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なぜ「人を大切にする」だけでは組織は動かないのか? 停滞を突破する人事のありかた
なぜ「人を大切にする」だけでは組織は動かないのか?  停滞を突破する人事のありかた

なぜ「人を大切にする」だけでは組織は動かないのか? 停滞を突破する人事のありかた

人事が立つべきは、経営と現場が交差する「葛藤の中心」である。

「人を大切にするだけでは組織は動かない」と断じるのは、組織設計のプロフェッショナルとして、理論と現場の往復を続けてきた株式会社壺中天 代表・坪谷邦生氏だ。経営の論理と現場の状況、あるいは短期と中長期の成果。その板挟みをいかに「統合」し、双方を最大化させるのか。

 本稿では「人を生かして事をなす」という坪谷氏の持論を深掘りし、組織と人が同時に躍動するための確信、そして人事が本来持つべき役割を紐解いていく。

坪谷邦生

株式会社壺中天 代表取締役、壺中人事塾 塾長。中小企業診断士、認定スクラムマスター。立命館大学理工学部卒業後、エンジニアとしてIT企業に入社。現場の疲弊を解決すべく人事へ転身し、実務からマネジメントまでを経験。その後、リクルートマネジメントソリューションズにて50社以上の人事制度構築や組織開発に従事。2016年、アカツキの人事企画室立ち上げを経て、2020年に「人事の意志をカタチにする」ことを目的として、壺中天を設立。代表と塾長を務める。Type image caption here (optional)

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人事とは、「人を生かして事をなす」。これが私の持論です。「人事」という熟語には、すでにこの意味が込められています。人を生かし、そして事をなす。どちらか一方では足りない。両方が同時に実現されて初めて、人事と呼べます。

人事という仕事は、会社の中の「交差点」に立っているようなもので、あちらを立てればこちらが立たずという葛藤が常にあります。

経営者の声だけを聞いて現場を無視してもうまくいかず、逆に現場の状況だけを優先しても経営層と噛み合いません。短期的な成果だけを追えば、中長期の成果はかえって損なわれてしまいます。私はこうした対立をいかに「統合」するかについてずっと考えてきました。

一般的に、人事はどちらかに偏りやすいものです。「人を大切に」という言葉のもとで対話や関係性を重視するあまり成果が出ない組織。あるいは、ノルマと数字だけを追いかけ、人が疲弊して辞め続ける組織。どちらも日常的に目にする光景ですが、私はそのどちらも「人事」ではないと考えます。

人が生き生きしていて、かつ事がなされている。その状態をどちらも同時に実現することが、人事という仕事の本質だと捉えています。

この主張を支えるのは、特定のエビデンスではなく、人類の知の蓄積です。

哲学でいえばアリストテレスの「中庸」、西田幾多郎の「絶対矛盾的自己同一」の概念……、そして私が一番ベースに置いているのは、ケン・ウィルバーの「インテグラル理論」※です。

インテグラル理論

ケン・ウィルバーが提唱した、世の中のあらゆる事象を「個・集団」「内面・外面」という「四つの象限(AQAL)」で捉える包括的フレームワーク。ビジネスにおいては、個人の意識と組織のシステムを統合的に扱う手法として、名著『ティール組織』(フレデリック・ラルー著)の基盤にもなっている。

東洋・西洋を問わず、あらゆる知をたどっていくと、対立するものを一方に振り切るのではなく、「統合」することの大切さに行き着きます。

ここで注意したいのは、「統合」は「バランス」とは異なるということです。バランスというと、六対四や二対八といったトレードオフの話になりがちですが、統合はどちらかを下げるのではなく、どちらも「上げる」ことの同時実現を目指すということです。

エピソードで説明しましょう。チームの業績が上がらずトラブルが頻発し、高い目標を課されているマネジャーがいたとします。チームには、なかなか育たない若手のA君と、部下育成の経験がない先輩社員のB君がいます。目の前のトラブルに即応するなら、マネジャー自身が動くのが最も確実です。

しかしそこであえて、「B君がA君を指導しながらトラブルを解決する」という一手を選びます。もちろん解決が遅れるリスクはある。それでもこの一手を選ぶのは、目の前の問題を単体で処理するのではなく、「人」と「事」を同時に動かすためです。結果として、トラブル解決という短期の「事」と、OJTによる短期の人材育成が同時に進みます。

さらにB君には「これは将来マネジャーになるための経験だ」と位置づけて伝えることで、今回の育成が中長期のキャリア開発にもつながります。そしてこのトラブル解決がチームの目指す姿への一歩でもあると示せれば、中長期の「事」にも波及します。

複数の課題を別々に処理するのではなく、リスクを引き受けながら一つの打ち手に束ねる。これが「統合」の考え方です。

調査によれば、優れたマネジャーの仕事の七割はこの「同時実現」で行われているといいます。裏を返せば、「同時実現できる」と知っているかどうかが、打ち手の質を大きく左右するということ。知らなければ最初からその発想が生まれず、すべて単発の打ち手になってしまいます。

この持論は、大学時代のマジックサークルでの経験が原点です。

そのサークルで出会ったある先輩が、普通のサークルリーダーとは異なる珍しい人でした。学生であっても「覚えたことを発表するだけの会をやるな。300人のホールで、本物のエンターテインメントショーをやるぞ」と言う人でした。目標を高く掲げ、そこに向けてメンバーのエネルギーを集結させていきます。

そして一人ひとりの個性を見て、その人の強みを引き出しながらショーを作っていくのです。たとえば私が「こんなショーをやってみたいです」と言えば、それをどうやって作るかみんなで考えを出し合える場を設けるような人でした。

私はそこで初めて、「指し示す」ことの力を体感しました。方向性を示し、全員のエネルギーを集め、一人ひとりを生かしながら事をなす。言葉にするとシンプルですが、それを実現している人を間近で見たのは、その先輩が初めてでした。

印象的なのは、全員でも十一人しかいないのに、練習をしない五人のメンバーを退会させたことです。「本気でいいステージを作りたいのに、本気じゃない人と一緒にやるのは良くない」というその厳しさは、まさに『ビジョナリー・カンパニー2』で説かれる「誰をバスに乗せるか」という概念そのものでした。残ったメンバーで作り上げたショーの後の打ち上げの一杯は、人生で一番美味しいものでした 。

余談ですが、私がよく指を一本立てるポーズをするのは、この先輩が言っていた「指し示す」を象徴しています。

「人が生き生きしているだけではダメなのか」という反論はよく聞きます。

対話を重視すること自体は間違いではありません。そもそも1on1は、「事」に偏りすぎていた組織に「人」のアプローチを取り戻すために生まれたものだと理解しています。しかし今、その1on1が目的化し、雑談や愚痴の場、あるいは単なる業績確認の場になっているケースが散見されます。メンバーはご機嫌でも業績は下がり続ける。これは「人」だけが生きて「事」がなされていない状態です。

逆に「事だけ追えばいい」という考えも、成長期は良くても、いずれ頭打ちが来たときに組織を停滞させます。

強い組織は、対話(ダイアログ)と議論(ディスカッション)を使い分けます。対話とは、お互いの考えや状況を場に出しながら、共通の意味や目的を醸成していくプロセスです。

一方、議論は結論を出すものです。どちらか一方では足りません。対話で意味を共有し、議論で腹を括って決める。この両方を状況に応じて使いこなせることが、チームの力です。「対話が大事」と言い続けるだけで決定を避けるのは、ケン・ウィルバーが「グリーンの弊害」※と呼んだ現象でもあります。

グリーンの弊害

多様性や平等を重んじるあまり、全員の合意形成に固執して意思決定が停滞したり、必要な序列やリーダーシップまで否定して組織が機能不全に陥ったりする状態を指す。これらはグリーンの価値そのものの問題というよりも、行き過ぎや固定化によって生じる側面である。

「正解がわからないから決められない」というマネジャーもいますが、それは逃げているのと同じです。意思決定とは、わからない中で腹を括って決めること。決めて、失敗して、悩んで、次の手を見つける。それ以外に道はありません。

私自身、学生時代に出会った先輩のもとで、「人も成果も両立するマネジメント」を初めて体感しました。それは理屈ではなく、「こういう状態があるのか」と腑に落ちる感覚でした。私が今目指しているのは私が今目指しているのは、1,000万人にこの感覚を体験してもらうことです。

日本の労働人口約6,000万人のうち、16%にあたる1,000万人が「人と事の同時実現」を体験すれば、社会全体のキャズムを超えられると考えています。

この概念は、知識だけでは届きません。ドラッカーですら、優れた上司のもとでの実体験がなければマネジメントを理解できなかったと言っています。そこで私は、「人と事の同時実現」の感覚を体験してもらうためのボードゲームを作りました。「体験→理解」のサイクルを通じて、この考えを広げています。

「人を生かして事をなす」が当たり前になった組織では、エンゲージメントや業績といった個別の指標を追う前に、そもそも「人と事は両立できる」という確信が全員にあるはずです。その確信が土台になって初めて、施策が機能します。

まずは「できる」と知ること。そして一度でも体験すること。そこから、人事は変わっていくでしょう。

(撮影:黒羽政士)

🔹本インタビューの際に坪谷さんの人事としてのキャリアの歩みを詳細にうかがいました。20年に及ぶ試行錯誤、葛藤、挑戦を赤裸々に語ってくださったインタビュー記事を併せてご覧ください。

『理論書には答えがなかった。25年の実践の末に辿り着いた、人事の本質』


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人事とは、「人を生かして事をなす」。これが私の持論です。「人事」という熟語には、すでにこの意味が込められています。人を生かし、そして事をなす。どちらか一方では足りない。両方が同時に実現されて初めて、人事と呼べます。

人事という仕事は、会社の中の「交差点」に立っているようなもので、あちらを立てればこちらが立たずという葛藤が常にあります。

経営者の声だけを聞いて現場を無視してもうまくいかず、逆に現場の状況だけを優先しても経営層と噛み合いません。短期的な成果だけを追えば、中長期の成果はかえって損なわれてしまいます。私はこうした対立をいかに「統合」するかについてずっと考えてきました。

一般的に、人事はどちらかに偏りやすいものです。「人を大切に」という言葉のもとで対話や関係性を重視するあまり成果が出ない組織。あるいは、ノルマと数字だけを追いかけ、人が疲弊して辞め続ける組織。どちらも日常的に目にする光景ですが、私はそのどちらも「人事」ではないと考えます。

人が生き生きしていて、かつ事がなされている。その状態をどちらも同時に実現することが、人事という仕事の本質だと捉えています。

この主張を支えるのは、特定のエビデンスではなく、人類の知の蓄積です。

哲学でいえばアリストテレスの「中庸」、西田幾多郎の「絶対矛盾的自己同一」の概念……、そして私が一番ベースに置いているのは、ケン・ウィルバーの「インテグラル理論」※です。

インテグラル理論

ケン・ウィルバーが提唱した、世の中のあらゆる事象を「個・集団」「内面・外面」という「四つの象限(AQAL)」で捉える包括的フレームワーク。ビジネスにおいては、個人の意識と組織のシステムを統合的に扱う手法として、名著『ティール組織』(フレデリック・ラルー著)の基盤にもなっている。

東洋・西洋を問わず、あらゆる知をたどっていくと、対立するものを一方に振り切るのではなく、「統合」することの大切さに行き着きます。

ここで注意したいのは、「統合」は「バランス」とは異なるということです。バランスというと、六対四や二対八といったトレードオフの話になりがちですが、統合はどちらかを下げるのではなく、どちらも「上げる」ことの同時実現を目指すということです。

エピソードで説明しましょう。チームの業績が上がらずトラブルが頻発し、高い目標を課されているマネジャーがいたとします。チームには、なかなか育たない若手のA君と、部下育成の経験がない先輩社員のB君がいます。目の前のトラブルに即応するなら、マネジャー自身が動くのが最も確実です。

しかしそこであえて、「B君がA君を指導しながらトラブルを解決する」という一手を選びます。もちろん解決が遅れるリスクはある。それでもこの一手を選ぶのは、目の前の問題を単体で処理するのではなく、「人」と「事」を同時に動かすためです。結果として、トラブル解決という短期の「事」と、OJTによる短期の人材育成が同時に進みます。

さらにB君には「これは将来マネジャーになるための経験だ」と位置づけて伝えることで、今回の育成が中長期のキャリア開発にもつながります。そしてこのトラブル解決がチームの目指す姿への一歩でもあると示せれば、中長期の「事」にも波及します。

複数の課題を別々に処理するのではなく、リスクを引き受けながら一つの打ち手に束ねる。これが「統合」の考え方です。

調査によれば、優れたマネジャーの仕事の七割はこの「同時実現」で行われているといいます。裏を返せば、「同時実現できる」と知っているかどうかが、打ち手の質を大きく左右するということ。知らなければ最初からその発想が生まれず、すべて単発の打ち手になってしまいます。

この持論は、大学時代のマジックサークルでの経験が原点です。

そのサークルで出会ったある先輩が、普通のサークルリーダーとは異なる珍しい人でした。学生であっても「覚えたことを発表するだけの会をやるな。300人のホールで、本物のエンターテインメントショーをやるぞ」と言う人でした。目標を高く掲げ、そこに向けてメンバーのエネルギーを集結させていきます。

そして一人ひとりの個性を見て、その人の強みを引き出しながらショーを作っていくのです。たとえば私が「こんなショーをやってみたいです」と言えば、それをどうやって作るかみんなで考えを出し合える場を設けるような人でした。

私はそこで初めて、「指し示す」ことの力を体感しました。方向性を示し、全員のエネルギーを集め、一人ひとりを生かしながら事をなす。言葉にするとシンプルですが、それを実現している人を間近で見たのは、その先輩が初めてでした。

印象的なのは、全員でも十一人しかいないのに、練習をしない五人のメンバーを退会させたことです。「本気でいいステージを作りたいのに、本気じゃない人と一緒にやるのは良くない」というその厳しさは、まさに『ビジョナリー・カンパニー2』で説かれる「誰をバスに乗せるか」という概念そのものでした。残ったメンバーで作り上げたショーの後の打ち上げの一杯は、人生で一番美味しいものでした 。

余談ですが、私がよく指を一本立てるポーズをするのは、この先輩が言っていた「指し示す」を象徴しています。

「人が生き生きしているだけではダメなのか」という反論はよく聞きます。

対話を重視すること自体は間違いではありません。そもそも1on1は、「事」に偏りすぎていた組織に「人」のアプローチを取り戻すために生まれたものだと理解しています。しかし今、その1on1が目的化し、雑談や愚痴の場、あるいは単なる業績確認の場になっているケースが散見されます。メンバーはご機嫌でも業績は下がり続ける。これは「人」だけが生きて「事」がなされていない状態です。

逆に「事だけ追えばいい」という考えも、成長期は良くても、いずれ頭打ちが来たときに組織を停滞させます。

強い組織は、対話(ダイアログ)と議論(ディスカッション)を使い分けます。対話とは、お互いの考えや状況を場に出しながら、共通の意味や目的を醸成していくプロセスです。

一方、議論は結論を出すものです。どちらか一方では足りません。対話で意味を共有し、議論で腹を括って決める。この両方を状況に応じて使いこなせることが、チームの力です。「対話が大事」と言い続けるだけで決定を避けるのは、ケン・ウィルバーが「グリーンの弊害」※と呼んだ現象でもあります。

グリーンの弊害

多様性や平等を重んじるあまり、全員の合意形成に固執して意思決定が停滞したり、必要な序列やリーダーシップまで否定して組織が機能不全に陥ったりする状態を指す。これらはグリーンの価値そのものの問題というよりも、行き過ぎや固定化によって生じる側面である。

「正解がわからないから決められない」というマネジャーもいますが、それは逃げているのと同じです。意思決定とは、わからない中で腹を括って決めること。決めて、失敗して、悩んで、次の手を見つける。それ以外に道はありません。

私自身、学生時代に出会った先輩のもとで、「人も成果も両立するマネジメント」を初めて体感しました。それは理屈ではなく、「こういう状態があるのか」と腑に落ちる感覚でした。私が今目指しているのは私が今目指しているのは、1,000万人にこの感覚を体験してもらうことです。

日本の労働人口約6,000万人のうち、16%にあたる1,000万人が「人と事の同時実現」を体験すれば、社会全体のキャズムを超えられると考えています。

この概念は、知識だけでは届きません。ドラッカーですら、優れた上司のもとでの実体験がなければマネジメントを理解できなかったと言っています。そこで私は、「人と事の同時実現」の感覚を体験してもらうためのボードゲームを作りました。「体験→理解」のサイクルを通じて、この考えを広げています。

「人を生かして事をなす」が当たり前になった組織では、エンゲージメントや業績といった個別の指標を追う前に、そもそも「人と事は両立できる」という確信が全員にあるはずです。その確信が土台になって初めて、施策が機能します。

まずは「できる」と知ること。そして一度でも体験すること。そこから、人事は変わっていくでしょう。

(撮影:黒羽政士)

🔹本インタビューの際に坪谷さんの人事としてのキャリアの歩みを詳細にうかがいました。20年に及ぶ試行錯誤、葛藤、挑戦を赤裸々に語ってくださったインタビュー記事を併せてご覧ください。

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執筆者
相馬留美

2002年にダイヤモンド社に入社し、「週刊ダイヤモンド」編集部で記者となる。その後、フリーランスに転向。雑誌「プレジデントウーマン」や「週刊ダイヤモンド」などの経済メディアでフリーランス記者・編集者として携わる。また、複数の企業・NPOでオウンドメディアの編集長を務める。2024年12月に起業し、執筆活動をするとともに、事業会社のクリエイティブに関わる。空気は読めないけれど、人が好き。

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