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「無理するな」が部下を傷つけることも——管理職が知っておくべき治療と仕事の両立支援のあり方
「無理するな」が部下を傷つけることも——管理職が知っておくべき治療と仕事の両立支援のあり方

「無理するな」が部下を傷つけることも——管理職が知っておくべき治療と仕事の両立支援のあり方

2026年4月より、病気を抱える社員の治療と仕事の両立を支援することが、企業の努力義務となりました。

背景には、医療技術の進展や高齢化により働きながら治療をする人が増えているものの、そのための支援や理解が十分とは言えない現状があります。

今回は、治療と仕事の両立に関する現状を把握し、病気治療中の社員の支援のためにマネジャーや人事が知っておくべきことについて概観します。

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目次

通院しながら働く人が増えている背景

厚生労働省の「令和4年 国民生活基礎調査」によると、通院しながら働いている人は約2,300万人おり、これは仕事をもつ人の4割にのぼります。この中には歯科医への通院なども含まれ、重篤な病気の人ばかりではありません。しかし、例えばがんに注目してみると、厚労省の推計では仕事をしながらがん治療のために通院している人が約49.9万人おり、その数は増加傾向にあります。

増加の理由として、ひとつには医療技術の進展があります。かつて、がんには「不治の病」「長期入院が必要」というイメージがありましたが、入院日数が短縮し、通院しながら時間をかけて完治や寛解状態を目指すケースが増えています。その場合、長期の治療にかかる費用を賄うためにも、社会や組織の一員として充実した毎日を送るためにも、働き続けることが重要になります。

もうひとつ、職場に女性や高齢者の割合が増えたことも、病を抱えながら働く人が増加している一因と言えるでしょう。30代、40代では女性のがん患者数が男性を大きく上回ります。また、がん以外の病気も含めれば、年齢が上がるほど通院者数が増えていきます。

さらに、リモートワークやフレックス勤務、時間単位の有給休暇取得など働き方の柔軟化が進んだことで、以前より仕事と治療の両立がしやすくなっていることも影響しているでしょう。

7割が働き続けているという現実とイメージのギャップ

労働政策研究・研修機構(JILPT)が2022年に行った調査によれば、過去5年間にがん等の病気にかかった人の74.6%が同じ職場に勤め続けており、病気を理由に退職した人は7.6%でした。

病気の種類別に見ると、脳血管疾患、難病の場合に病気を理由に退職した人の割合が高く、がんの場合は進行度が大きいほど退職者が多くなるという傾向があります。

ここから、約7割の人は病気になっても仕事を辞めずに続けており、がんでも0期、Ⅰ期など早期の場合は辞めない人が大多数という実態が見えてきます。

しかし、「病気になったら仕事を続けられないかも……」と考えている人は、まだまだ多いようです。

内閣府の2023年の調査では、がんの治療や検査で2週間に1度程度病院に通う必要がある場合、「現在の日本の社会は、働き続けられる環境ではない」と考える人が過半数(53.5%)でした。

理由としては、「がんの治療・検査と仕事の両立が体力的に困難だから」が最多(28.4%)で、「代わりに仕事をする人がいない、または、いても頼みにくいから」(22.3%)、「職場が休むことを許してくれるかどうかわからないから」(15.7%)が続きます。

実際は病気になっても働き続けている人が多いにも関わらず、「それは難しいだろう」と考えられている——このように実態とイメージにギャップがある状態では、社員がなんらかの病を発症して治療が必要になったときに、不適切な対応や接し方をしてしまう可能性があります。

例えば、治療しながら働き続けたいと考えている社員に対し、そのための支援制度を案内したり、適切な相談先につなげることをせず、「無理するな」と休職を勧めてしまう。あるいは、病気の治療中と説明があった同僚に対し、「いつも通り出勤しているから大したことないのだろう」と一方的に判断してしまう。そのような対応は、相手を傷つけたり、キャリアの断絶を招いたり、病を悪化させてしまうリスクもあります。

両立支援に不慣れな上司の失敗事例

実際に起きた事例を紹介しましょう。

鉄道会社の線路保線現場で長年夜勤をしていた男性が、てんかんの発作を起こし、入院を経て復職しました。その際、本人は元の現場作業を希望していたものの、事務職への配置転換となってモチベーションを低下させていったというケースがあります。

この例では、職場側の不安に対して主治医が意見書を書いていたにも関わらず、産業医に回覧がなされず、上司が「安全面から現場作業は困難」という判断を下していました。

その後、男性が再度倒れて受診したことをきっかけに、本人、上司、主治医、医療ソーシャルワーカー(MSW)により働き方の協議が行われました。その協議の場で、医療情報の適切な判断のために主治医の意見書を産業医に回覧する必要があるという認識が共有されました。そして、産業医面談が行われた結果、受診・服薬・生活習慣改善等を条件に現場への復職を目指す方向となったのでした(出所:独立行政法人 労働者健康安全機構「医療機関における両立支援コーディネーターの活動とその役割」)。

この事例からは、最初の職場復帰の段階で医師、産業医、上司の連携が不十分だったこと、治療と仕事の両立に関する上司の認識が不足していたことが推測されます。その結果、主治医や産業医のアドバイスの下で現場作業ができる可能性があったにも関わらず、本人の意向が無視されることになってしまいました。これは、当人にとって不幸であるだけでなく、現場にとってもベテランの作業員を失うという痛手であったかもしれません。

管理職に求められるのは医療知識ではなく連携する力

先の事例において、あなたが上司の立場であったらどのような判断をしたでしょうか? 「良かれと思って危険のない職場への異動を決めたのに、その対応が間違いだったと言われるのは理不尽だ」「医療の専門家でもないのに、部下の病気に配慮しながら仕事をさせろと言われても困る」と感じる人もいるかもしれません。

たしかに、医療従事者でもない一般のビジネスパーソンが、様々な病気のひとつひとつに対して適切な対応方法を把握しておくのは難しいでしょう。

だからこそ、独断で対応を決めるべきではないのです。病を抱え、なんらかの配慮が必要な社員がいるとわかったら、まずは上司や人事担当者が本人から情報を得て産業医とも共有をし、必要な対応を一緒に考える必要があります。また、場合によっては主治医や地域の「治療就労両立支援センター」、両立支援コーディネーターなど、社外の専門家に頼ることができます。あらかじめそのことを知っておく、心構えを持っておくということで、慌てて不適切な対応をとってしまうことを防ぐことができます。

会社としては、「社員の治療と仕事の両立を応援する。そのための準備がある」という明確なメッセージを、全社員に伝えておくことが重要です。先に紹介した調査結果のとおり、多くの人は治療をしながら仕事を続けていくことは難しいと考えており、その理由として職場の支援や協力体制の不足を挙げています。そのため、病気の治療が必要となったときに、上司や人事担当者などに相談することなく辞める決断をしたり、病気を隠して無理な働き方をしたりしてしまう可能性もあります。

逆に、治療と仕事の両立を応援するという会社の姿勢が明確で、実際に両立している社員の存在も見えるようになれば、自分が当事者となったときにも、希望をもってがんばっていこうと思えるでしょう。

治療と仕事の両立支援ナビ」(厚労省)や「東京都がんポータルサイト」(東京都保健医療局)などの公的機関が公開しているガイドラインには、病気の種類別に必要な配慮なども記載されています。病気の種類や進行度によっては本人の希望どおりにはいかない場合もありますが、両立支援をする組織の事例が増えていくことで、さらに良いノウハウが蓄積されていくことが期待されます。

🔹本連載は毎月1回の更新です。次回は6月8日の公開予定です。

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通院しながら働く人が増えている背景

厚生労働省の「令和4年 国民生活基礎調査」によると、通院しながら働いている人は約2,300万人おり、これは仕事をもつ人の4割にのぼります。この中には歯科医への通院なども含まれ、重篤な病気の人ばかりではありません。しかし、例えばがんに注目してみると、厚労省の推計では仕事をしながらがん治療のために通院している人が約49.9万人おり、その数は増加傾向にあります。

増加の理由として、ひとつには医療技術の進展があります。かつて、がんには「不治の病」「長期入院が必要」というイメージがありましたが、入院日数が短縮し、通院しながら時間をかけて完治や寛解状態を目指すケースが増えています。その場合、長期の治療にかかる費用を賄うためにも、社会や組織の一員として充実した毎日を送るためにも、働き続けることが重要になります。

もうひとつ、職場に女性や高齢者の割合が増えたことも、病を抱えながら働く人が増加している一因と言えるでしょう。30代、40代では女性のがん患者数が男性を大きく上回ります。また、がん以外の病気も含めれば、年齢が上がるほど通院者数が増えていきます。

さらに、リモートワークやフレックス勤務、時間単位の有給休暇取得など働き方の柔軟化が進んだことで、以前より仕事と治療の両立がしやすくなっていることも影響しているでしょう。

7割が働き続けているという現実とイメージのギャップ

労働政策研究・研修機構(JILPT)が2022年に行った調査によれば、過去5年間にがん等の病気にかかった人の74.6%が同じ職場に勤め続けており、病気を理由に退職した人は7.6%でした。

病気の種類別に見ると、脳血管疾患、難病の場合に病気を理由に退職した人の割合が高く、がんの場合は進行度が大きいほど退職者が多くなるという傾向があります。

ここから、約7割の人は病気になっても仕事を辞めずに続けており、がんでも0期、Ⅰ期など早期の場合は辞めない人が大多数という実態が見えてきます。

しかし、「病気になったら仕事を続けられないかも……」と考えている人は、まだまだ多いようです。

内閣府の2023年の調査では、がんの治療や検査で2週間に1度程度病院に通う必要がある場合、「現在の日本の社会は、働き続けられる環境ではない」と考える人が過半数(53.5%)でした。

理由としては、「がんの治療・検査と仕事の両立が体力的に困難だから」が最多(28.4%)で、「代わりに仕事をする人がいない、または、いても頼みにくいから」(22.3%)、「職場が休むことを許してくれるかどうかわからないから」(15.7%)が続きます。

実際は病気になっても働き続けている人が多いにも関わらず、「それは難しいだろう」と考えられている——このように実態とイメージにギャップがある状態では、社員がなんらかの病を発症して治療が必要になったときに、不適切な対応や接し方をしてしまう可能性があります。

例えば、治療しながら働き続けたいと考えている社員に対し、そのための支援制度を案内したり、適切な相談先につなげることをせず、「無理するな」と休職を勧めてしまう。あるいは、病気の治療中と説明があった同僚に対し、「いつも通り出勤しているから大したことないのだろう」と一方的に判断してしまう。そのような対応は、相手を傷つけたり、キャリアの断絶を招いたり、病を悪化させてしまうリスクもあります。

両立支援に不慣れな上司の失敗事例

実際に起きた事例を紹介しましょう。

鉄道会社の線路保線現場で長年夜勤をしていた男性が、てんかんの発作を起こし、入院を経て復職しました。その際、本人は元の現場作業を希望していたものの、事務職への配置転換となってモチベーションを低下させていったというケースがあります。

この例では、職場側の不安に対して主治医が意見書を書いていたにも関わらず、産業医に回覧がなされず、上司が「安全面から現場作業は困難」という判断を下していました。

その後、男性が再度倒れて受診したことをきっかけに、本人、上司、主治医、医療ソーシャルワーカー(MSW)により働き方の協議が行われました。その協議の場で、医療情報の適切な判断のために主治医の意見書を産業医に回覧する必要があるという認識が共有されました。そして、産業医面談が行われた結果、受診・服薬・生活習慣改善等を条件に現場への復職を目指す方向となったのでした(出所:独立行政法人 労働者健康安全機構「医療機関における両立支援コーディネーターの活動とその役割」)。

この事例からは、最初の職場復帰の段階で医師、産業医、上司の連携が不十分だったこと、治療と仕事の両立に関する上司の認識が不足していたことが推測されます。その結果、主治医や産業医のアドバイスの下で現場作業ができる可能性があったにも関わらず、本人の意向が無視されることになってしまいました。これは、当人にとって不幸であるだけでなく、現場にとってもベテランの作業員を失うという痛手であったかもしれません。

管理職に求められるのは医療知識ではなく連携する力

先の事例において、あなたが上司の立場であったらどのような判断をしたでしょうか? 「良かれと思って危険のない職場への異動を決めたのに、その対応が間違いだったと言われるのは理不尽だ」「医療の専門家でもないのに、部下の病気に配慮しながら仕事をさせろと言われても困る」と感じる人もいるかもしれません。

たしかに、医療従事者でもない一般のビジネスパーソンが、様々な病気のひとつひとつに対して適切な対応方法を把握しておくのは難しいでしょう。

だからこそ、独断で対応を決めるべきではないのです。病を抱え、なんらかの配慮が必要な社員がいるとわかったら、まずは上司や人事担当者が本人から情報を得て産業医とも共有をし、必要な対応を一緒に考える必要があります。また、場合によっては主治医や地域の「治療就労両立支援センター」、両立支援コーディネーターなど、社外の専門家に頼ることができます。あらかじめそのことを知っておく、心構えを持っておくということで、慌てて不適切な対応をとってしまうことを防ぐことができます。

会社としては、「社員の治療と仕事の両立を応援する。そのための準備がある」という明確なメッセージを、全社員に伝えておくことが重要です。先に紹介した調査結果のとおり、多くの人は治療をしながら仕事を続けていくことは難しいと考えており、その理由として職場の支援や協力体制の不足を挙げています。そのため、病気の治療が必要となったときに、上司や人事担当者などに相談することなく辞める決断をしたり、病気を隠して無理な働き方をしたりしてしまう可能性もあります。

逆に、治療と仕事の両立を応援するという会社の姿勢が明確で、実際に両立している社員の存在も見えるようになれば、自分が当事者となったときにも、希望をもってがんばっていこうと思えるでしょう。

治療と仕事の両立支援ナビ」(厚労省)や「東京都がんポータルサイト」(東京都保健医療局)などの公的機関が公開しているガイドラインには、病気の種類別に必要な配慮なども記載されています。病気の種類や進行度によっては本人の希望どおりにはいかない場合もありますが、両立支援をする組織の事例が増えていくことで、さらに良いノウハウが蓄積されていくことが期待されます。

🔹本連載は毎月1回の更新です。次回は6月8日の公開予定です。

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執筆者
やつづか えり

1999年一橋大学社会学部卒業。2009年デジタルハリウッド大学院修了。コクヨ、ベネッセコーポレーションで11年間勤務後、フリーランスに。2013年より組織に所属する個人の新しい働き方、暮らし方の取材を開始。各種ウェブメディアで働き方、組織、イノベーションなどをテーマとした記事を執筆中。2020年に東京から長野県佐久穂町に移住。町の活性化を目指した情報発信、地域創生戦略策定、ゼロカーボン戦略の策定などにも関わる。

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