
AIトランスフォーメーションの出発点に、なぜ「1on1」が有効なのか
近年、急速に広がる企業のAI活用。だが、その多くは実験段階を出ず、変革につなげた例は少ない。
2026年8月1日、アクセンチュア株式会社から株式会社うるるへ移り、執行役員CHROに就任した太田昂志氏は、同社のAIトランスフォーメーション(AX)の推進を担う。
その太田氏が着任直後の3カ月で取り組むのは、約300人の正社員との1on1だ。
1人30分としても計150時間。なぜAXの出発点に、時間を要する1on1を据えるのか。
その理由をたどると、経営と現場を往復しながら変革の焦点を絞り込む、新しい1on1の使い方が見えてきた。

株式会社うるる 執行役員CHRO
システムインテグレーター等を経て、株式会社ゆめみに転じる。CHRO、取締役、上席執行役員を歴任し、事業の急成長を人事・組織面から牽引。働きがいのある会社として、複数の外部アワード受賞や各種ランキング入賞にも導いた。その後、アクセンチュア株式会社との経営統合を主導。統合後はプリンシパル・ディレクターとして、クライアント企業のカーブアウト型M&Aに伴う組織人事・チェンジマネジメント領域のコンサルティングに従事。2026年8月より現職。共著に『職場を上手にモチベートする科学的方法 無理なくやる気を引き出せる26のスキル』(ダイヤモンド社)
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地方拠点から1on1を開始する意義
入札情報サービスやBPO事業を展開するうるるは、中期目標として売上高200億円を掲げている。2026年3月期の売上高は77億5100万円。同社は業務の高度化により、組織の生産性を飛躍的に高めるかたちで目標に近づくプランを描く。
「この非連続の成長を実現するための手段が、AXです」(太田氏)
AIを前提に、業務プロセスも組織のあり方も組み替えていく。その出発点に太田氏が選んだのが全社員との1on1だ。
太田氏は自身のことを、外部から重要ポストに入る「パラシュート人事」だと表現する。こうした立場の人間が陥りやすい失敗は、前職でうまくいった施策や、世の中で注目されている制度をそのまま持ち込むことだという。
会社には、それぞれ固有の歴史や文化、社員同士の関係性がある。同じような課題を抱えているように見えても、それを生み出している構造は会社ごとに異なる。
何が成果を生み出し、何がその会社らしさを支えているのか。何を変えるべきで、何を残すべきなのか。
それを理解しないまま、外から「正しそうな変革」を持ち込めば、問題を解決するどころか、それまで会社を支えてきた強みを壊しかねない。だからこそ、変える前に「正しく知る」。その起点となるのが現場との対話だ。
太田氏の言葉を借りれば、約300人との1on1は「組織の現在地を捉えるための経営診断」であり「組織診断」である。
だが、着任したばかりの役員に、社員が本音を話すとは限らない。そこで太田氏は、いくつかの工夫を凝らした。
「まず、東京本社ではなく、地方の拠点から1on1を始めました」(太田氏)

うるるは大分と徳島にBPOの拠点を構える。物理的に離れた拠点では、日常的な接点の少なさから、社員が経営との距離を感じてしまうこともありえる。
だからこそ、真っ先に地方拠点に足を運ぶ。「東京が上ではない」というメッセージになるからだ。
とはいえ「会えば自動的に本音が得られるわけではない」と太田氏は慎重な姿勢を崩さない。
「望ましいことではありませんが、一部の社員は、私が聞きたいであろうことを推し量り、そこに合わせて話してくることもあり得ます。そうなると、現場の実態が正しく掴めません」(太田氏)
組織行動研究では、力関係が存在する場において、低い立場にいる側ほど相手の意向や評価を意識し、発言を控えたり、相手に受け入れられやすい形へ調整したりすることが知られている。新任の執行役員CHROとの1on1でも、同じ力学は働き得る。
そこで太田氏は、社員に「僕のことを〈おーちゃん〉と呼んでください」と伝えた。狙いは、親しみやすい呼び名を通じて肩書が生む権威を弱め、対話から得られる情報の歪みを抑えることだ。
太田氏は以前、1on1総研の取材で「権威を持つ人が自ら手放す努力をしなければ、権威は移らない」と語っていたが(参考)、その考えを自らの1on1に持ち込んだのである。
「ニックネームは、相手の認識の変化を促す数少ないツールだと思います」(太田氏)

300人の声を「経営情報」に変える
もっとも、300人の声を集めること自体が目的ではない。太田氏が見極めようとしているのは「組織の共通課題」だ。
1on1で得た300人分の声を横断して見ながら、繰り返し現れるキーワードや概念を拾い、その関係をたどる。何が現在の成果につながっているのか、何が欠けたことで循環が止まっているのか。因果関係の仮説をループ図に落とし込み、組織が動くメカニズムを可視化していく。
こうして現場の声から捉えた「組織の現在地」を経営チームに持ち込み、経営側の見立てと照らし合わせる。太田氏はその意義を「群盲象を評す」という寓話になぞらえる。
「同じ象に触れていても、耳を触った人と足を触った人では、まったく異なるものとして捉えてしまうという寓話がありますよね。組織も同様で、経営も現場も同じ現象を見ているのに、課題の切り取り方が異なることがあります。そのずれを突き合わせないと、根本的な課題解決にはつながりません」(太田氏)
太田氏ら経営チームが議論した内容は、再び現場へ返す。現場の声を経営に届け、経営での議論を現場へ戻す。この往復を通じて、組織のどこに課題があり、何を変えるべきかについて、経営と現場の認識を近づけていく。
最初の3カ月、その橋渡し役を太田氏が担う。入社して間もない今なら、経営と現場のどちらにも偏らずに本質に向き合えるからだ。

AXで、組織の何が変わるのか
AXが動き始めれば、業務の中身やプロセス、人とAIの役割分担が再設計される。それに伴い、組織の中で誰がどのような判断を担うのかも変わり得る。
太田氏がとりわけ注目しているのが、この「意思決定のあり方」だ。
たとえば、これまで上司や専門部署への確認を必要としていた判断を、AIの支援によってメンバー自身が担えるようになる可能性が出てくる。さらに、一定の判断や実行そのものをAIエージェントに委ねることもできる。
そうなれば、これまで上位職に委ねられていた意思決定の一部を現場に移したり、人が担っていた判断をAIに任せたりできる。つまり、「誰が、何を、どこまで決めるのか」という意思決定権限の配分そのものを組み替えられることになる。
仕事や役割の再設計は、人事制度にも連動する。
等級制度は、立場ごとに期待する役割や責任、意思決定の範囲を定める仕組みでもある。実際の仕事や権限が変われば、それを前提につくられた等級も見直す必要が出てくる。
評価についても同様だ。担う役割が変われば、何を成果とみなすのか、その成果にどう報いるのかも変わる。太田氏は、等級、評価、報酬に加え、仕事から得られるやりがいまで含めて検討し、再設計する必要があると考えている。
再設計された仕事に、人をどう移すか

AIに任せる業務が増え、プロセスや役割が再編されれば、仕事が縮小する人も、新しい役割を担う人も出てくる。必要なスキルが変われば、学び直しも必要になる。
太田氏が警戒するのは、そこで生じる「感情を起点にした摩擦」だ。長く担ってきた仕事ほど、そこで培った経験や専門性がその人自身に深く根づいている。組織にとって合理的な役割変更であっても、本人が同じように受け入れられるとは限らない。
太田氏はその難しさを前職時代に目の当たりにした。かつて在籍していたデジタルサービス開発会社ゆめみは、2025年12月にアクセンチュアへ吸収合併された。その際、太田氏を含む管理部門のメンバーは、リスキリングを経て新たな役割への転換を求められたが、変化を受け入れきれない者もいたという。
その経験を踏まえ、うるるで太田氏が考えているのは、役割転換が必要になった段階で、初めて社員に適応を求めるような進め方をしないことだ。
仕事がどう変わり得るのかを早い段階で共有し、平時から複数の役割に触れる機会をつくる。必要なリスキリングも、次の役割が見えてから始めるのではなく、変化を見越して進めていく。
一つの仕事だけに経験やキャリアが集中しているほど、その仕事を失ったときの転換は難しくなる。だからこそ、変革の前から「次に移れる余地」をつくっておく。それが、AXによる仕事の再編と、人の移行を両立させるための備えになるという。
変革すれば、「現在地」も変わる
8月から始まった全社員との1on1。太田氏は、一巡した後も定期的に対話を続けるという。
「危ういのは、1on1を一度やって、現状認識を固定化してしまうことです。組織は生き物で、人も変化します。常に目を配らないと、途端に現状認識を見誤ります」(太田氏)
最初の1on1でAXの焦点を定めても、変革が進めば、新たな課題や想定外の摩擦が生まれ得る。
経営が狙った変化と、現場で実際に起きていることにずれはないか。継続的な対話からそれを捉え、次の判断に反映していく方針だ。

「成否にかかわらず、この取り組みの結果を報告させてください」。太田氏は取材の終わりに、こうつぶやいた。
300人との対話から何が見え、そこから組織がどう変わるのか。その答えは、これからの実践によって確かめられる。
(取材・執筆:下元陽、撮影:黒羽政士)
地方拠点から1on1を開始する意義
入札情報サービスやBPO事業を展開するうるるは、中期目標として売上高200億円を掲げている。2026年3月期の売上高は77億5100万円。同社は業務の高度化により、組織の生産性を飛躍的に高めるかたちで目標に近づくプランを描く。
「この非連続の成長を実現するための手段が、AXです」(太田氏)
AIを前提に、業務プロセスも組織のあり方も組み替えていく。その出発点に太田氏が選んだのが全社員との1on1だ。
太田氏は自身のことを、外部から重要ポストに入る「パラシュート人事」だと表現する。こうした立場の人間が陥りやすい失敗は、前職でうまくいった施策や、世の中で注目されている制度をそのまま持ち込むことだという。
会社には、それぞれ固有の歴史や文化、社員同士の関係性がある。同じような課題を抱えているように見えても、それを生み出している構造は会社ごとに異なる。
何が成果を生み出し、何がその会社らしさを支えているのか。何を変えるべきで、何を残すべきなのか。
それを理解しないまま、外から「正しそうな変革」を持ち込めば、問題を解決するどころか、それまで会社を支えてきた強みを壊しかねない。だからこそ、変える前に「正しく知る」。その起点となるのが現場との対話だ。
太田氏の言葉を借りれば、約300人との1on1は「組織の現在地を捉えるための経営診断」であり「組織診断」である。
だが、着任したばかりの役員に、社員が本音を話すとは限らない。そこで太田氏は、いくつかの工夫を凝らした。
「まず、東京本社ではなく、地方の拠点から1on1を始めました」(太田氏)

うるるは大分と徳島にBPOの拠点を構える。物理的に離れた拠点では、日常的な接点の少なさから、社員が経営との距離を感じてしまうこともありえる。
だからこそ、真っ先に地方拠点に足を運ぶ。「東京が上ではない」というメッセージになるからだ。
とはいえ「会えば自動的に本音が得られるわけではない」と太田氏は慎重な姿勢を崩さない。
「望ましいことではありませんが、一部の社員は、私が聞きたいであろうことを推し量り、そこに合わせて話してくることもあり得ます。そうなると、現場の実態が正しく掴めません」(太田氏)
組織行動研究では、力関係が存在する場において、低い立場にいる側ほど相手の意向や評価を意識し、発言を控えたり、相手に受け入れられやすい形へ調整したりすることが知られている。新任の執行役員CHROとの1on1でも、同じ力学は働き得る。
そこで太田氏は、社員に「僕のことを〈おーちゃん〉と呼んでください」と伝えた。狙いは、親しみやすい呼び名を通じて肩書が生む権威を弱め、対話から得られる情報の歪みを抑えることだ。
太田氏は以前、1on1総研の取材で「権威を持つ人が自ら手放す努力をしなければ、権威は移らない」と語っていたが(参考)、その考えを自らの1on1に持ち込んだのである。
「ニックネームは、相手の認識の変化を促す数少ないツールだと思います」(太田氏)

300人の声を「経営情報」に変える
もっとも、300人の声を集めること自体が目的ではない。太田氏が見極めようとしているのは「組織の共通課題」だ。
1on1で得た300人分の声を横断して見ながら、繰り返し現れるキーワードや概念を拾い、その関係をたどる。何が現在の成果につながっているのか、何が欠けたことで循環が止まっているのか。因果関係の仮説をループ図に落とし込み、組織が動くメカニズムを可視化していく。
こうして現場の声から捉えた「組織の現在地」を経営チームに持ち込み、経営側の見立てと照らし合わせる。太田氏はその意義を「群盲象を評す」という寓話になぞらえる。
「同じ象に触れていても、耳を触った人と足を触った人では、まったく異なるものとして捉えてしまうという寓話がありますよね。組織も同様で、経営も現場も同じ現象を見ているのに、課題の切り取り方が異なることがあります。そのずれを突き合わせないと、根本的な課題解決にはつながりません」(太田氏)
太田氏ら経営チームが議論した内容は、再び現場へ返す。現場の声を経営に届け、経営での議論を現場へ戻す。この往復を通じて、組織のどこに課題があり、何を変えるべきかについて、経営と現場の認識を近づけていく。
最初の3カ月、その橋渡し役を太田氏が担う。入社して間もない今なら、経営と現場のどちらにも偏らずに本質に向き合えるからだ。

AXで、組織の何が変わるのか
AXが動き始めれば、業務の中身やプロセス、人とAIの役割分担が再設計される。それに伴い、組織の中で誰がどのような判断を担うのかも変わり得る。
太田氏がとりわけ注目しているのが、この「意思決定のあり方」だ。
たとえば、これまで上司や専門部署への確認を必要としていた判断を、AIの支援によってメンバー自身が担えるようになる可能性が出てくる。さらに、一定の判断や実行そのものをAIエージェントに委ねることもできる。
そうなれば、これまで上位職に委ねられていた意思決定の一部を現場に移したり、人が担っていた判断をAIに任せたりできる。つまり、「誰が、何を、どこまで決めるのか」という意思決定権限の配分そのものを組み替えられることになる。
仕事や役割の再設計は、人事制度にも連動する。
等級制度は、立場ごとに期待する役割や責任、意思決定の範囲を定める仕組みでもある。実際の仕事や権限が変われば、それを前提につくられた等級も見直す必要が出てくる。
評価についても同様だ。担う役割が変われば、何を成果とみなすのか、その成果にどう報いるのかも変わる。太田氏は、等級、評価、報酬に加え、仕事から得られるやりがいまで含めて検討し、再設計する必要があると考えている。
再設計された仕事に、人をどう移すか

AIに任せる業務が増え、プロセスや役割が再編されれば、仕事が縮小する人も、新しい役割を担う人も出てくる。必要なスキルが変われば、学び直しも必要になる。
太田氏が警戒するのは、そこで生じる「感情を起点にした摩擦」だ。長く担ってきた仕事ほど、そこで培った経験や専門性がその人自身に深く根づいている。組織にとって合理的な役割変更であっても、本人が同じように受け入れられるとは限らない。
太田氏はその難しさを前職時代に目の当たりにした。かつて在籍していたデジタルサービス開発会社ゆめみは、2025年12月にアクセンチュアへ吸収合併された。その際、太田氏を含む管理部門のメンバーは、リスキリングを経て新たな役割への転換を求められたが、変化を受け入れきれない者もいたという。
その経験を踏まえ、うるるで太田氏が考えているのは、役割転換が必要になった段階で、初めて社員に適応を求めるような進め方をしないことだ。
仕事がどう変わり得るのかを早い段階で共有し、平時から複数の役割に触れる機会をつくる。必要なリスキリングも、次の役割が見えてから始めるのではなく、変化を見越して進めていく。
一つの仕事だけに経験やキャリアが集中しているほど、その仕事を失ったときの転換は難しくなる。だからこそ、変革の前から「次に移れる余地」をつくっておく。それが、AXによる仕事の再編と、人の移行を両立させるための備えになるという。
変革すれば、「現在地」も変わる
8月から始まった全社員との1on1。太田氏は、一巡した後も定期的に対話を続けるという。
「危ういのは、1on1を一度やって、現状認識を固定化してしまうことです。組織は生き物で、人も変化します。常に目を配らないと、途端に現状認識を見誤ります」(太田氏)
最初の1on1でAXの焦点を定めても、変革が進めば、新たな課題や想定外の摩擦が生まれ得る。
経営が狙った変化と、現場で実際に起きていることにずれはないか。継続的な対話からそれを捉え、次の判断に反映していく方針だ。

「成否にかかわらず、この取り組みの結果を報告させてください」。太田氏は取材の終わりに、こうつぶやいた。
300人との対話から何が見え、そこから組織がどう変わるのか。その答えは、これからの実践によって確かめられる。
(取材・執筆:下元陽、撮影:黒羽政士)







