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【真偽】日本企業は本当に「人を大切」にしてきたのか
「胡蝶(こちょう)の夢」という中国の故事があります。
夢を見ているときの方が現実ではないかと、現実と夢の区別ができなくなる境地のこと。人生の儚さを暗示することもあります。大ヒットしたSF映画「マトリックス」では、現代社会が実は夢の世界に過ぎないというシナリオが強烈な印象を与えました。
現実と夢の境が揺れていることの一つといえば、日本の伝統的なサラリーマン像でしょう。
多くの日本企業はこれまで、「人を大切にする」ことを強調してきました。ところが、「現実」として起きていること、それは中高年社員を中心としたリストラ(人員整理)の話、あるいは若手から中堅にかけての社員の離職増加でしょう。
人を大切にする日本の人事慣行は、もはや現実ではなく儚い夢なのかもしれません。最近広がっているジョブ型雇用や人的資本経営などの人事改革も、「人を大切にする」の概念が揺らいでいたら元も子もありません。
そこで本記事は、社会からほぼ意識されることなく今日まで受け継がれてきた日本的雇用の「暗黙の了解」に迫り、その再考に迫ります。

「30代クライシス」に見る、日本企業の「すでに起こった」課題
自らを「社会生態学者」と名乗ったピーター・ドラッカーは、「すでに起こった未来」という概念を提唱しました。
多くの場合、未来の予測は困難です。とはいえ、短期的な変動はあれど、長期的には一定の方向に進むことがほぼ確実なこともあります。例えば、出生率の低下に伴う人口動態や、社会のデジタル化などがそれに該当します。
ただし、そうした未来(変化)は、初期の頃には社会からはほとんど認知されません。変化の萌芽から世間からの認知までにタイムラグがあることを踏まえ、ドラッカーは「すでに起こった未来」と表現したのです。
現在の日本企業におけるすでに起こった未来はなんでしょうか。その一つが「30代離職」の増加ではないでしょうか。
業績そのものは堅調な企業であっても、「中堅社員」と呼ばれるこの層の流出が進行しているケースも。まるでボディーブローのように時間をかけてじわじわと効いてくる、忍び寄る危機です。
日本企業がずっと掲げてきた「人を大切にする」という標語。今ほどその標語の意味を再考することを迫られている時代はありません。そこで本連載を通じて、企業の成長の源泉である人事・雇用における「すでに起こった未来」を深掘りしていきます。

なぜあなたのフィードバックは受け入れられないのか? 知っておきたい”部下の期待”
部下へのフィードバックは、個人の成長や組織のパフォーマンス向上に不可欠です。しかし、部下の性格や心理状態によっては、フィードバックが困難になるケースがあります。
「フィードバックがしやすい・しにくい」という問題の根本には、「部下が上司に期待する役割の違い」が大きく影響しています。
この期待役割のズレを上司が理解し、望ましい方向へ調整することが、フィードバックを円滑化させ、組織全体の成長や生産性向上につながります。
本記事では、フィードバックが難しい部下の5パターンを分析し、それぞれの心理状況と上司が取るべき対応策を解説します。

【失敗の本質】「勤勉な国」日本では世界に通用しない
2025年1月に永眠された野中郁次郎氏。共著「知識創造論」(東洋経済新報社)や知識マネジメントを扱った「SECIモデル」のみならず、「失敗の本質」(ダイヤモンド社)の共同著者としても有名です。ロングセラーとなった「失敗の本質」は、太平洋戦争での日本の敗戦について分析したものです。
野中郁次郎氏の功績を多角的に深掘りする本特集の前編と中編では、高度経済成長期の日本の製造業の強みが、野中氏が確立した知識創造モデルを通じて、アメリカのソフトウエア開発やスタートアップビジネスにも応用されてきたことを紹介しました。
ということは、日本のものづくり企業の強みが、時代を超えて海を越えて業種を超えても通用する。つまり、本質的な強みには業種などを問わずに「普遍性」があるということです。
逆に、日本が抱える普遍的な弱みや課題とは何でしょうか。そのヒントが書籍「失敗の本質」に眠っているのです。
先にその一端を紹介すると、日本の課題とは、人材の「質の高さ」や「勤勉性」への過剰な依存です。本来は「強み」であるはずが、場合によっては「弱み」に転じるのです。
今でいうと、「人が中心」を標語とする人的資本経営に対する一つの警鐘ともいえるこのテーマを深掘りします。

【世界標準】米国は日本から生産性の本質を学んだ、さて日本はどうする
経営学者の野中郁次郎氏が2025年1月に永眠されました。竹内弘高ハーバード・ビジネス・スクール元教授・現国際基督教大学理事長と共に、かつての日本企業が「暗黙知」を含めた知識を創造し続ける仕組みを「SECI(セキ)モデル」にまとめました。
このモデルはアメリカで注目され、ソフトウェア開発モデルの発展にも貢献しました。
アメリカの経営の進展に大きく貢献した、もう一人の日本人をご存じでしょうか。トヨタ自動車元副社長の大野耐一氏です。
「トヨタ生産方式の父」としてご存じの人も多いでしょう。トヨタ生産方式もまた、アメリカの経営に多大な影響を与えました。それも、アメリカの自動車産業だけでなく、ソフト開発やスタートアップの経営に対してもです。
日本が培ってきたものづくりの力は、単に技術の範疇にとどまりません。国も業界も問わずに普遍的に応用できるマネジメントの要諦が詰まっています。巷で聞く「日本のものづくり思考は限界」といった意見はあまりに表層的です。
野中郁次郎氏の功績を多角的に深掘りする本特集の第二回は、知識労働としてのモノづくりのエッセンスに迫ります。あなたがどのような職種や業種に属していようとも、必ず役立つマネジメントの王道がそこにあります。

医療安全の確保と組織変革を求めて──。大学病院「1on1」導入のリアル
医療現場では、1件の重大事故の背景に29件の軽微な事故、さらにその奥に300件のヒヤリ・ハットが潜んでいるといわれている。その背景には、日常的なコミュニケーション不足という組織課題が横たわっているのかもしれない。
検査データの提供で診断を支える神戸大学医学部附属病院・検査部と、画像診断装置を駆使して医療を支える北海道大学病院・放射線部。この二つの専門部門が、1on1ミーティングを活用しながら、医療安全とワークエンゲージメントの向上に挑んでいる。
2025年2月、株式会社KAKEAI(カケアイ)は神大病院検査部の今西孝充・臨床検査技師長と北大病院放射線部の孫田惠一・診療放射線技師長の意見交換会を実施。
両部門トップの話からは、医療現場が直面する生々しい課題と、対話の浸透による組織変革の可能性が見えてきた。

【必見】「頑張る部下」が成果を出せない本当の理由
昼夜問わず仕事に時間を割き、休日はスキルアップの勉強に勤しむ、誰よりも熱心な部下。それなのに、いつも目標は未達成――。頑張りが成果につながらない部下は、マネジャーにとって悩ましい存在だ。何とかしてあげたいと思いつつも、「こんなに頑張っているのに成果が出ないならどうしようもない」とあきらめてしまうこともあるかもしれない。
しかし、それだけの熱意がある部下が成果を出せないのは、その人だけの問題ではないはずだ。本稿では、期待と行動のミスマッチを解消し、信頼関係を基盤とした効果的なフィードバック・サイクルで、部下の潜在能力を最大限に引き出す具体的手法を解説する。部下の「頑張り」を「成果」に変えるマネジメントの新たな視点とは。

世界的経営者、野中郁次郎さんが日本人に一番伝えたかったこと
世界の経営学者の野中郁次郎一橋大学名誉教授が2025年1月に逝去されました。
竹内弘高ハーバード・ビジネス・スクール元教授・現国際基督教大学理事長と共同で構築した「SECI(セキ)モデル」はビジネスパーソンなら一度は聞いたことがあるでしょう。
勘やコツなどの言語化が難しい「暗黙知」に光を当て、一人の天才のひらめきではなく「組織として知識を生み出し続ける」といったイノベーションマネジメント論の先駆けです。
この「野中理論」は特に米国で注目を浴びました。そして、米国発のソフトウェア開発マネジメント「スクラム開発」の理論的支柱となったのです。
これは大変興味深いものです。
なぜなら、過去の日本における製造業を中心に構築されたモデルが、時代を経て、海を隔て、そしてソフトウェア産業においても応用できる.......それだけの「普遍性」があるからです。
よく、「昔の日本はモノを安く物を作るだけで成長してきた」、「今はイノベーションの時代。かつての製造業型経営は通用しない」といった論調が見受けられます。しかし、野中氏や竹内氏の経営モデルがデジタル産業の発展を支えている事実を踏まえると、こうした意見はあまりに表層的ではないでしょうか。
実は野中氏は晩年、「日本は自ら強みを捨ててしまった」、「自ら考えることを止め、『欧米流』を盲目的に取り入れている」と懸念していました。何を隠そう、筆者(平岡)が2024年1月に野中氏ご本人にインタビューをした際、そのようなご意見をじかに聞いたのです。
そこで、野中氏の経営哲学に込められた経営の神髄(しんずい)に迫りたいと思います。
プロフィール:野中郁次郎(のなか いくじろう)。1935年生まれ、早大卒、富士電機製造に9年間在職し、経営企画から労働組合まで幅広く経験。その後、カリフォルニア大学バークレー校経営大学院で博士号取得。1986年に竹内氏と共同で、製品開発研究にまつわる日米比較の論文が「ハーバード・ビジネス・レビュー」に掲載されて以来、ナレッジマネジメント研究の第一人者に。ホンダやデンソー、パナソニックなどの幹部人材の育成にも注力。一橋名誉教授として生涯現役を貫いた。




