく「キャリア自律」を、個人だけの話ではなく、経営としてしっかり向き合うべきテーマとして捉え直す動きとも結びついています。

国レベルでも、「三位一体の労働市場改革」の提言を通じて、個人のリスキリング支援、個々の企業の実態に応じたジョブ型雇用の導入、そして成長分野への円滑な労働移動の実現が進められています。厚生労働省による「グッドキャリア企業アワード」などの表彰制度も、自律的なキャリア形成が組織の活力を生むという考えに基づいています。

経営戦略と人材戦略を連動させ、社員一人ひとりの専門性や意欲を最大化させるという視点に立てば、キャリア自律支援はもはや福利厚生ではありません。変化の激しい市場において、持続的に価値を創出し続けるための「攻めの経営行為」と位置づけるのが妥当です。

キャリア自律を企業が支援するメリット

企業による個人のキャリア自律支援は、単なる福利厚生ではなく、組織の競争力を高めるための「投資」です。研究知見が示す主なメリットは、以下の通りです。

第一に、組織コミットメントへの効果です。堀内泰利・岡田昌毅(2009)「キャリア自律が組織コミットメントに与える影響」では、キャリア自律が高い人ほど、自分のキャリアに「充実している」「うまくいっている」という感覚を持ちやすく、そのキャリアの充実感を通じて、結果的に会社へのコミットメントも高まりやすいことが示されています。

第二に、社員のパフォーマンスと意欲への効果です。パーソル総合研究所「従業員のキャリア自律に関する定量調査」(2021年)によれば、キャリア自律度の高い従業員は、本来の役割を超えた自主的な行動(周囲への支援、発案・提案)が多く、ワーク・エンゲイジメントや人生満足度も高い傾向があります。これらへの効果は、会社への満足度や愛着を高めることによる効果よりも大きいとされています。

第三に、人的資本経営との接続です。経済産業省「人材版伊藤レポート2.0」(2022年)は、社員エンゲージメントやリスキル・学び直し、社員一人ひとりの能力発揮が、人的資本経営の重要な視点として位置づけられています。キャリア自律支援は、まさにこうした要素を底上げする取り組みであり、人的資本の情報開示が求められるなかで、投資家や労働市場に対して「人への投資に本気で取り組んでいる会社だ」というメッセージにもなります。

このようにキャリア自律支援は、社員個人のためになるだけでなく、企業の組織力や人的資本の価値を高めるための、重要な経営投資だと言えます。

経営者が抱く五つの懸念と解決策

キャリア自律の支援を検討する際、現場でよく耳にするのは「離職が増えるのでは?」「投資効果は?」といった懸念です。統計や実証データが示す客観的な事実をもとに、判断のポイントをお伝えします。

懸念1「キャリア自律を支援したら、優秀な社員ほど辞めるのではないか?」

これは、経営やマネジメント層の根強い懸念です。しかし、株式会社NEWONEが20代~40代の会社員618名を対象に行った「キャリア自律とエンゲージメントに関する調査」では、「キャリア自律している人ほど、現職でキャリアアップできる間は離職せず留まる意向が見られる」「いずれの年代でも、キャリア自律していない人の方が現段階の退職意向が高い」という結果が報告されています。キャリア自律を高めることで、むしろ離職を抑えながらエンゲージメントを向上させることが可能です。

また、パーソル総合研究所「従業員のキャリア自律に関する定量調査」(2021年)でも、キャリア自律と転職意向のあいだに、全体として目立った関係は見られませんでした。つまり、「キャリア自律が高い人はすぐ辞めやすいというわけではない」という結果です。

ただし、この調査は大事なポイントも示しています。「自分は転職市場での価値が高い」と感じている人たちの中では、キャリア自律が高いほど転職意向も高く、特に20代でその傾向が強いということです。一方で、「自分の市場価値はまだ高くない」と感じている層では、キャリア自律が高い人ほど、むしろ今の会社で働き続けたい気持ちが強くなる傾向が見られました。キャリア自律度が高く市場価値が高い層は社外にも多くの選択肢が見えているため、「この会社以外の道もある」と判断しやすくなります。逆に、市場価値が低いと感じている層は、社外の選択肢が限られている分、「今の会社の中でキャリアをつくっていこう」という意識が高まりやすい、と解釈できます。

では、キャリア自律度・市場価値がともに高い人材を引き留めるには何が必要でしょうか。同調査では、「社内での昇進見込み」や「やりたい仕事ができる見込み」があると感じている人ほど、転職意向が低い傾向があるとされています。そこで、やりたい仕事につながる人事管理策として、「手をあげれば希望する仕事にチャレンジできる仕組み(キャリア意思を表明する機会)」や、「ポジションの透明性」「組織目標と個人目標のつながり」が重要だと示唆されています。

キャリア自律支援は、社内に成長と挑戦の機会を用意できれば、優秀人材の定着とエンゲージメント向上につながる有効な施策だと言えます。

懸念2:「うちの規模・業界では、本格的なキャリア自律支援は難しい」

「キャリア自律支援」と聞くと、大企業の立派な研修体系や、ジョブ型雇用への大きな転換をイメージしてしまい、「うちの規模では人事の手が足りない」「この業界の慣習には合わない」と感じる経営者の方は少なくありません。

たしかに、労働政策研究・研修機構(JILPT)の調査研究報告書 No.223(2023年)では、従業員数が多い企業ほど、キャリア形成支援の施策を導入している割合が高いことが示されています。また、45歳以上の比率が低く、新卒採用が多い企業ほど、キャリア支援に積極的な傾向があることも分かっています。

一方で、この調査が示しているのは「規模だけで決まるわけではない」という点です。能力開発にどれだけ力を入れたいと思っているか、長期的に人を育てていく方針があるかどうかといった、経営のスタンスも施策導入を左右する大きな要因になっています。

つまり、会社の規模が小さくても、「人を育てることをどう位置づけるか」で、できることの幅は大きく変わってきます。実際には、雇用形態や組織構造をガラッと変えなくても始められる取り組みがたくさんあります。年に1回の面談でキャリアの希望をしっかり聞く、役職に上がるタイミングで研修をセットにする、社内公募の仕組みをつくる、1on1の中でキャリアの話題を必ず扱う、などです。こうした工夫なら、限られたリソースでも十分に取り組めます。

厚生労働省が提唱している「セルフ・キャリアドック」も、そのような施策を組み合わせて進めるための枠組みです。入社時や昇進のタイミング、育児休業からの復職時など、各社にとって効果の出やすい場面を選んで導入できるように設計されています。

懸念3:「ベテラン社員に、いまさら『自律』とは言いにくい」

ベテラン社員に対して、「いまさら自律してと言いにくい」と感じるのには、いくつか典型的な事情があります。
例えば、これまで「会社に忠実でいること」「与えられた役割をきちんとこなすこと」が善いとされる環境で長く経験を積んできた社員に、急に「今後は会社に依存せず、自分でキャリアを選択してください」と言うと、これまで求めてきたことと真逆に聞こえ、「今までのやり方を否定された」と感じやすくなります。また、「もう会社は面倒を見ない」という自己責任のメッセージにも聞こえがちです。
「自律してキャリアを選んでください」と言われても、若手と比べて年齢が制約になる分、「もう選択肢がない」とプレッシャーや無力感を感じる人もいます。

では、どうすればいいのでしょうか?
一般社団法人定年後研究所の「大企業における 中高年社員のキャリア自律に向けた現状と課題」によると、50歳以上でもキャリア自律意識の高い層は、仕事へのやりがいや成長意欲が強く、会社への期待も大きいことが示されています。一方で、自律意識が低い層は「今の仕事は嫌いではないが、どこかあきらめ感がある」「学び直しにもなかなか踏み出せていない」といった姿が浮かび上がっています。

だからこそ、ベテラン社員に対しては「自律してください」というメッセージを投げる前に、まずは次のような支援から始めることが現実的です。

 ☑︎これまでの経験や強みを棚卸しし、「自分は何ができる人なのか」を言語化する場をつくる(キャリアシートの作成や、研修など)
 ☑︎「今後10年をどう働きたいか」を一緒に描き、それを踏まえて仕事や役割、学びの機会を相談できる1on1やキャリア面談を設ける
 ☑︎補助的な仕事だけではなく、適度にチャレンジングな仕事や役割を任せ、「あなたに期待している」というメッセージをきちんと伝える

同報告書でも、50代・60代の社員であっても「自分の成長機会」「異動やローテーションの機会」を会社に期待している割合は決して低くなく、特にキャリア自律意識の高い層では9割近くが成長機会を求めているとされています。

こういったベテラン社員の気持ちに寄り添い、キャリアについての対話の機会を増やしていくことで、「いまさら自律をと言いにくい」という感覚が変化していくはずです。

懸念4:「研修やワークショップの効果をどう測ればいいのか」

キャリア自律のような「意識」に関わるテーマは、英語やITスキルと違って成果が数字で見えにくく、「何をもって成功と言えるのか」があいまいになりがちです。そのため、経営やマネジメント層が投資対効果を不安に感じるのも自然です。

そこで重要になるのは、「何を効果として見るのか」をあらかじめ決めておくことです。パフォーマンスやエンゲージメント、モチベーション、学習意欲の向上など、キャリア自律と関係が強い指標については、複数の調査・研究から共通した傾向が出ています。

たとえば、株式会社パーソル総合研究所の調査結果によると、「キャリア自律が高いと、ワークエンゲイジメントは1.27倍。学習意欲は1.28倍、仕事の充実感は1.26倍」向上するとされています。キャリア自律が高いほど、従業員自身の仕事への前向きさや満足度が2〜3割程度高まることがわかります。

懸念1でも触れた株式会社NEWONEの「キャリア自律とエンゲージメントに関する調査」では、「キャリア自律している層は、していない層と比較すると、自身の職場の推奨度が約3~4倍高い」ことが示されています。 同調査では、キャリア自律している人ほどワーク・エンゲージメントが高く、主体的に仕事に取り組んでいる様子も確認されています。

さらに、リクルートマネジメントソリューションズの研究では、「自律も支援も両方感じている社員(共創自律)」が、最も働く意欲が高いことが報告されています。会社からの支援とセットでキャリア自律を促すことで、従業員本人のモチベーションが一段と高まりやすい、という示唆があります。

こうした知見を踏まえると、「研修やワークショップの投資効果」は、短期の売上やコスト削減ではなく、次のような指標で測るのが現実的と言えます。

 ☑︎キャリア自律度
 ☑︎パフォーマンス(自己評価)
 ☑︎モチベーション
 ☑︎ワーク・エンゲイジメント
 ☑︎学習意欲・自己啓発実施率

まずは自社として何を重視するのかを明確にし、これらの指標のどれを「成果」として追うのかを決めることから始めてみるとよいでしょう。明確な評価基準を持って実践し、結果を測ることで、はじめて自社における効果が見えてきます。

懸念5:「制度を整えても、現場のマネジャーが動かない」

キャリア自律の支援は、制度を整えるだけでは機能しません。研修や社内公募などの制度を用意しても、本人がキャリアを考え、社内の機会に手を伸ばすところまで動かなければ、活用されないからです。

その動きを後押しする場の一つが日々接しているマネジャーとの対話であり、多くの企業がその場として採り入れているのが1on1です。しかし、マネジャー個人のコミュニケーションスキルに頼るだけだと、1on1はうまくいきません。パーソル総合研究所の「部下の成長支援を目的とした1on1ミーティングに関する定量調査」(正社員3,000名)によれば、上司・部下の双方が1on1の改善策として最も多く挙げたのは、「人材育成を重視する組織風土をつくること」(上司68.0%、部下55.3%)です。

つまり、現場のマネジャーが部下のキャリアと向き合えるかどうかは、本人のスキルよりも、その手前にある組織の姿勢に左右されます。「人材育成」を経営の重要テーマとして位置づけたうえで、マネジャーが対話の型を学べる仕組みや時間を用意し、その育成行動を評価する。こうした環境を整えることが、キャリア自律支援を根付かせる鍵となります。

キャリア自律支援の注意点

「やらされ感」という逆説

キャリア自律支援には、組織として推進するほど、効果が生まれにくくなるという逆説的な傾向があります。研修を一律必修化した結果、社員が「会社に言われて受けるもの」と認識してしまい、当初の意図と反対の効果を生んでしまうケースは珍しくありません。

この現象は、心理学の古典的研究でも裏付けられています。エドワード・L・デシらが1971年に提唱したアンダーマイニング効果は、内発的に動機づけられた行動に対して外発的な報酬や強制が加わると、かえって内発的動機が低下する現象を実証したものです。「自分が興味を持って取り組んでいたこと」が「やらされている義務」に変わった瞬間、モチベーションは下がります。

キャリア自律支援においても同じ構造が起きえます。本来「自分のキャリアを考えたい」という内発的動機を引き出すべき施策が、必修研修・受講義務・形式的な提出物として運用されると、社員は「会社に言われたからやる」モードに切り替わってしまいます。

制度設計として重要なのは、選択肢の幅(複数の研修・キャリア面談から選べる)、参加の自発性(義務ではなく機会として位置づける)、対話を通じた意味づけの3点です。「制度を整えれば人は動く」という発想ではなく、「動きたいと思える環境を整える」という発想で設計することが、やらされ感を回避する鍵となります。

全員一律で進めることの難しさ

キャリア自律を望まない、あるいは必要性を感じていない社員もいます。今の仕事や働き方に満足している、定年まで残り数年で新しい挑戦を必要としない、ライフステージ的に仕事よりプライベートを優先したいなど、理由はさまざまですが、いずれも本人にとっては合理的な選択です。

一部の社員だけが取り組んでも組織内での相乗効果は見込めません。同じ研修・同じ面談を全員に実施しても、自律意欲の高い社員には物足りず、関心の薄い社員には形式的な負担となる、という二重の非効率が生じます。社員の状況に応じた段階的なアプローチを設計することが有効です。

例えば下記の記事では、社員のキャリア自律度を5段階で捉え、段階に応じて1on1での話し方を変えるアプローチが紹介されています。

参考:キャリア自律を促す効果測定と1on1実践法 

キャリア自律を支援する具体的な施策

JILPT調査研究報告書 No.223(2023年)では、能力開発に積極的な企業ほど、さまざまなキャリア形成支援施策を導入している割合が高いことが示されています。同報告書で扱われている施策群などを参考に、企業のキャリア形成支援を「キャリアについて考える機会の提供」「能力開発の支援」「配置・処遇やキャリア相談の仕組み」という三つの軸で整理してみます。

1. キャリアについて考える機会をつくる

「立ち止まって自分のキャリアを言葉にする場」を制度として用意する方向性です。

☑︎ 階層別研修・節目研修の実施

新任管理職時、役職定年前、定年再雇用前など、役職や年代の節目に応じてキャリアを考える施策です。節目ごとにキャリアを振り返る機会を制度化することで、社員が「自分はこれからどう働くか」を考える起点になります。全社員一律の必修研修ではなく、節目に合わせて内容とタイミングを設計することがポイントです。

☑︎ キャリアシートの作成(自己理解・キャリアの棚卸しの支援)

少人数のワークショップやキャリアシートの記入を通じて、自分の経験・強み・価値観を棚卸しする場を設ける方法です。1on1や面談と組み合わせて活用することで、「考えたことを上司と共有し、次のアクションにつなげる」流れをつくれます。

2. 能力開発の機会と時間を支援する

「やりたいこと・目指したいキャリアに向けて、学びと経験を積めるようにする」方向性です。

☑︎ ジョブローテーション(戦略的・計画的な人事異動・配置転換など) 

所属部署の枠を超えた社内ローテーションを通じて、多様な業務経験を提供する施策です。担当業務や部署を変えることで、新たな視点と経験を得られ、社員本人のキャリアの幅が広がるだけでなく、組織全体の活性化にもつながります。

☑︎ 自己選択型研修・eラーニング

「自己啓発の機会」や「通信教育・eラーニング」などの提供は、能力開発施策の代表例です。「会社が用意したカリキュラムを一律に受けさせる」設計よりも、社員が自分で選ぶ余地を残す設計の方が、内発的動機を損ねにくいと考えられます。

☑︎ 教育訓練休暇制度

社員が業務時間を離れて学習に専念できる休暇制度です。導入企業はまだ多くありませんが、リスキリングが経営アジェンダとして語られる中で、今後の伸びしろが大きい施策と言えます。人材開発支援助成金「教育訓練休暇等付与コース」など、公的支援も活用できます。

3. 配置・処遇と相談の仕組みを整える

☑︎ キャリアコンサルタントの配置・相談窓口の整備

厚生労働省「令和6年度能力開発基本調査」によれば、正社員にキャリアコンサルティングを実施している事業所は49.4%(前回より7.8ポイント上昇)と、大きく伸びています。1,000人以上規模ではキャリアコンサルタント有資格者を相談担当者として配置する企業が約3割に達します。社内に相談先がある状態を整えることで、社員は「キャリアを考えたいタイミング」で自分から動き出しやすくなります。

☑︎ 自己申告制度・社内公募制度

社員自身がキャリアビジョンや異動希望を表明し、手を挙げて異動できる仕組みです。先述のJILPT調査研究報告書 No.223(2023)によると、自己申告制度や社内公募制度の導入割合はまだ4.1%と高くはありませんが、多くの企業にとって「これから伸びしろの大きい施策」とも言えます。前述の懸念1で示したとおり、優秀層の引き留めには「キャリア意思の表明機会」がプラスに作用するという調査結果もあります(パーソル総合研究所2021)。これらの仕組みは社員の声を吸い上げ、「やりたい」という希望を叶えることに活用できます。

☑︎ マネジャーによる1on1での対話設計

制度を整えても、最終的に部下のキャリア自律を引き出すのはマネジャーとの対話です。1on1では、過去の振り返り、現在の認識、未来の探索、行動計画という流れで対話を設計し、本人の言葉で意思を引き出していきます。具体的な対話の進め方はコラム「キャリア自律を促す1on1メソッド」に、仕事体験そのものをどう意味づけ、設計するかはコラム「仕事体験の「意味づけ」を設計せよ」にまとめています。

キャリア自律支援は、経営判断である

キャリア自律を支援することは、社員に「好きにしていい」と放任することではなく、一人ひとりが自分の強みや希望を言葉にし、それを軸に成長していけるよう後押しする営みです。

調査や研究が示すように、そのことはエンゲージメントやモチベーションのアップ、人的資本の価値向上にもつながり、企業にとっても確かなリターンがあります。

完璧な制度や大がかりな改革から始める必要はありません。節目でキャリアを考える場をつくる、社内に相談先を用意する、1on1で「これからどう働きたいか」を聞く。こうした小さな一歩の積み重ねが、キャリア自律を育てる土台になります。

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執筆者
1on1総研編集部

1on1のノウハウや組織課題、組織を活性化させるためのキーワードなどを掘り下げる記事を提供します。

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