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理論書には答えがなかった。25年の実践の末に辿り着いた、人事の本質
理論書には答えがなかった。25年の実践の末に辿り着いた、人事の本質

理論書には答えがなかった。25年の実践の末に辿り着いた、人事の本質

「人事の本質は、人を生かして事をなすことである」

シリーズ企画「ジンジロン」で坪谷邦生さんが掲げたこの持論。その言葉が生まれた背景には、25年に及ぶ試行錯誤の積み重ねがありました。

エンジニアから人事への転身、現場との摩擦、経験を体系化するために飛び込んだコンサルタントの世界。本編では語りきれなかった坪谷さんのキャリアの軌跡を辿ると、理想論ではない、泥臭い実践の果てに掴み取った「答え」の重みが見えてきます。

一人の人事の実務家が歩んできた25年の歳月と、持論の背景にある物語をひもときます。

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目次

ーー坪谷さんの人事としてのキャリアはどのようなきっかけで始まったのでしょうか?

坪谷 25年以上前のことです。関西にある100人規模のSIerにエンジニアとして入社しました。働き始めて感じたのは、組織の在り方を誰も指し示していないことへの違和感です。徐々にフラストレーションが溜まり、経営層に文句を言いに行きました。「このままじゃ絶対うまくいかないですよ! 指針を示しましょうよ!」と。

社長は話をじっくり聞いてくれた上で、「じゃあ、人事をやってみるか?」と言ってくれました。私は管理部門に異動し、人事としての人生がスタートしました。最初の2年は1人で働き、その後は2、3人のチームに。計8年をこの会社で過ごしました。

坪谷邦生
株式会社壺中天 代表取締役

1999年、立命館大学理工学部を卒業後、エンジニアとしてIT企業(SIer)に就職。2001年、疲弊した現場をどうにかするため人事部門へ異動、人事担当者、人事マネジャーを経験する。2008年、リクルート社で人事コンサルタントとなり50社以上の人事制度を構築、組織開発を支援する。2016年、急成長中のアカツキ社で人事企画室を立ち上げる。2020年、「人事の意志を形にする」ことを目的として壺中天を設立。 20年間、人事領域を専門分野としてきた実践経験を活かし、人事制度設計、組織開発支援、人事顧問、人材マネジメント講座などによって、企業の人材マネジメントを支援している。 主な著作『人材マネジメントの壺』(2018)、『図解 人材マネジメント入門』(2020)『図解 目標管理入門』(2023)、『図解 イノベーション入門』(2026)など。

ーー人事としてのキャリアの滑り出しは順調でしたか?

坪谷 試練の日々でした。試してはダメ、試してはダメの繰り返し。組織を良くしようと一生懸命頑張っているのに、私が動けば動くほど現場が混乱して、現場のマネジャーたちから総スカンをくらいました。

頑張って採用した新人が、入社時はハツラツとしていたのに、現場に送り出すとすっかり元気をなくして辞めてしまったこともありました。「なぜこんなことになるのだろうか」と悩みが尽きませんでした。

ーーその困難をどう乗り越えようとしたのでしょうか。

坪谷 初めは本に答えを求めました。『労政時報』(人事労務の専門誌)やリクルートワークス研究所の『works』。当時流行っていた『How Google Works』も読みました。正直、全然役に立たなかったですね。冒頭に「超一流のエンジニアを採用する」と書かれていますが、そんなの採れるわけがない(笑)。人事の現場は非常に泥臭いのですが、専門書に書かれていることは実際の現場と遠すぎて、どう接続すればいいのか全く分かりませんでした。

どうにか状況を変えたくて、人事関連のセミナーにも参加し、同じように困っている他社の人事と話しながら、ガス抜きをしたり、思考を巡らせたりしていました。

ーー人事になることを後押しした社長は、もがいている坪谷さんをどう見ていたのでしょうか?

坪谷 実は社長ともすれ違っていました。経営と人事は視界が異なるため、人事があれこれ考えて施策を打とうとすると、経営層とどんどん話が噛み合わなくなっていきます。

当時の社長も、的外れの施策を提案する私に苛立ちを覚え、ある時こう言われました。「坪谷、お前、中小企業診断士を取れ。そうしたら俺たちの考えていることが分かるようになるから」

この資格取得は良い経験になりました。頭の中に「目次」ができて、「いま社長は経営戦略のこの辺のことを言っているんだな」と分かるようになったんです。社長と会話が噛み合うようになり、「次から役員会に参加しろ」と言ってもらえるようになりました。

ーー「共通言語」を得たことで、仕事がうまく進むようになったわけですね。

坪谷 いや、話は通じるようになりましたが、そうなると、途端に物足りなくなってしまいました。いま思えば本当に尊大ですが、当時の私は「自分の方が組織のことを分かっている」と思い込み、社長の考えが大したことないように感じてしまったのです。

自分なりに学びを深めて施策を提案し、それが受け入れられないと、「社長は何も分かってない」と結論づけてしまう。実際は私が人事施策と経営施策をうまく統合できていないだけなのですが、当時の私はそれがわかっていなかった。全くイケてない人事マネジャーです。

そこに気づけぬまま、組織に物足りなさを感じた私は、環境を変えようと、リクルートマネジメントソリューションズ(RMS)に転職しました。

より優れた経営者に会えるのではないか。レベルの高い人事コンサルタントと切った張ったのコミュニケーションをすることで新たな視点が得られるのではないか。そんな思いを胸に、武者修行のつもりで飛び込みました。

ーー思い描いた通りの経験はできましたか?

坪谷 RMSでは中小・ベンチャーから大手まで約50社に入り込み、人事制度の策定や組織開発の支援を担当しましたが、まさに学びの宝庫でした。

SIer時代に大量に溜め込んだ人事としての「悩み」が原動力となり、RMSでの実践を通じて、その「解」を異常なスピードで吸収していきました。自分で言うのも何ですが、私は大きな成果を上げ、社内のナレッジグランプリでも優勝し、大勢の前で表彰されました。

―― それは一つの大きな到達点と言えるのでは。

坪谷 そうかもしれません。ただ、500人規模のホールで仲間たちから大きな拍手をもらったとき、ふと「何してるんだろう」という虚無感に襲われました。私は中小企業を良くしたくて頑張ってきたのに、ここで得た知見は、担当した50社のお客様と社内の500人にしか共有できません。コンサルタントには秘密保持契約があるため、どれだけノウハウを蓄積しても世の中に広く出すことができないのです。

その制約に疑問を感じ、退職を決意しました。現場で泥臭く培ってきたこと、そしてRMSで体系化した知見を世に出そう、と。それが独立後の2020年に出版した『人材マネジメント入門』へとつながります。ちなみに「人事とは人を生かして事をなす」という私の持論は、この本に書いた一言です。

ーーその言葉が生まれたきっかけは?

坪谷 私はもともと、リクルート創業者の一人である大沢武志さんが掲げる「個をあるがままに生かす」という理念をベースに人事の仕事に取り組んできました。

ただ、『人材マネジメント入門』を書いている頃に、その理念に疑問を抱くようになりました。

本当に「個をあるがままに生かす」で良いのか。それだけだと、「人」に寄りすぎているのではないか。「人」を生かすだけでなく、「事」をなすまで導かないと人事の仕事とは言えないのではないか、と。

独立して以来、講演をする機会が増えたのですが、聴衆の方に一番響いたのが、人と事の同時実現の話です。それを見て、「本質はここにある」と確信を深めました。

ちなみに、「人と事の同時実現」の重要性に気づいた原体験は、別の記事(ジンジロン)でもお話しした学生時代のマジックサークルにあります。

当時のサークル長は、「300人の観客を集めて本物のショーを開催する」という学生離れした高い目的、すなわち「事」を強烈に指し示すリーダーでした。それと同時に「君はこういうタイプだから、こんなことに挑戦してみよう」と、メンバー一人ひとりの強みや個性を引き出す「人」へのアプローチも徹底している人でした。

「人」を最大限に生かしながら、全員のエネルギーを明確な「事」に集中させる。まさに人と事の同時実現を目の当たりにした体験でした。

そのサークル長は、「事」に向かって練習しようとしないメンバーに「本気じゃないなら辞めろ」と迫り、容赦なくサークルから追い出すような厳しい一面もありました。

「人を生かして事をなす」は、裏を返せば「同じ目的に向かっていない人は、この場にいても良さが生きないので、去ってもらう」ということです。これは結構厳しい話で、ただ居心地よく過ごせる“ぬるま湯”とは対極にあります。「目線が合っていなくても、ここに居ていいよ」といった妥協は絶対にしないということですから。

ーー「人を生かす」という言葉は、響きは優しいですが、決して「誰も彼もを無条件に生かす」ではないのですね。

坪谷 そういうことです。「組織」という言葉は「組んで、織りなす」と書きますが、「組む」とは、共通の目的に向けて「肩を組む」こと。「織りなす」は、役割分担と協働を指します。

ドラッカーは「組織の目的は人の強みを生産に結びつけ、人の弱みを中和することにある」と述べていますが、個々の構成員が得意分野を生かして補い合うことこそ「組織」の本来の姿です。これらの前提が揃って初めて組織はスタートラインに立てます。だからこそ、「目的が違う人には降りてもらう」というスタンスは徹底しなければなりません。

ーー「“個をあるがままに生かす”だけだと、現代では“人”に寄りすぎている」とお考えになるのはなぜでしょうか。

坪谷 大沢武志氏が「人」を強調したリクルート創業期は、社会全体が「事」に寄っていました。それが組織を強くする特効薬でしたが、現代はどちらも足りていない時代です。 施策は常にアリストテレスの言うところの「中庸」のように、“ちょうどいい一点”を突かなければなりません。

例えばヤフーの1on1は、「事」の追求に傾いていた組織に「人」の視点を取り入れる試みだったと私は理解しています。

逆に今では対話が目的化し、成果の出ない「ぬるま湯」の組織も散見されます。合理性に振り切りすぎたならば「人」への不足を補う。対話に偏りすぎていたら「事」の追求を強めていく。常に状況を俯瞰して、その時々に不足しているものを補う視点が、組織の前進には不可欠だと思います。

ーー「最適な統合」のあり方は、会社のフェーズごとに変わりそうですね。

坪谷 その通りです。そして、ここで「持論」が必要になります。専門書などに「最適な統合」の解を求めても、世の中にある理論は往々にしてその人が置かれた状況の一部しか説明してくれません。経営層と現場、あるいは長期視点と短期視点の板挟みになりながら、「人事として今何をすべきか」を研ぎ澄ませていく。持論はそうした葛藤の中で生まれるものであり、それが自らの指針となります。

ーー「統合」とは、板挟みや対立が存在する状況においてバランスをとることと考えればよいのでしょうか。言葉の意味を感覚的に捉えるのが少し難しいように感じます。

坪谷 「バランス」は二物をトレードオフのような関係の中で調和させますが、「統合」はその両立、あるいは同時実現を目指すものです。 任天堂の宮本茂さんが「アイデアとは複数の問題を一気に解決するもの」と語っていますが、これはまさに「統合」の本質を言い表しています。一般的なマネジャーは、目の前に複数の課題が現れると要素を分解して個別に対処しようとしますが、それでは疲弊してしまいます。そうではなく、一つの行動で「人」と「事」の課題を同時に解決に導く。この視点こそ「統合」であり、現場を動かす鍵になります。

ーー「人を生かして事をなす」という視点は、マネジャーはもちろん、組織の全員が持つことが望ましい。今のお話はそのようにも受け取れます。

坪谷 私が「人事」と呼んでいるのは職種や部署の話ではなく、組織における「機能」のことです。特定の部署に閉じ込めるのではなく、経営者もマネジャーも、なんなら働く人全員が「人事」をしなければならない。自分や仲間を生かして成果を上げるという機能を、全員が基本動作として組み込んでいく。この本質を組織全体で理解し、実践できる状態へと導くこと。それこそが、これからの人事担当者の役割だと考えます。

(撮影:黒羽政士)

🔹インタビューシリーズ「ジンジロン」では坪谷さんが20年以上の実践から導き出した独自の持論を語ってくださいました。こちらも併せてご覧ください。

『なぜ「人を大切にする」だけでは組織は動かないのか? 停滞を突破する人事のありかた』

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ーー坪谷さんの人事としてのキャリアはどのようなきっかけで始まったのでしょうか?

坪谷 25年以上前のことです。関西にある100人規模のSIerにエンジニアとして入社しました。働き始めて感じたのは、組織の在り方を誰も指し示していないことへの違和感です。徐々にフラストレーションが溜まり、経営層に文句を言いに行きました。「このままじゃ絶対うまくいかないですよ! 指針を示しましょうよ!」と。

社長は話をじっくり聞いてくれた上で、「じゃあ、人事をやってみるか?」と言ってくれました。私は管理部門に異動し、人事としての人生がスタートしました。最初の2年は1人で働き、その後は2、3人のチームに。計8年をこの会社で過ごしました。

坪谷邦生
株式会社壺中天 代表取締役

1999年、立命館大学理工学部を卒業後、エンジニアとしてIT企業(SIer)に就職。2001年、疲弊した現場をどうにかするため人事部門へ異動、人事担当者、人事マネジャーを経験する。2008年、リクルート社で人事コンサルタントとなり50社以上の人事制度を構築、組織開発を支援する。2016年、急成長中のアカツキ社で人事企画室を立ち上げる。2020年、「人事の意志を形にする」ことを目的として壺中天を設立。 20年間、人事領域を専門分野としてきた実践経験を活かし、人事制度設計、組織開発支援、人事顧問、人材マネジメント講座などによって、企業の人材マネジメントを支援している。 主な著作『人材マネジメントの壺』(2018)、『図解 人材マネジメント入門』(2020)『図解 目標管理入門』(2023)、『図解 イノベーション入門』(2026)など。

ーー人事としてのキャリアの滑り出しは順調でしたか?

坪谷 試練の日々でした。試してはダメ、試してはダメの繰り返し。組織を良くしようと一生懸命頑張っているのに、私が動けば動くほど現場が混乱して、現場のマネジャーたちから総スカンをくらいました。

頑張って採用した新人が、入社時はハツラツとしていたのに、現場に送り出すとすっかり元気をなくして辞めてしまったこともありました。「なぜこんなことになるのだろうか」と悩みが尽きませんでした。

ーーその困難をどう乗り越えようとしたのでしょうか。

坪谷 初めは本に答えを求めました。『労政時報』(人事労務の専門誌)やリクルートワークス研究所の『works』。当時流行っていた『How Google Works』も読みました。正直、全然役に立たなかったですね。冒頭に「超一流のエンジニアを採用する」と書かれていますが、そんなの採れるわけがない(笑)。人事の現場は非常に泥臭いのですが、専門書に書かれていることは実際の現場と遠すぎて、どう接続すればいいのか全く分かりませんでした。

どうにか状況を変えたくて、人事関連のセミナーにも参加し、同じように困っている他社の人事と話しながら、ガス抜きをしたり、思考を巡らせたりしていました。

ーー人事になることを後押しした社長は、もがいている坪谷さんをどう見ていたのでしょうか?

坪谷 実は社長ともすれ違っていました。経営と人事は視界が異なるため、人事があれこれ考えて施策を打とうとすると、経営層とどんどん話が噛み合わなくなっていきます。

当時の社長も、的外れの施策を提案する私に苛立ちを覚え、ある時こう言われました。「坪谷、お前、中小企業診断士を取れ。そうしたら俺たちの考えていることが分かるようになるから」

この資格取得は良い経験になりました。頭の中に「目次」ができて、「いま社長は経営戦略のこの辺のことを言っているんだな」と分かるようになったんです。社長と会話が噛み合うようになり、「次から役員会に参加しろ」と言ってもらえるようになりました。

ーー「共通言語」を得たことで、仕事がうまく進むようになったわけですね。

坪谷 いや、話は通じるようになりましたが、そうなると、途端に物足りなくなってしまいました。いま思えば本当に尊大ですが、当時の私は「自分の方が組織のことを分かっている」と思い込み、社長の考えが大したことないように感じてしまったのです。

自分なりに学びを深めて施策を提案し、それが受け入れられないと、「社長は何も分かってない」と結論づけてしまう。実際は私が人事施策と経営施策をうまく統合できていないだけなのですが、当時の私はそれがわかっていなかった。全くイケてない人事マネジャーです。

そこに気づけぬまま、組織に物足りなさを感じた私は、環境を変えようと、リクルートマネジメントソリューションズ(RMS)に転職しました。

より優れた経営者に会えるのではないか。レベルの高い人事コンサルタントと切った張ったのコミュニケーションをすることで新たな視点が得られるのではないか。そんな思いを胸に、武者修行のつもりで飛び込みました。

ーー思い描いた通りの経験はできましたか?

坪谷 RMSでは中小・ベンチャーから大手まで約50社に入り込み、人事制度の策定や組織開発の支援を担当しましたが、まさに学びの宝庫でした。

SIer時代に大量に溜め込んだ人事としての「悩み」が原動力となり、RMSでの実践を通じて、その「解」を異常なスピードで吸収していきました。自分で言うのも何ですが、私は大きな成果を上げ、社内のナレッジグランプリでも優勝し、大勢の前で表彰されました。

―― それは一つの大きな到達点と言えるのでは。

坪谷 そうかもしれません。ただ、500人規模のホールで仲間たちから大きな拍手をもらったとき、ふと「何してるんだろう」という虚無感に襲われました。私は中小企業を良くしたくて頑張ってきたのに、ここで得た知見は、担当した50社のお客様と社内の500人にしか共有できません。コンサルタントには秘密保持契約があるため、どれだけノウハウを蓄積しても世の中に広く出すことができないのです。

その制約に疑問を感じ、退職を決意しました。現場で泥臭く培ってきたこと、そしてRMSで体系化した知見を世に出そう、と。それが独立後の2020年に出版した『人材マネジメント入門』へとつながります。ちなみに「人事とは人を生かして事をなす」という私の持論は、この本に書いた一言です。

ーーその言葉が生まれたきっかけは?

坪谷 私はもともと、リクルート創業者の一人である大沢武志さんが掲げる「個をあるがままに生かす」という理念をベースに人事の仕事に取り組んできました。

ただ、『人材マネジメント入門』を書いている頃に、その理念に疑問を抱くようになりました。

本当に「個をあるがままに生かす」で良いのか。それだけだと、「人」に寄りすぎているのではないか。「人」を生かすだけでなく、「事」をなすまで導かないと人事の仕事とは言えないのではないか、と。

独立して以来、講演をする機会が増えたのですが、聴衆の方に一番響いたのが、人と事の同時実現の話です。それを見て、「本質はここにある」と確信を深めました。

ちなみに、「人と事の同時実現」の重要性に気づいた原体験は、別の記事(ジンジロン)でもお話しした学生時代のマジックサークルにあります。

当時のサークル長は、「300人の観客を集めて本物のショーを開催する」という学生離れした高い目的、すなわち「事」を強烈に指し示すリーダーでした。それと同時に「君はこういうタイプだから、こんなことに挑戦してみよう」と、メンバー一人ひとりの強みや個性を引き出す「人」へのアプローチも徹底している人でした。

「人」を最大限に生かしながら、全員のエネルギーを明確な「事」に集中させる。まさに人と事の同時実現を目の当たりにした体験でした。

そのサークル長は、「事」に向かって練習しようとしないメンバーに「本気じゃないなら辞めろ」と迫り、容赦なくサークルから追い出すような厳しい一面もありました。

「人を生かして事をなす」は、裏を返せば「同じ目的に向かっていない人は、この場にいても良さが生きないので、去ってもらう」ということです。これは結構厳しい話で、ただ居心地よく過ごせる“ぬるま湯”とは対極にあります。「目線が合っていなくても、ここに居ていいよ」といった妥協は絶対にしないということですから。

ーー「人を生かす」という言葉は、響きは優しいですが、決して「誰も彼もを無条件に生かす」ではないのですね。

坪谷 そういうことです。「組織」という言葉は「組んで、織りなす」と書きますが、「組む」とは、共通の目的に向けて「肩を組む」こと。「織りなす」は、役割分担と協働を指します。

ドラッカーは「組織の目的は人の強みを生産に結びつけ、人の弱みを中和することにある」と述べていますが、個々の構成員が得意分野を生かして補い合うことこそ「組織」の本来の姿です。これらの前提が揃って初めて組織はスタートラインに立てます。だからこそ、「目的が違う人には降りてもらう」というスタンスは徹底しなければなりません。

ーー「“個をあるがままに生かす”だけだと、現代では“人”に寄りすぎている」とお考えになるのはなぜでしょうか。

坪谷 大沢武志氏が「人」を強調したリクルート創業期は、社会全体が「事」に寄っていました。それが組織を強くする特効薬でしたが、現代はどちらも足りていない時代です。 施策は常にアリストテレスの言うところの「中庸」のように、“ちょうどいい一点”を突かなければなりません。

例えばヤフーの1on1は、「事」の追求に傾いていた組織に「人」の視点を取り入れる試みだったと私は理解しています。

逆に今では対話が目的化し、成果の出ない「ぬるま湯」の組織も散見されます。合理性に振り切りすぎたならば「人」への不足を補う。対話に偏りすぎていたら「事」の追求を強めていく。常に状況を俯瞰して、その時々に不足しているものを補う視点が、組織の前進には不可欠だと思います。

ーー「最適な統合」のあり方は、会社のフェーズごとに変わりそうですね。

坪谷 その通りです。そして、ここで「持論」が必要になります。専門書などに「最適な統合」の解を求めても、世の中にある理論は往々にしてその人が置かれた状況の一部しか説明してくれません。経営層と現場、あるいは長期視点と短期視点の板挟みになりながら、「人事として今何をすべきか」を研ぎ澄ませていく。持論はそうした葛藤の中で生まれるものであり、それが自らの指針となります。

ーー「統合」とは、板挟みや対立が存在する状況においてバランスをとることと考えればよいのでしょうか。言葉の意味を感覚的に捉えるのが少し難しいように感じます。

坪谷 「バランス」は二物をトレードオフのような関係の中で調和させますが、「統合」はその両立、あるいは同時実現を目指すものです。 任天堂の宮本茂さんが「アイデアとは複数の問題を一気に解決するもの」と語っていますが、これはまさに「統合」の本質を言い表しています。一般的なマネジャーは、目の前に複数の課題が現れると要素を分解して個別に対処しようとしますが、それでは疲弊してしまいます。そうではなく、一つの行動で「人」と「事」の課題を同時に解決に導く。この視点こそ「統合」であり、現場を動かす鍵になります。

ーー「人を生かして事をなす」という視点は、マネジャーはもちろん、組織の全員が持つことが望ましい。今のお話はそのようにも受け取れます。

坪谷 私が「人事」と呼んでいるのは職種や部署の話ではなく、組織における「機能」のことです。特定の部署に閉じ込めるのではなく、経営者もマネジャーも、なんなら働く人全員が「人事」をしなければならない。自分や仲間を生かして成果を上げるという機能を、全員が基本動作として組み込んでいく。この本質を組織全体で理解し、実践できる状態へと導くこと。それこそが、これからの人事担当者の役割だと考えます。

(撮影:黒羽政士)

🔹インタビューシリーズ「ジンジロン」では坪谷さんが20年以上の実践から導き出した独自の持論を語ってくださいました。こちらも併せてご覧ください。

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執筆者
下元陽

「1on1総研」編集長。クリエイターチーム「BLOCKBUSTER」、ミクシィ、朝日新聞社、ユーザベースを経て2025年KAKEAI入社。これからの人間のつながり方に関心があります。

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