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大日本印刷の新規事業組織──1on1を事業成果につなげるための実践
大日本印刷の新規事業組織──1on1を事業成果につなげるための実践

大日本印刷の新規事業組織──1on1を事業成果につなげるための実践

大企業の新規事業が生まれる現場で、1on1はどのように生かされているのだろうか。

2025年11月に開催されたKAKEAI主催のカンファレンス「RE:ENGAGE 2025」に、大日本印刷(以下、DNP)の佐藤英吾氏が登壇。

「新規事業推進に不可欠な1on1とエンゲージメント──DNPの実践事例から学ぶ」と題した講演で、人が流動的に入れ替わる新規事業組織において「対話」を基盤に据え、1on1を実践してきた理由を語った。

本記事では、同社の取り組みを通じて、1on1が関係性づくりにとどまらず、新たなアイデアを生み出すための組織の基盤としてどのように機能しているのかを紐解く。

佐藤 英吾  
大日本印刷株式会社 ABセンター 価値創造プログラム推進本部業務革新推進室 室長 

2002年富士フイルム株式会社入社。SCM、労組専従、経営企画、新規事業マネージャーを歴任。2020年大日本印刷株式会社入社。新規事業創出プログラム「OneABスタジオ」を立ちあげ運営中。主に新規事業開発の仕組みづくりと実行支援を推進。

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目次

人が流動的な新規事業組織に、なぜ「対話」が必要だったのか

大日本印刷において、新規事業の「0→1」だけでなく、「1→10」「10→100」までを一気通貫で担うのがABセンターだ。2014年に設立された同組織は、情報・サービス分野の事業を支えるデジタル技術を通じてICT領域での新規事業の創出やDXを推進している。

特徴は、本社研究開発部門としてR&Dの機能を持ちつつ、予算を持った新規事業開発部門でもある点だ。事業を育成・拡大し、次の柱へと成長させ、会社全体の強い事業ポートフォリオの構築に寄与することまでを視野に入れている。

こうした新規事業を、事業部門、R&D、スタッフの3部門がそれぞれの立場から推進している。昨年度には、この3部門を横断する社内インキュベーションプログラム「OneABスタジオ」が立ち上がった。ABセンターの全社員を対象に年間500のアイデアを募り、年5件程度の事業化のめどをつけていくことを目指すプログラムだ。参加者は各部門の通常業務と並行しながら新規事業に挑むため、限られた時間の中で思考を切り替え、創造性を発揮し続けることが求められる。

現在、ABセンターには大小合わせて約10テーマの事業テーマが存在する。事業が成長すればチームごとセンターを卒業し、新しい組織の立ち上げへと進む。同時に、新たな事業創出に向けて社内の別部署から人材が加わるため、人材の流動性は高い。

「多様なバックグラウンドを持つメンバー同士で新たな価値を生み出す必要があります。早期に人間関係を築き、変化に強く挑戦する組織を支えるためには、対話が必要でした」と佐藤さんは語る。

メンバーの入れ替わりが激しい環境では、前提や価値観が共有されないまま議論が進んでしまうことも少なくない。だからこそABセンターでは、日常のネットワークの中で交わされる対話を、新たな事業アイデアを生み出すための重要な土壌として位置づけている。

話せば、価値は生まれる

DNPでは2021年、人事諸制度の再構築に伴い1on1が本格的に開始された。それを受け、ABセンターでは2023年に1on1支援ツール「Kakeai」が部門導入され、施策が本格化している。

ABセンターで1on1の推進を担う佐藤さんは、1on1を組織の対話の基盤と位置づけ、100%実施を目標に掲げた。その背景には、佐藤さんの原体験がある。

佐藤さんは前職で労働組合の専従者として社内研修を企画・実施しており、そのアイスブレイクとして「ポジティブ自己開示」というプログラムを取り入れていた。

研修の場で初対面の参加者同士がペアになり、ポジティブに話せそうな10個のテーマで40分間話すもの。このメニューの後は場が温まり、研修の質が上がるという声がアンケートで寄せられた。その後、「ポジティブ自己開示」は研修の定番メニューとなった。

この経験を通じて佐藤さんは、「人は、話すことで関係性も場の空気も変えられる」という実感を持った。

「コミュニケーションを取るときに、1on1での会話を重ねていけば、必ず何らかの付加価値が生まれる力があると考えています」(佐藤さん、以下同)

佐藤さんら事務局は「Kakeai」を通じて部門ごとの実施率と、1on1後にメンバーが匿名で回答する対話への満足度を把握し、月1回、部単位の1on1実施率とエンゲージメントサーベイの結果を部門全体に公開している。数字を可視化することで、1on1を「特別な取り組み」ではなく、組織として当たり前の行動にしていくことが狙いだ。

実際、実施率を横並びで開示したことで、競争意識が生まれ、未実施だった社員も自然と1on1を始めるようになった。さらに、上長からも未実施者にフォローや個別の声かけを地道に続けた結果、ほぼ100%の実施率を達成し、今でも継続できている。

「目安を示すことで、(1on1することが)当たり前になっていく。そういう意味で、数字を公開することは有効な手段だと思います」

1on1で生まれた成果と、課題の発見

1on1実施率がほぼ100%に達し、その水準を維持しているABセンター。その効果は数字として表れた。エンゲージメントサーベイにおいて、周囲との関係性に関わる項目のスコアが向上したのだ。中でも、「信頼」「安心」「上司との関係性」という項目は、はっきりと改善し、佐藤さんらは手ごたえを感じたという。

一方で、「理念・戦略」「挑戦する風土」といった項目の伸びは鈍化した。MIT組織学習センターの共同創始者であるダニエル・キム氏の「成功の循環」モデルでは、組織の「関係の質」を向上させると、「思考の質」「行動の質」「結果の質」へと循環し、より関係の質が高くなるという好循環が示され、業績向上にもつながるとされている。

佐藤さんが期待していたのは、1on1を通じて組織内の関係性が改善され、それが挑戦や戦略と向き合う対話につながっていくことだった。しかし、エンゲージメントサーベイの結果からは、「関係の質」の向上がそれ以降の循環へとつながっていないことが浮き彫りになった。

1on1を「基盤」から「協創の場」へ

循環が止まっている原因を探るために佐藤さんが着目したのは、「対話の中身」だ。

「Kakeai」は、事前にどのテーマで1on1を実施するかを参加者が選択できるシステムになっている。1on1の実施テーマを集計したところ、ABセンターでは“進捗共有中心”の対話と、“挑戦や戦略を語る”対話と二極化していることがわかった。これにはマネジャー、メンバーそれぞれに課題があると佐藤さんは言う。

「マネジャー側の課題は、挑戦や成果に踏み込んだ問いかけができているか、そしてメンバーの言葉を受け止める力をどう高められるか、その2点にあると感じています。メンバー側の課題は、自ら議論を持ち込んだり、自分から仮説を立てて提案したりする姿勢をいかに持てるかだと認識しています」

1on1を通じて組織全体の関係性の質は高まった。次はこの土台の上で、マネジャーの問いかけ力とメンバーの主体性を引き出し、成果につながる「協創の場」へと1on1の質的変化を果たしていく。ABセンターの1on1はそのフェーズに入っている。

ただし、信頼関係の度合いは上司・部下のペアごとに異なる。深い対話ができる段階に進んでいるペアもあれば、挑戦や成果に踏み込んだ対話をするにはさらなる関係構築が必要なペアもある。

そこで今後はKAKEAIの「1on1関係性サーベイ」を活用していくという。これは部下の視点から上司との関係性を16段階で可視化するサーベイだ。段階は「警戒」から始まり、「信用」「信頼」を経て、最終的に「成果の向上を実感できている」状態へと進む。

ABセンターでは上司部下の各ペアの関係性を可視化し、その段階に応じた1on1を進めながら成果につながる対話へと近づけていく考えだ。

あわせて、佐藤さんらは現場への発信も強化している。1on1満足度の高いマネジャーの好事例を全体に向けて月1回以上紹介するほか、マネジャー・メンバー双方の1on1における工夫をバトンリレー方式で隔週で発信。好事例に登場する面々たちによる座談会も定期的に開催している。研修のようなインプットよりも、現場との「接点」を増やし、月1回の1on1という「実践」の場を少しずつ変えていく狙いだ。

0→1を生み出し続けるABセンターでは、R&Dと事業開発という異なるスタイルが共存し、人材も流動的だ。正解が定まらない中で意思決定を重ねていくには、まだ形になっていない仮説や違和感を早い段階で言葉にし、共有できる土壌が欠かせない。

そのために必要なのは、「対話は大事だ」と掲げることではなく、対話が自然に起き、前に進むように設計することだ。ABセンターが取り組んできたのは、まさにその仕組みづくり。1on1はその質を高めることで、不確実性の高い組織を前に進めるための装置になり得るのだ。

(撮影:小島マサヒロ)

🔹関連記事

 ・1on1推進の現場で何が起きていたか──大日本印刷・ABセンター事務局の試行錯誤

 ・実施率100%の先へ。新規事業開発組織が取り組む「成果につながる1on1」

📂 他社・他部門の1on1実践事例を知る

1on1を「実施すること」から「成果につなげること」へとフェーズを進めるには、自社・自部門の取り組みと他社事例を照らし合わせることが手がかりになります。下記の資料では、部門特性や施策ごとに異なる1on1の定着・質向上の事例をまとめています。

📘 部門別施策別1on1最新事例

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特徴は、本社研究開発部門としてR&Dの機能を持ちつつ、予算を持った新規事業開発部門でもある点だ。事業を育成・拡大し、次の柱へと成長させ、会社全体の強い事業ポートフォリオの構築に寄与することまでを視野に入れている。

こうした新規事業を、事業部門、R&D、スタッフの3部門がそれぞれの立場から推進している。昨年度には、この3部門を横断する社内インキュベーションプログラム「OneABスタジオ」が立ち上がった。ABセンターの全社員を対象に年間500のアイデアを募り、年5件程度の事業化のめどをつけていくことを目指すプログラムだ。参加者は各部門の通常業務と並行しながら新規事業に挑むため、限られた時間の中で思考を切り替え、創造性を発揮し続けることが求められる。

現在、ABセンターには大小合わせて約10テーマの事業テーマが存在する。事業が成長すればチームごとセンターを卒業し、新しい組織の立ち上げへと進む。同時に、新たな事業創出に向けて社内の別部署から人材が加わるため、人材の流動性は高い。

「多様なバックグラウンドを持つメンバー同士で新たな価値を生み出す必要があります。早期に人間関係を築き、変化に強く挑戦する組織を支えるためには、対話が必要でした」と佐藤さんは語る。

メンバーの入れ替わりが激しい環境では、前提や価値観が共有されないまま議論が進んでしまうことも少なくない。だからこそABセンターでは、日常のネットワークの中で交わされる対話を、新たな事業アイデアを生み出すための重要な土壌として位置づけている。

話せば、価値は生まれる

DNPでは2021年、人事諸制度の再構築に伴い1on1が本格的に開始された。それを受け、ABセンターでは2023年に1on1支援ツール「Kakeai」が部門導入され、施策が本格化している。

ABセンターで1on1の推進を担う佐藤さんは、1on1を組織の対話の基盤と位置づけ、100%実施を目標に掲げた。その背景には、佐藤さんの原体験がある。

佐藤さんは前職で労働組合の専従者として社内研修を企画・実施しており、そのアイスブレイクとして「ポジティブ自己開示」というプログラムを取り入れていた。

研修の場で初対面の参加者同士がペアになり、ポジティブに話せそうな10個のテーマで40分間話すもの。このメニューの後は場が温まり、研修の質が上がるという声がアンケートで寄せられた。その後、「ポジティブ自己開示」は研修の定番メニューとなった。

この経験を通じて佐藤さんは、「人は、話すことで関係性も場の空気も変えられる」という実感を持った。

「コミュニケーションを取るときに、1on1での会話を重ねていけば、必ず何らかの付加価値が生まれる力があると考えています」(佐藤さん、以下同)

佐藤さんら事務局は「Kakeai」を通じて部門ごとの実施率と、1on1後にメンバーが匿名で回答する対話への満足度を把握し、月1回、部単位の1on1実施率とエンゲージメントサーベイの結果を部門全体に公開している。数字を可視化することで、1on1を「特別な取り組み」ではなく、組織として当たり前の行動にしていくことが狙いだ。

実際、実施率を横並びで開示したことで、競争意識が生まれ、未実施だった社員も自然と1on1を始めるようになった。さらに、上長からも未実施者にフォローや個別の声かけを地道に続けた結果、ほぼ100%の実施率を達成し、今でも継続できている。

「目安を示すことで、(1on1することが)当たり前になっていく。そういう意味で、数字を公開することは有効な手段だと思います」

1on1で生まれた成果と、課題の発見

1on1実施率がほぼ100%に達し、その水準を維持しているABセンター。その効果は数字として表れた。エンゲージメントサーベイにおいて、周囲との関係性に関わる項目のスコアが向上したのだ。中でも、「信頼」「安心」「上司との関係性」という項目は、はっきりと改善し、佐藤さんらは手ごたえを感じたという。

一方で、「理念・戦略」「挑戦する風土」といった項目の伸びは鈍化した。MIT組織学習センターの共同創始者であるダニエル・キム氏の「成功の循環」モデルでは、組織の「関係の質」を向上させると、「思考の質」「行動の質」「結果の質」へと循環し、より関係の質が高くなるという好循環が示され、業績向上にもつながるとされている。

佐藤さんが期待していたのは、1on1を通じて組織内の関係性が改善され、それが挑戦や戦略と向き合う対話につながっていくことだった。しかし、エンゲージメントサーベイの結果からは、「関係の質」の向上がそれ以降の循環へとつながっていないことが浮き彫りになった。

1on1を「基盤」から「協創の場」へ

循環が止まっている原因を探るために佐藤さんが着目したのは、「対話の中身」だ。

「Kakeai」は、事前にどのテーマで1on1を実施するかを参加者が選択できるシステムになっている。1on1の実施テーマを集計したところ、ABセンターでは“進捗共有中心”の対話と、“挑戦や戦略を語る”対話と二極化していることがわかった。これにはマネジャー、メンバーそれぞれに課題があると佐藤さんは言う。

「マネジャー側の課題は、挑戦や成果に踏み込んだ問いかけができているか、そしてメンバーの言葉を受け止める力をどう高められるか、その2点にあると感じています。メンバー側の課題は、自ら議論を持ち込んだり、自分から仮説を立てて提案したりする姿勢をいかに持てるかだと認識しています」

1on1を通じて組織全体の関係性の質は高まった。次はこの土台の上で、マネジャーの問いかけ力とメンバーの主体性を引き出し、成果につながる「協創の場」へと1on1の質的変化を果たしていく。ABセンターの1on1はそのフェーズに入っている。

ただし、信頼関係の度合いは上司・部下のペアごとに異なる。深い対話ができる段階に進んでいるペアもあれば、挑戦や成果に踏み込んだ対話をするにはさらなる関係構築が必要なペアもある。

そこで今後はKAKEAIの「1on1関係性サーベイ」を活用していくという。これは部下の視点から上司との関係性を16段階で可視化するサーベイだ。段階は「警戒」から始まり、「信用」「信頼」を経て、最終的に「成果の向上を実感できている」状態へと進む。

ABセンターでは上司部下の各ペアの関係性を可視化し、その段階に応じた1on1を進めながら成果につながる対話へと近づけていく考えだ。

あわせて、佐藤さんらは現場への発信も強化している。1on1満足度の高いマネジャーの好事例を全体に向けて月1回以上紹介するほか、マネジャー・メンバー双方の1on1における工夫をバトンリレー方式で隔週で発信。好事例に登場する面々たちによる座談会も定期的に開催している。研修のようなインプットよりも、現場との「接点」を増やし、月1回の1on1という「実践」の場を少しずつ変えていく狙いだ。

0→1を生み出し続けるABセンターでは、R&Dと事業開発という異なるスタイルが共存し、人材も流動的だ。正解が定まらない中で意思決定を重ねていくには、まだ形になっていない仮説や違和感を早い段階で言葉にし、共有できる土壌が欠かせない。

そのために必要なのは、「対話は大事だ」と掲げることではなく、対話が自然に起き、前に進むように設計することだ。ABセンターが取り組んできたのは、まさにその仕組みづくり。1on1はその質を高めることで、不確実性の高い組織を前に進めるための装置になり得るのだ。

(撮影:小島マサヒロ)

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1on1を「実施すること」から「成果につなげること」へとフェーズを進めるには、自社・自部門の取り組みと他社事例を照らし合わせることが手がかりになります。下記の資料では、部門特性や施策ごとに異なる1on1の定着・質向上の事例をまとめています。

📘 部門別施策別1on1最新事例

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執筆者
相馬留美

2002年にダイヤモンド社に入社し、「週刊ダイヤモンド」編集部で記者となる。その後、フリーランスに転向。雑誌「プレジデントウーマン」や「週刊ダイヤモンド」などの経済メディアでフリーランス記者・編集者として携わる。また、複数の企業・NPOでオウンドメディアの編集長を務める。2024年12月に起業し、執筆活動をするとともに、事業会社のクリエイティブに関わる。空気は読めないけれど、人が好き。

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