目次
はじめに
近年、「リスキリング」という言葉がビジネスシーンで大きな注目を集めています。急速な技術革新やデジタルトランスフォーメーション(DX)の進展、社会構造の変化に伴い、企業も個人も新しいスキルを身につける必要性が高まっているためです。リスキリングは単なるスキルの獲得だけでなく、既存の働き方や学び方を見直すきっかけにもなります。
本記事では、リスキリングの基本的な概念から導入のメリット、活用できる補助金・助成金等を体系立ててわかりやすく解説します。ぜひ、自社の成長戦略として、リスキリングをどのように進めていくかのヒントをつかんでください。
リスキリングとは?
📕リスキリングの定義
リスキリング(reskilling)とは、新たな業務や役割に対応できるよう、自分のスキルや知識を再構築・再習得することを指します。日本語では「再教育」や「技能再学習」と訳されることもありますが、近年では「リスキリング」というカタカナ表記が定着してきました。デジタル技術をはじめとする多様なスキルの習得や、業界の再編による新しい業務領域への転換など、企業や個人が環境の変化に対応していくためには欠かせない取り組みとなっています。
📕リカレント教育やアンラーニングとの違い
リスキリングと混同されやすい用語に、リカレント教育があります。リカレント教育は、社会人になってからも大学や専門機関で学び直す「生涯学習」の考え方を指します。リスキリングと同様に新しい知識・スキルを得ることを目指しますが、より広義で、大学院への進学や公開講座などを通じて、個人の教養や専門領域を深めることに重きがある点が特徴です。
一方リスキリングとセットで話題に上ることの多いアンラーニングは、「これまでの常識や習慣をいったん捨て去り、新しい発想や視点を取り入れること」を意味します。
リスキリングは従来のスキルに加え、新たに必要なスキルを習得していくプロセスが中心です。アンラーニングはその前段階として、過去の学習や思い込みをクリアにし、新たなスキルや知識を吸収しやすくするマインドセットを整えることに焦点が置かれます。リスキリングを進める上では、変化を受け入れるためのアンラーニングが不可欠と言えます。
なぜリスキリングは注目されているのか?
①ビジネス環境の急激な変化に対応するため
リスキリングが注目されるようになった背景には、社会構造や産業構造の大きな変化が挙げられます。近年のデジタル技術やAIの進歩は、ビジネスモデルや業務プロセスを根本から変革するDXを各業界にもたらしました。例えば、業務の自動化・効率化が進む一方で、これまで人が担っていた仕事が消滅し、新しい仕事が生まれるケースも出てきています。こうした急激な変化に対応するために、既存のスキルに依存するだけでなく、新しいスキルを獲得し続ける必要があり、リスキリングの重要性が高まっているのです。
②人材不足の解消の手段として
近年、日本社会では少子高齢化や人口減少による人材不足が深刻化しています。こうした状況下でリスキリングが注目される理由の一つは、既存社員に新しいスキルや知識を獲得してもらい、人材を最適に活用しながら組織の生産性を維持・向上できる点にあります。新たな人材を採用するだけでなく、社内に眠るポテンシャルを引き出すことで、人材不足の課題を解決しつつ、社員のキャリア形成にもつなげられるのです。
企業がリスキリングを推進するためのステップ
以下では、企業が「リスキリング」を社内で導入し、効果的に推進していくためのステップをわかりやすく整理しています。自社の現状や課題に合わせて柔軟に取り入れ、社員一人ひとりの成長や組織全体の競争力向上につなげましょう。

【Step 1】体系的な研修プログラムの設計・導入
はじめに、社員が身につけるべきスキルや知識を明確化し、それに基づいた研修プログラムを設計します。たとえば、集合研修・オンライン研修では、DX推進やAIリテラシー、マネジメントなど社内全体で必須とされる領域を一斉に学べます。外部の専門講師を招いたり、Eラーニングのプラットフォームを導入したりすることで、多忙な社員でも効率的に受講が可能になります。
さらに、オン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)を組み合わせれば、研修で得た知識を実務に直結させながら習得できます。ただし、研修後のフォローが不十分だとスキルが定着せずに終わることもあるため、研修前後の面談やOJT担当者との連携を密に行うようにしましょう。
【Step 2】学習支援制度の整備
調査によると、リスキリングが進まない企業では、社員の「モチベーションが続かない」「時間がない」「費用がない」ということがネックになっているようです。社員が自主的かつ継続的に学習するためには、企業としてのサポート体制が重要です。
具体的には、学習費用の補助・奨励金制度を設ければ、資格取得や学位取得にかかる費用負担を軽減でき、学習意欲を高めるインセンティブとして機能します。
また、仕事と学習を両立しやすい環境づくりも大切です。学習のための時間確保として、早朝や夜間、週末の研修やオンライン学習を導入したり、学習休暇制度を導入したりすれば、多忙な社員でも学ぶ時間を確保しやすくなります。こうした支援策が整っているほど、社員は自発的な学びに取り組みやすくなるでしょう。
【Step 3】継続的な学習文化の醸成
リスキリングは一度きりの研修で終わるものではなく、変化が激しい時代においては常に学び続ける姿勢が求められます。社内で勉強会や共有会を定期的に開催し、学んだ知識や成功事例を共有する仕組みを作ると、社員同士が互いに刺激を与え合いながら成長する好循環が生まれやすくなります。
また、研修や勉強会の成果を仕事に活かせるようフォローアップする体制も不可欠です。上司や同僚との情報共有を習慣化し、学んだスキルをどのように業務改善や新規事業の立ち上げに生かせるかを考える場を設けることで、学習効果を組織全体に波及させることができます。
【Step 4】経営層のコミットメント
リスキリングを長期的に定着させ、着実に成果につなげるためには、経営層のリーダーシップと明確な方針が欠かせません。経営トップのメッセージがあると、全社レベルでリスキリング推進への意識が高まり、必要なリソース(予算や人材)の確保もスムーズに行いやすくなります。
さらに、リスキリングに関するKPI(重要業績評価指標)を設定し、経営層自らがモニタリングを続けることで、研修効果や学習進捗を客観的に評価できます。改善点や新たな課題が見えた場合は素早く対策を講じ、リスキリング推進のサイクルを途切れさせないことがポイントです。
こうしたステップを踏むことで、社員一人ひとりが時代の変化に柔軟に対応しながら成長し、組織としての競争力を高めることができるでしょう。
リスキリングに活用できる補助金・助成金は?
リスキリングは、日本の「骨太の方針」に盛り込まれています。2022年に岸田前首相が「5年間で1兆円を投じる」と表明したことを皮切りに、政府も助成金などあらゆる支援策を積極的に講じています。企業の負担を軽減できる代表的な制度の概要を紹介します。
1. 人材開発支援助成金(厚生労働省)
事業主が雇用する労働者に対し、計画的に職業訓練を実施した場合、その訓練経費や訓練期間中の賃金の一部を助成する制度です。さまざまなコースがある中でも、リスキリングの観点から特に重要なのは「人材育成支援コース」「人への投資促進コース」「事業展開リスキリング支援コース」「教育訓練休暇付与コース」の四つです。
⭐️ 人材育成支援コース
事業主が労働者(雇用保険被保険者)に対して「10時間以上のOFF-JT」を行ったり、有期契約労働者の正社員転換を目的として「OJTとOFF-JTを組み合わせた訓練」を実施したりすると、その経費や賃金の一部が助成の対象となります。従業員のキャリア形成や能力アップに活用できます。
⭐️ 教育訓練休暇等付与コース
有給の教育訓練休暇等制度(3年間で5日以上)を導入し、実際に労働者がこの休暇を取得して訓練を受けた場合、企業に助成が行われる制度です。社員が安心して学ぶ時間を確保でき、リスキリングを後押しできます。
⭐️ 人への投資促進コース
「人への投資促進コース」は、デジタル人材や高度人材の育成を中心とした訓練など、多様な学習ニーズに対応するコースです。DXの要であるAIやビッグデータ、プログラミングといった先端技術の研修費用が助成されるだけでなく、組織を牽引できる高度知識・技能を持ったリーダー候補を育成するための費用や、労働者が自主的に行う研修やオンライン学習サービス(定額制)などへの支援にも活用できます。
⭐️ 事業展開等リスキリング支援コース
「事業展開等リスキリング支援コース」は、新規事業の立ち上げなどに伴い、新たな分野で必要となる知識や技能を習得する訓練を行った場合に、訓練経費と訓練期間中の賃金を助成するものです。既存事業の拡大や業務の転換を見据えて、従業員を新たな領域へと育成するための訓練が支援対象となり、さらにDXやグリーン・カーボンニュートラル化に取り組む企業が行うスキル開発にも助成が適用されます。このコースは、「令和4年度から8年度までの期間限定」であるため、要件に合致する場合は早めの検討が望ましいといえます。
なお、各コースの助成額・助成率は下記の通りです。会社の規模や賃金要件などにより細かく決まっている上、頻繁に変更される場合があります。必ず厚生労働省の公式資料および個別の要件・注釈を併せて確認してください。
2.DX リスキリング助成金(公益財団法人東京しごと財団)
DX リスキリング助成金は、東京都内に本社または事業所を有する中小企業などが、社内のDX(デジタルトランスフォーメーション)推進に必要な研修を実施した場合、その研修費用の一部を助成する制度です。具体的には、データ分析やプログラミング、クラウドコンピューティングなど、企業の業態や課題に応じて必要とされるDX関連スキルの習得を支援します。
この助成金の最大の特徴は、研修費用の4分の3(上限75,000円/1人1研修)を補助してくれる点です。1社あたりの助成上限額は100万円で、上限に達するまで複数回の申請も可能です。これにより、限られた予算であってもDX人材の育成を継続的に進めることができます。
助成対象となる研修内容は幅広く設定されており、AI・ビッグデータの活用からデジタルマーケティング、システム開発など、多様なテーマを自由に選択可能です。企業は自社の業務ニーズや社員のスキルレベルに合わせて研修を設計できるため、実践的かつ効果的なDXリスキリングが実現しやすくなります。
さらに、この助成金の活用によってDX推進に必要な人材を内部で育成できれば、新規事業の創出や生産性の向上にもつなげられます。社内にDXの知見が蓄積することで、従業員のモチベーション向上や人材確保の強化にも寄与する点が大きなメリットです。
「リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業」とは?
「リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業」は、経済産業省が主体となり、労働者が新たなスキルを身につけてキャリアアップするプロセスを支援するために実施している事業です。本事業では、補助事業者が提供する「キャリア相談」や「リスキリング講座」などを活用することで、個人が転職やスキルアップをよりスムーズに進められるよう、さまざまな形で費用補助やフォローアップが受けられます。
支援の具体例
✅ キャリア相談対応
⇨ 個人の状況や希望に応じたキャリア相談を行い、必要となるスキルや学習プランを明確にする
✅ リスキリング提供
⇨ キャリア相談の結果をもとに、デジタル技術や専門知識など、実務で活かせるリスキリング講座を受講できる
✅ 転職活動支援・フォローアップ
⇨ 転職にかかる費用や学習後のフォローアップサポートも、事業の枠組みで支援対象となる
助成内容の例
個人がリスキリング講座を受講する場合、講座受講費の1/2相当額を補助(1名あたり最大40万円)するなど、費用面の負担を軽減する仕組みが用意されています。
企業にとってのメリット
企業が自社の人材育成計画に合わせて本事業を活用すれば、従業員のスキルアップを促しながら研修費用を抑え、人材不足の解消や組織の競争力強化に結びつけることができます。
公募状況
本事業の第5次公募は令和7年1月17日で締切となり、今後の募集は未定です。情報が随時更新される可能性があるので、利用を検討する場合は必ず最新の公募要項や公式アナウンスを確認してください。
参考:経済産業省 リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業
「日本リスキリングコンソーシアム」とは?
「日本リスキリングコンソーシアム」は、デジタル人材の育成や社会人の学び直し(リスキリング)を促進するために、官民が連携して設立した組織です。経済産業省や総務省といった政府機関に加え、大手IT企業や教育関連企業が多数参画しており、社会人向けのスキルアップ・研修プログラムを幅広く提供しています。
このコンソーシアムの特徴として、最新のデジタル技術や実務に直結する講座が多数用意されていることが挙げられます。初学者から中級者まで、レベルや目的に応じてコースを選択できるうえ、公的支援と民間企業の研修プログラムが融合しているため、質の高いカリキュラムをまとめて利用しやすい仕組みが整備されています。
さらに、1,500以上のプログラムから必要なものをカスタマイズできる点も大きなメリットです。企業ごとの課題や業種の特性に合わせて受講内容を最適化できるだけでなく、多くの講座がオンライン受講に対応しているため、「働きながらでも無理なく学べる」と好評です。これにより、時間や場所の制約がある社会人でも効率的に新たなスキルを習得することが期待できます。
リスキリングでどんなスキルを学ぶべきか?
ビジネスパーソンがリスキリングでどんなスキルを磨くべきかは、会社の方針やキャリアプランによって異なりますが、昨今はIT・デジタル、AIリテラシー、管理職のマネジメントスキルなどが特に注目されています。
帝国データバンクの調査によれば、リスキリングに取り組んでいる企業は8.9%に留まる一方、情報サービス業(20.5%)や金融業(19.5%)ではその割合が高いことが分かりました。
これらの業界はビジネスモデルや業務フロー自体が高度なIT技術と深く結びついており、日々の業務を支えるデジタルスキルやデータ分析力の習得が急務とされているようです。
同調査では、リスキリングの具体例として「eラーニングやオンライン学習サービスの活用」が47.5%という高い数値を示しており、オンラインを通じて最新のデジタルスキルや業務知識を吸収する動きが一段と加速していることもうかがえます。
さらに、この傾向は情報サービスや金融業界だけでなく、製造業やサービス業といった他の業種にも波及しています。DX化が避けられない時代背景のなかで、基礎的なクラウド活用やデジタルツールの操作だけでなく、データを用いて業務を改善するための分析能力が一層求められているのです。
加えて、シニア層を含むあらゆる年代の社員が学習内容を実務に定着させるには、学んだスキルをビジネスの現場で迅速に生かせる「実践的なプログラム」であることも重要です。
企業の成長戦略や新規事業の開発など、現場での具体的な成果を視野に入れたリスキリングであれば、習得した知識を即戦力として生かせるだけでなく、学びへのモチベーションも高まりやすいと言えるでしょう。
リスキリング導入時の課題は年代によって異なる
リスキリングは、組織や個人が新たなスキルを獲得して成長するための重要な取り組みです。しかし、その導入には多くの課題が伴います。たとえば、株式会社ベンド(学研ホールディングスグループ)の「スキルアップ研究所」が実施した調査(2025年2月発表)では、20代から50代までの働く人々を対象に、リスキリングの実態とその障壁を分析しています。
調査によると、20代ではリスキリングに取り組んでいる割合が40%である一方、50代以上では15%に留まっていました。年代による差が生じる理由として、若年層ほど現行スキルに不足を感じ、新しい学びの必要性を強く認識している一方で、年齢が上がるにつれ「現状のスキルでも業務に対応できる」と捉える傾向があることが指摘されています。
また、学ぶ際に感じる主な障壁として、若年層は「費用」、中高年層は「時間の確保」が課題として多く挙げられました。具体的には、30代で「費用負担」を大きな懸念とする人が半数以上となったのに対し、40代や50代では仕事や家庭などの責任が増すことで学習に割く時間を確保できず、リスキリングを先延ばしにしがちだという状況が浮き彫りになっています。

これらの課題を踏まえ、企業は柔軟な研修設計、OJTと組み合わせた実践的プログラムの導入など、多角的な対策を用意することが望まれます。特に、年代・業種・キャリアステージに合わせた支援策を取り入れることは、社員の学習意欲を高め、組織全体のスキル水準を底上げするうえで重要なカギとなります。
リスキリングを成功させるには?
リスキリングを成功へ導くためには、組織として一律に同じ研修を行うだけでは十分ではなく、それぞれの社員がもつ状況やスキルレベルやキャリアの志向性に合わせた支援が欠かせません。
そのなかで特に重要となるのが、上司と部下が定期的に行う1on1ミーティングです。例えば、部下との対話を繰り返すことで、学習の進捗や躓いているポイントを早期に把握し、現場でのフォローアップが迅速に行えるようになります。
学習意欲を失いかけている社員に対しても、学びの必要性や目的を改めて共有することでモチベーションを維持しやすくなるでしょう。
さらに、1on1を通じて得意分野や苦手分野を明確にし、その情報をもとに最適な研修やOJTを提案することも可能になります。こうした個別のスキルギャップを把握する取り組みは、日常業務の配置転換や将来的な昇進・役割変更の際にも大いに役立ちます。
リスキリングで新しく習得したスキルを実務やキャリア形成にどう活かすかを上司と一緒に検討し、具体的な目標設定を行うことで、社員自身が将来的な姿をイメージしやすくなります。上司にとっても部下の成長やキャリア構築を支援する機会となり、組織全体の成長につなげる大きな手がかりになるはずです。