
「合理的配慮」は対話から。成果を上げるニューロダイバーシティの本質
障がい者雇用において、合理的配慮と成果の両立は可能なのか?——この問いに対し、独自の「3ステップ」と「フルリモート」を武器に、精神・発達障がい者雇用の新たなスタンダードを築いているのが日揮グループの特例子会社・日揮パラレルテクノロジーズ(JPT)です。
同社は「ニューロダイバーシティアワード2025」においてニューロダイバーシティ賞を受賞するなど、先進事例として注目されています。
今回は同社社長の阿渡健太氏にインタビュー。阿渡氏自身も身体障がい者であり、日揮グループで障がい者採用を含めた人事担当者として勤めてきた背景があります。
なぜニューロダイバーシティには対話が必要なのか。マネジャーの属人的な頑張りに頼らない、再現性のある組織設計について伺いました。

日揮パラレルテクノロジーズ 代表取締役社長
1986年神奈川県横須賀市生まれ。先天性の両上肢障害がある。2005年に日揮(現日揮ホールディングス)入社し、人事を経験。2021年の日揮パラレルテクノロジーズ設立に携わり、2024年に社長就任。パラテコンドー日本代表選手としても活動する。
を見る
を閉じる
グループのIT業務を支えるエンジニア集団
——特例子会社とは障がい者雇用を目的に親会社が設立する企業を指しますが、障がい者には身体障がい者・知的障がい者・精神障がい者の3分類があります。日本の特例子会社の約8割が身体・知的障がい者の雇用だそうですが、日揮パラレルテクノロジーズはどのような人員構成になっていますか。
阿渡 当社は2021年1月に設立し、2026年4月時点で社員数が56人。うち53人が障がい者で、9割が精神・発達障がいを持つ人になります。年齢構成は、30代が6割、20代が25%で、他の特例子会社よりも若い人が多いのが特徴です。人事担当者は現在3人おり、うち1人はもともとエンジニアとして入社し、異動で人事を担うようになった障がい者の社員が1人います。
——事業内容は、日揮グループ内のIT業務の支援だそうですね。もともとITの技術を持っている人が多いのでしょうか?
阿渡 経験者が6割程度です。一番多いのは、健常者として働いていたものの体調を崩して退職し、就労移行支援事業所でITを学んでからうちに来るケースです。残りの未経験者は、子どものころからゲームやパソコンが好きだったけれど学校に馴染めず、検査の結果発達障がいや精神障がいが判明し、就労移行支援を経て当社に来るケースですね。
当社は入社前に1カ月のインターン期間を設け、技術力を見て面接に進みます。面接前の時点では障がいの内容は関知しません。その後の面接で障がいの自己理解と対策を見極め、採用に至ります。このプロセスがミスマッチを減らすことにつながっています。
——特に精神障がい者の方々は離職率が高いと言われています。この点についてはいかがですか。
阿渡 1年に1、2人辞める程度で、離職率は10%を切っています。自己都合退職の中には、ステップアップのための退職や、フルリモートが合わなかったことによる退職もあります。障がいの自己理解ができず、うまく成果に結びつけられなかった方は契約満了という形を取らせていただいています。
障がい者雇用を取り巻くマネジャーの悩み
——先進的な取り組みをしているJPTには、多くの企業がヒアリングに訪れているそうですね。さまざまな企業と接していらっしゃる阿渡さんから見て、各社はどのようなことに悩んでいるのでしょうか。
阿渡 大きく分けて三つあります。まず「何をどこまで配慮すればいいかわからない」。健常者側はどこまで踏み込んでいいかわからないため、関わることを面倒くさく思ったり、何か問題を起こしそうというバイアスが勝手に働く傾向があります。
二つ目は「当事者の特性と業務成果をどう結び付けていいかわからない」。対話をせずに無難な仕事を任せてしまうので、障がいのある社員はやりがいを感じられずモチベーションが上がらない。
三つ目、これが最も大きいと思いますが、「本社と同一制度であること」です。出社制度や評価基準などを本社と同じ規定にして別会社として業務を切り出しただけになっており、特性に合わせた柔軟な対応ができないことがネックになっています。
——たとえば、朝起き上がるのがつらい起立性調節障がいのある人は、決まった時刻に出社する働き方が難しそうですが、制度が硬直していると、そうした人を受け入れられない、ということでしょうか?
阿渡 そうですね。また、出張ができないと採用できないケースもあるようです。そういう基準があると、採用できる人の幅が非常に狭くなります。当社はフルリモート・フルフレックスで、いつ何時間働いてもよいとしています。

——親会社とはまったく異なる人事制度ですね。なぜそうしたのですか。
阿渡 私が本社で障がい者採用をしていたころ、1年で1人も採用できない時期がありました。役員の最終面接で、精神疾患や発達障がいのある人は「リスクが高い」と落とされてしまうのです。背景には手厚い休業制度がありました。
会社が万全に守る仕組みがあるからこそ、経営側はこうした特性を持つ人たちの採用を「会社が負いきれないリスク」として捉えてしまい、雇用につながらない。結局、症状が安定している身体障がい者中心の採用になってしまいますが、それだと社会全体で見たときに、新しい雇用は全く生まれていないことになります。
そこで、この特例子会社をつくるときには、手厚い福利厚生はやめました。ノーワーク・ノーペイ。とにかく入社のハードルをぐっと下げました。休職期間は3カ月と決め、復帰できなければ退職というサイクルを回しています。その結果、業務成果を残せて体調管理ができる人だけが残っていきました。
——本社よりも福利厚生が乏しいという見方もできます。障がいを持つ方々からの反応は?
阿渡 まず、働きやすいと。フルリモート・フルフレックスで、自分の働きやすい環境・時間帯で働けることは非常に重要です。また、日本の特例子会社の平均年収が200万円と言われる中で、当社の標準年収は350万円スタートですから、賃金水準の競争力もあります。
JPT流・合理的配慮のプロセス
——JPTでは、合理的配慮をどのようなプロセスで決定されているのでしょうか。
阿渡 まず従業員に「開示」してもらいます。自分のできること・できないこと、得意・不得意、さらにできないことについては「こうすればできる」というところまで具体化するよう伝えています。マネジメント側はその内容を受容し、特性を踏まえて業務を設計します。次に、従業員は「貢献」します。整えられた環境で成果を残すことに注力してもらいます。最後に、マネジメント側はその人に業務をどんどん「委譲」していきます。
このサイクルを回し続けることで、配慮される存在だった人が戦力に変わり、マネジメントも属人的な対応から再現性のある設計になっていきます。社員が増えてくると、対応のパターンも見えてきます。「この新入社員はあの人のケースに似ているな」と応じやすくなるのです。

——うまくいかせるためのポイントはありますか。
阿渡 大半の社員は苦い経験をしてきており、成功体験が少ないです。ですから、小さい仕事でもよいからやり遂げてもらい、成功体験を積み重ねてもらいます。それが自信につながり、もっと大きな仕事をしたいという人が増えていきます。
極端な例では、朝まったく起きられない人がいて、昼の一時から夜の十時まで仕事をしています。9時出社も無理、打ち合わせもすっぽかす。でも成果が出ているから問題ありません。
——うまくいかないこともありましたか。
阿渡 期待値調整がうまくできず退職してしまった人がいました。成果はあげていましたが、「本当にできているのかな」と不安になりやすい特性を持っていて、落ち込みが続き休職してしまいました。当社では全員の働きやすさのためにフルリモートを導入していますが、この人にとってはかえって不安を抱え込む要因になっていたのです。
どんな施策も、全員にとっての正解にはなりません。だからこそ、環境調整だけでなく、相手の抱えている思いを対話を通じて確かめ続けることが欠かせません。
もう一つは、会話が嚙み合わないケースです。「こういう配慮をしてほしい」と言われて対応すると、「そんな配慮をされると障がい者扱いされた気がする」と言われてしまう。この場合は、対応が難しいですね。
ポイントは指示の解像度を上げること
——伝え方で気をつけていることはありますか。
阿渡 口頭が良い人とテキストが良い人がいますし、情報は最小限が良いのか、背景も踏まえてしっかり伝えたほうが良いのかも人によって違うため、本人に聞いたうえで選択しています。気を付けているのは、抽象的な言葉を使わず、事実をもとに話をすることです。「今日は頑張ったね」では抽象度が高い。「今日のあなたの○○という行動には頑張りが見えました」というように、事実ベースで解像度を上げて伝えることが大切です。
——それは特例子会社に限らず、すべての企業の上司部下の関係で取るべきコミュニケーションですよね。
阿渡 正直なところ、障がいの有無に関係なく同じことが言えると思います。私たちのやっていることは、別に特別なことではありません。
——誤解が生まれないようにするために、どんな工夫をしていますか。
阿渡 3カ月に一度「四半期面談」を全社員に対して行っています。この四半期で取り組んだこと、次の四半期の目標を確認し、期待値の調整や不安・悩みを言語化して次につなげます。年4回やることで、評価への納得感が生まれます。これが一番大切なんです。いまは3人の経営陣で手分けして、1人50分×50人分行っています。
——障がい者の部下を持つ場合、普段と異なるストレスはありますか?
阿渡 あります。文脈で理解するということが難しいので、具体的に伝えないと「何を言っているのかわかりません」とストレートに言われます。「これちょっと早めにやっておいて」と言うと、「『早め』っていつですか?」と返ってくる。何月何日何時までというところまで落とし込まないといけません。伝わらないのは上司の責任ですから、私たちも努力してしっかりと伝えられるようになりました。

また、フルリモートゆえに思考が膨らんでしまうことにも注意が必要です。当社ではTeamsとDiscordを使い分けていて、業務以外の交流はDiscordで行っています。当初私は良いなと思った投稿に「いいね」をしていたのですが、「いいね」をしなかった投稿を「否定された」と思い込んで気分が落ち込んだ社員がいました。
非対面コミュニケーションにおいては、発信側の意図とは裏腹に、受け手側で「否定」などのネガティブな解釈が膨らんでしまうリスクが常にあります。経営陣は、自分の「反応」だけでなく「反応しないこと」がどう受け取られるかまでを意識し、意図しないズレを生ませないための慎重な関わりが求められます。
——繊細すぎて言っていないことまで読み取ってしまう人もいれば、細かく言わないと伝わらない人もいるのですね。
阿渡 本当に人それぞれです。でも良いところもそれぞれで、繊細な人は「気づきやすい」ことが強みになります。公式noteの記事のレビューをしてもらうと、私では気づかない視点で「この文章はこういう意味に取られかねないです」と指摘してくれます。そこは本当にすごいと思っています。
——フルリモートでのマネジメントは大変そうですね。
阿渡 でも、フルリモートだから対応できているところもあります。悩みや報告がテキストで届くので、一旦反応せず深呼吸してじっくり考えられます。他の経営陣と相談もできます。毎日対面だったらもっと大変だったと思います。
組織をつくるのは対話である
——チームや組織全体の心理的安全性を高めるアプローチはありますか。
阿渡 プロジェクトマネジャーが「ノーミングセッション」を行っています。30分程度、一緒に仕事をするメンバーでオンライン上に集まり、「打ち合わせが苦手なのでテキストで指示してください」など、それぞれの得意不得意を表明し合います。この意思疎通が、仕事への取り組みやすさに直結しています。
また、週に1度「みんつく会」を開催しています。「みんなで作る会議」の略で、就業規則や規定で決まっていないことをみんなで決める場です。たとえば「カフェで働く場合にWi-Fiをつないで良いのか」といったテーマを民主的に決めます。障がいのある社員に見えている景色は、健常者には分からないからこそ、みんなで決め、決めたことはみんなで守るという文化にしています。
——社長のいる場で意見をはっきり言えるのですね。その雰囲気はどうやって作っているのですか。
阿渡 私たちが隠したり意見を潰したりしないからだと思います。ただ、心理的安全性が高いから何でも言っていいというわけではありません。いつも伝えているのは「言うのは良いけれど代替案を出してください」。文句を言うだけならだれでもできるからです。

「普通はこうだ」を空にする
——専門知識がなくても今日から実行できる、対話のコツはありますか。
阿渡 まず、傾聴が大切です。以前受けたトレーニングで、自分の心にある“コップの水”を全部からにして目の前の人の話を聞く、ということを意識するようになりました。空になっていないと、話を聞いている途中で「普通はこうだ」と自分の主張が出てきてしまうんです。何とかしたいと思うから、いっぱい考えている。それを吐き出せていないから相談に来るんです。
だからこちらから何かを言うのではなく、吐き出させる。話しているうちにだんだん自分で答えが出てくる。それを導き出してあげることのほうが大事です。聞き終えたら、会社としての考えや私の意見を踏まえて説明します。
——最後に、ニューロダイバーシティに取り組んでいるマネジャーにメッセージをいただけますか。
阿渡 まずは、一緒に働いてみることです。一緒に働いてみると、伝えるべきことは健常者と変わらないですし、なにか特別なことをしなければいけないわけではないと気づくはずです。だって、同じ人間なんですから。
JPTのやっていることは、本当は特別なことではありません。部下に解像度高く指示する、従業員がそれを受け止めて貢献する、というのは上司と部下の対話として、ごく当たり前のやりとりです。当事者と対話を繰り返して経験を積めば、特性に応じた対処の引き出しが増え、対処できるようになります。
フルリモートなど、本社にはない仕組みを取り入れたほうがいいこともあります。大企業であれば、旗を立てる人がいて、それを許容してくれる経営者が必要。それが整えば、どの会社でも成果を上げられると思っています。
(撮影:小島マサヒロ)
グループのIT業務を支えるエンジニア集団
——特例子会社とは障がい者雇用を目的に親会社が設立する企業を指しますが、障がい者には身体障がい者・知的障がい者・精神障がい者の3分類があります。日本の特例子会社の約8割が身体・知的障がい者の雇用だそうですが、日揮パラレルテクノロジーズはどのような人員構成になっていますか。
阿渡 当社は2021年1月に設立し、2026年4月時点で社員数が56人。うち53人が障がい者で、9割が精神・発達障がいを持つ人になります。年齢構成は、30代が6割、20代が25%で、他の特例子会社よりも若い人が多いのが特徴です。人事担当者は現在3人おり、うち1人はもともとエンジニアとして入社し、異動で人事を担うようになった障がい者の社員が1人います。
——事業内容は、日揮グループ内のIT業務の支援だそうですね。もともとITの技術を持っている人が多いのでしょうか?
阿渡 経験者が6割程度です。一番多いのは、健常者として働いていたものの体調を崩して退職し、就労移行支援事業所でITを学んでからうちに来るケースです。残りの未経験者は、子どものころからゲームやパソコンが好きだったけれど学校に馴染めず、検査の結果発達障がいや精神障がいが判明し、就労移行支援を経て当社に来るケースですね。
当社は入社前に1カ月のインターン期間を設け、技術力を見て面接に進みます。面接前の時点では障がいの内容は関知しません。その後の面接で障がいの自己理解と対策を見極め、採用に至ります。このプロセスがミスマッチを減らすことにつながっています。
——特に精神障がい者の方々は離職率が高いと言われています。この点についてはいかがですか。
阿渡 1年に1、2人辞める程度で、離職率は10%を切っています。自己都合退職の中には、ステップアップのための退職や、フルリモートが合わなかったことによる退職もあります。障がいの自己理解ができず、うまく成果に結びつけられなかった方は契約満了という形を取らせていただいています。
障がい者雇用を取り巻くマネジャーの悩み
——先進的な取り組みをしているJPTには、多くの企業がヒアリングに訪れているそうですね。さまざまな企業と接していらっしゃる阿渡さんから見て、各社はどのようなことに悩んでいるのでしょうか。
阿渡 大きく分けて三つあります。まず「何をどこまで配慮すればいいかわからない」。健常者側はどこまで踏み込んでいいかわからないため、関わることを面倒くさく思ったり、何か問題を起こしそうというバイアスが勝手に働く傾向があります。
二つ目は「当事者の特性と業務成果をどう結び付けていいかわからない」。対話をせずに無難な仕事を任せてしまうので、障がいのある社員はやりがいを感じられずモチベーションが上がらない。
三つ目、これが最も大きいと思いますが、「本社と同一制度であること」です。出社制度や評価基準などを本社と同じ規定にして別会社として業務を切り出しただけになっており、特性に合わせた柔軟な対応ができないことがネックになっています。
——たとえば、朝起き上がるのがつらい起立性調節障がいのある人は、決まった時刻に出社する働き方が難しそうですが、制度が硬直していると、そうした人を受け入れられない、ということでしょうか?
阿渡 そうですね。また、出張ができないと採用できないケースもあるようです。そういう基準があると、採用できる人の幅が非常に狭くなります。当社はフルリモート・フルフレックスで、いつ何時間働いてもよいとしています。

——親会社とはまったく異なる人事制度ですね。なぜそうしたのですか。
阿渡 私が本社で障がい者採用をしていたころ、1年で1人も採用できない時期がありました。役員の最終面接で、精神疾患や発達障がいのある人は「リスクが高い」と落とされてしまうのです。背景には手厚い休業制度がありました。
会社が万全に守る仕組みがあるからこそ、経営側はこうした特性を持つ人たちの採用を「会社が負いきれないリスク」として捉えてしまい、雇用につながらない。結局、症状が安定している身体障がい者中心の採用になってしまいますが、それだと社会全体で見たときに、新しい雇用は全く生まれていないことになります。
そこで、この特例子会社をつくるときには、手厚い福利厚生はやめました。ノーワーク・ノーペイ。とにかく入社のハードルをぐっと下げました。休職期間は3カ月と決め、復帰できなければ退職というサイクルを回しています。その結果、業務成果を残せて体調管理ができる人だけが残っていきました。
——本社よりも福利厚生が乏しいという見方もできます。障がいを持つ方々からの反応は?
阿渡 まず、働きやすいと。フルリモート・フルフレックスで、自分の働きやすい環境・時間帯で働けることは非常に重要です。また、日本の特例子会社の平均年収が200万円と言われる中で、当社の標準年収は350万円スタートですから、賃金水準の競争力もあります。
JPT流・合理的配慮のプロセス
——JPTでは、合理的配慮をどのようなプロセスで決定されているのでしょうか。
阿渡 まず従業員に「開示」してもらいます。自分のできること・できないこと、得意・不得意、さらにできないことについては「こうすればできる」というところまで具体化するよう伝えています。マネジメント側はその内容を受容し、特性を踏まえて業務を設計します。次に、従業員は「貢献」します。整えられた環境で成果を残すことに注力してもらいます。最後に、マネジメント側はその人に業務をどんどん「委譲」していきます。
このサイクルを回し続けることで、配慮される存在だった人が戦力に変わり、マネジメントも属人的な対応から再現性のある設計になっていきます。社員が増えてくると、対応のパターンも見えてきます。「この新入社員はあの人のケースに似ているな」と応じやすくなるのです。

——うまくいかせるためのポイントはありますか。
阿渡 大半の社員は苦い経験をしてきており、成功体験が少ないです。ですから、小さい仕事でもよいからやり遂げてもらい、成功体験を積み重ねてもらいます。それが自信につながり、もっと大きな仕事をしたいという人が増えていきます。
極端な例では、朝まったく起きられない人がいて、昼の一時から夜の十時まで仕事をしています。9時出社も無理、打ち合わせもすっぽかす。でも成果が出ているから問題ありません。
——うまくいかないこともありましたか。
阿渡 期待値調整がうまくできず退職してしまった人がいました。成果はあげていましたが、「本当にできているのかな」と不安になりやすい特性を持っていて、落ち込みが続き休職してしまいました。当社では全員の働きやすさのためにフルリモートを導入していますが、この人にとってはかえって不安を抱え込む要因になっていたのです。
どんな施策も、全員にとっての正解にはなりません。だからこそ、環境調整だけでなく、相手の抱えている思いを対話を通じて確かめ続けることが欠かせません。
もう一つは、会話が嚙み合わないケースです。「こういう配慮をしてほしい」と言われて対応すると、「そんな配慮をされると障がい者扱いされた気がする」と言われてしまう。この場合は、対応が難しいですね。
ポイントは指示の解像度を上げること
——伝え方で気をつけていることはありますか。
阿渡 口頭が良い人とテキストが良い人がいますし、情報は最小限が良いのか、背景も踏まえてしっかり伝えたほうが良いのかも人によって違うため、本人に聞いたうえで選択しています。気を付けているのは、抽象的な言葉を使わず、事実をもとに話をすることです。「今日は頑張ったね」では抽象度が高い。「今日のあなたの○○という行動には頑張りが見えました」というように、事実ベースで解像度を上げて伝えることが大切です。
——それは特例子会社に限らず、すべての企業の上司部下の関係で取るべきコミュニケーションですよね。
阿渡 正直なところ、障がいの有無に関係なく同じことが言えると思います。私たちのやっていることは、別に特別なことではありません。
——誤解が生まれないようにするために、どんな工夫をしていますか。
阿渡 3カ月に一度「四半期面談」を全社員に対して行っています。この四半期で取り組んだこと、次の四半期の目標を確認し、期待値の調整や不安・悩みを言語化して次につなげます。年4回やることで、評価への納得感が生まれます。これが一番大切なんです。いまは3人の経営陣で手分けして、1人50分×50人分行っています。
——障がい者の部下を持つ場合、普段と異なるストレスはありますか?
阿渡 あります。文脈で理解するということが難しいので、具体的に伝えないと「何を言っているのかわかりません」とストレートに言われます。「これちょっと早めにやっておいて」と言うと、「『早め』っていつですか?」と返ってくる。何月何日何時までというところまで落とし込まないといけません。伝わらないのは上司の責任ですから、私たちも努力してしっかりと伝えられるようになりました。

また、フルリモートゆえに思考が膨らんでしまうことにも注意が必要です。当社ではTeamsとDiscordを使い分けていて、業務以外の交流はDiscordで行っています。当初私は良いなと思った投稿に「いいね」をしていたのですが、「いいね」をしなかった投稿を「否定された」と思い込んで気分が落ち込んだ社員がいました。
非対面コミュニケーションにおいては、発信側の意図とは裏腹に、受け手側で「否定」などのネガティブな解釈が膨らんでしまうリスクが常にあります。経営陣は、自分の「反応」だけでなく「反応しないこと」がどう受け取られるかまでを意識し、意図しないズレを生ませないための慎重な関わりが求められます。
——繊細すぎて言っていないことまで読み取ってしまう人もいれば、細かく言わないと伝わらない人もいるのですね。
阿渡 本当に人それぞれです。でも良いところもそれぞれで、繊細な人は「気づきやすい」ことが強みになります。公式noteの記事のレビューをしてもらうと、私では気づかない視点で「この文章はこういう意味に取られかねないです」と指摘してくれます。そこは本当にすごいと思っています。
——フルリモートでのマネジメントは大変そうですね。
阿渡 でも、フルリモートだから対応できているところもあります。悩みや報告がテキストで届くので、一旦反応せず深呼吸してじっくり考えられます。他の経営陣と相談もできます。毎日対面だったらもっと大変だったと思います。
組織をつくるのは対話である
——チームや組織全体の心理的安全性を高めるアプローチはありますか。
阿渡 プロジェクトマネジャーが「ノーミングセッション」を行っています。30分程度、一緒に仕事をするメンバーでオンライン上に集まり、「打ち合わせが苦手なのでテキストで指示してください」など、それぞれの得意不得意を表明し合います。この意思疎通が、仕事への取り組みやすさに直結しています。
また、週に1度「みんつく会」を開催しています。「みんなで作る会議」の略で、就業規則や規定で決まっていないことをみんなで決める場です。たとえば「カフェで働く場合にWi-Fiをつないで良いのか」といったテーマを民主的に決めます。障がいのある社員に見えている景色は、健常者には分からないからこそ、みんなで決め、決めたことはみんなで守るという文化にしています。
——社長のいる場で意見をはっきり言えるのですね。その雰囲気はどうやって作っているのですか。
阿渡 私たちが隠したり意見を潰したりしないからだと思います。ただ、心理的安全性が高いから何でも言っていいというわけではありません。いつも伝えているのは「言うのは良いけれど代替案を出してください」。文句を言うだけならだれでもできるからです。

「普通はこうだ」を空にする
——専門知識がなくても今日から実行できる、対話のコツはありますか。
阿渡 まず、傾聴が大切です。以前受けたトレーニングで、自分の心にある“コップの水”を全部からにして目の前の人の話を聞く、ということを意識するようになりました。空になっていないと、話を聞いている途中で「普通はこうだ」と自分の主張が出てきてしまうんです。何とかしたいと思うから、いっぱい考えている。それを吐き出せていないから相談に来るんです。
だからこちらから何かを言うのではなく、吐き出させる。話しているうちにだんだん自分で答えが出てくる。それを導き出してあげることのほうが大事です。聞き終えたら、会社としての考えや私の意見を踏まえて説明します。
——最後に、ニューロダイバーシティに取り組んでいるマネジャーにメッセージをいただけますか。
阿渡 まずは、一緒に働いてみることです。一緒に働いてみると、伝えるべきことは健常者と変わらないですし、なにか特別なことをしなければいけないわけではないと気づくはずです。だって、同じ人間なんですから。
JPTのやっていることは、本当は特別なことではありません。部下に解像度高く指示する、従業員がそれを受け止めて貢献する、というのは上司と部下の対話として、ごく当たり前のやりとりです。当事者と対話を繰り返して経験を積めば、特性に応じた対処の引き出しが増え、対処できるようになります。
フルリモートなど、本社にはない仕組みを取り入れたほうがいいこともあります。大企業であれば、旗を立てる人がいて、それを許容してくれる経営者が必要。それが整えば、どの会社でも成果を上げられると思っています。
(撮影:小島マサヒロ)




