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ジョブ・クラフティングとは? 三つの視点と職場での実践ステップを解説
ジョブ・クラフティングとは? 三つの視点と職場での実践ステップを解説

ジョブ・クラフティングとは? 三つの視点と職場での実践ステップを解説

「部下のモチベーションが上がらない」「言われたことしかやってくれない」——そうした悩みを日々抱えるマネジャーは少なくないのではないでしょうか。人事・組織開発担当者にとっても、従業員の働きがいをどう生み出し、エンゲージメント向上を図るかは大きなテーマの一つです。

こうした課題の解決策として注目されているのが、「ジョブ・クラフティング」です。従業員自身が仕事の捉え方や進め方を主体的に見直し、やりがいを生み出していく考え方で、厚生労働省の報告書でもワークエンゲージメントを高める手法として取り上げられています。

本記事では、ジョブ・クラフティングの基本概念から3つの視点、企業にもたらすメリット・デメリット、実践の5ステップ、組織での推進方法までを、マネジャー・人事の双方の視点から解説します。

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目次

ジョブ・クラフティングとは?

ジョブ・クラフティングとは、従業員が仕事に対する認知や行動を主体的に見直し、修正を加えていくことで、やりがいや満足度を高めていく手法のことです。米国の組織心理学者エイミー・レズネスキー(Amy Wrzesniewski)と、ジェーン・E・ダットン(Jane E. Dutton)が、2001年に発表した共著論文で提唱した概念です。

両氏は論文の中で、ジョブ・クラフティングを「個人が自らの仕事のタスク境界もしくは関係的境界においてなす物理的・認知的変化」と定義しています。わかりやすく言うと、従業員が「自分の業務の範囲」や「仕事で関わる人との関係」を、行動と意識の両面から自ら作り変えていく営みを指しています。

ちなみに「クラフト(craft)」という言葉には、「手作業で作り上げる」という意味があります。上司や会社から与えられた業務をそのまま受け入れるのではなく、従業員自らがその仕事を手作業でアレンジし、自分らしさを発揮できる形に仕立て直していく。この「やらされ仕事」から「自分ごとの仕事」への転換こそが、ジョブ・クラフティングの本質です。

「3人の石工」に見るジョブ・クラフティングの本質

ジョブ・クラフティングの核心を端的に表す話として、「3人の石工」の寓話がしばしば引用されます。大聖堂を建てる工事現場で3人の石工に「何をしているのか」と尋ねると、1人目は「食べるために石を積んでいる」と答え、2人目は「国で最も腕のいい石積みをしている」と答え、3人目は「歴史に残る大聖堂を建てている」と答えた——聞いたことがあるという方も多いでしょう。

この3人目の石工のように、自分の仕事に意味を見出し、主体的に仕事を捉え直すことが、ジョブ・クラフティングの基本的な考え方です。

ジョブ・クラフティングとジョブデザインの違い

ジョブ・クラフティングと似た概念に「ジョブデザイン」があります。どちらも従業員の働きがいを高める取り組みですが、「誰が主体となって仕事を設計するか」という点で両者は異なります。

ジョブデザインは、経営層や上司、人事部門が主体となって、職務内容や責任範囲、業務プロセスを設計する取り組みです。いわばトップダウン型のアプローチであり、組織の戦略に沿った仕事の割り当てを最適化することに重きが置かれます。

これに対してジョブ・クラフティングは、従業員自身が主体となり、与えられた仕事を自分なりに捉え直し、進め方や人間関係を再構築していくボトムアップ型のアプローチです。仕事の枠組みそのものを変えるのではなく、その枠の中で自分らしい工夫を重ねていく点に特徴があります。

そもそもジョブ・クラフティングという概念は、ジョブデザイン論の暗黙の前提を見直すなかから生まれました。従来のジョブデザイン論では、「上司が仕事をどう設計するかで、部下のやりがいや成果は決まる」と考えられてきました。

これに対し、ジョブ・クラフティングを提唱したレズネスキーとダットンは、従業員を「自らの仕事を変えうる能動的な存在」と捉え直し、従業員主導で仕事を変えていく側面に光を当てました(参考:高尾義明・森永雄太編著『ジョブ・クラフティング――仕事の自律的再創造に向けた理論的・実践的アプローチ』白桃書房、2023年)

ただし、両者は対立する概念ではなく、補完的に機能します。経営や人事が適切にジョブデザインを行ったうえで、現場の従業員が主体的にジョブ・クラフティングを実践する。この二段構えがあってこそ、組織と個人の双方にとって意味のある働き方が実現されるのです。

ジョブ・クラフティングが注目される背景

近年、ジョブ・クラフティングへの関心がビジネス界で高まっています。そこには、主に次の背景があります。

1.VUCA時代における変化適応力の必要性

現代は、VUCA(Volatility:変動性/Uncertainty:不確実性/Complexity:複雑性/Ambiguity:曖昧性)の時代と呼ばれ、先行きを正確に見通すことが難しくなっています。上から与えられた業務を忠実にこなすだけでは、環境変化に追いつけない場面が増えました。一人ひとりが状況に応じて自分で判断し、目の前の仕事の進め方をその都度工夫していく力が、これまで以上に求められています。

2.トップダウン型マネジメントの限界

日本企業の多くは長らく、上司の指示に従って部下が動くトップダウン型のマネジメントを前提としてきました。しかし、業務の専門化や複雑化が進み、上司が部下の仕事の細部までを把握して指示することが難しくなっています。顧客ニーズの多様化や意思決定スピードの加速も相まって、現場の判断と工夫を促すボトムアップの発想が不可欠になっているのです。それを受け、ジョブ・クラフティングが、従業員の主体性を引き出す実践的な手法として注目されるようになりました。

3.価値観の多様化と「やりがい」重視への移行

終身雇用や年功序列が揺らぎ、従業員の働き方やキャリアに対する価値観も多様化しています。給与や肩書きだけでなく、「自分にとって意味のある仕事をしたい」というニーズが強まっており、「やりがい」をどう設計するかが企業にとっての経営課題となりました。

4.厚生労働省による有効性の公表

厚生労働省は『令和元年版 労働経済の分析』において、ワークエンゲージメントを高める方策の一つとしてジョブ・クラフティングを紹介しています。公的な報告書でその有効性が裏づけられたことは、企業が導入を検討するうえでの後押しとなっています。

5.人的資本経営と「キャリアの再設計」

日本企業に特有の文脈としてあるのが、人的資本経営の潮流です。多くの上場企業が人材投資やその成果を開示する時代になり、企業がどれだけ人材に投資し、どのようなキャリア機会を提供しているかが、対外的に評価される時代になりました。その一方で「キャリア自律」「キャリアオーナーシップ」という言葉に代表されるように、従業員側にも会社が描くレールに乗るのではなく、自らキャリアを選び取る姿勢が求められるようになっています。
(参考:https://kakeai.co.jp/media/article/0016) 

この動きに関して、「従業員のキャリア自律が進むと転職が増えるのでは?」と懸念する声もあります。しかし、リクルートマネジメントソリューションズが2021年に実施した「若手・中堅社員の自律的・主体的なキャリア形成に関する意識調査」では、自律的・主体的なキャリア形成の行動は転職意識を高める一方で、組織の目的や理念への共感、情緒的なコミットメント(組織への愛着)があれば、その転職意識は抑制される可能性が示されています。
(参考:https://kakeai.co.jp/media/article/0137

したがってジョブ・クラフティングは、従業員のキャリア自律を支援しながら組織の力にもつなげていく、人的資本経営時代の有力な施策として注目されているのです。

ジョブ・クラフティングの三つの視点

ジョブ・クラフティングの実践においては、次の三つの視点が存在します。それぞれは独立して機能するのではなく、互いに影響をおよぼし合いながら、仕事全体のやりがいを底上げしていきます。

1.作業クラフティング

「作業クラフティング」とは、業務のやり方や内容を自ら工夫・改善する視点です。タスクを追加したり、優先順位を組み替えたり、手順を見直したりといった「仕事のやり方」そのものを主体的にアレンジします。

ルーティン業務のなかで自動化できる部分をツールに置き換える、非効率な会議の進め方を変える、自分の強みが生きるタスクを積極的に引き受ける。これらが、作業クラフティングの一例です。仕事の進め方を自分の手でアレンジしていく、文字どおり「クラフトする」ことで、同じ仕事でも成果や満足度が大きく変わってきます。

2.人間関係クラフティング(関係性のジョブ・クラフティング)

「人間関係クラフティング」は、職場内外の人との関わり方を主体的に変えていく視点です。既存の関係を深める、新しい関係を構築する、他部署との連携を広げるといった行動が含まれます。

仕事の多くは他者との協働で成り立ちます。同じ業務でも「誰と、どう関わるか」によって感じ方や成果は大きく変わるものです。メンターとなる先輩との対話の機会を増やす、他部署のキーパーソンに声をかけて情報交換を行う、後輩の育成を通じて自分自身の学びを深める。こうして人との関わり方を自分の手で組み立て直していくことが、仕事の質と満足度を高めていきます。

3.認知クラフティング——最も変化を生みやすい視点

「認知クラフティング」は、仕事の目的や意味の捉え方を変える視点です。業務そのものや人間関係は変えずとも、自分の仕事の「意味づけ」を変えることで、取り組み方が大きく変わっていきます。

認知クラフティングのわかりやすい例としてしばしば取り上げられるのが、東京ディズニーランドの清掃スタッフ「カストーディアルキャスト」です。彼らは「園内の清掃」という業務を担いながら、ゲストの体験そのものを演出する「キャスト」としてもいきいきと活躍しています。たとえば、水で地面に絵を描いて子どもを驚かせたり、写真撮影に手を貸したり、道に迷った人を案内したりと、清掃という業務の枠を超えた「キャスト」としての行動が日常的に見られます。同じ業務でも、「園内を清潔に保つ仕事」と捉えるのか、「ゲスト体験を生み出す仕事」と捉えるのかで、日々の振る舞いは大きく変わってくるのです。

三つの視点のなかでも、認知クラフティングは特に変化を生みやすい起点といえます。作業そのものや人間関係を変えるには一定の裁量や時間、他者の協力などが必要ですが、業務の捉え直しは自分の考え方ひとつで始められるからです。「ただ与えられた仕事」から「自分の目標に資する活動」へと見方を変える——この転換こそが、ジョブ・クラフティングの出発点となります。

1on1総研でも、『「キャリアは会社任せ」からの脱却――部下が主体的に考える組織づくりの処方箋』の記事のなかで、この認知クラフティングの重要性を取り上げています。

(参考:https://kakeai.co.jp/media/article/0016)。

認知クラフティングは1on1でこそ支援できる

ここで強調したいのは、認知クラフティングは従業員自身の内省だけでは深まりにくいという点です。自分の仕事の意味を捉え直そうとしても、日々の業務に追われる現場では、立ち止まって考える機会自体が不足しがちです。また、自分の外側からの視点がなければ、捉え方の幅を広げることも難しいでしょう。

ここで力を発揮するのが、上司との1on1です。マネジャーは部下の日常の行動や仕事の場面を直接知る存在であり、キャリアコンサルタントのような外部の専門家にはできない、行動観察に基づく具体的なフィードバックができます。「この間の提案書、良かったよね」「あの場面での対応は、お客さまにとって大きな意味があったと思うよ」。こうした上司の関わりが、部下の認知クラフティングを後押しします。

実証研究の知見もこれを裏づけます。前掲の『ジョブ・クラフティング』(白桃書房)では、ジョブ・クラフティングを継続的に実践している従業員のもとで上司がどのような関わりをしているかを調査しています。たとえばある上司は、信頼を寄せる若手の部下と週に1回定期的に対話の時間を取り、しかもその予定を2、3週間前から「この日に会う時間を必ず確保しますね」と部下に予告し、計画的に対話の場を確保していました。そしてその対話の中で、必要に応じて部下の行動を方向づけていたといいます。

同書ではこうした「方向づけ支援」が継続的なジョブ・クラフティングに不可欠であるとし、組織や上司が部下に自律性を与えて任せるだけでは十分ではないと指摘しています。つまり、マネジャーが1on1などの場で部下の仕事の意味を問いかけ、一緒にその意義を言語化していくことは、認知クラフティングをよい方向に導いていくための最も現実的で、かつ有効な方法といえるのです。

📂 1on1で部下の意味づけを引き出す問いかけ

部下の仕事の意味を問いかけ、一緒に言語化していく対話は、マネジャーが自然にできるものではなく、技術として習得する必要があります。下記の資料では、1on1の事前準備・実施・振り返りの流れと、メンバーの言葉を引き出す質問テンプレートを6カテゴリーに分けて掲載しています。

📘 マネジャーのための1on1完全ガイド

ジョブ・クラフティングを企業が推進するメリット

ジョブ・クラフティングが企業にもたらすメリットは多岐にわたります。ここでは、主要な五つのメリットを挙げて解説します。

1.ワークエンゲージメントの向上

ジョブ・クラフティングの最大の効果は、ワークエンゲージメント(仕事に対する前向きで充実した心理状態)の向上です。自分で仕事を捉え直し、工夫を凝らすことのできる環境では、受け身の姿勢から主体的な姿勢への変化が生まれます。厚生労働省の資料でも、ワークエンゲージメントを高める方策として紹介されていることは、すでに述べたとおりです。

📂 1on1の頻度がエンゲージメントに与える影響

ワークエンゲージメント向上の手段として1on1を導入した企業が、実際にどのような変化を経験したのか。下記の資料では、エンゲージメントスコアが12%向上した事例やストレス値が10ポイント低下した事例など、導入企業5社の成功事例を数値とともに紹介し、1on1の頻度がエンゲージメントに最大28ポイント影響するデータも収録しています。

📘 エンゲージメント向上につながる1on1とは

2.生産性・パフォーマンスの向上

従業員が主体的に業務を改善していくと、組織全体の生産性も底上げされます。無駄な作業の削減、優先順位の見直し、関係者との情報共有の強化。これらは日常の小さな工夫の積み重ねですが、長期で見れば大きな差となって現れます。

3.従業員の主体性とイノベーションの促進

ジョブ・クラフティングが浸透した組織では、従業員が自ら課題を見つけて動くようになります。指示待ちの姿勢が減り、自発的な提案や改善活動が増えていきます。その過程で生まれる新しい視点やアイデアが、組織内のイノベーションを促します。

4.離職率の低下・人材定着

仕事に意味を見出し、やりがいを感じている従業員は、組織への愛着(組織コミットメント)も高まります。前述のとおり、キャリア自律行動は転職意識を高める方向にも作用する一方、組織の目的や理念への共感があれば、その転職意識は抑制される可能性が示されています。ジョブ・クラフティングを促すだけでなく、「この組織で働く意味」を従業員が実感できる環境を組織側が並行して整えること。この両輪があって初めて、主体的な働き方が定着率の向上に結びついていきます。

5.採用競争力の強化

やりがいのある職場、従業員の自律性を尊重する組織という評判は、採用活動にも好影響を与えます。人的資本の情報開示が進むなか、ジョブ・クラフティングを組織文化として根づかせている企業は、求職者から選ばれる存在になりやすいでしょう。副次的な効果ですが、中長期的な視点では無視できないメリットといえます。

ジョブ・クラフティングの進め方・やり方「5ステップ」

ジョブ・クラフティングを現場で実践する手順を、五つのステップで整理します。これらのステップは個人が自発的に進めるものですが、各段階で上司や人事が適切に介入・支援することで、実効性が大きく高まります。

【ステップ①】業務・タスクを書き出し、棚卸しする

ジョブ・クラフティングを始める前に、「自分が日々何にどれだけ時間を使い、誰と関わっているか」を正確に把握することが大切です。担当業務を一覧にし、それぞれに費やしている時間、関係する人物、自分が感じている手応えや負担感までを含めて、できるだけ詳しく書き出してみましょう。

この棚卸しの段階で、意外と時間を取られている作業や、惰性で続けている業務、逆に手応えを感じている仕事が見えてくるはずです。

【ステップ②】自分自身の強みや価値観を言語化する

次に、自分自身の強み、興味、価値観を言語化します。自分が何を大切にし、どんな場面で力を発揮し、どんな仕事に夢中になってきたかを振り返ります。過去のキャリアのなかで、成果を出せた瞬間や、時間を忘れて取り組んだ瞬間に共通するものを探っていくのが有効です。

「自分の強みはどこにあるのか」「どんな進め方が自分に合うのか」「どんな働き方を将来に望むのか」。こうした問いに自分なりの答えを持つことで、ステップ1で書き出した業務群と、自分の内面とのつながりが見えてきます。

【ステップ③】担当している業務の意味を問い直す(認知クラフティング)

担当している業務が、組織にとって、顧客にとって、社会にとって、どんな価値を生んでいるのかを改めて問い直します。「この仕事は誰のためにあるのか」「自分の強みや興味・関心とどう結びつくのか」「将来のキャリアとどんな線でつながるのか」。こうした問いを通じて、目の前の業務の意味を再定義していきます。これが、前述した「認知クラフティング」です。

このステップは、一人で取り組むと考えが固まりがちです。後述のステップ5とも関わりますが、上司との1on1で問いかけを受ける、あるいはジョブ・クラフティングに取り組む従業員同士でインタビューし合うことで、視野が広がり、内省が深まりやすくなります。

【ステップ④】働き方、人との関わり方を再構築する

「この業務を行う意味」を捉え直したら、具体的なアクションに落とし込みます。自分の強みが活きる仕事に時間を寄せる、苦手な業務は得意な同僚に協力を仰ぐ、他部署のキーパーソンと新しい接点を持つ、後輩と学び合う関係を築く。こうした働き方や人との関わり方の再構築を、周囲との対話を重ねながら進めていきます。

【ステップ⑤】振り返りを行い、実践と内省のサイクルを回す

ジョブ・クラフティングは一度きりで完結する取り組みではなく、継続的に実践と内省のサイクルを繰り返すなかで深まっていきます。一定の期間で自分の取り組みを振り返り、何が変わり、何が機能し、次に何を試すかを言語化していきましょう。

この内省を一人で続けるのは容易ではありません。ここでも、上司との1on1が力を発揮します。自分一人で記録するだけでは見落としがちな変化や成果を、対話を通じて言葉にし、次の行動につなげていく。1on1を雑談や近況報告で終わらせるのではなく、互いに考えを掘り下げ、深め合う「対話」の場にすること。それが、ジョブ・クラフティングを通じて部下のやりがいと成長を引き出すカギとなります。

ジョブ・クラフティングのデメリット・注意点

ジョブ・クラフティングは多くのメリットをもたらす一方で、運用を誤ると逆効果に転じる側面もあります。前掲の『ジョブ・クラフティング』では、製薬・ITなど三つの会社を対象とした実証研究をもとに、ジョブ・クラフティングがもたらしうる副作用を「三つの〝すぎる〟」として整理しています。導入を検討する際には、以下の観点に留意しましょう。

1.こだわり「すぎ」が業務負荷を生む

ジョブ・クラフティングでは従業員のこだわりや価値観を仕事に織り込んでいくので、そのこだわりが過剰になると働きすぎや残業の増加につながるリスクがあります。「自分でやると決めたら時間を惜しまない」という姿勢が、組織内で禁止されている上限ギリギリまで働く状況を生み、結果としてバーンアウト(燃え尽き症候群)や健康を損なう恐れもあります。マネジャーや人事は、業務量と裁量のバランスを常に観察する必要があります。

2.偏り「すぎ」が成長機会を阻む

自分の強みや得意分野を活かす行動は、仕事の意味を実感しやすい一方で、価値観や好みが過度に反映されると本人の成長機会をかえって狭めてしまいます。短期的に関心を持てる業務にだけ取り組むようになると、経験の幅が広がらず、長期的なキャリア開発の視点では損失となるのです。「意欲的に働くためのジョブ・クラフティング」と「中長期的な成長を見据えた学習」のバランスを取る支援が求められます。

3.抱え込み「すぎ」が役割適応を阻む

ジョブ・クラフティングを上手に実践する従業員は、プレイヤーとして優秀であることが多く、それゆえに組織からはマネジャーへの抜擢や、後輩を指導する立場への移行が求められます。しかしプレイヤーとしての能力が高いと、本人が仕事を手放せず、周囲もその人に頼り続けるという状況が生まれがちです。その結果、若手育成や部下の成長支援といった新しい役割への適応が遅れてしまうケースがあります。本人が望まない形で新しい役割に馴染めなくなってしまわないよう、節目で1on1など対話の機会を設けることが求められます。

4.業務の属人化と組織知の偏り

ジョブ・クラフティングが個人レベルで進むと、その人ならではの仕事のやり方や工夫が増えていきます。これ自体は本人のやりがいや成果に結びつく一方で、行きすぎると業務が属人化し、担当者が不在のときに業務が停滞したり、引き継ぎが困難になったりするリスクをはらみます。本人が培った独自のノウハウが組織に蓄積されないまま、その人個人のなかにとどまってしまうのです。業務プロセスの標準化やマニュアル整備、チーム内での情報共有の仕組みは、ジョブ・クラフティングの推進と並行して整えるべきでしょう。

5.「やりがい搾取」への警戒

もう一つ、組織側として注意したいのが「やりがい搾取」です。やりがい搾取とは、企業が従業員の「やりがい」を口実にして、本来支払うべき賃金や保つべき労働条件を切り下げ、過剰な働きを引き出す行為を指します。

ジョブ・クラフティングを名目に、待遇や条件を据え置いたまま従業員の努力だけを引き出そうとする動きは、本来の趣旨から逸脱します。経営や人事は、仕事のやりがいと適切な処遇・労働条件がセットであるという前提を崩さないことが重要です。

ジョブ・クラフティングを組織で推進するための環境づくり

ジョブ・クラフティングを個人の工夫で終わらせず、組織として推進していくためには、従業員が主体的に動き出せる土壌づくりと、それを支える仕組みの整備が欠かせません。特に人事部門にとっては、以下の観点が重要になります。

1.単独施策ではなく「体験設計」の一部として位置づける

ジョブ・クラフティングは、それ単独で機能する施策ではありません。1on1やキャリア対話、行動に基づくフィードバック、同僚とともに学ぶ機会、本人の特性を踏まえたジョブアサインメント――こうした日常の働きかけと組み合わさってはじめて、効果を発揮します。

1on1総研の過去記事で紹介したリアセック代表取締役CEO・平田史昭氏は、これらを「仕事体験の設計」と呼び、日常の施策と、研修・キャリアカウンセリング・ワークショップといった非日常の施策の両輪で組み立てるべきだと指摘しています。

ジョブ・クラフティングを組織に根づかせるには、それを単独の施策として扱うのではなく、こうした日常・非日常の働きかけのなかに位置づけ直すことが欠かせないのです。

2.従業員の主体的な提案・工夫を尊重する

ジョブ・クラフティングは、本人の主体性に根ざす取り組みです。上司や人事が「こうしなさい」と押しつけた瞬間に、その性質は失われます。従業員からの提案や工夫を尊重し、適切なフィードバックを返す姿勢が求められます。

3.業務プロセスの標準化と情報共有

ジョブ・クラフティングが進むと業務の属人化が起こりやすくなります。これを防ぐために、組織側は業務プロセスの標準化やマニュアル整備、チーム内での情報共有を並行して整えて置く必要があります。ジョブ・クラフティングを自由に実践できる環境を整える一方で、組織として知見を蓄積し、共有する仕組みも用意することで、一人ひとりの工夫がチーム全体に広がり、組織の力となっていきます。

4.研修・ワークショップの設計

ジョブ・クラフティングを組織に浸透させる手段として、人事担当者がまず考えるのが研修やワークショップの実施でしょう。一般的には、基礎講義(概念の理解)、ディスカッション、計画作成という段階を踏んで設計されるケースが多く見られます。

ただし、研修だけで効果が定着するわけではないという点には注意が必要です。研修当日に立てた計画が、現場に戻った瞬間に日常業務の波にかき消されてしまう。多くの研修施策に共通する課題です。

そこで重要になるのが、研修と日常の1on1をセットで設計するという発想です。研修でクラフティングの計画を立てたら、その後の1on1で進捗や気づきを上司と振り返り、必要に応じて軌道修正していく。研修で得た気づきが日常業務のなかで言語化され、次の行動につながる仕組みを組み込むことで、初めて定着の可能性が高まります。

そのためには、従業員向けの研修だけでなく、マネジャー向けの研修も並行して設計することが欠かせません。「部下に仕事の意味を語らせる問いかけ」「行動を捉えて意味づけを返す対話」は、マネジャーが自然にできるものではなく、技術として習得すべきものだからです。従業員側がクラフティングの第一歩を踏み出すきっかけを得ても、それを支える上司の対話力が伴わなければ、研修の効果は単発で終わってしまいます。

5.心理的安全性の確保と結果共有の場

失敗を責めず、挑戦を歓迎する職場風土は、ジョブ・クラフティングの基盤ともいえる前提条件です。心理的安全性が確保された環境があって初めて、従業員は仕事で工夫したいことを相談することができます。

また、取り組みの成果を組織内で可視化する場を設けると、一人ひとりの工夫が他のチームへと伝播しやすくなります。月次の社内勉強会、イントラネットでの実践事例紹介、表彰制度など、自社の文化に合った形式を選ぶとよいでしょう。

📂 心理的安全性の段階に応じた1on1の設計

心理的安全性が確保された環境の重要性は記事のとおりですが、自社の現状をどう診断し、段階に応じた1on1をどう設計するかは別のテーマです。下記の資料では、心理的安全性を阻む「静かな壁」の正体と3つの原因、安全性の高低に応じた1on1の設計・運用のアプローチを解説しています。

📘 心理的安全性を高める組織づくりと1on1の実践

まとめ:ジョブ・クラフティングは1on1・キャリア対話から始まる

ジョブ・クラフティングは、従業員が仕事への認識や行動を主体的に見直し、やりがいを生み出していく手法です。「作業」「人間関係」「認知」の三つの視点からアプローチできますが、なかでも認知クラフティングは、本人の内面から変化を起こせる最も強力な起点となります。

同時に、認知クラフティングは一人では深まりにくい性質を持ちます。日々の業務に追われるなかで、立ち止まって仕事の意味を捉え直すには、外からの問いかけが必要だからです。

ここで力を発揮するのが、上司との1on1です。部下の行動を直接観察できるマネジャーが、具体的なフィードバックと問いを投げかけ、部下と共に仕事の意味を言語化していく。この対話こそが、ジョブ・クラフティングを現場で機能させる最も確実な道筋です。

人事にとっても、ジョブ・クラフティングは独立した施策ではなく、「仕事体験の設計」のなかで1on1やキャリア対話と組み合わせて運用すべきものです。日常と非日常の施策を補完的に組み合わせ、その中核に1on1を据えることで、キャリア自律とエンゲージメントの両立に向けた組織全体の変化が加速していきます。

つまり、ジョブ・クラフティングは上司との1on1という日常の対話から始まるのです。

ジョブ・クラフティングとは?

ジョブ・クラフティングとは、従業員が仕事に対する認知や行動を主体的に見直し、修正を加えていくことで、やりがいや満足度を高めていく手法のことです。米国の組織心理学者エイミー・レズネスキー(Amy Wrzesniewski)と、ジェーン・E・ダットン(Jane E. Dutton)が、2001年に発表した共著論文で提唱した概念です。

両氏は論文の中で、ジョブ・クラフティングを「個人が自らの仕事のタスク境界もしくは関係的境界においてなす物理的・認知的変化」と定義しています。わかりやすく言うと、従業員が「自分の業務の範囲」や「仕事で関わる人との関係」を、行動と意識の両面から自ら作り変えていく営みを指しています。

ちなみに「クラフト(craft)」という言葉には、「手作業で作り上げる」という意味があります。上司や会社から与えられた業務をそのまま受け入れるのではなく、従業員自らがその仕事を手作業でアレンジし、自分らしさを発揮できる形に仕立て直していく。この「やらされ仕事」から「自分ごとの仕事」への転換こそが、ジョブ・クラフティングの本質です。

「3人の石工」に見るジョブ・クラフティングの本質

ジョブ・クラフティングの核心を端的に表す話として、「3人の石工」の寓話がしばしば引用されます。大聖堂を建てる工事現場で3人の石工に「何をしているのか」と尋ねると、1人目は「食べるために石を積んでいる」と答え、2人目は「国で最も腕のいい石積みをしている」と答え、3人目は「歴史に残る大聖堂を建てている」と答えた——聞いたことがあるという方も多いでしょう。

この3人目の石工のように、自分の仕事に意味を見出し、主体的に仕事を捉え直すことが、ジョブ・クラフティングの基本的な考え方です。

ジョブ・クラフティングとジョブデザインの違い

ジョブ・クラフティングと似た概念に「ジョブデザイン」があります。どちらも従業員の働きがいを高める取り組みですが、「誰が主体となって仕事を設計するか」という点で両者は異なります。

ジョブデザインは、経営層や上司、人事部門が主体となって、職務内容や責任範囲、業務プロセスを設計する取り組みです。いわばトップダウン型のアプローチであり、組織の戦略に沿った仕事の割り当てを最適化することに重きが置かれます。

これに対してジョブ・クラフティングは、従業員自身が主体となり、与えられた仕事を自分なりに捉え直し、進め方や人間関係を再構築していくボトムアップ型のアプローチです。仕事の枠組みそのものを変えるのではなく、その枠の中で自分らしい工夫を重ねていく点に特徴があります。

そもそもジョブ・クラフティングという概念は、ジョブデザイン論の暗黙の前提を見直すなかから生まれました。従来のジョブデザイン論では、「上司が仕事をどう設計するかで、部下のやりがいや成果は決まる」と考えられてきました。

これに対し、ジョブ・クラフティングを提唱したレズネスキーとダットンは、従業員を「自らの仕事を変えうる能動的な存在」と捉え直し、従業員主導で仕事を変えていく側面に光を当てました(参考:高尾義明・森永雄太編著『ジョブ・クラフティング――仕事の自律的再創造に向けた理論的・実践的アプローチ』白桃書房、2023年)

ただし、両者は対立する概念ではなく、補完的に機能します。経営や人事が適切にジョブデザインを行ったうえで、現場の従業員が主体的にジョブ・クラフティングを実践する。この二段構えがあってこそ、組織と個人の双方にとって意味のある働き方が実現されるのです。

ジョブ・クラフティングが注目される背景

近年、ジョブ・クラフティングへの関心がビジネス界で高まっています。そこには、主に次の背景があります。

1.VUCA時代における変化適応力の必要性

現代は、VUCA(Volatility:変動性/Uncertainty:不確実性/Complexity:複雑性/Ambiguity:曖昧性)の時代と呼ばれ、先行きを正確に見通すことが難しくなっています。上から与えられた業務を忠実にこなすだけでは、環境変化に追いつけない場面が増えました。一人ひとりが状況に応じて自分で判断し、目の前の仕事の進め方をその都度工夫していく力が、これまで以上に求められています。

2.トップダウン型マネジメントの限界

日本企業の多くは長らく、上司の指示に従って部下が動くトップダウン型のマネジメントを前提としてきました。しかし、業務の専門化や複雑化が進み、上司が部下の仕事の細部までを把握して指示することが難しくなっています。顧客ニーズの多様化や意思決定スピードの加速も相まって、現場の判断と工夫を促すボトムアップの発想が不可欠になっているのです。それを受け、ジョブ・クラフティングが、従業員の主体性を引き出す実践的な手法として注目されるようになりました。

3.価値観の多様化と「やりがい」重視への移行

終身雇用や年功序列が揺らぎ、従業員の働き方やキャリアに対する価値観も多様化しています。給与や肩書きだけでなく、「自分にとって意味のある仕事をしたい」というニーズが強まっており、「やりがい」をどう設計するかが企業にとっての経営課題となりました。

4.厚生労働省による有効性の公表

厚生労働省は『令和元年版 労働経済の分析』において、ワークエンゲージメントを高める方策の一つとしてジョブ・クラフティングを紹介しています。公的な報告書でその有効性が裏づけられたことは、企業が導入を検討するうえでの後押しとなっています。

5.人的資本経営と「キャリアの再設計」

日本企業に特有の文脈としてあるのが、人的資本経営の潮流です。多くの上場企業が人材投資やその成果を開示する時代になり、企業がどれだけ人材に投資し、どのようなキャリア機会を提供しているかが、対外的に評価される時代になりました。その一方で「キャリア自律」「キャリアオーナーシップ」という言葉に代表されるように、従業員側にも会社が描くレールに乗るのではなく、自らキャリアを選び取る姿勢が求められるようになっています。
(参考:https://kakeai.co.jp/media/article/0016) 

この動きに関して、「従業員のキャリア自律が進むと転職が増えるのでは?」と懸念する声もあります。しかし、リクルートマネジメントソリューションズが2021年に実施した「若手・中堅社員の自律的・主体的なキャリア形成に関する意識調査」では、自律的・主体的なキャリア形成の行動は転職意識を高める一方で、組織の目的や理念への共感、情緒的なコミットメント(組織への愛着)があれば、その転職意識は抑制される可能性が示されています。
(参考:https://kakeai.co.jp/media/article/0137

したがってジョブ・クラフティングは、従業員のキャリア自律を支援しながら組織の力にもつなげていく、人的資本経営時代の有力な施策として注目されているのです。

ジョブ・クラフティングの三つの視点

ジョブ・クラフティングの実践においては、次の三つの視点が存在します。それぞれは独立して機能するのではなく、互いに影響をおよぼし合いながら、仕事全体のやりがいを底上げしていきます。

1.作業クラフティング

「作業クラフティング」とは、業務のやり方や内容を自ら工夫・改善する視点です。タスクを追加したり、優先順位を組み替えたり、手順を見直したりといった「仕事のやり方」そのものを主体的にアレンジします。

ルーティン業務のなかで自動化できる部分をツールに置き換える、非効率な会議の進め方を変える、自分の強みが生きるタスクを積極的に引き受ける。これらが、作業クラフティングの一例です。仕事の進め方を自分の手でアレンジしていく、文字どおり「クラフトする」ことで、同じ仕事でも成果や満足度が大きく変わってきます。

2.人間関係クラフティング(関係性のジョブ・クラフティング)

「人間関係クラフティング」は、職場内外の人との関わり方を主体的に変えていく視点です。既存の関係を深める、新しい関係を構築する、他部署との連携を広げるといった行動が含まれます。

仕事の多くは他者との協働で成り立ちます。同じ業務でも「誰と、どう関わるか」によって感じ方や成果は大きく変わるものです。メンターとなる先輩との対話の機会を増やす、他部署のキーパーソンに声をかけて情報交換を行う、後輩の育成を通じて自分自身の学びを深める。こうして人との関わり方を自分の手で組み立て直していくことが、仕事の質と満足度を高めていきます。

3.認知クラフティング——最も変化を生みやすい視点

「認知クラフティング」は、仕事の目的や意味の捉え方を変える視点です。業務そのものや人間関係は変えずとも、自分の仕事の「意味づけ」を変えることで、取り組み方が大きく変わっていきます。

認知クラフティングのわかりやすい例としてしばしば取り上げられるのが、東京ディズニーランドの清掃スタッフ「カストーディアルキャスト」です。彼らは「園内の清掃」という業務を担いながら、ゲストの体験そのものを演出する「キャスト」としてもいきいきと活躍しています。たとえば、水で地面に絵を描いて子どもを驚かせたり、写真撮影に手を貸したり、道に迷った人を案内したりと、清掃という業務の枠を超えた「キャスト」としての行動が日常的に見られます。同じ業務でも、「園内を清潔に保つ仕事」と捉えるのか、「ゲスト体験を生み出す仕事」と捉えるのかで、日々の振る舞いは大きく変わってくるのです。

三つの視点のなかでも、認知クラフティングは特に変化を生みやすい起点といえます。作業そのものや人間関係を変えるには一定の裁量や時間、他者の協力などが必要ですが、業務の捉え直しは自分の考え方ひとつで始められるからです。「ただ与えられた仕事」から「自分の目標に資する活動」へと見方を変える——この転換こそが、ジョブ・クラフティングの出発点となります。

1on1総研でも、『「キャリアは会社任せ」からの脱却――部下が主体的に考える組織づくりの処方箋』の記事のなかで、この認知クラフティングの重要性を取り上げています。

(参考:https://kakeai.co.jp/media/article/0016)。

認知クラフティングは1on1でこそ支援できる

ここで強調したいのは、認知クラフティングは従業員自身の内省だけでは深まりにくいという点です。自分の仕事の意味を捉え直そうとしても、日々の業務に追われる現場では、立ち止まって考える機会自体が不足しがちです。また、自分の外側からの視点がなければ、捉え方の幅を広げることも難しいでしょう。

ここで力を発揮するのが、上司との1on1です。マネジャーは部下の日常の行動や仕事の場面を直接知る存在であり、キャリアコンサルタントのような外部の専門家にはできない、行動観察に基づく具体的なフィードバックができます。「この間の提案書、良かったよね」「あの場面での対応は、お客さまにとって大きな意味があったと思うよ」。こうした上司の関わりが、部下の認知クラフティングを後押しします。

実証研究の知見もこれを裏づけます。前掲の『ジョブ・クラフティング』(白桃書房)では、ジョブ・クラフティングを継続的に実践している従業員のもとで上司がどのような関わりをしているかを調査しています。たとえばある上司は、信頼を寄せる若手の部下と週に1回定期的に対話の時間を取り、しかもその予定を2、3週間前から「この日に会う時間を必ず確保しますね」と部下に予告し、計画的に対話の場を確保していました。そしてその対話の中で、必要に応じて部下の行動を方向づけていたといいます。

同書ではこうした「方向づけ支援」が継続的なジョブ・クラフティングに不可欠であるとし、組織や上司が部下に自律性を与えて任せるだけでは十分ではないと指摘しています。つまり、マネジャーが1on1などの場で部下の仕事の意味を問いかけ、一緒にその意義を言語化していくことは、認知クラフティングをよい方向に導いていくための最も現実的で、かつ有効な方法といえるのです。

📂 1on1で部下の意味づけを引き出す問いかけ

部下の仕事の意味を問いかけ、一緒に言語化していく対話は、マネジャーが自然にできるものではなく、技術として習得する必要があります。下記の資料では、1on1の事前準備・実施・振り返りの流れと、メンバーの言葉を引き出す質問テンプレートを6カテゴリーに分けて掲載しています。

📘 マネジャーのための1on1完全ガイド

ジョブ・クラフティングを企業が推進するメリット

ジョブ・クラフティングが企業にもたらすメリットは多岐にわたります。ここでは、主要な五つのメリットを挙げて解説します。

1.ワークエンゲージメントの向上

ジョブ・クラフティングの最大の効果は、ワークエンゲージメント(仕事に対する前向きで充実した心理状態)の向上です。自分で仕事を捉え直し、工夫を凝らすことのできる環境では、受け身の姿勢から主体的な姿勢への変化が生まれます。厚生労働省の資料でも、ワークエンゲージメントを高める方策として紹介されていることは、すでに述べたとおりです。

📂 1on1の頻度がエンゲージメントに与える影響

ワークエンゲージメント向上の手段として1on1を導入した企業が、実際にどのような変化を経験したのか。下記の資料では、エンゲージメントスコアが12%向上した事例やストレス値が10ポイント低下した事例など、導入企業5社の成功事例を数値とともに紹介し、1on1の頻度がエンゲージメントに最大28ポイント影響するデータも収録しています。

📘 エンゲージメント向上につながる1on1とは

2.生産性・パフォーマンスの向上

従業員が主体的に業務を改善していくと、組織全体の生産性も底上げされます。無駄な作業の削減、優先順位の見直し、関係者との情報共有の強化。これらは日常の小さな工夫の積み重ねですが、長期で見れば大きな差となって現れます。

3.従業員の主体性とイノベーションの促進

ジョブ・クラフティングが浸透した組織では、従業員が自ら課題を見つけて動くようになります。指示待ちの姿勢が減り、自発的な提案や改善活動が増えていきます。その過程で生まれる新しい視点やアイデアが、組織内のイノベーションを促します。

4.離職率の低下・人材定着

仕事に意味を見出し、やりがいを感じている従業員は、組織への愛着(組織コミットメント)も高まります。前述のとおり、キャリア自律行動は転職意識を高める方向にも作用する一方、組織の目的や理念への共感があれば、その転職意識は抑制される可能性が示されています。ジョブ・クラフティングを促すだけでなく、「この組織で働く意味」を従業員が実感できる環境を組織側が並行して整えること。この両輪があって初めて、主体的な働き方が定着率の向上に結びついていきます。

5.採用競争力の強化

やりがいのある職場、従業員の自律性を尊重する組織という評判は、採用活動にも好影響を与えます。人的資本の情報開示が進むなか、ジョブ・クラフティングを組織文化として根づかせている企業は、求職者から選ばれる存在になりやすいでしょう。副次的な効果ですが、中長期的な視点では無視できないメリットといえます。

ジョブ・クラフティングの進め方・やり方「5ステップ」

ジョブ・クラフティングを現場で実践する手順を、五つのステップで整理します。これらのステップは個人が自発的に進めるものですが、各段階で上司や人事が適切に介入・支援することで、実効性が大きく高まります。

【ステップ①】業務・タスクを書き出し、棚卸しする

ジョブ・クラフティングを始める前に、「自分が日々何にどれだけ時間を使い、誰と関わっているか」を正確に把握することが大切です。担当業務を一覧にし、それぞれに費やしている時間、関係する人物、自分が感じている手応えや負担感までを含めて、できるだけ詳しく書き出してみましょう。

この棚卸しの段階で、意外と時間を取られている作業や、惰性で続けている業務、逆に手応えを感じている仕事が見えてくるはずです。

【ステップ②】自分自身の強みや価値観を言語化する

次に、自分自身の強み、興味、価値観を言語化します。自分が何を大切にし、どんな場面で力を発揮し、どんな仕事に夢中になってきたかを振り返ります。過去のキャリアのなかで、成果を出せた瞬間や、時間を忘れて取り組んだ瞬間に共通するものを探っていくのが有効です。

「自分の強みはどこにあるのか」「どんな進め方が自分に合うのか」「どんな働き方を将来に望むのか」。こうした問いに自分なりの答えを持つことで、ステップ1で書き出した業務群と、自分の内面とのつながりが見えてきます。

【ステップ③】担当している業務の意味を問い直す(認知クラフティング)

担当している業務が、組織にとって、顧客にとって、社会にとって、どんな価値を生んでいるのかを改めて問い直します。「この仕事は誰のためにあるのか」「自分の強みや興味・関心とどう結びつくのか」「将来のキャリアとどんな線でつながるのか」。こうした問いを通じて、目の前の業務の意味を再定義していきます。これが、前述した「認知クラフティング」です。

このステップは、一人で取り組むと考えが固まりがちです。後述のステップ5とも関わりますが、上司との1on1で問いかけを受ける、あるいはジョブ・クラフティングに取り組む従業員同士でインタビューし合うことで、視野が広がり、内省が深まりやすくなります。

【ステップ④】働き方、人との関わり方を再構築する

「この業務を行う意味」を捉え直したら、具体的なアクションに落とし込みます。自分の強みが活きる仕事に時間を寄せる、苦手な業務は得意な同僚に協力を仰ぐ、他部署のキーパーソンと新しい接点を持つ、後輩と学び合う関係を築く。こうした働き方や人との関わり方の再構築を、周囲との対話を重ねながら進めていきます。

【ステップ⑤】振り返りを行い、実践と内省のサイクルを回す

ジョブ・クラフティングは一度きりで完結する取り組みではなく、継続的に実践と内省のサイクルを繰り返すなかで深まっていきます。一定の期間で自分の取り組みを振り返り、何が変わり、何が機能し、次に何を試すかを言語化していきましょう。

この内省を一人で続けるのは容易ではありません。ここでも、上司との1on1が力を発揮します。自分一人で記録するだけでは見落としがちな変化や成果を、対話を通じて言葉にし、次の行動につなげていく。1on1を雑談や近況報告で終わらせるのではなく、互いに考えを掘り下げ、深め合う「対話」の場にすること。それが、ジョブ・クラフティングを通じて部下のやりがいと成長を引き出すカギとなります。

ジョブ・クラフティングのデメリット・注意点

ジョブ・クラフティングは多くのメリットをもたらす一方で、運用を誤ると逆効果に転じる側面もあります。前掲の『ジョブ・クラフティング』では、製薬・ITなど三つの会社を対象とした実証研究をもとに、ジョブ・クラフティングがもたらしうる副作用を「三つの〝すぎる〟」として整理しています。導入を検討する際には、以下の観点に留意しましょう。

1.こだわり「すぎ」が業務負荷を生む

ジョブ・クラフティングでは従業員のこだわりや価値観を仕事に織り込んでいくので、そのこだわりが過剰になると働きすぎや残業の増加につながるリスクがあります。「自分でやると決めたら時間を惜しまない」という姿勢が、組織内で禁止されている上限ギリギリまで働く状況を生み、結果としてバーンアウト(燃え尽き症候群)や健康を損なう恐れもあります。マネジャーや人事は、業務量と裁量のバランスを常に観察する必要があります。

2.偏り「すぎ」が成長機会を阻む

自分の強みや得意分野を活かす行動は、仕事の意味を実感しやすい一方で、価値観や好みが過度に反映されると本人の成長機会をかえって狭めてしまいます。短期的に関心を持てる業務にだけ取り組むようになると、経験の幅が広がらず、長期的なキャリア開発の視点では損失となるのです。「意欲的に働くためのジョブ・クラフティング」と「中長期的な成長を見据えた学習」のバランスを取る支援が求められます。

3.抱え込み「すぎ」が役割適応を阻む

ジョブ・クラフティングを上手に実践する従業員は、プレイヤーとして優秀であることが多く、それゆえに組織からはマネジャーへの抜擢や、後輩を指導する立場への移行が求められます。しかしプレイヤーとしての能力が高いと、本人が仕事を手放せず、周囲もその人に頼り続けるという状況が生まれがちです。その結果、若手育成や部下の成長支援といった新しい役割への適応が遅れてしまうケースがあります。本人が望まない形で新しい役割に馴染めなくなってしまわないよう、節目で1on1など対話の機会を設けることが求められます。

4.業務の属人化と組織知の偏り

ジョブ・クラフティングが個人レベルで進むと、その人ならではの仕事のやり方や工夫が増えていきます。これ自体は本人のやりがいや成果に結びつく一方で、行きすぎると業務が属人化し、担当者が不在のときに業務が停滞したり、引き継ぎが困難になったりするリスクをはらみます。本人が培った独自のノウハウが組織に蓄積されないまま、その人個人のなかにとどまってしまうのです。業務プロセスの標準化やマニュアル整備、チーム内での情報共有の仕組みは、ジョブ・クラフティングの推進と並行して整えるべきでしょう。

5.「やりがい搾取」への警戒

もう一つ、組織側として注意したいのが「やりがい搾取」です。やりがい搾取とは、企業が従業員の「やりがい」を口実にして、本来支払うべき賃金や保つべき労働条件を切り下げ、過剰な働きを引き出す行為を指します。

ジョブ・クラフティングを名目に、待遇や条件を据え置いたまま従業員の努力だけを引き出そうとする動きは、本来の趣旨から逸脱します。経営や人事は、仕事のやりがいと適切な処遇・労働条件がセットであるという前提を崩さないことが重要です。

ジョブ・クラフティングを組織で推進するための環境づくり

ジョブ・クラフティングを個人の工夫で終わらせず、組織として推進していくためには、従業員が主体的に動き出せる土壌づくりと、それを支える仕組みの整備が欠かせません。特に人事部門にとっては、以下の観点が重要になります。

1.単独施策ではなく「体験設計」の一部として位置づける

ジョブ・クラフティングは、それ単独で機能する施策ではありません。1on1やキャリア対話、行動に基づくフィードバック、同僚とともに学ぶ機会、本人の特性を踏まえたジョブアサインメント――こうした日常の働きかけと組み合わさってはじめて、効果を発揮します。

1on1総研の過去記事で紹介したリアセック代表取締役CEO・平田史昭氏は、これらを「仕事体験の設計」と呼び、日常の施策と、研修・キャリアカウンセリング・ワークショップといった非日常の施策の両輪で組み立てるべきだと指摘しています。

ジョブ・クラフティングを組織に根づかせるには、それを単独の施策として扱うのではなく、こうした日常・非日常の働きかけのなかに位置づけ直すことが欠かせないのです。

2.従業員の主体的な提案・工夫を尊重する

ジョブ・クラフティングは、本人の主体性に根ざす取り組みです。上司や人事が「こうしなさい」と押しつけた瞬間に、その性質は失われます。従業員からの提案や工夫を尊重し、適切なフィードバックを返す姿勢が求められます。

3.業務プロセスの標準化と情報共有

ジョブ・クラフティングが進むと業務の属人化が起こりやすくなります。これを防ぐために、組織側は業務プロセスの標準化やマニュアル整備、チーム内での情報共有を並行して整えて置く必要があります。ジョブ・クラフティングを自由に実践できる環境を整える一方で、組織として知見を蓄積し、共有する仕組みも用意することで、一人ひとりの工夫がチーム全体に広がり、組織の力となっていきます。

4.研修・ワークショップの設計

ジョブ・クラフティングを組織に浸透させる手段として、人事担当者がまず考えるのが研修やワークショップの実施でしょう。一般的には、基礎講義(概念の理解)、ディスカッション、計画作成という段階を踏んで設計されるケースが多く見られます。

ただし、研修だけで効果が定着するわけではないという点には注意が必要です。研修当日に立てた計画が、現場に戻った瞬間に日常業務の波にかき消されてしまう。多くの研修施策に共通する課題です。

そこで重要になるのが、研修と日常の1on1をセットで設計するという発想です。研修でクラフティングの計画を立てたら、その後の1on1で進捗や気づきを上司と振り返り、必要に応じて軌道修正していく。研修で得た気づきが日常業務のなかで言語化され、次の行動につながる仕組みを組み込むことで、初めて定着の可能性が高まります。

そのためには、従業員向けの研修だけでなく、マネジャー向けの研修も並行して設計することが欠かせません。「部下に仕事の意味を語らせる問いかけ」「行動を捉えて意味づけを返す対話」は、マネジャーが自然にできるものではなく、技術として習得すべきものだからです。従業員側がクラフティングの第一歩を踏み出すきっかけを得ても、それを支える上司の対話力が伴わなければ、研修の効果は単発で終わってしまいます。

5.心理的安全性の確保と結果共有の場

失敗を責めず、挑戦を歓迎する職場風土は、ジョブ・クラフティングの基盤ともいえる前提条件です。心理的安全性が確保された環境があって初めて、従業員は仕事で工夫したいことを相談することができます。

また、取り組みの成果を組織内で可視化する場を設けると、一人ひとりの工夫が他のチームへと伝播しやすくなります。月次の社内勉強会、イントラネットでの実践事例紹介、表彰制度など、自社の文化に合った形式を選ぶとよいでしょう。

📂 心理的安全性の段階に応じた1on1の設計

心理的安全性が確保された環境の重要性は記事のとおりですが、自社の現状をどう診断し、段階に応じた1on1をどう設計するかは別のテーマです。下記の資料では、心理的安全性を阻む「静かな壁」の正体と3つの原因、安全性の高低に応じた1on1の設計・運用のアプローチを解説しています。

📘 心理的安全性を高める組織づくりと1on1の実践

まとめ:ジョブ・クラフティングは1on1・キャリア対話から始まる

ジョブ・クラフティングは、従業員が仕事への認識や行動を主体的に見直し、やりがいを生み出していく手法です。「作業」「人間関係」「認知」の三つの視点からアプローチできますが、なかでも認知クラフティングは、本人の内面から変化を起こせる最も強力な起点となります。

同時に、認知クラフティングは一人では深まりにくい性質を持ちます。日々の業務に追われるなかで、立ち止まって仕事の意味を捉え直すには、外からの問いかけが必要だからです。

ここで力を発揮するのが、上司との1on1です。部下の行動を直接観察できるマネジャーが、具体的なフィードバックと問いを投げかけ、部下と共に仕事の意味を言語化していく。この対話こそが、ジョブ・クラフティングを現場で機能させる最も確実な道筋です。

人事にとっても、ジョブ・クラフティングは独立した施策ではなく、「仕事体験の設計」のなかで1on1やキャリア対話と組み合わせて運用すべきものです。日常と非日常の施策を補完的に組み合わせ、その中核に1on1を据えることで、キャリア自律とエンゲージメントの両立に向けた組織全体の変化が加速していきます。

つまり、ジョブ・クラフティングは上司との1on1という日常の対話から始まるのです。

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執筆者
1on1総研編集部

1on1のノウハウや組織課題、組織を活性化させるためのキーワードなどを掘り下げる記事を提供します。

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