
1on1が高める「やりがいと成長」。村田製作所マレーシアの組織風土改革
多民族・多宗教が共存するマレーシア。互いの文化を尊重するあまり「本音を言わない」風土が根付くこの地で、日本企業はいかに組織の活力を引き出すのか。
村田製作所のマレーシア拠点「ムラタ・エレクトロニクス・マレーシア」(以下、ムラタマレーシア)は、2024年から組織的な1on1を試験導入し、マネジメント能力の向上や組織風土の改善を進めている。
海外勤務歴13年を超える岸上幸生社長に、取り組みの成果と目指す組織像を聞いた。
(画像はすべてムラタマレーシア提供)
「安易に立ち入らず、距離を保つ」が常態化
1993年設立のムラタマレーシアは、スマートフォンや自動車に欠かせない電子部品を製造する重要拠点だ。日本の品質を維持しながら低コストで生産することが使命だという。
——岸上代表はムラタマレーシアという組織の特徴をどう捉えていますか。
岸上 我々は日本のマザー工場から技術移転を受けながら、各種部品を製造しています。マレーシア人の学習意欲の高さは大きな強みです。一方で、自分から意見を発信することには慎重な傾向があります。マザー工場の改善点に気づいても、日本側への提案を控えめにしてしまうことがあります。
その背景には、多民族・多宗教社会ならではの文化があると感じます。異なる価値観が共存する中で、対立を避け、互いに適度な距離を保つ。それがこの国の知恵なのかもしれません。
例えば、日本では家族や趣味の話でアイスブレークをすることが珍しくありませんが、マレーシアではプライベートな領域にはあまり踏み込みません。

—— 一定の距離を保つコミュニケーション文化をどう受け止めていますか。
岸上 互いの文化を尊重する姿勢の表れだと理解していますが、それが行き過ぎると本音が言えなくなり、組織の停滞を招きます。
実際、社員一人ひとりが抱える困りごとがなかなか表に出てきません。改善すべき点があっても声が上がらない。本来なら困ったときは率直に助けを求め、互いに支え合うのが理想ですが、多くの社員が、集団の前では本心を抑えてしまう。
だからこそ1on1のような場が重要になります。「本当は困っていないか」と問いかけ、「実はこう考えている」と本音を交わす。そうした対話の積み重ねが必要だと考えています。
「スキルの可視化」にショックを受けるマネジャーも
岸上氏が明かすコミュニケーションの課題は組織の活力を奪っていた。従来のフィードバック面談は業務報告に終始し、上司と部下が本音で向き合う場になっていなかった。その弊害は離職率の上昇という形で表面化し、退職者への聞き取りからは、中間管理職のマネジメントスキル不足が浮き彫りになった。
こうした課題を受け、ムラタマレーシアは2024年6月から1年間の実験的な取り組みを開始した。半期ごとに5人、計10人のマネジャーを選出し、部下との定期的な1on1を実施。形式的な面談から、本音の対話へ。この転換を通じて、マネジメント能力の向上や組織風土の改善、離職率の低下を目指した。
——2024年より組織的な1on1のパイロット導入を開始し、その目的の一つにマネジャーのスキル向上を掲げています。岸上代表はミドルマネジャー層にどのような変化を望んでいますか。
岸上 マネジャーには、部下の成長を真剣に考える存在になってほしい。私の経験上、アジア圏では、働き手が処遇や給与といった短期的なベネフィットを重視する傾向にあります。しかし、それだけでは労働を通じた真の満足は得られません。

村田製作所では従業員満足度(ES)の本質を「やりがいと成長」と定義しています。マネジャーには部下一人ひとりの将来像を共に描き、「その道を目指すなら日本での研修が有効だ」「このキャリアパスはどうだろう」といった具体的な成長戦略を示してほしい。
もちろん、個人がやりたいことと組織が求めることが必ずしも一致するとは限りません。だからこそ、1on1など対話の機会を通じて、両者が納得できる着地点を見つけることが大切なのです。
——2025年6月に全社的な1on1のトライアル期間が終わりました。その成果をどう見ていますか。
岸上 対話の大切さを理解するマネジャーが増えたことが成果です。全社で1on1に取り組むに際して、1on1ツール「Kakeai(カケアイ)」を導入しました。このツールの特徴は、データに基づきマネジャーの対話スキルを可視化することです。
実際に自分のスキルが画面に表示されるのを見て、一部のマネジャーは驚いていました。得意領域だけでなく不得意な領域も示され、ショックを受けている者もいました。
ただ、その気づきが前向きな変化につながっています。マレーシアのマネジャーたちは客観的なデータに対して素直です。漠然とした指摘より、可視化されたフィードバックの方が改善への動機づけになります。
メッセージを浸透させる対話の力
——岸上さんご自身も様々な形で対話を実践されているそうですね。
岸上 直属の部下約10人とは、年2回の業績評価で必ず面談します。ただし、単なる評価の場にはしていません。
そもそも部下と初めて会う時、必ず「将来どうなりたいか」を聞きます。そしてその後の面談では、当初語った目標への進捗や困りごとを確認する。評価の機会を、部下の成長を支援する対話の場として活用しています。
また、月1回「ティー・タイム・ウィズ・MD」という活動も行っています。7、8人の社員とお茶を飲みながら本音で話す会です。
係長クラスと話していると興味深い反応があります。私が「やりがいと成長が大切だ」と伝えると、「部長からも同じことを聞いています」と返ってくる。経営メッセージが組織の各層に浸透している証拠です。
以前の赴任先でも経験しましたが、トップが様々な層と直接対話することで、会社の方針が組織全体に浸透する。その効果を強く実感しています。
——対話の文化を組織に根付かせた先に、どのような組織像を描いていますか。
岸上 全員が自身と部下の成長を真剣に考える組織です。私の年齢になると、部下の成長ほど嬉しいことはありません。そういう喜びを共有できる文化をつくりたい。
将来的には、マレーシアのメンバーが日本だけでなくタイやベトナムなど様々な場所で活躍することを目指しています。グローバルな適材適所を実現し、個人も組織も成長し続ける。そのためにも、本音で語り合える文化が不可欠だと考えています。

「安易に立ち入らず、距離を保つ」が常態化
1993年設立のムラタマレーシアは、スマートフォンや自動車に欠かせない電子部品を製造する重要拠点だ。日本の品質を維持しながら低コストで生産することが使命だという。
——岸上代表はムラタマレーシアという組織の特徴をどう捉えていますか。
岸上 我々は日本のマザー工場から技術移転を受けながら、各種部品を製造しています。マレーシア人の学習意欲の高さは大きな強みです。一方で、自分から意見を発信することには慎重な傾向があります。マザー工場の改善点に気づいても、日本側への提案を控えめにしてしまうことがあります。
その背景には、多民族・多宗教社会ならではの文化があると感じます。異なる価値観が共存する中で、対立を避け、互いに適度な距離を保つ。それがこの国の知恵なのかもしれません。
例えば、日本では家族や趣味の話でアイスブレークをすることが珍しくありませんが、マレーシアではプライベートな領域にはあまり踏み込みません。

—— 一定の距離を保つコミュニケーション文化をどう受け止めていますか。
岸上 互いの文化を尊重する姿勢の表れだと理解していますが、それが行き過ぎると本音が言えなくなり、組織の停滞を招きます。
実際、社員一人ひとりが抱える困りごとがなかなか表に出てきません。改善すべき点があっても声が上がらない。本来なら困ったときは率直に助けを求め、互いに支え合うのが理想ですが、多くの社員が、集団の前では本心を抑えてしまう。
だからこそ1on1のような場が重要になります。「本当は困っていないか」と問いかけ、「実はこう考えている」と本音を交わす。そうした対話の積み重ねが必要だと考えています。
「スキルの可視化」にショックを受けるマネジャーも
岸上氏が明かすコミュニケーションの課題は組織の活力を奪っていた。従来のフィードバック面談は業務報告に終始し、上司と部下が本音で向き合う場になっていなかった。その弊害は離職率の上昇という形で表面化し、退職者への聞き取りからは、中間管理職のマネジメントスキル不足が浮き彫りになった。
こうした課題を受け、ムラタマレーシアは2024年6月から1年間の実験的な取り組みを開始した。半期ごとに5人、計10人のマネジャーを選出し、部下との定期的な1on1を実施。形式的な面談から、本音の対話へ。この転換を通じて、マネジメント能力の向上や組織風土の改善、離職率の低下を目指した。
——2024年より組織的な1on1のパイロット導入を開始し、その目的の一つにマネジャーのスキル向上を掲げています。岸上代表はミドルマネジャー層にどのような変化を望んでいますか。
岸上 マネジャーには、部下の成長を真剣に考える存在になってほしい。私の経験上、アジア圏では、働き手が処遇や給与といった短期的なベネフィットを重視する傾向にあります。しかし、それだけでは労働を通じた真の満足は得られません。

村田製作所では従業員満足度(ES)の本質を「やりがいと成長」と定義しています。マネジャーには部下一人ひとりの将来像を共に描き、「その道を目指すなら日本での研修が有効だ」「このキャリアパスはどうだろう」といった具体的な成長戦略を示してほしい。
もちろん、個人がやりたいことと組織が求めることが必ずしも一致するとは限りません。だからこそ、1on1など対話の機会を通じて、両者が納得できる着地点を見つけることが大切なのです。
——2025年6月に全社的な1on1のトライアル期間が終わりました。その成果をどう見ていますか。
岸上 対話の大切さを理解するマネジャーが増えたことが成果です。全社で1on1に取り組むに際して、1on1ツール「Kakeai(カケアイ)」を導入しました。このツールの特徴は、データに基づきマネジャーの対話スキルを可視化することです。
実際に自分のスキルが画面に表示されるのを見て、一部のマネジャーは驚いていました。得意領域だけでなく不得意な領域も示され、ショックを受けている者もいました。
ただ、その気づきが前向きな変化につながっています。マレーシアのマネジャーたちは客観的なデータに対して素直です。漠然とした指摘より、可視化されたフィードバックの方が改善への動機づけになります。
メッセージを浸透させる対話の力
——岸上さんご自身も様々な形で対話を実践されているそうですね。
岸上 直属の部下約10人とは、年2回の業績評価で必ず面談します。ただし、単なる評価の場にはしていません。
そもそも部下と初めて会う時、必ず「将来どうなりたいか」を聞きます。そしてその後の面談では、当初語った目標への進捗や困りごとを確認する。評価の機会を、部下の成長を支援する対話の場として活用しています。
また、月1回「ティー・タイム・ウィズ・MD」という活動も行っています。7、8人の社員とお茶を飲みながら本音で話す会です。
係長クラスと話していると興味深い反応があります。私が「やりがいと成長が大切だ」と伝えると、「部長からも同じことを聞いています」と返ってくる。経営メッセージが組織の各層に浸透している証拠です。
以前の赴任先でも経験しましたが、トップが様々な層と直接対話することで、会社の方針が組織全体に浸透する。その効果を強く実感しています。
——対話の文化を組織に根付かせた先に、どのような組織像を描いていますか。
岸上 全員が自身と部下の成長を真剣に考える組織です。私の年齢になると、部下の成長ほど嬉しいことはありません。そういう喜びを共有できる文化をつくりたい。
将来的には、マレーシアのメンバーが日本だけでなくタイやベトナムなど様々な場所で活躍することを目指しています。グローバルな適材適所を実現し、個人も組織も成長し続ける。そのためにも、本音で語り合える文化が不可欠だと考えています。



