
「逆境」に強い人の条件とは? 真の「レジリエンス」を身につける方法
現代のビジネスはVUCA(不安定・不確実・複雑・曖昧)が常態化し、想定外は“例外”ではなく“前提”です。
失敗や混乱に直面した際、ただ耐えるのではなく、学び直して立ち上がる――その力が「レジリエンス(精神的回復力)」です。
本稿では、レジリエンスの定義と背景から、因子・尺度、類似概念との違い、個人と組織の特徴、向上メリット、六つの特性、測定・可視化、具体的な鍛え方までを体系的に解説します。
レジリエンスとは何か?
「レジリエンス」という言葉を耳にすると、多くの方は「強さ」や「我慢強さ」を思い浮かべるかもしれません。しかし、この概念が示す本質的な力は、“ただ耐える”のではなく、“弾力のあるしなやかさ”をもって状況に適応し、立ち直っていく能力にあります。
たとえば、仕事や家庭などでストレスフルな環境に置かれたときでも、心が折れることなく、逆境を成長の糧に変えられるのは、レジリエンスが高いからだと言えるでしょう。
レジリエンス(Resilience)の語源は、ラテン語の「resilire(跳ね返る、弾む)」に由来し、日本語では「精神的回復力」「逆境力」などと訳されることもあります。
近年の心理学・組織・防災の各分野では、レジリエンスは「単に元に戻る力」ではなく、逆境への適応と回復のプロセス(心理学)、変化の中で目的達成のために吸収・適応する能力(組織)、そして回復段階でより強靭に再構築する“ビルド・バック・ベター”(防災)まで含む――という理解が一般的です。
「メンタルタフネス」や「ストレス耐性」との違い
同じ「逆境に強い」を語る言葉でも、意味合いや射程は少しずつ異なります。以下に、レジリエンスと混同されがちな概念を整理します。
よく混同される概念とのちがい
- メンタルタフネス
強いプレッシャー下でも折れずに踏ん張る「頑強さ」を指します。気持ちを奮い立たせて耐え切る力に近く、状況に応じて視野や戦略を柔軟に切り替えることまでは含みません。
- ストレス耐性
ストレス刺激を受けても大きく崩れない「耐える力」です。防御的・受動的な側面が中心で、失敗から学び、手順や仕組みを再設計するプロセスは範囲外です。
- ストレス・コーピング(対処)
ストレスが生じた後に、感情や問題に対処する具体的な技法の総称です。レジリエンスの一部を成す重要なスキルではありますが、それ自体がレジリエンスそのものというわけではありません。
- ハーディネス(Hardiness)
「関与・統制・挑戦(commitment, control, challenge)」といった比較的安定した特性を指し、ストレスに強くなりやすい気質的土台を表します。レジリエンスはより状況依存で、トレーニングによって高めやすい点が異なります。
- 適応力/忍耐力
環境に合わせる(適応)・我慢して持ちこたえる(忍耐)といった静的な要素を中心に捉えます。レジリエンスはそれらを含みつつも、学習と再挑戦までを通じて回復軌道を自ら作り直す点が決定的に異なります。
レジリエンスが注目される背景
コロナ禍で急速に普及したリモートワークは転換点を迎えています。多くの企業が週数日の出社やハイブリッド勤務へとシフトする中、新たな課題が浮上しています。職場復帰に伴う通勤負担や対面コミュニケーションの再調整、リモート指向との価値観ギャップなど、ストレス源が再び顕在化しています。
この変化と並行して、AIやロボティクスの急速な進展により、多くの労働者が「自分の職が機械に代替されるのではないか」という実存的な不安を抱えています。さらに、ロシアのウクライナ侵攻に端を発した地政学的リスクや世界的な物価高騰が、ビジネス環境の不確実性を一層高めています。
サプライチェーンの混乱や原材料価格の乱高下により、業界を問わず経営判断の複雑性が増大し、企業も個人もかつてないレベルの適応力を求められています。
このような環境下において、変化を回避し現状維持に固執する組織や、課題の先送りを続ける組織は、致命的なリスクを抱え込むことになりかねません。
だからこそ、個人と組織が「変化を機会として捉え、継続的に学習する能力」、すなわちレジリエンスを戦略的に構築する必要があります。これを健康経営、人的資本開示、事業継続計画(BCP)、サイバーセキュリティ対策と統合的に位置づけ、組織の仕組みとして体系的に実装することが急務と言えます。
レジリエンス向上のメリット
レジリエンス向上のメリット(個人)
レジリエンスが高まると、失敗やプレッシャーに直面しても感情に飲み込まれにくくなり、回復までの時間が短くなります。結果として、日々のパフォーマンスが安定し、挑戦に伴う不安に対しても「試して学ぶ」姿勢を保ちやすくなります。小さな成功体験を積み上げやすくなるため、自己効力感が育ち、キャリアの選択肢を主体的に広げられる点も大きな利点です。
- 失敗後の立ち上がりが速くなる(回復時間の短縮)
- 感情の自己調整が効き、集中力が戻りやすい(生産性の安定)
- 小さな成功の蓄積により自己効力感が高まる(挑戦行動の増加)
レジリエンス向上のメリット(企業・組織)
組織レベルでは、外部ショックからの回復が速くなり、学習が仕組みとして回ることで再発を防ぎやすくなります。心理的安全性と再挑戦を評価する仕組みが整うと、離職・休職の抑制や、エンゲージメント・生産性の向上にもつながります。人的資本の観点でも、レジリエンスは投資家・応募者への説明可能性を高める重要な要素です。
- インシデント後の復旧が速い(業務継続性の向上)
- 離職・休職の抑制、エンゲージメントの改善
レジリエンスの因子と尺度(危険因子/保護因子・資質的/獲得的・主要尺度)
本セクションでは「なにが折れやすさを強め(=危険因子)、なにが立ち直りを助けるのか(=保護因子)」と、「それをどう測るか(=尺度)」を順番に説明します。
レジリエンスは“綱引き”
私たちの状態は、危険因子と保護因子の綱引きで決まります。危険因子が勝てば落ち込みやすく、保護因子が勝てば回復が早くなります。
- 危険因子の例:長時間労働/役割があいまい/周囲に相談しづらい/「どうせ自分はダメだ」という自己否定
- 保護因子の例:感情を落ち着かせる呼吸や整理のコツ/問題を分解して考える力/「やればできる」という手応え(自己効力感)/上司・同僚・家族などの支え
まずは、自分にとって何が“危険”、何が“保護”なのかを、ざっくりでいいので言葉にしてみましょう。
「資質的」と「獲得的」を分けて考える
保護因子には2種類あります。
- 資質的:生まれつきや性格に近い土台(楽観性・社交性など)
- 獲得的:練習で伸ばせる力(自己理解、感情の調整、問題解決、他者への相談の仕方 など)
実務では、獲得的な力を意図的に増やすのが近道です。たとえば、「落ち着く呼吸」「3行ふりかえり」「小さな成功を一つ記録」など、今日から回せる習慣はすべて“獲得的”に当たります。
どう測る?(主要な“尺度”の使い分け)
尺度は、質問に答えるだけで今の状態を見える化できる便利ツールです。まずはこれだけ覚えておきましょう。
- Brief Resilience Scale(Brief RS):6問の超短時間版。立ち直る速さを手早く確認したいとき(四半期の健康診断のように)。
- CD-RISC(Connor–Davidson):25問の標準版。粘り強さ・希望感・変化への適応まで含めて、半期ごとにしっかり確認したいとき。
そのほか、目的に応じて使われるものとして、
- RS(Wagnild & Young):個人的コンピテンス/自己受容に強い
- ARS(小塩ら):新奇性追求・感情調整・未来志向を確認
- 二次元レジリエンス要因尺度(平野BRS):資質的/獲得的のバランスを見る
実務への落とし込み(測る→話す→試す)
むずかしく考えず、小さく回すのがコツです。
- 測る:月1回 or 四半期にBrief RSで今の回復力をチェックします。
- 話す:1on1で「何が起きたか(事実)/どう受け取ったか(解釈)/次に何を試すか(行動)」を3〜5分で共有します。
- 試す:翌週までの“小さな実験”を一つ決めます(例:朝会で困りごとを一つ言う、会議後に3行ふりかえりを書くなど)。半期にCD-RISCで全体の伸びを確認します。
30秒セルフチェック(Yes/No)
- 昨日〜今日は、困りごとを24時間以内に誰かへ相談できましたか。
- 先週、「小さな成功」を一つ言葉にして残しましたか。
- 直近の失敗を、3行で別の見方に言い換えましたか。
「いいえ」が多いときは、相談・小さな成功・言い換え(リフレーミング)の3点を、まず一つずつ増やしてみてください。
これらはすべて獲得的な保護因子で、明日からでも伸ばせます。
測定と可視化(KPIと簡易ダッシュボード)
尺度で「いま」を測るだけでなく、日々のふるまいを可視化すると、改善点が見えやすくなります。
個人は行動の頻度を、チームは学習の回り方を、シンプルな指標で追うのがコツです。
個人KPI例
- 小さな成功の記録数/週
- 24時間以内の相談回数/週
- ABCDEや3行ふりかえりの実施回数/週
- 睡眠・休息の自己評価(1〜5)
チームKPI例
- ミス共有までの平均時間
- 再挑戦率(失敗後に再提案・再実行した割合)
- ナレッジ共有件数/月
- 属人タスク比率の低下
簡易ダッシュボード(運用メモ)
月初に個人・チームの目標値を決め、週次で数値と所感を一行ずつ記録します。四半期でBrief RS、半期でCD-RISCを併用すれば、主観(所感)・行動(KPI)・尺度(スコア)の三つが揃い、改善サイクルが回りやすくなります。
レジリエンスが高い人の特徴
レジリエンスが高い人に共通するのは、出来事を一面的に決めつけず、「ここから何を学べるか?」と可能性を探る姿勢です。
ミスや失敗が起きた直後でも自己否定に沈み込む前に視点を切り替え、次の一手を考え直します。
また、「自力で抱え込まない」ことも特徴です。素直に助けを求め、周囲とのコミュニケーションから情報と支援を集めることで、状況をプラスに転じやすくなります。
一方で、レジリエンスが十分でない状態では、ネガティブな出来事を長く引きずりやすく、「自分には無理だ」と思い込みが強まり、相談の機会を失ってさらに自信を失う――という悪循環が起きがちです。
この連鎖を断ち切るには、“意識してレジリエンスを育てる”ことが大切です。
〈個人〉—どんなふるまいが“しなやかさ”を生むか
個人のレジリエンスは、日々の解釈とふるまいの積み重ねで強くなります。ポイントは「見方を増やす」「感情を整える」「小さな成功を言語化する」「助け合う」の四つです。たとえば、クレーム対応後に3行で学びを書き出し、次回の改善点を1つだけ決めて動く――この小さな循環が回復力の土台になります。
- 出来事を多面的に解釈する(“全か無か思考”に陥らない)
👉「別の説明はないか?」と仮説を持ち替えます。
- 感情を自覚・調整する(切り替えが速い)
👉 深呼吸や短いふりかえりで、反応から設計された行動へ。
- 小さな達成を意図的に積み上げ、自己効力感を高める
👉「今日はここまでできた」を言葉にして残します。
- 支援を求め・与える(孤立しない)
👉 24時間以内に誰かへ相談/自分も一次受け皿になる姿勢を持ちます。
- 失敗を“情報”に変換し、予防策・再現策へ落とす
👉 事実/解釈/次の一手を分けてメモし、次回に活かします。
〈組織〉—“学ぶ仕組み”が回復の早さを決める
個人の頑張りだけでは、組織全体のレジリエンスは高まりません。鍵は「心理的安全性」「意思決定の物差し(MVV)」「挑戦を評価する制度」「復元メカニズム(BCP/サイバー/権限移譲)」「多様性の統合」です。
失敗を罰するのではなく学習資産として扱い、1on1やふりかえりで“出来事→学び→再挑戦”の回路を標準装備にすることが、変化への耐性と回復の速さを左右します。
- 心理的安全性が高く、ミスの共有から学習へつながる
👉「まず事実から聞く」対話作法が浸透しています。
- MVV(ミッション/ビジョン/バリュー)が意思決定の軸として機能
👉 迷ったときの基準が共通で、ぶれずに動けます。
- 挑戦と再挑戦を評価し、減点主義を避ける
👉 失敗は“次の提案の質”で取り返す文化をつくります。
- BCP・サイバー・権限移譲・バックアップなどの復元メカニズムが整備
👉 代替フローと責任の位置が明確で、復旧が速いです
- 多様なバックグラウンドを統合し、代替案が湧く
👉 意見の違いを衝突ではなく“選択肢の増加”として扱います。
以上をまとめると、個人の「学び直す姿勢」と、組織の「学びを回す設計」がかみ合ったとき、レジリエンスは最も強く機能します。
レジリエンスを構成する六つの特性
レジリエンスのふるまいの裏側には、実務で扱いやすい六つの特性があります。(自己認識/自制心/精神的敏捷性/楽観性/自己効力感/つながり)。
これらは相互に影響し合い、どれか一つだけを極端に伸ばすより、バランスよく少しずつ底上げすることで全体のしなやかさが増していきます。
なお研究領域では、生物学的要因や社会制度を含むより広い枠組み(八要素など)も提案されていますが、個人が今すぐ鍛えられる対象ではないため、本セクションでは介入しやすい六つに絞って解説します。
❶ 自己効力感(自分ならできるという感覚)
👉 失敗しても「また挑戦できる」と思える度合いに影響。逆境を乗り越えた経験は自信をさらに強化し、次の行動力の源泉となる。
❷ 自己認識 (自分を客観的に把握する力)
👉 強みや弱み、自分の思考パターンを理解することで、適切な対処が可能に。正確な自己認識をすることが、立ち直りへの第一歩となる。
❸ つながり(周囲とのつながり、社会的サポート)
👉 困難に直面した際、家族や同僚、信頼できる仲間、支援者の助けを得やすい環境にいることで落ち込むリスクを下げられる。「つながり」は人間関係のみならず、趣味や娯楽も含む。
❹ 自制心(感情を暴走させない術)
👉 怒りや不安に飲み込まれず、冷静さを保ちながら行動する力。自己認識によって感情や思考を把握した後、それらをコントロールして適切な行動へと導くことがレジリエンスの基盤となる。
❺ 問題解決力(困難にぶつかったときの対応力)
👉 逆境に直面した際、感情的にならずに冷静さを保ち、問題の本質的な原因を分析して適切な解決策を迅速に見出す力。この力により、状況を多角的に捉え、現実的、客観的、かつ実務的な対応が可能になる。
❻ 楽観性(未来をポジティブに捉える姿勢)
👉 前向きな見通しを持てるだけで、困難を乗り越えるエネルギーが湧きやすい。ストレスや困難を単なる脅威としてではなく、自己成長の機会として捉えることで、効果的に対処する力につながる。
これらの要素は相互に影響し合い、複数をバランスよく強化することでレジリエンス全体が底上げされるといわれています。
レジリエンスを高めるフレームワーク
上記の6要素に加えて、研究者や専門家が提案するさまざまなフレームワークを組み合わせると、自分や組織の課題に合わせて多角的にレジリエンスを育てられます。
以下は代表的なものの一例です。
1. PERMAモデル(ポジティブ心理学)
心理学者マーティン・セリグマンが提唱した、ウェルビーイング(幸福感)を構成する五つの要素です。
📌 Positive Emotion(ポジティブ感情)
📌 Engagement(没頭感)
📌 Relationships(良好な人間関係)
📌 Meaning(人生の意味・目的)
📌 Achievement(達成感)
これらの項目はそれぞれが相乗効果を生み出し、人生における喜びや充実感を高める基盤となります。たとえばポジティブな感情を増やす取り組みをしながら、没頭できる活動や良好な人間関係を築けば、辛い状況でも“しなやかな回復力”が発揮されやすくなります。
2. CD-RISC(Connor-Davidson Resilience Scale)
研究や臨床の場で広く用いられる、レジリエンスを測定する自己評価式の尺度です。標準的には25項目版が用いられ、5因子構造を仮定する研究も多く報告されています。
一般に、以下の3点を総合的に評価
するのが特徴です。
✅ 人生をコントロールできていると感じられる度合い
✅ 困難への楽観性や希望感
✅ 粘り強く対処する態度
数値化されたスコアを参考にすれば、自分の強み・弱みを客観的に把握し、強化すべきポイントを絞り込むのに役立ちます。定期的に測定し、行動変容の成果を確認することでレジリエンスを高めるモチベーションを保ちやすいというメリットもあります。
3. 「七つのスキル」アプローチ
企業研修などで導入されやすいモデルです。
📌 目的・目標設定
📌 自己客観視・自己モニタリング
📌 ポジティブ思考(リフレーミング)
📌 感情コントロール
📌 問題解決・意思決定
📌 人間関係・コミュニケーション
📌 セルフケア(休養やマインドフルネス)
これらのスキルを体系的に学び、練習することで、総合的に“しなやかな回復力”を高めることを目指します。たとえば、目標設定が明確になると自己モニタリングもしやすくなり、問題解決力や感情コントロールもよりスムーズに発揮されます。
4. GRIT(Angela Duckworth)
ペンシルベニア大学で教える心理学者アンジェラ・ダックワースによる「やり抜く力」の概念です。 「長期的な目標に対する情熱」と「粘り強さ」があるほど、逆境にぶつかっても諦めずに立ち直ろうとするエネルギーが維持しやすくなり、レジリエンスと深く関連すると考えられています。
情熱を感じる目標を設定している人は、困難に直面しても“投げ出す”より“学びながら前進する”姿勢を保ちやすく、それが長期的には大きな成果や成長につながります。
レジリエンスを高める方法
リフレーミングとマインドフルネス
リフレーミングとは、同じ出来事でも視点や捉え方を変えることで、ネガティブな印象をポジティブな学びへと転換する手法です。たとえばクレーム対応で「自分がミスをした」と思い込む代わりに、「顧客の本当のニーズを発見できるチャンス」と捉えられれば、次の改善策やサービス向上へのアイデアが生まれやすくなります。
ビジネスシーンでは納期遅延や業務上のトラブルがつきものですが、リフレーミングを習慣づけることで、単なる失敗をイノベーションや成長の糧に変換可能です。結果的に、変化の激しい環境にしなやかに対応し続けるレジリエンスを高める大きな要因となるのです。
深呼吸で自分を取り戻す
近年、日々のストレスや雑念に心を奪われすぎないために、マインドフルネスや瞑想を取り入れる人も増えてきました。深呼吸をしながら「今この瞬間」に集中し、感情の波を客観視するだけでも、落ち込みや苛立ちが和らぐ効果があるとされています。
深呼吸するときは、息を吸い込む時間に対して、吐く時間は1.5〜2倍にすると良いでしょう。たとえば、吸うのが4秒、吐くのが6秒といった割合です。これは心理療法やトラウマケアでもよく使われる方法で、苦手な場面に遭遇してパニックになりそうなとき、この呼吸を繰り返すことで副交感神経が優位になって落ち着くことがわかっています。
このようなスキルを身につけておくことでも、レジリエンスを高めることができます。
小さな成功体験とセルフチェック
どれほどポジティブに捉えようと思っても、実行が難しいと感じることは多いもの。そんなときには「セルフチェック表」で自分の落ち込みやすい場面を把握し、成功体験を意識的に蓄積することが有効です。
セルフチェック表の例:
日付落ち込みそうだった場面実際の行動成功体験○月○日会議でスピーチを任され、緊張で眠れなかった原稿をメモにまとめ、通勤途中に音読練習をした実際に話したら意外と落ち着いてできた×月×日新しく導入されたツールの使い方がわからず戸惑った公式マニュアルをざっと読み、分からない箇所は同僚に聞いた自分で抱え込まないで、周囲に頼れたのがよかった△月△日失敗するのが怖くて、なかなか取引先に電話をかけられなかった電話する前に要点をメモし、落ち着いて確認してから架電した話す順序が整理できて、思ったよりスムーズに会話できた
このように、ほんの些細な達成でも「自分はこれができた」と記録する習慣を続けると、自尊心や自己効力感が少しずつ育まれ、「もうダメだ」という気持ちに引きずられにくくなります。
組織やチームでレジリエンスを高める方法
心理的安全性の確立
個人が自己成長を目指すだけでは、組織全体のレジリエンスを効果的に高めることはできません。個人のレジリエンスと組織の回復力を橋渡しする重要な概念が「心理的安全性」です。これは、自分の考えや懸念を表明しても否定されたり罰せられたりすることがないという信念が組織内で共有されている状態を指します。
例えば、ミーティングで新人社員が斬新なアイデアを提案した際、「それは前例がないから無理だね」と一蹴されるような環境では、メンバーは徐々にリスクを取ることを避け、保守的な行動に終始するようになります。対照的に、「興味深い視点だね、もう少し詳しく聞かせてくれる?」と建設的に受け止められる職場では、たとえ一度失敗しても、その経験から学び次のチャレンジへ踏み出す人材が育っていきます。
この心理的安全性を醸成する具体的な取り組みとして、定期的な1on1ミーティングの実施が挙げられます。上司と部下が定期的に対話する機会を設けることで、業務上の不安や悩み、アイデアなどをオープンに共有しやすくなり、問題が大きくなる前に早期対応が可能になります。
「メンバーの状況を正確に把握し、適切なタイミングでサポートを提供する」といった仕組みが整うことで、組織としての柔軟性が高まり、結果として離職率の低下やエンゲージメント向上といった具体的な成果にもつながっていくのです。
失敗を肯定する文化とリーダーの共感力
ミスが起きたときに、担当者だけを責めず、原因や改善策をチーム全体で共有する文化を築くことは、組織のレジリエンス強化に不可欠です。
たとえば新商品開発で思わぬ設計ミスが発覚した際、リーダーが厳しく叱責して罰を与えると、担当者は責任を感じて苦しんでしまうかもしれません。次に同じようなミスが起こったときには、怒られることを恐れて失敗を隠蔽してしまう可能性もあります。
個人を責めるのではなくチームで責任を共有し、「ミスはどの段階で、なぜ起きたのか」を全員で検討して対策を練るプロセスを重ねれば、過ちの繰り返しを防ぐことができ、メンバー同士の絆も深まることでしょう。このような環境下であれば、不測の事態が起きても、早期にリカバリーできる柔軟性が育まれます。
結果として、変化の激しい市場や厳しい競争状況でも、社員が失敗からしなやかに立ち直り、継続的に成長していくレジリエンスを手に入れることができるのです。
多様性(ダイバーシティ)とレジリエンスの関連性
日本のビジネス環境は、従来「同質性が高い」と言われてきました。性別や年齢、国籍、障がいの有無など多様なバックグラウンドをもつ人材が少ない組織が多いのが現状です。しかし、急速な社会変化にさらされる今、多様性(ダイバーシティ)を高めることで、組織の柔軟性とレジリエンスを強化する動きが注目されつつあります。
たとえば、多国籍メンバーが参加するプロジェクトでは、初期段階こそ言語や文化の違いからトラブルが発生しやすいものの、一度解決策を見いだすと、その知見が組織全体に広がり、失敗からの立ち直りや予期せぬ問題への対応力が飛躍的に強化されます。
加えて、女性リーダーやベテラン社員、障がいのある社員など、異なる視点が融合することで従来の枠組みにとらわれない新たなイノベーションの芽が生まれやすくなります。
こうした異なる特性をもつメンバー同士が学び合う仕組みを導入すれば、新しいアイデアを試す際に多面的なフィードバックを得られ、変化の激しいビジネス環境にも十分に適応できる組織へと進化するのです。
レジリエンスを高めるために必要なスキル・習慣
継続的な学習とPDCA
レジリエンスは一朝一夕に身に付くものではなく、日々の積み重ねの中で育まれます。
特に「自己理解力」が高まると、自分がどんな状況でネガティブになりやすいかがわかり、対策を立てやすくなります。
問題解決力や感情コントロール力など、あらゆるスキルの伸びを意識するうえで、PDCAサイクル(Plan-Do-Check-Act)を回してこまめに振り返る習慣が有効です。
上司や同僚、コーチからのフィードバックを素直に受け取り、「次はこうしよう」と対策を立てていくうちに、失敗への抵抗感が減り、逆境でも折れにくい心が鍛えられていきます。
まとめ
レジリエンスは単に「我慢強い」ということではなく、逆境であっても学びや可能性を見いだし、しなやかに回復して前へ進む力です。
現代のビジネスシーンでは、このレジリエンスが企業の生産性やリスク対応力、ひいては従業員の幸せ感にも深く結びついています。
個人としてはリフレーミングやマインドフルネスなどを習慣化し、小さな成功体験を積み重ねることが大きな第一歩です。組織としては心理的安全性やミスを肯定する文化を整え、1on1面談や研修を活用して、チーム全体のしなやかさを引き上げていくことが効果的でしょう。
DXが加速する時代だからこそ、変化に柔軟に対応しながらイノベーションを創出できる人材が欠かせません。
レジリエンスを高める取り組みは、一朝一夕に成果が出るものではありませんが、継続していけば「失敗を恐れない挑戦」が文化として根づき、組織の可能性を大きく広げる可能性に満ちています。
レジリエンスとは何か?
「レジリエンス」という言葉を耳にすると、多くの方は「強さ」や「我慢強さ」を思い浮かべるかもしれません。しかし、この概念が示す本質的な力は、“ただ耐える”のではなく、“弾力のあるしなやかさ”をもって状況に適応し、立ち直っていく能力にあります。
たとえば、仕事や家庭などでストレスフルな環境に置かれたときでも、心が折れることなく、逆境を成長の糧に変えられるのは、レジリエンスが高いからだと言えるでしょう。
レジリエンス(Resilience)の語源は、ラテン語の「resilire(跳ね返る、弾む)」に由来し、日本語では「精神的回復力」「逆境力」などと訳されることもあります。
近年の心理学・組織・防災の各分野では、レジリエンスは「単に元に戻る力」ではなく、逆境への適応と回復のプロセス(心理学)、変化の中で目的達成のために吸収・適応する能力(組織)、そして回復段階でより強靭に再構築する“ビルド・バック・ベター”(防災)まで含む――という理解が一般的です。
「メンタルタフネス」や「ストレス耐性」との違い
同じ「逆境に強い」を語る言葉でも、意味合いや射程は少しずつ異なります。以下に、レジリエンスと混同されがちな概念を整理します。
よく混同される概念とのちがい
- メンタルタフネス
強いプレッシャー下でも折れずに踏ん張る「頑強さ」を指します。気持ちを奮い立たせて耐え切る力に近く、状況に応じて視野や戦略を柔軟に切り替えることまでは含みません。
- ストレス耐性
ストレス刺激を受けても大きく崩れない「耐える力」です。防御的・受動的な側面が中心で、失敗から学び、手順や仕組みを再設計するプロセスは範囲外です。
- ストレス・コーピング(対処)
ストレスが生じた後に、感情や問題に対処する具体的な技法の総称です。レジリエンスの一部を成す重要なスキルではありますが、それ自体がレジリエンスそのものというわけではありません。
- ハーディネス(Hardiness)
「関与・統制・挑戦(commitment, control, challenge)」といった比較的安定した特性を指し、ストレスに強くなりやすい気質的土台を表します。レジリエンスはより状況依存で、トレーニングによって高めやすい点が異なります。
- 適応力/忍耐力
環境に合わせる(適応)・我慢して持ちこたえる(忍耐)といった静的な要素を中心に捉えます。レジリエンスはそれらを含みつつも、学習と再挑戦までを通じて回復軌道を自ら作り直す点が決定的に異なります。
レジリエンスが注目される背景
コロナ禍で急速に普及したリモートワークは転換点を迎えています。多くの企業が週数日の出社やハイブリッド勤務へとシフトする中、新たな課題が浮上しています。職場復帰に伴う通勤負担や対面コミュニケーションの再調整、リモート指向との価値観ギャップなど、ストレス源が再び顕在化しています。
この変化と並行して、AIやロボティクスの急速な進展により、多くの労働者が「自分の職が機械に代替されるのではないか」という実存的な不安を抱えています。さらに、ロシアのウクライナ侵攻に端を発した地政学的リスクや世界的な物価高騰が、ビジネス環境の不確実性を一層高めています。
サプライチェーンの混乱や原材料価格の乱高下により、業界を問わず経営判断の複雑性が増大し、企業も個人もかつてないレベルの適応力を求められています。
このような環境下において、変化を回避し現状維持に固執する組織や、課題の先送りを続ける組織は、致命的なリスクを抱え込むことになりかねません。
だからこそ、個人と組織が「変化を機会として捉え、継続的に学習する能力」、すなわちレジリエンスを戦略的に構築する必要があります。これを健康経営、人的資本開示、事業継続計画(BCP)、サイバーセキュリティ対策と統合的に位置づけ、組織の仕組みとして体系的に実装することが急務と言えます。
レジリエンス向上のメリット
レジリエンス向上のメリット(個人)
レジリエンスが高まると、失敗やプレッシャーに直面しても感情に飲み込まれにくくなり、回復までの時間が短くなります。結果として、日々のパフォーマンスが安定し、挑戦に伴う不安に対しても「試して学ぶ」姿勢を保ちやすくなります。小さな成功体験を積み上げやすくなるため、自己効力感が育ち、キャリアの選択肢を主体的に広げられる点も大きな利点です。
- 失敗後の立ち上がりが速くなる(回復時間の短縮)
- 感情の自己調整が効き、集中力が戻りやすい(生産性の安定)
- 小さな成功の蓄積により自己効力感が高まる(挑戦行動の増加)
レジリエンス向上のメリット(企業・組織)
組織レベルでは、外部ショックからの回復が速くなり、学習が仕組みとして回ることで再発を防ぎやすくなります。心理的安全性と再挑戦を評価する仕組みが整うと、離職・休職の抑制や、エンゲージメント・生産性の向上にもつながります。人的資本の観点でも、レジリエンスは投資家・応募者への説明可能性を高める重要な要素です。
- インシデント後の復旧が速い(業務継続性の向上)
- 離職・休職の抑制、エンゲージメントの改善
レジリエンスの因子と尺度(危険因子/保護因子・資質的/獲得的・主要尺度)
本セクションでは「なにが折れやすさを強め(=危険因子)、なにが立ち直りを助けるのか(=保護因子)」と、「それをどう測るか(=尺度)」を順番に説明します。
レジリエンスは“綱引き”
私たちの状態は、危険因子と保護因子の綱引きで決まります。危険因子が勝てば落ち込みやすく、保護因子が勝てば回復が早くなります。
- 危険因子の例:長時間労働/役割があいまい/周囲に相談しづらい/「どうせ自分はダメだ」という自己否定
- 保護因子の例:感情を落ち着かせる呼吸や整理のコツ/問題を分解して考える力/「やればできる」という手応え(自己効力感)/上司・同僚・家族などの支え
まずは、自分にとって何が“危険”、何が“保護”なのかを、ざっくりでいいので言葉にしてみましょう。
「資質的」と「獲得的」を分けて考える
保護因子には2種類あります。
- 資質的:生まれつきや性格に近い土台(楽観性・社交性など)
- 獲得的:練習で伸ばせる力(自己理解、感情の調整、問題解決、他者への相談の仕方 など)
実務では、獲得的な力を意図的に増やすのが近道です。たとえば、「落ち着く呼吸」「3行ふりかえり」「小さな成功を一つ記録」など、今日から回せる習慣はすべて“獲得的”に当たります。
どう測る?(主要な“尺度”の使い分け)
尺度は、質問に答えるだけで今の状態を見える化できる便利ツールです。まずはこれだけ覚えておきましょう。
- Brief Resilience Scale(Brief RS):6問の超短時間版。立ち直る速さを手早く確認したいとき(四半期の健康診断のように)。
- CD-RISC(Connor–Davidson):25問の標準版。粘り強さ・希望感・変化への適応まで含めて、半期ごとにしっかり確認したいとき。
そのほか、目的に応じて使われるものとして、
- RS(Wagnild & Young):個人的コンピテンス/自己受容に強い
- ARS(小塩ら):新奇性追求・感情調整・未来志向を確認
- 二次元レジリエンス要因尺度(平野BRS):資質的/獲得的のバランスを見る
実務への落とし込み(測る→話す→試す)
むずかしく考えず、小さく回すのがコツです。
- 測る:月1回 or 四半期にBrief RSで今の回復力をチェックします。
- 話す:1on1で「何が起きたか(事実)/どう受け取ったか(解釈)/次に何を試すか(行動)」を3〜5分で共有します。
- 試す:翌週までの“小さな実験”を一つ決めます(例:朝会で困りごとを一つ言う、会議後に3行ふりかえりを書くなど)。半期にCD-RISCで全体の伸びを確認します。
30秒セルフチェック(Yes/No)
- 昨日〜今日は、困りごとを24時間以内に誰かへ相談できましたか。
- 先週、「小さな成功」を一つ言葉にして残しましたか。
- 直近の失敗を、3行で別の見方に言い換えましたか。
「いいえ」が多いときは、相談・小さな成功・言い換え(リフレーミング)の3点を、まず一つずつ増やしてみてください。
これらはすべて獲得的な保護因子で、明日からでも伸ばせます。
測定と可視化(KPIと簡易ダッシュボード)
尺度で「いま」を測るだけでなく、日々のふるまいを可視化すると、改善点が見えやすくなります。
個人は行動の頻度を、チームは学習の回り方を、シンプルな指標で追うのがコツです。
個人KPI例
- 小さな成功の記録数/週
- 24時間以内の相談回数/週
- ABCDEや3行ふりかえりの実施回数/週
- 睡眠・休息の自己評価(1〜5)
チームKPI例
- ミス共有までの平均時間
- 再挑戦率(失敗後に再提案・再実行した割合)
- ナレッジ共有件数/月
- 属人タスク比率の低下
簡易ダッシュボード(運用メモ)
月初に個人・チームの目標値を決め、週次で数値と所感を一行ずつ記録します。四半期でBrief RS、半期でCD-RISCを併用すれば、主観(所感)・行動(KPI)・尺度(スコア)の三つが揃い、改善サイクルが回りやすくなります。
レジリエンスが高い人の特徴
レジリエンスが高い人に共通するのは、出来事を一面的に決めつけず、「ここから何を学べるか?」と可能性を探る姿勢です。
ミスや失敗が起きた直後でも自己否定に沈み込む前に視点を切り替え、次の一手を考え直します。
また、「自力で抱え込まない」ことも特徴です。素直に助けを求め、周囲とのコミュニケーションから情報と支援を集めることで、状況をプラスに転じやすくなります。
一方で、レジリエンスが十分でない状態では、ネガティブな出来事を長く引きずりやすく、「自分には無理だ」と思い込みが強まり、相談の機会を失ってさらに自信を失う――という悪循環が起きがちです。
この連鎖を断ち切るには、“意識してレジリエンスを育てる”ことが大切です。
〈個人〉—どんなふるまいが“しなやかさ”を生むか
個人のレジリエンスは、日々の解釈とふるまいの積み重ねで強くなります。ポイントは「見方を増やす」「感情を整える」「小さな成功を言語化する」「助け合う」の四つです。たとえば、クレーム対応後に3行で学びを書き出し、次回の改善点を1つだけ決めて動く――この小さな循環が回復力の土台になります。
- 出来事を多面的に解釈する(“全か無か思考”に陥らない)
👉「別の説明はないか?」と仮説を持ち替えます。
- 感情を自覚・調整する(切り替えが速い)
👉 深呼吸や短いふりかえりで、反応から設計された行動へ。
- 小さな達成を意図的に積み上げ、自己効力感を高める
👉「今日はここまでできた」を言葉にして残します。
- 支援を求め・与える(孤立しない)
👉 24時間以内に誰かへ相談/自分も一次受け皿になる姿勢を持ちます。
- 失敗を“情報”に変換し、予防策・再現策へ落とす
👉 事実/解釈/次の一手を分けてメモし、次回に活かします。
〈組織〉—“学ぶ仕組み”が回復の早さを決める
個人の頑張りだけでは、組織全体のレジリエンスは高まりません。鍵は「心理的安全性」「意思決定の物差し(MVV)」「挑戦を評価する制度」「復元メカニズム(BCP/サイバー/権限移譲)」「多様性の統合」です。
失敗を罰するのではなく学習資産として扱い、1on1やふりかえりで“出来事→学び→再挑戦”の回路を標準装備にすることが、変化への耐性と回復の速さを左右します。
- 心理的安全性が高く、ミスの共有から学習へつながる
👉「まず事実から聞く」対話作法が浸透しています。
- MVV(ミッション/ビジョン/バリュー)が意思決定の軸として機能
👉 迷ったときの基準が共通で、ぶれずに動けます。
- 挑戦と再挑戦を評価し、減点主義を避ける
👉 失敗は“次の提案の質”で取り返す文化をつくります。
- BCP・サイバー・権限移譲・バックアップなどの復元メカニズムが整備
👉 代替フローと責任の位置が明確で、復旧が速いです
- 多様なバックグラウンドを統合し、代替案が湧く
👉 意見の違いを衝突ではなく“選択肢の増加”として扱います。
以上をまとめると、個人の「学び直す姿勢」と、組織の「学びを回す設計」がかみ合ったとき、レジリエンスは最も強く機能します。
レジリエンスを構成する六つの特性
レジリエンスのふるまいの裏側には、実務で扱いやすい六つの特性があります。(自己認識/自制心/精神的敏捷性/楽観性/自己効力感/つながり)。
これらは相互に影響し合い、どれか一つだけを極端に伸ばすより、バランスよく少しずつ底上げすることで全体のしなやかさが増していきます。
なお研究領域では、生物学的要因や社会制度を含むより広い枠組み(八要素など)も提案されていますが、個人が今すぐ鍛えられる対象ではないため、本セクションでは介入しやすい六つに絞って解説します。
❶ 自己効力感(自分ならできるという感覚)
👉 失敗しても「また挑戦できる」と思える度合いに影響。逆境を乗り越えた経験は自信をさらに強化し、次の行動力の源泉となる。
❷ 自己認識 (自分を客観的に把握する力)
👉 強みや弱み、自分の思考パターンを理解することで、適切な対処が可能に。正確な自己認識をすることが、立ち直りへの第一歩となる。
❸ つながり(周囲とのつながり、社会的サポート)
👉 困難に直面した際、家族や同僚、信頼できる仲間、支援者の助けを得やすい環境にいることで落ち込むリスクを下げられる。「つながり」は人間関係のみならず、趣味や娯楽も含む。
❹ 自制心(感情を暴走させない術)
👉 怒りや不安に飲み込まれず、冷静さを保ちながら行動する力。自己認識によって感情や思考を把握した後、それらをコントロールして適切な行動へと導くことがレジリエンスの基盤となる。
❺ 問題解決力(困難にぶつかったときの対応力)
👉 逆境に直面した際、感情的にならずに冷静さを保ち、問題の本質的な原因を分析して適切な解決策を迅速に見出す力。この力により、状況を多角的に捉え、現実的、客観的、かつ実務的な対応が可能になる。
❻ 楽観性(未来をポジティブに捉える姿勢)
👉 前向きな見通しを持てるだけで、困難を乗り越えるエネルギーが湧きやすい。ストレスや困難を単なる脅威としてではなく、自己成長の機会として捉えることで、効果的に対処する力につながる。
これらの要素は相互に影響し合い、複数をバランスよく強化することでレジリエンス全体が底上げされるといわれています。
レジリエンスを高めるフレームワーク
上記の6要素に加えて、研究者や専門家が提案するさまざまなフレームワークを組み合わせると、自分や組織の課題に合わせて多角的にレジリエンスを育てられます。
以下は代表的なものの一例です。
1. PERMAモデル(ポジティブ心理学)
心理学者マーティン・セリグマンが提唱した、ウェルビーイング(幸福感)を構成する五つの要素です。
📌 Positive Emotion(ポジティブ感情)
📌 Engagement(没頭感)
📌 Relationships(良好な人間関係)
📌 Meaning(人生の意味・目的)
📌 Achievement(達成感)
これらの項目はそれぞれが相乗効果を生み出し、人生における喜びや充実感を高める基盤となります。たとえばポジティブな感情を増やす取り組みをしながら、没頭できる活動や良好な人間関係を築けば、辛い状況でも“しなやかな回復力”が発揮されやすくなります。
2. CD-RISC(Connor-Davidson Resilience Scale)
研究や臨床の場で広く用いられる、レジリエンスを測定する自己評価式の尺度です。標準的には25項目版が用いられ、5因子構造を仮定する研究も多く報告されています。
一般に、以下の3点を総合的に評価
するのが特徴です。
✅ 人生をコントロールできていると感じられる度合い
✅ 困難への楽観性や希望感
✅ 粘り強く対処する態度
数値化されたスコアを参考にすれば、自分の強み・弱みを客観的に把握し、強化すべきポイントを絞り込むのに役立ちます。定期的に測定し、行動変容の成果を確認することでレジリエンスを高めるモチベーションを保ちやすいというメリットもあります。
3. 「七つのスキル」アプローチ
企業研修などで導入されやすいモデルです。
📌 目的・目標設定
📌 自己客観視・自己モニタリング
📌 ポジティブ思考(リフレーミング)
📌 感情コントロール
📌 問題解決・意思決定
📌 人間関係・コミュニケーション
📌 セルフケア(休養やマインドフルネス)
これらのスキルを体系的に学び、練習することで、総合的に“しなやかな回復力”を高めることを目指します。たとえば、目標設定が明確になると自己モニタリングもしやすくなり、問題解決力や感情コントロールもよりスムーズに発揮されます。
4. GRIT(Angela Duckworth)
ペンシルベニア大学で教える心理学者アンジェラ・ダックワースによる「やり抜く力」の概念です。 「長期的な目標に対する情熱」と「粘り強さ」があるほど、逆境にぶつかっても諦めずに立ち直ろうとするエネルギーが維持しやすくなり、レジリエンスと深く関連すると考えられています。
情熱を感じる目標を設定している人は、困難に直面しても“投げ出す”より“学びながら前進する”姿勢を保ちやすく、それが長期的には大きな成果や成長につながります。
レジリエンスを高める方法
リフレーミングとマインドフルネス
リフレーミングとは、同じ出来事でも視点や捉え方を変えることで、ネガティブな印象をポジティブな学びへと転換する手法です。たとえばクレーム対応で「自分がミスをした」と思い込む代わりに、「顧客の本当のニーズを発見できるチャンス」と捉えられれば、次の改善策やサービス向上へのアイデアが生まれやすくなります。
ビジネスシーンでは納期遅延や業務上のトラブルがつきものですが、リフレーミングを習慣づけることで、単なる失敗をイノベーションや成長の糧に変換可能です。結果的に、変化の激しい環境にしなやかに対応し続けるレジリエンスを高める大きな要因となるのです。
深呼吸で自分を取り戻す
近年、日々のストレスや雑念に心を奪われすぎないために、マインドフルネスや瞑想を取り入れる人も増えてきました。深呼吸をしながら「今この瞬間」に集中し、感情の波を客観視するだけでも、落ち込みや苛立ちが和らぐ効果があるとされています。
深呼吸するときは、息を吸い込む時間に対して、吐く時間は1.5〜2倍にすると良いでしょう。たとえば、吸うのが4秒、吐くのが6秒といった割合です。これは心理療法やトラウマケアでもよく使われる方法で、苦手な場面に遭遇してパニックになりそうなとき、この呼吸を繰り返すことで副交感神経が優位になって落ち着くことがわかっています。
このようなスキルを身につけておくことでも、レジリエンスを高めることができます。
小さな成功体験とセルフチェック
どれほどポジティブに捉えようと思っても、実行が難しいと感じることは多いもの。そんなときには「セルフチェック表」で自分の落ち込みやすい場面を把握し、成功体験を意識的に蓄積することが有効です。
セルフチェック表の例:
日付落ち込みそうだった場面実際の行動成功体験○月○日会議でスピーチを任され、緊張で眠れなかった原稿をメモにまとめ、通勤途中に音読練習をした実際に話したら意外と落ち着いてできた×月×日新しく導入されたツールの使い方がわからず戸惑った公式マニュアルをざっと読み、分からない箇所は同僚に聞いた自分で抱え込まないで、周囲に頼れたのがよかった△月△日失敗するのが怖くて、なかなか取引先に電話をかけられなかった電話する前に要点をメモし、落ち着いて確認してから架電した話す順序が整理できて、思ったよりスムーズに会話できた
このように、ほんの些細な達成でも「自分はこれができた」と記録する習慣を続けると、自尊心や自己効力感が少しずつ育まれ、「もうダメだ」という気持ちに引きずられにくくなります。
組織やチームでレジリエンスを高める方法
心理的安全性の確立
個人が自己成長を目指すだけでは、組織全体のレジリエンスを効果的に高めることはできません。個人のレジリエンスと組織の回復力を橋渡しする重要な概念が「心理的安全性」です。これは、自分の考えや懸念を表明しても否定されたり罰せられたりすることがないという信念が組織内で共有されている状態を指します。
例えば、ミーティングで新人社員が斬新なアイデアを提案した際、「それは前例がないから無理だね」と一蹴されるような環境では、メンバーは徐々にリスクを取ることを避け、保守的な行動に終始するようになります。対照的に、「興味深い視点だね、もう少し詳しく聞かせてくれる?」と建設的に受け止められる職場では、たとえ一度失敗しても、その経験から学び次のチャレンジへ踏み出す人材が育っていきます。
この心理的安全性を醸成する具体的な取り組みとして、定期的な1on1ミーティングの実施が挙げられます。上司と部下が定期的に対話する機会を設けることで、業務上の不安や悩み、アイデアなどをオープンに共有しやすくなり、問題が大きくなる前に早期対応が可能になります。
「メンバーの状況を正確に把握し、適切なタイミングでサポートを提供する」といった仕組みが整うことで、組織としての柔軟性が高まり、結果として離職率の低下やエンゲージメント向上といった具体的な成果にもつながっていくのです。
失敗を肯定する文化とリーダーの共感力
ミスが起きたときに、担当者だけを責めず、原因や改善策をチーム全体で共有する文化を築くことは、組織のレジリエンス強化に不可欠です。
たとえば新商品開発で思わぬ設計ミスが発覚した際、リーダーが厳しく叱責して罰を与えると、担当者は責任を感じて苦しんでしまうかもしれません。次に同じようなミスが起こったときには、怒られることを恐れて失敗を隠蔽してしまう可能性もあります。
個人を責めるのではなくチームで責任を共有し、「ミスはどの段階で、なぜ起きたのか」を全員で検討して対策を練るプロセスを重ねれば、過ちの繰り返しを防ぐことができ、メンバー同士の絆も深まることでしょう。このような環境下であれば、不測の事態が起きても、早期にリカバリーできる柔軟性が育まれます。
結果として、変化の激しい市場や厳しい競争状況でも、社員が失敗からしなやかに立ち直り、継続的に成長していくレジリエンスを手に入れることができるのです。
多様性(ダイバーシティ)とレジリエンスの関連性
日本のビジネス環境は、従来「同質性が高い」と言われてきました。性別や年齢、国籍、障がいの有無など多様なバックグラウンドをもつ人材が少ない組織が多いのが現状です。しかし、急速な社会変化にさらされる今、多様性(ダイバーシティ)を高めることで、組織の柔軟性とレジリエンスを強化する動きが注目されつつあります。
たとえば、多国籍メンバーが参加するプロジェクトでは、初期段階こそ言語や文化の違いからトラブルが発生しやすいものの、一度解決策を見いだすと、その知見が組織全体に広がり、失敗からの立ち直りや予期せぬ問題への対応力が飛躍的に強化されます。
加えて、女性リーダーやベテラン社員、障がいのある社員など、異なる視点が融合することで従来の枠組みにとらわれない新たなイノベーションの芽が生まれやすくなります。
こうした異なる特性をもつメンバー同士が学び合う仕組みを導入すれば、新しいアイデアを試す際に多面的なフィードバックを得られ、変化の激しいビジネス環境にも十分に適応できる組織へと進化するのです。
レジリエンスを高めるために必要なスキル・習慣
継続的な学習とPDCA
レジリエンスは一朝一夕に身に付くものではなく、日々の積み重ねの中で育まれます。
特に「自己理解力」が高まると、自分がどんな状況でネガティブになりやすいかがわかり、対策を立てやすくなります。
問題解決力や感情コントロール力など、あらゆるスキルの伸びを意識するうえで、PDCAサイクル(Plan-Do-Check-Act)を回してこまめに振り返る習慣が有効です。
上司や同僚、コーチからのフィードバックを素直に受け取り、「次はこうしよう」と対策を立てていくうちに、失敗への抵抗感が減り、逆境でも折れにくい心が鍛えられていきます。
まとめ
レジリエンスは単に「我慢強い」ということではなく、逆境であっても学びや可能性を見いだし、しなやかに回復して前へ進む力です。
現代のビジネスシーンでは、このレジリエンスが企業の生産性やリスク対応力、ひいては従業員の幸せ感にも深く結びついています。
個人としてはリフレーミングやマインドフルネスなどを習慣化し、小さな成功体験を積み重ねることが大きな第一歩です。組織としては心理的安全性やミスを肯定する文化を整え、1on1面談や研修を活用して、チーム全体のしなやかさを引き上げていくことが効果的でしょう。
DXが加速する時代だからこそ、変化に柔軟に対応しながらイノベーションを創出できる人材が欠かせません。
レジリエンスを高める取り組みは、一朝一夕に成果が出るものではありませんが、継続していけば「失敗を恐れない挑戦」が文化として根づき、組織の可能性を大きく広げる可能性に満ちています。


