
必要なのは「任せる勇気」。AI時代だからこそ求められる、1on1の本質
米国で1on1が広がった経緯を振り返りながら、国内企業の対話の現在地を捉え、「機能する1on1」のあり方を問い直す鼎談企画。
外資系企業で約30年にわたり人事・経営に携わり、日本でもいち早く1on1を導入したFunleash CEOの志水静香氏、組織人事領域のコンサルティングを手がけるPwCコンサルティングの土橋隼人氏、KAKEAI代表取締役社長の皆川恵美が語り合いました。
前編では、米国・西海岸で「人が競争力の源泉である」という思想のもとに1on1が広がった経緯や、コロナ禍を経て目的が多様化してきた日本企業の1on1の現状を取り上げました。
後編では、1on1をどうすればワークさせられるのかを掘り下げます。

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二つの「振り返り」を対話に埋め込む
皆川 私からも、ぜひ志水さんに伺いたいことがあります。シリコンバレーのIT企業は1on1の目的として競争力向上を掲げていたとのお話がありましたが、実際どのように対話を進めていたのでしょうか。
志水 会社ごとにカラーの違いはありましたが、共通していた核はリフレクション、つまり振り返りです。目標は立てるのに、結果を振り返らなければ、個人の成長にも組織の成長にもつながらない──当時、米国の研究者たちからそうした指摘があったことから、私たちも含め、先進的な企業はいち早く取り入れていたと思います。
リフレクションには2種類あります。「何が上手くいき、何が上手くいかなかったか。今後どう生かすか」などを問う分析型と、「何が嬉しかったのか、何が悔しかったのか」などを聞く感情型です。この二つを、「組織のパフォーマンスを上げるために、あなたなら何ができるか」という問いとともに、対話に組み込んでいきました。

皆川 なるほど。1on1におけるマネジャーの役割が、メンバーのリフレクションを促す媒介役になるわけですね。そうなると、人を見る力やコミュニケーション能力といったマネジャー個人の力量に1on1の質が左右される問題も、ある程度コントロールできそうな気がします。
志水 ちなみに1on1の導入にあたっては、1年かけてその下地を作りました。人事が号令をかけるだけでは絶対に上手くいかないとわかっていたので、先行企業からヒアリングした1on1の実績を揃え、まずは事業部門のトップや社長を説得しました。「我々の競争力の源は皆さんです。1on1は皆さんの事業の成長にこれだけ効果があります」と。
リーダーが納得したうえで自分のチームに落とし込み、人事はその機運を高めるためのサポートをする。その分担で進めたからこそ、1on1を浸透させられたのだと思います。
土橋 コンサルタントとして様々な会社を見てきましたが、国内企業では1on1を導入する際、人事が全社に号令をかけ、ガイドラインなどのルールを細かく策定して進めていく形が主流のように思います。一方、外資系企業では、人事が事業部のリーダーを巻き込み、事業部側が必要性を感じて新たな施策を推進していく。この進め方の違いは、興味深いですね。
志水 それで言うと、私自身、30年近く人事の仕事をしてきた中で、人事主導で変革を進めて失敗したこともあります。そうした経験から、社員が最も腹落ちするのは「自分の仕事やキャリアに、これは効果がある」と実感することだと確信しました。変革を進める人事の方には、自分の会社では誰を巻き込み、どう進めるとうまくいくか、目的や効果、その見極めにしっかり時間をかけてほしいですね。「あの人が言うのなら」というキーパーソンが、どの組織にも必ずいます。
皆川 実際、1on1のような施策は現場の納得がなければ、続かないですよね。他方、弊社のお客様には「対話の文化がない組織に1on1を根付かせたい」と希望される企業様もあります。そういうケースにおいては、人事が全社に号令をかけ、いわば“強制ギプス”を身につけるように、現場に仕組みやツールを導入することにも一定の意味があると感じています。
スキルではなく、実践から学ぶ
土橋 外資系企業のように「ビジネスの成長」や「競争力の向上」を1on1の目的に掲げるのは非常に本質的だと感じますが、実際にそれらを目指す場合、1on1で何をどう話せばよいのか悩んでしまうマネジャーも少なくないと思います。志水さんは、マネジャーをどのようにサポートしていましたか。

志水 まず、講師が「How」を教え込むような研修は行ってきませんでした。対話のスキルはあるに越したことはありませんが、その習得が本質だとは思っていないからです。
私たちが実施したのは、マネジャーとメンバーに集まってもらい、1on1のロールプレイをしてもらうワークショップです。実際に1on1をやってもらい、うまくいったやり方や得られた学びを、みんなで共有し合う。いわば暗黙知を形式知に変えていく場を、人事として用意したわけです。
ロールプレイを行う前には、こんなことを伝えました。一つは、1on1はマネジャーとメンバーが協働する営みであり、双方の責任の下に良質な対話を重ねる時間である、ということです。だからこそ、「丸腰ではなく、話すトピックを厳選して対話に臨んでほしい」と。
もう一つはマネジャーに対して、「対話を通じてメンバー本人が何を大事にしているのかを理解してほしい」というものです。
西海岸のIT企業は、社員に会社のビジョンに共感してもらい、皆で同じ方向に向かうための意識合わせの場として1on1を活用していました。
メンバーの共感を得るためには、マネジャーが個々のメンバーのこだわりや感情が動いた経験を深く理解することが欠かせません。深いヒアリングを通じてメンバーの信念や価値観の芯に触れることができて初めて、会社のビジョンとメンバーの思いをつないでいくことが可能になるからです。
この、ビジョンと思いの接続は、今後これまで以上にマネジャーの重要なミッションになっていくと考えます。

雑談から相手の価値観を引き出せ
皆川 志水さんのお話にあった「協働」というキーワードは、本当に大事だと思います。いま日本企業では「傾聴せよ」「共感せよ」というメッセージが、マネジャー向けに強く出すぎているように感じます。結果として、真面目なマネジャーほど聞くことに徹してしまい、メンバーに「上司はよく頷いてくれるけれど、ちゃんと伝わっているのだろうか」と思われてしまう。形から入ってしまった結果、すれ違いが起きているわけです。

志水さんがおっしゃる通り、1on1はマネジャーとメンバーが協働しないとうまくいきません。その共通認識を得ることが重要なポイントです。特にメンバーは上司との関わり方について深く考える機会が多くないので、1on1推進者やマネジャーが、1on1という場の目的を伝えるだけでなく、「一緒に作っていく場である」ということをメンバーにしっかり伝え、理解を得る。このような進め方で1on1が軌道に乗る企業様はいらっしゃいます。
ただ一方で、そういうケースばかりではありません。「組織やチームをどうしていきたい?」と聞いても、メンバーが自身の成長や組織の前進に関心がなく、「いや、別に……。特に変えたいことはないです」と返ってきてしまう。そういう場合、どう向き合えばいいのか悩む声を少なからず耳にします。
土橋 その難しさ、私もまさに感じています。メンバーにプロジェクトをアサインする場面などで「どんな役割を担いたい?」「どんな価値を生み出したい?」と聞いても、すぐに言葉が出てくる人は多くないんですよね。なので私自身、「過去に楽しかったことは?」「逆に嫌だったことは?」と、そんな問いからモチベーションの源泉を探るように変えてきました。こうした過去の経験を掘り下げる対話が、実は大事なのかもしれません。
志水 その話し合いがいちばん大事なんですけどね。私自身、上司との1on1が楽しみで、盛り上がって3時間を超えたこともあります(笑)。話題は、幼い頃に何が好きだったとか、どんな映画に惹かれたとか、そんな他愛もないことです。一見、無駄な時間に思えるかもしれませんが、実はここが肝なんです。
部下の価値観や関心が頭に入っていれば、プロジェクトや仕事をアサインするときに、適切な判断ができますから。メンバーとの関係構築が途上のマネジャーの方には、そういう雑談から始めてみては、と伝えたいですね。

皆川 そうやってメンバーの価値観を引き出すのと同様に、マネジャー自身が自らを開示することも、チームの生産性を高めるうえで有効ですよね。
志水 そう思います。関係性もよくなりますしね。
皆川 実際、メンバー側は「なぜ上司はああいう仕事の進め方をするのだろう」「なぜあのような言い方をするのだろう」と感じていることが少なくありません。そこでマネジャーが自己を開示し、「実は過去の失敗を踏まえて、このような言い方をしている」といった背景まで伝わると、相互理解が進みます。結果としてメンバーが、マネジャーの言動を表面的に受け取ることがなくなり、指示が通りやすくなったり、一緒に仕事を進めやすくなったりします。
1on1は「上司と部下」だけのものではない
志水 いま多くの国内企業が1on1に課題を抱えていらっしゃいますが、1on1を上手に活用している会社の中には、若手が上位者のメンターを務めたり、直属ではない斜めの先輩がその役割を担ったりするケースもあります。私は、1on1における上司とはメンター的な存在だと考えています。そうした関係を複数デザインできていることが、先に紹介した会社がうまくいっている要因なのだと思います。
土橋 直属の上司・部下以外のコミュニケーションルートをつくるのは、望ましいことですね。いまや1on1に期待が集まりすぎて、それを上司がひとりで背負う構図になっています。すると、マネジメントやコミュニケーションの成果が、上司と部下の一対一の関係に閉じてしまう。極端に言えば、その二人の相性が合わなければ立ち行かなくなる、そんな危うさもあると思うんです。
志水 過去に勤めていた外資系企業の例ですが、サクセッション(後継者育成)にあたってリテンションが重要なキータレントがいた場合、組織内で成功している人に「メンターをしてくれないか」と私から連絡していました。頼まれた側も、たいてい喜んで引き受けてくれます。第三者との対話を経て、本人が「この会社で働いていると楽しい」「いまの仕事にやりがいがある」と前向きになること。私はこれが1on1のゴールだと思っています。それを目指す上で、上司以外の人をアサインすることも有効ですよね。
皆川 おっしゃるとおりだと思います。弊社のツールの導入先でも、横や斜めの1on1を実践している企業様があります。「評価をする人とはキャリアの話がしにくい」という声もあり、だから斜めがいい、と。例えば、自分より少し上のキャリアステージにいる社内の先輩に、自身の現状を理解してもらったうえで「どうすれば前に進めるか」を相談し、まだ見えていない選択肢や可能性を教えてもらう。日本企業には、1on1の相手を上司以外にも広げる余地が、まだ大きく残っていると思います。

志水 役員が若手をメンターにする会社もありますね。役員はデジタルネイティブの若手から刺激を受け、若手は役員から助言を得る。双方向の関係です。
ただ、どんな組み合わせで行うにせよ、忘れてはいけないのが、そもそも1on1は何のためにやるのか、どういう状態を目指すのか。そこに常に立ち返らないと、1on1の実施そのものが目的になってしまいますから。
AI時代、マネジャーは「組織と個人の結節点」に
土橋 ここまで1on1を軸に様々な議論を展開してきました。そのプレイヤーであるマネジャーに求められる役割は増え続けています。加えてAIの台頭により、人の仕事や役割、チームのあり方を問い直す議論も出てきました。これからマネジャーの役割はどう変わるのか。最後に、お二人からコメントをいただけますか。

皆川 私たちのデータを見ると、1on1の満足度が高い組織やエンゲージメントの高い組織には、共通点があります。マネジャーがメンバーを見続け、対話を継続し、メンバーが上司に期待することにきちんと応えている、ということ。それはつまり、メンバーが組織の中で良い経験を積めるよう、マネジャーがサポートできている組織だということだと思います。
この先もAIが普及し、業務の進捗確認はいずれAIが担うようになるかもしれません。しかし、メンバーの状況の理解を助け、組織のハブとして経営とメンバーをつなぐ結節点となる。そのような役割を担うマネジャーは、これからも必要とされ続けると思います。
志水 組織の目的に向けてリソースを配分し、最短で到達するようプランする──そんな一般的なマネジメントは、確実にAIが担えるようになっていきます。実行の部分がしばらく人間に残るくらいでしょう。そうなったとき、マネジャーに残るのは人間性、ヒューマニティです。
これからより求められるのは、オーセンティック・リーダーシップ——言っていることとやっていることが一致しているか、思いやりがあるか、厳しいこともきちんと言えるか、といった本物のリーダーシップです。「この人は私のことを見てくれている」と、人の心を掴めるかどうか。
そして、組織の方向性や会社の存在意義を因数分解し、「あなたの仕事は、ここにつながっている」とナラティブで伝えること。それ以外の役割は相当変わっていくと思います。だからこそ、今日話してきた1on1は、これまで以上に重要になると考えています。
土橋 お二人ともありがとうございます。私も組織の中で信頼を築く機能は、マネジャーの重要な仕事として残り続けると思います。メンバーが「自分の話を聞いてもらえている」「自分の悩みに対処してもらえている」と感じられる——そういった安心感を担保する役割です。
他方、ミドルマネジメントの業務負荷は高まり続けており、マネジャー個人の能力を高めるだけで、その全てをカバーするのは現実的ではありません。だからこそ、マネジャーの役割や機能を組織の中で分担するような仕掛けが、これまで以上に求められるようになっていくと思います。

(構成:加藤智朗、撮影:小島マサヒロ)
二つの「振り返り」を対話に埋め込む
皆川 私からも、ぜひ志水さんに伺いたいことがあります。シリコンバレーのIT企業は1on1の目的として競争力向上を掲げていたとのお話がありましたが、実際どのように対話を進めていたのでしょうか。
志水 会社ごとにカラーの違いはありましたが、共通していた核はリフレクション、つまり振り返りです。目標は立てるのに、結果を振り返らなければ、個人の成長にも組織の成長にもつながらない──当時、米国の研究者たちからそうした指摘があったことから、私たちも含め、先進的な企業はいち早く取り入れていたと思います。
リフレクションには2種類あります。「何が上手くいき、何が上手くいかなかったか。今後どう生かすか」などを問う分析型と、「何が嬉しかったのか、何が悔しかったのか」などを聞く感情型です。この二つを、「組織のパフォーマンスを上げるために、あなたなら何ができるか」という問いとともに、対話に組み込んでいきました。

皆川 なるほど。1on1におけるマネジャーの役割が、メンバーのリフレクションを促す媒介役になるわけですね。そうなると、人を見る力やコミュニケーション能力といったマネジャー個人の力量に1on1の質が左右される問題も、ある程度コントロールできそうな気がします。
志水 ちなみに1on1の導入にあたっては、1年かけてその下地を作りました。人事が号令をかけるだけでは絶対に上手くいかないとわかっていたので、先行企業からヒアリングした1on1の実績を揃え、まずは事業部門のトップや社長を説得しました。「我々の競争力の源は皆さんです。1on1は皆さんの事業の成長にこれだけ効果があります」と。
リーダーが納得したうえで自分のチームに落とし込み、人事はその機運を高めるためのサポートをする。その分担で進めたからこそ、1on1を浸透させられたのだと思います。
土橋 コンサルタントとして様々な会社を見てきましたが、国内企業では1on1を導入する際、人事が全社に号令をかけ、ガイドラインなどのルールを細かく策定して進めていく形が主流のように思います。一方、外資系企業では、人事が事業部のリーダーを巻き込み、事業部側が必要性を感じて新たな施策を推進していく。この進め方の違いは、興味深いですね。
志水 それで言うと、私自身、30年近く人事の仕事をしてきた中で、人事主導で変革を進めて失敗したこともあります。そうした経験から、社員が最も腹落ちするのは「自分の仕事やキャリアに、これは効果がある」と実感することだと確信しました。変革を進める人事の方には、自分の会社では誰を巻き込み、どう進めるとうまくいくか、目的や効果、その見極めにしっかり時間をかけてほしいですね。「あの人が言うのなら」というキーパーソンが、どの組織にも必ずいます。
皆川 実際、1on1のような施策は現場の納得がなければ、続かないですよね。他方、弊社のお客様には「対話の文化がない組織に1on1を根付かせたい」と希望される企業様もあります。そういうケースにおいては、人事が全社に号令をかけ、いわば“強制ギプス”を身につけるように、現場に仕組みやツールを導入することにも一定の意味があると感じています。
スキルではなく、実践から学ぶ
土橋 外資系企業のように「ビジネスの成長」や「競争力の向上」を1on1の目的に掲げるのは非常に本質的だと感じますが、実際にそれらを目指す場合、1on1で何をどう話せばよいのか悩んでしまうマネジャーも少なくないと思います。志水さんは、マネジャーをどのようにサポートしていましたか。

志水 まず、講師が「How」を教え込むような研修は行ってきませんでした。対話のスキルはあるに越したことはありませんが、その習得が本質だとは思っていないからです。
私たちが実施したのは、マネジャーとメンバーに集まってもらい、1on1のロールプレイをしてもらうワークショップです。実際に1on1をやってもらい、うまくいったやり方や得られた学びを、みんなで共有し合う。いわば暗黙知を形式知に変えていく場を、人事として用意したわけです。
ロールプレイを行う前には、こんなことを伝えました。一つは、1on1はマネジャーとメンバーが協働する営みであり、双方の責任の下に良質な対話を重ねる時間である、ということです。だからこそ、「丸腰ではなく、話すトピックを厳選して対話に臨んでほしい」と。
もう一つはマネジャーに対して、「対話を通じてメンバー本人が何を大事にしているのかを理解してほしい」というものです。
西海岸のIT企業は、社員に会社のビジョンに共感してもらい、皆で同じ方向に向かうための意識合わせの場として1on1を活用していました。
メンバーの共感を得るためには、マネジャーが個々のメンバーのこだわりや感情が動いた経験を深く理解することが欠かせません。深いヒアリングを通じてメンバーの信念や価値観の芯に触れることができて初めて、会社のビジョンとメンバーの思いをつないでいくことが可能になるからです。
この、ビジョンと思いの接続は、今後これまで以上にマネジャーの重要なミッションになっていくと考えます。

雑談から相手の価値観を引き出せ
皆川 志水さんのお話にあった「協働」というキーワードは、本当に大事だと思います。いま日本企業では「傾聴せよ」「共感せよ」というメッセージが、マネジャー向けに強く出すぎているように感じます。結果として、真面目なマネジャーほど聞くことに徹してしまい、メンバーに「上司はよく頷いてくれるけれど、ちゃんと伝わっているのだろうか」と思われてしまう。形から入ってしまった結果、すれ違いが起きているわけです。

志水さんがおっしゃる通り、1on1はマネジャーとメンバーが協働しないとうまくいきません。その共通認識を得ることが重要なポイントです。特にメンバーは上司との関わり方について深く考える機会が多くないので、1on1推進者やマネジャーが、1on1という場の目的を伝えるだけでなく、「一緒に作っていく場である」ということをメンバーにしっかり伝え、理解を得る。このような進め方で1on1が軌道に乗る企業様はいらっしゃいます。
ただ一方で、そういうケースばかりではありません。「組織やチームをどうしていきたい?」と聞いても、メンバーが自身の成長や組織の前進に関心がなく、「いや、別に……。特に変えたいことはないです」と返ってきてしまう。そういう場合、どう向き合えばいいのか悩む声を少なからず耳にします。
土橋 その難しさ、私もまさに感じています。メンバーにプロジェクトをアサインする場面などで「どんな役割を担いたい?」「どんな価値を生み出したい?」と聞いても、すぐに言葉が出てくる人は多くないんですよね。なので私自身、「過去に楽しかったことは?」「逆に嫌だったことは?」と、そんな問いからモチベーションの源泉を探るように変えてきました。こうした過去の経験を掘り下げる対話が、実は大事なのかもしれません。
志水 その話し合いがいちばん大事なんですけどね。私自身、上司との1on1が楽しみで、盛り上がって3時間を超えたこともあります(笑)。話題は、幼い頃に何が好きだったとか、どんな映画に惹かれたとか、そんな他愛もないことです。一見、無駄な時間に思えるかもしれませんが、実はここが肝なんです。
部下の価値観や関心が頭に入っていれば、プロジェクトや仕事をアサインするときに、適切な判断ができますから。メンバーとの関係構築が途上のマネジャーの方には、そういう雑談から始めてみては、と伝えたいですね。

皆川 そうやってメンバーの価値観を引き出すのと同様に、マネジャー自身が自らを開示することも、チームの生産性を高めるうえで有効ですよね。
志水 そう思います。関係性もよくなりますしね。
皆川 実際、メンバー側は「なぜ上司はああいう仕事の進め方をするのだろう」「なぜあのような言い方をするのだろう」と感じていることが少なくありません。そこでマネジャーが自己を開示し、「実は過去の失敗を踏まえて、このような言い方をしている」といった背景まで伝わると、相互理解が進みます。結果としてメンバーが、マネジャーの言動を表面的に受け取ることがなくなり、指示が通りやすくなったり、一緒に仕事を進めやすくなったりします。
1on1は「上司と部下」だけのものではない
志水 いま多くの国内企業が1on1に課題を抱えていらっしゃいますが、1on1を上手に活用している会社の中には、若手が上位者のメンターを務めたり、直属ではない斜めの先輩がその役割を担ったりするケースもあります。私は、1on1における上司とはメンター的な存在だと考えています。そうした関係を複数デザインできていることが、先に紹介した会社がうまくいっている要因なのだと思います。
土橋 直属の上司・部下以外のコミュニケーションルートをつくるのは、望ましいことですね。いまや1on1に期待が集まりすぎて、それを上司がひとりで背負う構図になっています。すると、マネジメントやコミュニケーションの成果が、上司と部下の一対一の関係に閉じてしまう。極端に言えば、その二人の相性が合わなければ立ち行かなくなる、そんな危うさもあると思うんです。
志水 過去に勤めていた外資系企業の例ですが、サクセッション(後継者育成)にあたってリテンションが重要なキータレントがいた場合、組織内で成功している人に「メンターをしてくれないか」と私から連絡していました。頼まれた側も、たいてい喜んで引き受けてくれます。第三者との対話を経て、本人が「この会社で働いていると楽しい」「いまの仕事にやりがいがある」と前向きになること。私はこれが1on1のゴールだと思っています。それを目指す上で、上司以外の人をアサインすることも有効ですよね。
皆川 おっしゃるとおりだと思います。弊社のツールの導入先でも、横や斜めの1on1を実践している企業様があります。「評価をする人とはキャリアの話がしにくい」という声もあり、だから斜めがいい、と。例えば、自分より少し上のキャリアステージにいる社内の先輩に、自身の現状を理解してもらったうえで「どうすれば前に進めるか」を相談し、まだ見えていない選択肢や可能性を教えてもらう。日本企業には、1on1の相手を上司以外にも広げる余地が、まだ大きく残っていると思います。

志水 役員が若手をメンターにする会社もありますね。役員はデジタルネイティブの若手から刺激を受け、若手は役員から助言を得る。双方向の関係です。
ただ、どんな組み合わせで行うにせよ、忘れてはいけないのが、そもそも1on1は何のためにやるのか、どういう状態を目指すのか。そこに常に立ち返らないと、1on1の実施そのものが目的になってしまいますから。
AI時代、マネジャーは「組織と個人の結節点」に
土橋 ここまで1on1を軸に様々な議論を展開してきました。そのプレイヤーであるマネジャーに求められる役割は増え続けています。加えてAIの台頭により、人の仕事や役割、チームのあり方を問い直す議論も出てきました。これからマネジャーの役割はどう変わるのか。最後に、お二人からコメントをいただけますか。

皆川 私たちのデータを見ると、1on1の満足度が高い組織やエンゲージメントの高い組織には、共通点があります。マネジャーがメンバーを見続け、対話を継続し、メンバーが上司に期待することにきちんと応えている、ということ。それはつまり、メンバーが組織の中で良い経験を積めるよう、マネジャーがサポートできている組織だということだと思います。
この先もAIが普及し、業務の進捗確認はいずれAIが担うようになるかもしれません。しかし、メンバーの状況の理解を助け、組織のハブとして経営とメンバーをつなぐ結節点となる。そのような役割を担うマネジャーは、これからも必要とされ続けると思います。
志水 組織の目的に向けてリソースを配分し、最短で到達するようプランする──そんな一般的なマネジメントは、確実にAIが担えるようになっていきます。実行の部分がしばらく人間に残るくらいでしょう。そうなったとき、マネジャーに残るのは人間性、ヒューマニティです。
これからより求められるのは、オーセンティック・リーダーシップ——言っていることとやっていることが一致しているか、思いやりがあるか、厳しいこともきちんと言えるか、といった本物のリーダーシップです。「この人は私のことを見てくれている」と、人の心を掴めるかどうか。
そして、組織の方向性や会社の存在意義を因数分解し、「あなたの仕事は、ここにつながっている」とナラティブで伝えること。それ以外の役割は相当変わっていくと思います。だからこそ、今日話してきた1on1は、これまで以上に重要になると考えています。
土橋 お二人ともありがとうございます。私も組織の中で信頼を築く機能は、マネジャーの重要な仕事として残り続けると思います。メンバーが「自分の話を聞いてもらえている」「自分の悩みに対処してもらえている」と感じられる——そういった安心感を担保する役割です。
他方、ミドルマネジメントの業務負荷は高まり続けており、マネジャー個人の能力を高めるだけで、その全てをカバーするのは現実的ではありません。だからこそ、マネジャーの役割や機能を組織の中で分担するような仕掛けが、これまで以上に求められるようになっていくと思います。

(構成:加藤智朗、撮影:小島マサヒロ)








