
「誰に認められなくても幸せに生きていい」ロールモデル不在時代の自分軸の見つけ方
女性社員のロールモデルがいない——。多くの企業で聞かれる悩みですが、その「ロールモデル」という言葉自体が、現代の働く女性たちを苦しめる呪縛になっているかもしれません。
本記事では、現代の女性たちが抱える「言葉にならないもやもや」を鮮やかに描き出した最新作『わたしは今すぐおばさんになりたい』(双葉文庫)を巡り、作者の南綾子氏と、KAKEAI代表取締役社長・皆川恵美が対談。「他人の承認を必要としない生き方」や、多面的に描かれる「おばさん」の本当の姿など、従来のキャリア観を覆す視点から、これからのマネジメントに不可欠な「寛容さ」とは何かを考えます。
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1981年愛知県生まれの小説家。2005年「夏がおわる」で第4回「女による女のためのR-18文学賞」大賞を受賞しデビュー。女性の心理をリアルに描いた作品が多く、ドラマ化された『婚活1000本ノック』など著書多数。
皆川恵美
株式会社KAKEAI 代表取締役社長
東京大学卒業後、2002年株式会社リクルート入社。リクナビ・じゃらんの商品企画を担当。その後、株式会社セルム・PMIコンサルティング株式会社にて管理職育成・組織開発コンサルティングに携わった後、本領域にて独立。2010年から株式会社ミナイー代表取締役。内閣官房主導での中央官庁の働き方改革プロジェクトの企画・プロジェクトマネジメント、大手SPAや大手センシングメーカー・大手商社等における、人事制度構築や、ミドルマネジメント強化を企図したコミュニケーションスキル強化プロジェクト等に従事。KAKEAIを共同創業。
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「おばさん」の解像度を上げたい
——この小説、主人公・響が周囲からさまざまな期待をかけられ、「あるべき女性像」と自分との間で苦しんでいます。南さんは現代の女性たちが抱える悩みや生きづらさを、響というキャラクターにどのように落とし込んだのでしょうか。
南 実は、響という人物そのものを書きたかったわけではないんです。いろいろな「おばさん」……、中高年の女性キャラクターを紹介する、媒介者のような存在にしたかった。だから特定の属性でラベリングされる人ではなく、多様な階層や境遇の「丸」がいくつも重なり合っている、多層的なキャラクターにしたかったんです。どこにでもいそうな平凡さと大企業の社長令嬢という設定を同居させ、簡単にカテゴライズしにくい人物を作りたかったんです。どこに足を置いたらいいか分からない人、つまり自分の立ち位置が定まらない人、というのが彼女のキャラクター設定の出発点ですね。
実はこの小説は、担当編集者のために書いたんです。はたから見れば彼女は高学歴でキャリアがあるのに、どこか自己肯定感が低い。そんな彼女から受けた「誰からの承認も必要としない、幸せな人の話を書いてほしい」というリクエストがきっかけでした。

当初は、葛藤のない平穏な日常をどう物語にすればいいのか分からず、長く寝かせていました。でもその間にいろいろあって、「そういう生き方にたどり着いている人がいるかも」と考えが変わって、書くことになりました。
皆川 そうだったんですね。伝えたいことが先にあって、執筆を始めたのかなと思っていました。でもお話を聞いて、「だから登場人物それぞれのカラーがあんなにくっきりしているんだ」と逆に納得感がありました。
南 そうなんです。明確なテーマが先にあったというより、小説を書き始める前に50代以上の女性筆者による著作をレビューするウェブ連載を1年間続けるうちに、担当編集者の「ババアの解像度を上げたい」という言葉に影響され、「おばさんの解像度を上げたい」という気持ちが自然に育っていったんです。
——読者からの感想で、印象的なものはありましたか。
南 「どう生きていけばいいかもやもやしていたが、別にもやもやしたままでもいいのかな」とか、「一日一日を楽しく生きられればいいんだと思えるようになった」という感想をくださる方がけっこう多くて、書いてよかったなと思います。
「だってしょうがないじゃん」という生き方
——物語の中で桜子という”もう一人の主人公”がいますが、彼女をどういう存在にしようと思って書き出したのですか。
南 「他人からの承認を得なくても、毎日楽しく、不安もなく生きている人」そのものです。何かを成し遂げて人生を広げてきたわけじゃないけれど、それでいいやと心から思っている人。実は彼女の存在って非現実的かもしれないとも思うんですよ。だからこそ、リアルな感じで書きたかった。悟りを開いてるみたいな大げさなものじゃなくて、ナチュラルにそう生きている人として。
モデルにしたのは、30代の頃に一緒に婚活していた40歳ぐらいの友人で、ごく普通の会社員。彼氏が一人もできたことがなくて、合コンでも男ウケは良くない。細かな雑用を一人で引き受けては、後で独りぐったりと気疲れしてしまうような人でした。
だから、「生きづらい」と思ってるんじゃないかなと思っていたら、全然そんなことなくて。うまくいかないことは夜寝る前には忘れて生きてるんですよ。「だってしょうがないじゃん」とよく言うんですけど、強がりじゃなくて本気で言っている。すごい成功がなくても、欲しいものが手に入らなくても、「しょうがないじゃん」。人生で大けがしないように自然とそういう選択をしているんです。
他人から見たら、”負け組”なわけです。家族もなく独りで、彼氏もおらず、アイドルにハマっているみじめな人に見えるかもしれないけれど、本人を知ると「ストレスゼロ」の人に見える。もちろん、みんなが彼女のように生きればいいと思っているわけじゃないのですが、現代社会ならこういう生き方もアリなんじゃないかと思うようになり、彼女が50歳になった姿を想像して書きました。
皆川 読んでいて感じたのは、響さんもやるべき仕事はきちんとこなしている人なんだろうなということで、「何かを成し遂げることを過剰に求めなくていいよ」というメッセージをすごく受け取りました。毎日会社に行って、やるべきことをやるって、すでに十分すごいことなのに、他の人と比べ始めると高すぎる基準が出てきてしまう。自分にとって何が幸せかをわかっていることって、本当に大事なんだなと。
南 SNSを見ていると、「大学で彼氏を見つけて、二年後に結婚して、30歳までに子どもを二人産むのが一番幸せなルート」みたいな王道の選択肢が目に入るじゃないですか。そこから外れるほど間違っているような気になって、みんな迷ってしまう。でも結婚して子供を持てなかったとしても、いくらでもどうにでもなる。それって言葉で言うのは簡単だけど、「負けでも勝ちでもなく、これからどうするかだけ」というシンプルな話ではあると思うんです。あえてそれを言いたかったというのはありますね。
会社の「期待」、個人の「幸福」
——今、企業では女性のロールモデルについてどういう議論や課題があるのでしょうか。
皆川 女性が職場に多い企業とそうでない企業で完全に二分しています。女性が多い企業では各階層にロールモデルが自然に生まれていて、職種の幅も広い。一方で、女性の母数が少ない企業では「課長になっている人がいない」というケースや、逆に非常に頑張っている方が強い「企業戦士観」を持っていて、「自分はそこまでできない」と感じた人が転職してしまう——そういった企業が実在します。
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南 たとえば、大企業でトップになった女性が「女性活躍の場は女性が自分で拡大していくべきだ」と話しているのを見ると、その人たちは自分は才能があるからその地位に就いたと思ってるけど、格差はまだあるのだから、そういう立場になったからこそしっかりと改善すればいいのに、と思うことはあります。
響は、「営業に行って出世しろ」と周囲に期待されますが、一方で結婚や出産といったライフプランについては「自分で考えて」と突き放される。会社が期待する「成果」と、個人の「幸福」の設計が切り離されているんです。仕事では明確な期待がある一方で、人生全体としてどう生きるべきかは示されない。だからこそ、自分が何を求められているのかわからない、と彼女が感じるのは当然だと思います。
皆川 上に上がっていくだけがキャリアじゃない、という流れはできつつあるけれど、現実はどこかで「上がることが善」と刷り込まれてしまっている。ジョブ型雇用が浸透すれば、特定の位置で専門性を発揮し続けることも尊重されやすくなります。ただ、組織側が変わるのと同時に、個人側も「自分はどうあれば嬉しいのか」という軸を持っていないと、翻弄されて辛くなってしまいます。
南 響が今後会社でどうしていくかという点は、正直小説の中で書ききれなかった部分です。ですが、彼女は役職にも出世にも実績づくりにも興味がない。だとしたら、法人営業の仕事ではなく、最終的に彼女が配属されたクレジットセンターのような、日々の正確性が問われる仕事の方が向いているんじゃないかと。自己実現願望が強くないのに営業の仕事に取り組まざるを得ないことが、響の困りごとの本質だと思います。
SNSで「バックオフィスで負担の少ない仕事をしながら年齢を重ねていきたい」という発言をしていた女性に、「自ら弱者になりにいっている。それを目指してはいけないし、他人に啓蒙してもいけない」という趣旨の発言をしていた人を見かけました。でも、女性が一人で生きていくために、身を削るような仕事じゃなければだめなのか?と疑問に思いました。

皆川 そんなことはないと思います。 いわゆる”昭和のおばちゃん”って、「これができるから年収いくら」という仕事ではないかもしれないけど、実はチームにとんでもなく貢献していて、いないと仕事が回らない職場って本当にありますから。YouTubeなどで、そうした女性たちの日常を目にすることがありますが、一会社員として実直に働いてきた安定感が画面越しにも伝わってきます。たとえ一家の大黒柱ではなかったとしても、「勤続30年」という事実は、それだけで圧倒的な価値を持つはず。他人の軸を必要以上に気にしなくていいと思うんです。
私の理想は、テレビで見たイタリアのパン屋さんの姿です。彼らは自分の仕事に深い誇りを持ち、自らの矜持を堂々と語ります。翻って日本人は「しがない会社員」と自嘲しがちですが、もっと自分を肯定していい。この物語が描くように、誰もが自分の歩みを肯定できる社会にならなければ、私たちはSNSの煽りやバイアスに、あっさりと飲み込まれてしまう気がします。
ロールモデルに人生を託すな
——他人の声を無視して自分の軸で生きるのがなかなか難しい今、こういう人になりたいという像がない人にどんなアドバイスができますか。
南 「おひとりさま生活」を発信し続けていた人が急に結婚する、みたいなことがあるじゃないですか(笑)。ロールモデルを追いかけていた人は裏切られた気持ちになる。だから私は、あの小説でも「結婚しなくても幸せよ」といったことは、絶対言わないようにしているんです。「お前が決めろ」とずっと書いている。誰かを参考にするのはいい。でも最終的に「私はこの道に行く」と自分で決めるタイミングがないと、自分の人生を他人に託すことになってしまいます。
皆川 本当にそう思います。そしてもう一つ大事だと感じたのが、「話してみないとわからない」ということ。小説の中でも、下の名前も認識されていなかったおばさんと話すうちに、当然恋をしていたり、楽しそうにご飯を食べていたりすることを知っていく。人の持つ”幅”を知っているかどうかは大きくて、さまざまな選択肢を知っていれば、SNSで変なことを言われても「それはあなたの世界が狭いだけだよ」と落ち着いて思えるようになる。

南 ある友人が、「友達ではなく知り合いを増やすことが大事だと最近気づいた。この本にはそれが書かれていた」と感想をくれました。ゆるやかなつながりの人をできるだけたくさんつくり、そこから選択肢を知ることが大事だって、最近思うようになっていたんだそうです。それと同じことかもしれないですよね。
皆川 そうですね。会社の中のロールモデルも、キラキラした人じゃなくて、思いもつかないような人と話せるようなマッチングをしてみると、「こういう考え方があるんだ」と、考えが変わるかもしれませんね。
南 意外といろんなパターンがあるとわかります。画一化しやすいですが、「おじさん」もそうですよね。
「お局」の踏ん張りにも目を向ける
——もっとも思い入れのある登場人物は誰ですか。
南 桜子の周辺にいる「お局」の町田さんですね。ここ数年、お局という言葉がずっと気になっていました。一般職で入って、結婚せずに会社に残り続けた女性たちって、どこか「妖怪」のような異質な存在として語られてきたじゃないですか。意地悪なイメージをつけられて。でも実際は、その意地悪さは周りが作り出していた部分もあると思うんですよ。町田さんは新人いじめをしていたけれど、実は仕事を押し付けられていたとか、他の人に悪役に仕立て上げられていたという事情があった。
そういう報われないお局たちが意地でも辞めなかったから、後の世代である今の私たちの居場所があるのだと思います。でも、恵まれた女性たちばかりが社会進出を進めてきたように語られがちで、名もなきお局の踏ん張りはずっと無視されてきた。だから私は草の根活動として、「お局」と呼ばれた人たちの名誉回復をこれからも続けたいと思っています。
皆川 自己承認をすることは、男性にも必要ですね。
南 そうですね。今回は男性に焦点を当てていませんが、本当は男性にも届いてほしいテーマだと考えています。
私は1981年生まれで、就職時はまさに氷河期でした。当時は「実力主義」という大義名分の下、企業側の採用余力が厳しかった実情を、個人の能力不足へとすり替えるような空気感がありました。その結果、多くの人が「自分が至らないからだ」と過剰に自分を責めてきた。
だからもう、承認欲求や「頑張れば報われる」という感覚はみんなで手放して、好きに生きようよ、と思うんです。老後の不安なども含め、すべてを「自己責任」で背負い込むのではなく、社会というセーフティネットをもっと頼っていい。それくらい開き直ってもいいのではないでしょうか。
皆川 いまのお話を聞いていると、成功できなかったという感情が不寛容につながる側面もあるのではないかと感じました……。本当にそうだと思います。この本を読んで、みんながそれぞれの選択に対して寛容になれたらいいですね。

(撮影:小島マサヒロ)
「おばさん」の解像度を上げたい
——この小説、主人公・響が周囲からさまざまな期待をかけられ、「あるべき女性像」と自分との間で苦しんでいます。南さんは現代の女性たちが抱える悩みや生きづらさを、響というキャラクターにどのように落とし込んだのでしょうか。
南 実は、響という人物そのものを書きたかったわけではないんです。いろいろな「おばさん」……、中高年の女性キャラクターを紹介する、媒介者のような存在にしたかった。だから特定の属性でラベリングされる人ではなく、多様な階層や境遇の「丸」がいくつも重なり合っている、多層的なキャラクターにしたかったんです。どこにでもいそうな平凡さと大企業の社長令嬢という設定を同居させ、簡単にカテゴライズしにくい人物を作りたかったんです。どこに足を置いたらいいか分からない人、つまり自分の立ち位置が定まらない人、というのが彼女のキャラクター設定の出発点ですね。
実はこの小説は、担当編集者のために書いたんです。はたから見れば彼女は高学歴でキャリアがあるのに、どこか自己肯定感が低い。そんな彼女から受けた「誰からの承認も必要としない、幸せな人の話を書いてほしい」というリクエストがきっかけでした。

当初は、葛藤のない平穏な日常をどう物語にすればいいのか分からず、長く寝かせていました。でもその間にいろいろあって、「そういう生き方にたどり着いている人がいるかも」と考えが変わって、書くことになりました。
皆川 そうだったんですね。伝えたいことが先にあって、執筆を始めたのかなと思っていました。でもお話を聞いて、「だから登場人物それぞれのカラーがあんなにくっきりしているんだ」と逆に納得感がありました。
南 そうなんです。明確なテーマが先にあったというより、小説を書き始める前に50代以上の女性筆者による著作をレビューするウェブ連載を1年間続けるうちに、担当編集者の「ババアの解像度を上げたい」という言葉に影響され、「おばさんの解像度を上げたい」という気持ちが自然に育っていったんです。
——読者からの感想で、印象的なものはありましたか。
南 「どう生きていけばいいかもやもやしていたが、別にもやもやしたままでもいいのかな」とか、「一日一日を楽しく生きられればいいんだと思えるようになった」という感想をくださる方がけっこう多くて、書いてよかったなと思います。
「だってしょうがないじゃん」という生き方
——物語の中で桜子という”もう一人の主人公”がいますが、彼女をどういう存在にしようと思って書き出したのですか。
南 「他人からの承認を得なくても、毎日楽しく、不安もなく生きている人」そのものです。何かを成し遂げて人生を広げてきたわけじゃないけれど、それでいいやと心から思っている人。実は彼女の存在って非現実的かもしれないとも思うんですよ。だからこそ、リアルな感じで書きたかった。悟りを開いてるみたいな大げさなものじゃなくて、ナチュラルにそう生きている人として。
モデルにしたのは、30代の頃に一緒に婚活していた40歳ぐらいの友人で、ごく普通の会社員。彼氏が一人もできたことがなくて、合コンでも男ウケは良くない。細かな雑用を一人で引き受けては、後で独りぐったりと気疲れしてしまうような人でした。
だから、「生きづらい」と思ってるんじゃないかなと思っていたら、全然そんなことなくて。うまくいかないことは夜寝る前には忘れて生きてるんですよ。「だってしょうがないじゃん」とよく言うんですけど、強がりじゃなくて本気で言っている。すごい成功がなくても、欲しいものが手に入らなくても、「しょうがないじゃん」。人生で大けがしないように自然とそういう選択をしているんです。
他人から見たら、”負け組”なわけです。家族もなく独りで、彼氏もおらず、アイドルにハマっているみじめな人に見えるかもしれないけれど、本人を知ると「ストレスゼロ」の人に見える。もちろん、みんなが彼女のように生きればいいと思っているわけじゃないのですが、現代社会ならこういう生き方もアリなんじゃないかと思うようになり、彼女が50歳になった姿を想像して書きました。
皆川 読んでいて感じたのは、響さんもやるべき仕事はきちんとこなしている人なんだろうなということで、「何かを成し遂げることを過剰に求めなくていいよ」というメッセージをすごく受け取りました。毎日会社に行って、やるべきことをやるって、すでに十分すごいことなのに、他の人と比べ始めると高すぎる基準が出てきてしまう。自分にとって何が幸せかをわかっていることって、本当に大事なんだなと。
南 SNSを見ていると、「大学で彼氏を見つけて、二年後に結婚して、30歳までに子どもを二人産むのが一番幸せなルート」みたいな王道の選択肢が目に入るじゃないですか。そこから外れるほど間違っているような気になって、みんな迷ってしまう。でも結婚して子供を持てなかったとしても、いくらでもどうにでもなる。それって言葉で言うのは簡単だけど、「負けでも勝ちでもなく、これからどうするかだけ」というシンプルな話ではあると思うんです。あえてそれを言いたかったというのはありますね。
会社の「期待」、個人の「幸福」
——今、企業では女性のロールモデルについてどういう議論や課題があるのでしょうか。
皆川 女性が職場に多い企業とそうでない企業で完全に二分しています。女性が多い企業では各階層にロールモデルが自然に生まれていて、職種の幅も広い。一方で、女性の母数が少ない企業では「課長になっている人がいない」というケースや、逆に非常に頑張っている方が強い「企業戦士観」を持っていて、「自分はそこまでできない」と感じた人が転職してしまう——そういった企業が実在します。
.jpg)
南 たとえば、大企業でトップになった女性が「女性活躍の場は女性が自分で拡大していくべきだ」と話しているのを見ると、その人たちは自分は才能があるからその地位に就いたと思ってるけど、格差はまだあるのだから、そういう立場になったからこそしっかりと改善すればいいのに、と思うことはあります。
響は、「営業に行って出世しろ」と周囲に期待されますが、一方で結婚や出産といったライフプランについては「自分で考えて」と突き放される。会社が期待する「成果」と、個人の「幸福」の設計が切り離されているんです。仕事では明確な期待がある一方で、人生全体としてどう生きるべきかは示されない。だからこそ、自分が何を求められているのかわからない、と彼女が感じるのは当然だと思います。
皆川 上に上がっていくだけがキャリアじゃない、という流れはできつつあるけれど、現実はどこかで「上がることが善」と刷り込まれてしまっている。ジョブ型雇用が浸透すれば、特定の位置で専門性を発揮し続けることも尊重されやすくなります。ただ、組織側が変わるのと同時に、個人側も「自分はどうあれば嬉しいのか」という軸を持っていないと、翻弄されて辛くなってしまいます。
南 響が今後会社でどうしていくかという点は、正直小説の中で書ききれなかった部分です。ですが、彼女は役職にも出世にも実績づくりにも興味がない。だとしたら、法人営業の仕事ではなく、最終的に彼女が配属されたクレジットセンターのような、日々の正確性が問われる仕事の方が向いているんじゃないかと。自己実現願望が強くないのに営業の仕事に取り組まざるを得ないことが、響の困りごとの本質だと思います。
SNSで「バックオフィスで負担の少ない仕事をしながら年齢を重ねていきたい」という発言をしていた女性に、「自ら弱者になりにいっている。それを目指してはいけないし、他人に啓蒙してもいけない」という趣旨の発言をしていた人を見かけました。でも、女性が一人で生きていくために、身を削るような仕事じゃなければだめなのか?と疑問に思いました。

皆川 そんなことはないと思います。 いわゆる”昭和のおばちゃん”って、「これができるから年収いくら」という仕事ではないかもしれないけど、実はチームにとんでもなく貢献していて、いないと仕事が回らない職場って本当にありますから。YouTubeなどで、そうした女性たちの日常を目にすることがありますが、一会社員として実直に働いてきた安定感が画面越しにも伝わってきます。たとえ一家の大黒柱ではなかったとしても、「勤続30年」という事実は、それだけで圧倒的な価値を持つはず。他人の軸を必要以上に気にしなくていいと思うんです。
私の理想は、テレビで見たイタリアのパン屋さんの姿です。彼らは自分の仕事に深い誇りを持ち、自らの矜持を堂々と語ります。翻って日本人は「しがない会社員」と自嘲しがちですが、もっと自分を肯定していい。この物語が描くように、誰もが自分の歩みを肯定できる社会にならなければ、私たちはSNSの煽りやバイアスに、あっさりと飲み込まれてしまう気がします。
ロールモデルに人生を託すな
——他人の声を無視して自分の軸で生きるのがなかなか難しい今、こういう人になりたいという像がない人にどんなアドバイスができますか。
南 「おひとりさま生活」を発信し続けていた人が急に結婚する、みたいなことがあるじゃないですか(笑)。ロールモデルを追いかけていた人は裏切られた気持ちになる。だから私は、あの小説でも「結婚しなくても幸せよ」といったことは、絶対言わないようにしているんです。「お前が決めろ」とずっと書いている。誰かを参考にするのはいい。でも最終的に「私はこの道に行く」と自分で決めるタイミングがないと、自分の人生を他人に託すことになってしまいます。
皆川 本当にそう思います。そしてもう一つ大事だと感じたのが、「話してみないとわからない」ということ。小説の中でも、下の名前も認識されていなかったおばさんと話すうちに、当然恋をしていたり、楽しそうにご飯を食べていたりすることを知っていく。人の持つ”幅”を知っているかどうかは大きくて、さまざまな選択肢を知っていれば、SNSで変なことを言われても「それはあなたの世界が狭いだけだよ」と落ち着いて思えるようになる。

南 ある友人が、「友達ではなく知り合いを増やすことが大事だと最近気づいた。この本にはそれが書かれていた」と感想をくれました。ゆるやかなつながりの人をできるだけたくさんつくり、そこから選択肢を知ることが大事だって、最近思うようになっていたんだそうです。それと同じことかもしれないですよね。
皆川 そうですね。会社の中のロールモデルも、キラキラした人じゃなくて、思いもつかないような人と話せるようなマッチングをしてみると、「こういう考え方があるんだ」と、考えが変わるかもしれませんね。
南 意外といろんなパターンがあるとわかります。画一化しやすいですが、「おじさん」もそうですよね。
「お局」の踏ん張りにも目を向ける
——もっとも思い入れのある登場人物は誰ですか。
南 桜子の周辺にいる「お局」の町田さんですね。ここ数年、お局という言葉がずっと気になっていました。一般職で入って、結婚せずに会社に残り続けた女性たちって、どこか「妖怪」のような異質な存在として語られてきたじゃないですか。意地悪なイメージをつけられて。でも実際は、その意地悪さは周りが作り出していた部分もあると思うんですよ。町田さんは新人いじめをしていたけれど、実は仕事を押し付けられていたとか、他の人に悪役に仕立て上げられていたという事情があった。
そういう報われないお局たちが意地でも辞めなかったから、後の世代である今の私たちの居場所があるのだと思います。でも、恵まれた女性たちばかりが社会進出を進めてきたように語られがちで、名もなきお局の踏ん張りはずっと無視されてきた。だから私は草の根活動として、「お局」と呼ばれた人たちの名誉回復をこれからも続けたいと思っています。
皆川 自己承認をすることは、男性にも必要ですね。
南 そうですね。今回は男性に焦点を当てていませんが、本当は男性にも届いてほしいテーマだと考えています。
私は1981年生まれで、就職時はまさに氷河期でした。当時は「実力主義」という大義名分の下、企業側の採用余力が厳しかった実情を、個人の能力不足へとすり替えるような空気感がありました。その結果、多くの人が「自分が至らないからだ」と過剰に自分を責めてきた。
だからもう、承認欲求や「頑張れば報われる」という感覚はみんなで手放して、好きに生きようよ、と思うんです。老後の不安なども含め、すべてを「自己責任」で背負い込むのではなく、社会というセーフティネットをもっと頼っていい。それくらい開き直ってもいいのではないでしょうか。
皆川 いまのお話を聞いていると、成功できなかったという感情が不寛容につながる側面もあるのではないかと感じました……。本当にそうだと思います。この本を読んで、みんながそれぞれの選択に対して寛容になれたらいいですね。

(撮影:小島マサヒロ)







