
エイミー・エドモンドソンとは? 心理的安全性の定義・研究・著書を解説
エイミー・C・エドモンドソンは、ハーバード・ビジネス・スクールの教授で、チームの心理的安全性研究を代表する研究者です。1999年の論文で、心理的安全性を「対人関係上のリスクを取っても安全だと、チームのメンバーが共有している信念」と定義し、チームの学習行動との関係を実証的に検討しました。
その後、Googleの社内研究「Project Aristotle」でも、心理的安全性が効果的なチームに関係する重要な要素として注目され、ビジネスの世界で広く知られるようになりました。
本記事では、エドモンドソンの経歴、心理的安全性の定義と研究、Googleの研究との関係、測定に用いられる7項目、著書『恐れのない組織』について解説します。
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エイミー・C・エドモンドソンとは
エイミー・C・エドモンドソンは、ハーバード・ビジネス・スクールのノバルティス寄付講座教授(リーダーシップ&マネジメント)です。心理的安全性や組織学習、部門や専門領域を越えて協働する「チーミング」を研究し、変化の激しい環境でリーダーが学習と協働をどう促すかを探究してきました。
1999年に学術誌『Administrative Science Quarterly』へ発表した論文では、チームの心理的安全性を、対人関係上のリスクを取っても安全だとメンバーが共有する信念として捉え、チームの学習行動との関係を実証的に検討しました。この論文は、その後の心理的安全性研究を代表する研究の一つです。
主な著書に『恐れのない組織』『チームが機能するとはどういうことか』があり、近年は失敗から学ぶ組織のあり方を論じた『失敗できる組織』も刊行されています。
心理的安全性とは何か?
心理的安全性は、以前から組織研究で扱われてきた概念です。現在広く知られている「チームの心理的安全性」は、エイミー・C・エドモンドソンが1999年の論文で、チームのメンバーが「このチームでは対人関係上のリスクを取っても安全だ」と共有している信念として定義し、実証的に検討しました。
ここでいう対人関係上のリスクとは、質問をする、失敗を報告する、助けを求める、異論を述べるといった行動によって、自分の評価や人間関係が損なわれる可能性を指します。
心理的安全性の高いチームでは、自分の考えや気持ちをみんなが安心して話せます。この概念の重要性は様々な研究によって裏付けられています。
「社員が自分の率直な意見を述べる」ことは簡単なように見えて、調和を重んじる日本の組織や社会の中で実行するのはとても難しいことです。
例えば会議の内容に違和感があっても『ベテランの○○さんがこう言っているんだし』と目をつむったり、企画会議で『自分のような新人のアイデアなんて取り上げてもらえないだろう』と考えて口をつぐんだりした経験が多くの人にあるかもしれません。
このように自分の考えを率直に言えないという環境は、イノベーションが生まれにくかったり、問題が見過ごされたりするといった組織のマイナス要因になります。社員一人ひとりのポテンシャルを最大限に発揮するためには、心理的安全性を高めることが非常に重要なポイントになります。
Googleの心理的安全性に関する研究の原典は?
心理的安全性に関する調査のうち、大変有名なのはGoogleが行った「プロジェクト・アリストテレス(Project Aristotle)」と呼ばれる社内研究プロジェクトです。この研究は2012年に開始され、約4年間にわたって行われました。
プロジェクト・アリストテレスの主な目的は「効果的なチームとは何か」を明らかにすることです。
Googleの研究者たちは180以上のチームを調査し、200以上の要因を分析しました。その結果チームに影響する5つの因子のうち、圧倒的に重要なのが心理的安全性だということがわかりました。
リサーチ結果によると「心理的安全性の高いチームのメンバーは離職率が低く、他のチームメンバーが発案した多様なアイデアをうまく利用でき、収益性が高く、効果的に働くとマネジャーから評価される機会が2倍多い」という特徴があります。
この研究の結果は2015年に社内で共有され、2016年に一般に公開されました。研究の詳細な内容は、Googleの「re:Work」というウェブサイトで公開されています。
このサイトでは、「プロジェクト・アリストテレス」の概要や主な発見事項、チームの効果性を高めるためのツールやリソースが提供され、その結果は多くの学術研究や書籍で引用されています。
VUCAの時代こそ心理的安全性が必要になる
心理的安全性が重視される背景の一つに、事業環境の変化があります。
VUCAは、変動性・不確実性・複雑性・曖昧性が高い環境を表す言葉です。冷戦終結直後、米陸軍戦争大学で新たな戦略環境を説明する言葉として使われ、その後、変化の激しいビジネス環境にも用いられるようになりました。新型コロナウイルスの流行や地政学的な緊張、デジタル技術の進展などによって、先を見通しにくい環境が一層強く意識されています。
こうした環境では、経営層だけで正解を見つけることが難しくなります。現場の知見や懸念を早期に共有し、試行錯誤から学ぶためにも、心理的安全性が重要になります。
心理的安全性を高めるメリット
エドモンドソン教授の著書では、台湾の主要な研究開発機関に所属する60の技術系R&Dチーム、245人を対象とした研究が紹介されています。この研究では、チームの心理的安全性と、知識共有やチーム学習、パフォーマンスとの関係が検討されました。
Gallupによると、「職場で自分の意見が尊重されている」と強く同意する従業員の割合を、10人中3人から6人に高めることができれば、離職率が27%低下し、安全上の事故が40%減少し、生産性が12%向上する可能性があります。ただし、これは心理的安全性を直接測定した調査ではなく、Gallupの従業員エンゲージメント調査の設問の一つをもとにした試算です。(参照:恐れのない組織――「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらすより)
前述したGoogleの「プロジェクト・アリストテレス」の研究結果でも、心理的安全性が高いチームはより効果的に協力し、革新的なアイデアを生み出す傾向があることがわかりました。
ずば抜けて優秀で有能なGoogleの社員ですら、ポテンシャルを十分に発揮するためには心理的に安全な環境が必要だということです。現代のビジネス環境において心理的安全性を高めることは、組織の競争力を維持・向上させるための重要な戦略となっています。
心理的安全性は、従業員満足度・エンゲージメントにも作用する
心理的安全性とエンゲージメントには密接な関連性があります。
心理的安全性が高い環境では、自分の意見やアイデアを従業員が遠慮なく共有できるため、問題解決や意思決定プロセスに積極的に参加するようになります。これにより仕事への当事者意識が高まり、エンゲージメントが向上します。
上司の顔色を伺うことなく自己表現や挑戦する機会が増えれば、個人の成長や能力開発も進みやすくなります。
また心理的安全性が高い職場では、業務上の不安や懸念を溜め込まずに伝えられます。問題の早期発見や知識共有につながる可能性があります。
ただし、心理的安全性だけが成果を決めるわけではありません。業務量、仕事の設計、上司の支援、処遇といった他の職場要因と合わせて捉える必要があります。
チームの心理的安全性とは?
エドモンドソン教授は「チームの心理的安全性とは、チームの中で対人関係におけるリスクをとっても大丈夫だ、というチームメンバーに共有される信念」と定義しています。
チームの心理的安全性の高い職場では、多くの人が同じ会社で働く仲間を信頼し尊敬しているので、わからないことがあったら率直に質問できます。『こんなことも知らないのか』と言われて恥をかかされることも無視をされることもありません。
ミスをした場合にも速やかに報告するので、チームで助け合いながら軌道修正ができます。時にはグループの垣根を越えて団結し、驚くようなイノベーションが生まれることもあります。
しかし多くの職場では、対人関係のリスクが自然に発生した結果、心理的安全性が損なわれがちです。
心理的安全性が低下する「対人関係」の四つのリスク
職場で質問や異論、失敗の報告をためらう背景には、発言によって自分が「無知」「無能」「出しゃばり」「否定的」だと思われたくないという不安があります。エドモンドソンは、こうした対人関係上のリスクが、必要な発言や学習行動を妨げると説明しています。
1. 「無知」だと思われたくない
知識不足を露呈することを恐れ、質問や確認を躊躇する状態です。
2. 「無能」だと思われたくない
ミスを報告したり、助けを求めたりすると能力不足と評価されるのではないかと恐れ、問題を一人で抱え込む状態です。
3. 「邪魔」だと思われたくない
チームの和を乱すことを懸念し、重要な指摘や異論を控えてしまいます。
4. 「否定的」だと思われたくない
問題点を指摘することで嫌われることを恐れ、課題を隠蔽しがちです。
これらは誰もが多かれ少なかれ持っている感情です。
リスクに対する恐れが強い職場では、本当に必要な行動や発言をメンバーが控えるようになります。
仮に重大な問題を発見しても報告を躊躇したり、革新的なアイデアがあっても提案を控えたりするでしょう。
このような状況が続くと組織は停滞し、イノベーションが阻害されます。
さらに深刻な場合、重大な失敗や事故を引き起こす可能性さえあります。
心理的安全性が低い職場が招く悲劇
心理的安全性の低い職場では重大な問題が見過ごされる危険性があります。米国のスペースシャトル・コロンビア号の事故はその典型例です。
2003年2月1日、NASAのスペースシャトル「コロンビア」が大気圏に突入する際に空中分解し、7名の宇宙飛行士全員が死亡する惨事が発生しました。この事故の原因は、外部燃料タンクの発泡断熱材がシャトル発射後に剥離し、左側主翼の耐熱保護パネルに直撃したことです。
地上のデブリ評価チームなどの技術者は、断熱材が左翼に衝突した影響を懸念し、損傷の程度を確認するため、国防総省の設備を使った高解像度画像の撮影を求めました。しかし、撮影要請はプログラム管理側で取り消されるなどして、最終的に必要な画像は取得されませんでした。
事故調査では、物理的な原因だけでなく、過去にも起きていた断熱材の剥離を重大な危険と見なさなくなっていたこと、スケジュールや資源上の圧力、技術的な懸念が意思決定に十分反映されない組織文化などが指摘されました。
この事故が示しているのは、懸念を口にできるかどうかだけではありません。表明された懸念を組織が真剣に受け止め、検証し、意思決定に反映する仕組みがあるかどうかです。
日本企業においても、罰を恐れるあまり重大なクレームや欠陥を隠蔽してしまい大問題になることが珍しくありません。心理的安全性の欠如は重大なリスクや事故につながる可能性があるだけでなく、組織の生産性やセキュリティ面にも悪影響を及ぼします。
職場での意見交換や懸念の表明をためらわずに行える環境を整えることが組織の健全な運営にとって不可欠です。
心理的安全性=「甘やかし」「馴れ合い?」
心理的安全性という言葉が広く知られるようになる一方で誤解も生まれています。心理的安全性はしばしば「甘やかし」や「馴れ合い」と混同されますが、これらとは全く異なるものです。「甘やかし」とは、相手の要求や行動を過度に受け入れ、必要な指導や批評を避けることを意味します。
それに対して心理的安全性は、メンバーが率直に意見を交わし、建設的なフィードバックを行える環境を整えることです。むしろ心理的安全性は、正しい指導や批評をより効果的に行うために欠かせない要素です。
また「馴れ合い」は、仕事の場での人間関係が過度に親密になり、仕事の質や客観性を損なうことを指します。
一方で心理的安全性は、プロフェッショナルな関係を保ちながら、誰もが自由に意見を言い合えるコミュニケーションを促進するものです。心理的安全性は単なる「甘やかし」や「馴れ合い」とは違い、挑戦しながら共に成長するための土壌なのです。
心理的安全性と業績基準の関連性
心理的安全性と業績基準といった二つの要素の高低によって四つの異なる組織状態が生まれます。下記は、エドモンドソン教授が提唱する「心理的安全性と業績基準」のマトリクスです。

「学習ゾーン」
まず図の右上をご覧ください。心理的安全性と業績基準の両方が高い状態を「学習ゾーン」と呼びます。
この状態ではチームメンバーは自由に意見を述べられ、失敗を恐れずに新しい挑戦に取り組みます。さらに仲間と協力しながら高い目標に向かって努力する中で積極的に学習し、イノベーションが生まれやすくなります。
「学習ゾーン」にあるチームは、誰もが意見を出しやすい雰囲気があります。互いにフィードバックを行うことで問題を迅速に解決し、持続的に成長できます。高い業績基準に向けた努力と自由な意見交換が両立するため、チーム全体のパフォーマンスが向上する組織にとって理想的な状態です。
「不安ゾーン」
次にその下です。業績基準が高くても心理的安全性が低い状態は「不安ゾーン」と呼ばれます。
この状態では、厳しい目標を達成するために社員は懸命に努力しますが、その結果ストレスが高まり燃え尽き症候群に陥る危険があります。また人間関係のリスクや失敗を恐れるため、新しいアイデアを提案することにメンバーが躊躇しがちです。
不安ゾーンでは、表面的には高い業績が維持されているように見えますが、チームの内部には緊張感が漂い、イノベーションが停滞します。失敗や批判を避けるために現状を維持することを社員は優先し、自由に意見を言いづらい雰囲気が形成されます。
このような環境では短期的な成果は得られても、長期的にはチームの持続可能な成長や革新的な発展が困難になります。
不安ゾーンを脱却して高い業績を保つためには、心理的安全性を向上させ、社員が自由に意見を述べられる環境を整えることが必要です。そうすることでチームは新たな挑戦に恐れずに取り組め、真の意味で高いパフォーマンスを実現できます。
「快適ゾーン」
心理的安全性は高いが業績基準が低い状態は「快適ゾーン」と呼ばれます。
人間関係は良好で、メンバーは居心地の良い雰囲気の中で仕事をしています。しかし仕事の基準が低いため、納期が遅れたりクオリティが低かったりすることがあります。
目標が達成されなくても特に問題視されず、怒られることが少ないため挑戦や成長が不足しがちです。いわゆる「ぬるま湯」と呼ばれる状態です。
快適ゾーンでは、チームメンバーは安心して働ける環境を享受していますが、仕事に対する緊張感やチャレンジが不足しているため、長期的には組織全体の停滞を招く恐れがあります。新しいアイデアの創出や目標達成へのモチベーションが低くなるため、イノベーションが生まれにくく競争力が弱まります。
快適ゾーンから脱却し、よりバランスの取れた成長を実現するためには、心理的安全性を維持しつつ業績基準を引き上げることが重要です。これにより安心して挑戦できる環境が整い、より高い目標に向けて協力し合いながらチームが成長できるようになります。
「無気力ゾーン」
心理的安全性と業績基準が共に低い左下に位置する状態は「無気力ゾーン」と呼ばれ、組織にとって最も有害な状態です。
この状態では、チームメンバーの間で協力し合って仕事を進める意欲が低く、結果としてチーム全体の成果が低下します。心理的安全性が低いため、新しいことに挑戦したり学んだりすることへの意欲が低くなり、事なかれ主義や無関心が蔓延します。
チームメンバー間での意見の対立が無気力ゾーンでは生まれず、建設的な議論や改善の提案が行われにくくなります。これにより組織の成長やイノベーションが阻害され、生産性が低下する傾向があります。
この状態に不満を抱いている社員が転職を考えている場合も少なくありません。持続可能な成長を組織が遂げるためには、心理的安全性と業績基準の両方を向上させる必要があります。
心理的安全性を高めるために組織がやるべき事は?
心理的安全性を向上させる上で重要な経営者の役割は、組織全体の方向性を定め、必要な環境を整えることです。
エドモンドソンやGoogleの知見を踏まえ、心理的安全性を組織に根づかせるための経営レベルの施策を、本記事では次の六つに整理しました。
1.ビジョンと価値観の明確化
心理的安全性を組織の核心的価値観として位置づけ、その重要性を明確に伝えます。
2.組織文化の形成
オープンなコミュニケーション・失敗からの学習・イノベーションを奨励する文化を醸成します。
3.リソースの配分
心理的安全性を高めるための取り組みに必要な時間・予算・人材を確保します。
4.模範を示す
自己開示を促すために自身も弱みを見せたり、失敗を認めたり、学習する姿勢を示したりすることで組織全体に影響を与えます。
5.評価システムの構築
心理的安全性を促進する行動を評価し、報酬システムに組み込みます。
6.長期的視点の維持
短期的な結果だけでなく、持続可能な成長のために心理的安全性の重要性も強調します。経営者は、コミュニケーションと失敗からの学習を奨励する環境をこれらの行動を通じて作り出し、心理的安全性と高い業績基準の両立を目指すことが重要です。
心理的安全性を向上させるためのマネジャーの役割
マネジャーは経営者の方針に基づき、日々の業務の中で心理的安全性を実践し、チームレベルでその浸透を図る重要な役割を担います。
チーム内の信頼関係構築・オープンな対話の促進・建設的なフィードバックの提供など、具体的な行動を通じて心理的安全性を高めます。本記事では、マネジャーの日常的な行動を次の七つに整理します。
1.チーム内の信頼関係構築
公平性を保ち、メンバー間の相互理解と尊重を促進します。
2.オープンな対話の促進
全メンバーが意見を言いやすい環境を作り、積極的に意見を求めます。
3.建設的なフィードバック
批判ではなく、成長を促すフィードバックを提供します。
4.失敗への適切な対応
失敗を責めるのではなく学びの機会として扱い、チームで学びを共有します。
5.個々のメンバーの支援
各メンバーの強みと弱みを理解し、適切なサポートと挑戦の機会を提供します。
6.多様性の尊重
異なる背景や視点を持つメンバーの意見を積極的に求め、活用します。
7.明確な期待値の設定
チームの目標と各メンバーの役割を明確にし、主体的に動けるように適切な裁量権を与えます。経営者は組織全体の方向性と環境を整える役割を担い、マネジャーはその方針に基づいて日々の実践の中で心理的安全性を具現化する役割を担います。両者が協力して取り組むことで組織全体の心理的安全性を効果的に向上させられます。
心理的安全性を高めた企業の成功例
世界中の多くの企業が心理的安全性を高めるための取り組みを行っています。その一部をご紹介します。
ピクサー・アニメーション・スタジオ
「トイ・ストーリー」シリーズなどで知られるピクサー・アニメーション・スタジオは心理的安全性を重視した企業文化で知られています。彼らは「ブレイントラスト」と呼ばれる会議システムを採用しており、制作の早い段階で積極的な批評をすることを奨励しています。
ブレイントラストは、制作途中の作品について、監督やストーリーテラーなど、制作経験の豊富なメンバーが率直に意見を交わす場です。参加者は、作品の問題点や改善の可能性を遠慮なく指摘します。
重要なのは、ブレイントラストには修正を命じる権限がないことです。意見を採用するかどうか、問題をどのように解決するかの最終判断は、その作品の監督に委ねられます。
率直な批評と、意思決定者の自律性を両立させることで、率直な意見交換を促す仕組みになっています。
Google(グーグル)
Googleは、「プロジェクト・アリストテレス」という大規模な研究結果を基に、社内の心理的安全性向上に取り組んでいます。例えば「Googlegeist」という年次社員調査を実施し、心理的安全性を含む職場環境の評価を年に一度行っています。またマネジャーに対し、心理的安全性を高めるためのトレーニングを提供しています。
参照:Google「re:Work」
さらに失敗を学びの機会として捉える「ポストモーテム(事後分析)」の文化を推進しています。プロジェクトの成功や失敗にかかわらず、その過程を振り返り、学びを共有する習慣が根付いています。
「心理的安全性」を高めるポイントと具体的な行動
エドモンドソンは1999年の研究で、チームの心理的安全性を測定するために七つの質問項目を用いました。以下は、その趣旨を日本語で整理したものです。
「逆転」欄に○が付いた1・3・5は、強く同意するほど心理的安全性が低いことを示す項目です。原論文では、「非常に当てはまらない」から「非常に当てはまる」までの7段階で回答を求めています。
なお、この尺度は個人の性格や能力を診断するものではありません。チームのメンバー全員の回答を集約し、チーム単位の状態を捉えるために使われます。
出典:Edmondson, A. C. (1999) "Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams," Administrative Science Quarterly, 44(2), pp.350-383, Appendix
一方、日本の職場で心理的安全性を捉えるための実務的なフレームとして、石井遼介氏らは「話しやすさ」「助け合い」「挑戦」「新奇歓迎」の四つの因子を提示しています。
1. 話しやすさ
「話しやすさ」は、問題や懸念、異論を早期に共有するための重要な着眼点です。チーム内で自由に意見を述べたり、多様な視点から質問したりできる雰囲気が醸成されていればイノベーションが促進されやすくなります。またネガティブな報告が速やかに伝えられる環境作りがとても大切です。
2. 助け合い
「助け合い」は、トラブルや緊急時にメンバー同士が迅速にサポートし合う文化のことです。助け合い因子があるとチームは、トラブルや行き詰まったメンバーに対して自発的に手を差し伸べたり、知識やスキルを惜しみなく共有したりします。助け合うことでチーム全体の力が高まり、複雑な課題にも効果的に対処できるようになります。
3. 挑戦
「挑戦」は組織やチームに活気を与えます。また時代の変化に柔軟に対応していくためにも重要な因子です。
ここでいう「挑戦」とは、チームによる模索や試行錯誤を指します。新しいアイデアを試すための裁量を与えたり、失敗から学びを得て改善したりすることに集中します。「挑戦」を支援するには、新しいことを積極的に発表したり、フィードバックを得て共に作り出したりするための環境を整えることが大切です。
4.新奇歓迎
学習する組織・チームであるためには、様々な意見を耳にすることが大切です。そのため「新奇歓迎」では多様性を歓迎します。
大勢の社員を一律に扱うのではなく、メンバー一人ひとりに焦点を当て、個性や才能を発揮してもらうための重要な因子です。リーダーは、自分らしさを最大限に発揮しながら会社への所属意識をメンバーが持てるように気を配らなければいけません。
これら四つの因子を日々の行動や施策に反映させることで心理的安全性の高いチーム作りを実現できます。
心理的安全性を高める研修・ツール・参考資料
自社に合わせてカスタマイズし、心理的安全性を高める社員研修は?
公益社団法人日本生産性本部「~D&I/DE&Iを実現する取り組み~心理的安全性の高いチームづくり」
「心理的安全性を高めるチーム構築研修」は、生産性の高い組織づくりを目指す従業員、特にチームリーダーや管理職を対象とした革新的なプログラムです。本研修では、心理的安全性の概念理解から実践的なスキル習得にかけて包括的に学べます。
オンラインLIVE・eラーニング・集合型ワークショップなどの多様な形式で提供され、各組織のニーズに合わせたカスタマイズも可能です。プログラムは、心理的安全性の基本概念・重要性・阻害要因・実現のためのポイントなど幅広いトピックをカバーしています。
特筆すべきは、ワークやアセスメントツールを活用した実践的なアプローチです。参加者の主体的な学びを促進し、自身の気づきを深めることで職場での即時適用を可能にします。さらに個人の心理的柔軟性にも焦点を当て、総合的な組織改革を支援します。
参照:公益社団法人日本生産性本部「~D&I/DE&Iを実現する取り組み~心理的安全性の高いチームづくり」
インソース「部下とのコミュニケーション実践研修~心理的安全性の高い職場を作る」
この研修は、心理的安全性の重要性を理解し、それを高める具体的なスキルの習得を目的としています。管理職やリーダーを対象とした実践的なプログラムで、部下とのコミュニケーション方法を工夫することで、心理的安全性をどのように高めていくのかを習得します。
心理的安全性の基本概念の理解から始まり、アサーティブコミュニケーションの4ステップ・1対1面談の効果的な活用法・チーム全体の心理的安全性を向上させる方法などを幅広くカバーしています。
理論だけでなく実践的なワークやケーススタディを多く取り入れているのも特徴です。自身の職場環境を参加者は振り返り、部下との効果的なコミュニケーション方法を具体的に学べます。
参照:インソース「部下とのコミュニケーション実践研修~心理的安全性の高い職場を作る」
エドモンドソン氏のインタビュー記事
心理的安全性の概念を提唱したハーバード大学のエドモンドソン教授へのインタビュー記事を紹介します。
教授は、単なる「居心地の良さ」ではない心理的安全性の本質を記事の中で解説し、現代のビジネス環境でその重要性が高まっている理由を明らかにしています。
日経BP:心理的安全性のエドモンドソン氏「『失敗は成功のもと』は、ずさんな経営」
心理的安全性の概念を唱えたエイミー・エドモンドソン教授が、失敗に対する適切な姿勢について語ります。単に失敗を容認するだけでなく、それをどう活かすかが重要だと指摘し、経営者の責任ある対応の必要性を強調しています。
ダイヤモンド・オンライン:「心理的安全性」提唱のハーバード大教授が、著書「恐れのない組織」に込めた真意
心理的安全性の第一人者であるエイミー・エドモンドソン教授が、その概念の本質と実践方法について解説します。組織の成功に不可欠な要素として心理的安全性を位置づけ、それを実現するためのリーダーシップの在り方を探ります。
DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー:心理的安全性とは何か、生みの親エイミー C. エドモンドソンに聞く
ハーバード・ビジネス・スクール教授のエイミー C. エドモンドソン教授に、心理的安全性とは何か、そしてチームの心理的安全性を高めるにはどうしたらよいかを尋ねるインタビュー記事です。心理的安全性の定義とその重要性、そして実際の組織への適用方法など幅広い視点から概念の核心に迫ります。
「四つの因子」を計測するサーベイシステム「SAFETY ZONE」
心理的安全性を高めるために組織開発をしようと思ったら、現状を可視化することが重要です。「SAFETY ZONE」は、「話しやすさ」「助け合い」「挑戦」「新奇歓迎」の四つの因子から、チームの状態を可視化するサーベイサービスです。
SAFETY ZONEは匿名性を確保しつつ、多様な質問項目を通じて個々のメンバーの意見や感情を収集します。これによりチームリーダーや経営陣は組織の問題点を特定し、対策を講じるための根拠を得られます。
エイミー・エドモンドソンの主な著書
『恐れのない組織』
心理的安全性の定義、誤解されやすい点、企業事例、リーダーの実践を体系的に扱った一冊です。
『チームが機能するとはどういうことか』
固定的なチームではなく、必要な人がその都度協働する「チーミング」と、組織学習の考え方を論じています。
『失敗できる組織』
失敗を一律に称賛するのではなく、「基本的失敗」「複雑な失敗」「賢い失敗」に分類し、避けるべき失敗と、未知の領域へ挑戦するために必要な失敗を区別しています。
心理的安全性をさらに学べる本
『心理的安全性 最強の教科書』
ピョートル・フェリクス・グジバチ (著)
本書は、組織心理学の重要概念「心理的安全性」について、その理論から実践を包括的に解説しています。著者のグジバチ氏は、Google社の研究結果を基に、日本企業における心理的安全性の重要性と実現方法を詳細に説明しています。リーダーやマネージャーが、チームの生産性と創造性を高めるために必要な知識とスキルを学べる実践的な一冊です。
参照:Amazon「心理的安全性 最強の教科書」
『4段階で実現する心理的安全性』
ティモシー・R・クラーク (著)
本書は、心理的安全性を組織に導入・定着させるための実践的なガイドブックです。
著者は、心理的安全性を四つの段階に分けて解説しています。各段階での具体的な実践方法や事例が豊富に紹介されており、理論だけでなく実務に直結する内容となっています。『チーム全員がリーダーのように動く』『誰もが恐れず挑戦できる』組織づくりのロードマップとして活用できる一冊です。
参照:Amazon「4段階で実現する心理的安全性」
『最高のチームはみんな使っている 心理的安全性をつくる言葉55』
原田将嗣 (著)、石井遼介 (監修)
本書は、日常のコミュニケーションを通して心理的安全性を高める方法に焦点をあてています。理論よりも実践に重点を置いており、読者がすぐに活用できる実用的なガイドブックとなっています。いつもの一言を置き換えることでチームの安全性を高める55のヒントが詰まっています。
参照:Amazon「最高のチームはみんな使っている 心理的安全性をつくる言葉55」
エイミー・C・エドモンドソンとは
エイミー・C・エドモンドソンは、ハーバード・ビジネス・スクールのノバルティス寄付講座教授(リーダーシップ&マネジメント)です。心理的安全性や組織学習、部門や専門領域を越えて協働する「チーミング」を研究し、変化の激しい環境でリーダーが学習と協働をどう促すかを探究してきました。
1999年に学術誌『Administrative Science Quarterly』へ発表した論文では、チームの心理的安全性を、対人関係上のリスクを取っても安全だとメンバーが共有する信念として捉え、チームの学習行動との関係を実証的に検討しました。この論文は、その後の心理的安全性研究を代表する研究の一つです。
主な著書に『恐れのない組織』『チームが機能するとはどういうことか』があり、近年は失敗から学ぶ組織のあり方を論じた『失敗できる組織』も刊行されています。
心理的安全性とは何か?
心理的安全性は、以前から組織研究で扱われてきた概念です。現在広く知られている「チームの心理的安全性」は、エイミー・C・エドモンドソンが1999年の論文で、チームのメンバーが「このチームでは対人関係上のリスクを取っても安全だ」と共有している信念として定義し、実証的に検討しました。
ここでいう対人関係上のリスクとは、質問をする、失敗を報告する、助けを求める、異論を述べるといった行動によって、自分の評価や人間関係が損なわれる可能性を指します。
心理的安全性の高いチームでは、自分の考えや気持ちをみんなが安心して話せます。この概念の重要性は様々な研究によって裏付けられています。
「社員が自分の率直な意見を述べる」ことは簡単なように見えて、調和を重んじる日本の組織や社会の中で実行するのはとても難しいことです。
例えば会議の内容に違和感があっても『ベテランの○○さんがこう言っているんだし』と目をつむったり、企画会議で『自分のような新人のアイデアなんて取り上げてもらえないだろう』と考えて口をつぐんだりした経験が多くの人にあるかもしれません。
このように自分の考えを率直に言えないという環境は、イノベーションが生まれにくかったり、問題が見過ごされたりするといった組織のマイナス要因になります。社員一人ひとりのポテンシャルを最大限に発揮するためには、心理的安全性を高めることが非常に重要なポイントになります。
Googleの心理的安全性に関する研究の原典は?
心理的安全性に関する調査のうち、大変有名なのはGoogleが行った「プロジェクト・アリストテレス(Project Aristotle)」と呼ばれる社内研究プロジェクトです。この研究は2012年に開始され、約4年間にわたって行われました。
プロジェクト・アリストテレスの主な目的は「効果的なチームとは何か」を明らかにすることです。
Googleの研究者たちは180以上のチームを調査し、200以上の要因を分析しました。その結果チームに影響する5つの因子のうち、圧倒的に重要なのが心理的安全性だということがわかりました。
リサーチ結果によると「心理的安全性の高いチームのメンバーは離職率が低く、他のチームメンバーが発案した多様なアイデアをうまく利用でき、収益性が高く、効果的に働くとマネジャーから評価される機会が2倍多い」という特徴があります。
この研究の結果は2015年に社内で共有され、2016年に一般に公開されました。研究の詳細な内容は、Googleの「re:Work」というウェブサイトで公開されています。
このサイトでは、「プロジェクト・アリストテレス」の概要や主な発見事項、チームの効果性を高めるためのツールやリソースが提供され、その結果は多くの学術研究や書籍で引用されています。
VUCAの時代こそ心理的安全性が必要になる
心理的安全性が重視される背景の一つに、事業環境の変化があります。
VUCAは、変動性・不確実性・複雑性・曖昧性が高い環境を表す言葉です。冷戦終結直後、米陸軍戦争大学で新たな戦略環境を説明する言葉として使われ、その後、変化の激しいビジネス環境にも用いられるようになりました。新型コロナウイルスの流行や地政学的な緊張、デジタル技術の進展などによって、先を見通しにくい環境が一層強く意識されています。
こうした環境では、経営層だけで正解を見つけることが難しくなります。現場の知見や懸念を早期に共有し、試行錯誤から学ぶためにも、心理的安全性が重要になります。
心理的安全性を高めるメリット
エドモンドソン教授の著書では、台湾の主要な研究開発機関に所属する60の技術系R&Dチーム、245人を対象とした研究が紹介されています。この研究では、チームの心理的安全性と、知識共有やチーム学習、パフォーマンスとの関係が検討されました。
Gallupによると、「職場で自分の意見が尊重されている」と強く同意する従業員の割合を、10人中3人から6人に高めることができれば、離職率が27%低下し、安全上の事故が40%減少し、生産性が12%向上する可能性があります。ただし、これは心理的安全性を直接測定した調査ではなく、Gallupの従業員エンゲージメント調査の設問の一つをもとにした試算です。(参照:恐れのない組織――「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらすより)
前述したGoogleの「プロジェクト・アリストテレス」の研究結果でも、心理的安全性が高いチームはより効果的に協力し、革新的なアイデアを生み出す傾向があることがわかりました。
ずば抜けて優秀で有能なGoogleの社員ですら、ポテンシャルを十分に発揮するためには心理的に安全な環境が必要だということです。現代のビジネス環境において心理的安全性を高めることは、組織の競争力を維持・向上させるための重要な戦略となっています。
心理的安全性は、従業員満足度・エンゲージメントにも作用する
心理的安全性とエンゲージメントには密接な関連性があります。
心理的安全性が高い環境では、自分の意見やアイデアを従業員が遠慮なく共有できるため、問題解決や意思決定プロセスに積極的に参加するようになります。これにより仕事への当事者意識が高まり、エンゲージメントが向上します。
上司の顔色を伺うことなく自己表現や挑戦する機会が増えれば、個人の成長や能力開発も進みやすくなります。
また心理的安全性が高い職場では、業務上の不安や懸念を溜め込まずに伝えられます。問題の早期発見や知識共有につながる可能性があります。
ただし、心理的安全性だけが成果を決めるわけではありません。業務量、仕事の設計、上司の支援、処遇といった他の職場要因と合わせて捉える必要があります。
チームの心理的安全性とは?
エドモンドソン教授は「チームの心理的安全性とは、チームの中で対人関係におけるリスクをとっても大丈夫だ、というチームメンバーに共有される信念」と定義しています。
チームの心理的安全性の高い職場では、多くの人が同じ会社で働く仲間を信頼し尊敬しているので、わからないことがあったら率直に質問できます。『こんなことも知らないのか』と言われて恥をかかされることも無視をされることもありません。
ミスをした場合にも速やかに報告するので、チームで助け合いながら軌道修正ができます。時にはグループの垣根を越えて団結し、驚くようなイノベーションが生まれることもあります。
しかし多くの職場では、対人関係のリスクが自然に発生した結果、心理的安全性が損なわれがちです。
心理的安全性が低下する「対人関係」の四つのリスク
職場で質問や異論、失敗の報告をためらう背景には、発言によって自分が「無知」「無能」「出しゃばり」「否定的」だと思われたくないという不安があります。エドモンドソンは、こうした対人関係上のリスクが、必要な発言や学習行動を妨げると説明しています。
1. 「無知」だと思われたくない
知識不足を露呈することを恐れ、質問や確認を躊躇する状態です。
2. 「無能」だと思われたくない
ミスを報告したり、助けを求めたりすると能力不足と評価されるのではないかと恐れ、問題を一人で抱え込む状態です。
3. 「邪魔」だと思われたくない
チームの和を乱すことを懸念し、重要な指摘や異論を控えてしまいます。
4. 「否定的」だと思われたくない
問題点を指摘することで嫌われることを恐れ、課題を隠蔽しがちです。
これらは誰もが多かれ少なかれ持っている感情です。
リスクに対する恐れが強い職場では、本当に必要な行動や発言をメンバーが控えるようになります。
仮に重大な問題を発見しても報告を躊躇したり、革新的なアイデアがあっても提案を控えたりするでしょう。
このような状況が続くと組織は停滞し、イノベーションが阻害されます。
さらに深刻な場合、重大な失敗や事故を引き起こす可能性さえあります。
心理的安全性が低い職場が招く悲劇
心理的安全性の低い職場では重大な問題が見過ごされる危険性があります。米国のスペースシャトル・コロンビア号の事故はその典型例です。
2003年2月1日、NASAのスペースシャトル「コロンビア」が大気圏に突入する際に空中分解し、7名の宇宙飛行士全員が死亡する惨事が発生しました。この事故の原因は、外部燃料タンクの発泡断熱材がシャトル発射後に剥離し、左側主翼の耐熱保護パネルに直撃したことです。
地上のデブリ評価チームなどの技術者は、断熱材が左翼に衝突した影響を懸念し、損傷の程度を確認するため、国防総省の設備を使った高解像度画像の撮影を求めました。しかし、撮影要請はプログラム管理側で取り消されるなどして、最終的に必要な画像は取得されませんでした。
事故調査では、物理的な原因だけでなく、過去にも起きていた断熱材の剥離を重大な危険と見なさなくなっていたこと、スケジュールや資源上の圧力、技術的な懸念が意思決定に十分反映されない組織文化などが指摘されました。
この事故が示しているのは、懸念を口にできるかどうかだけではありません。表明された懸念を組織が真剣に受け止め、検証し、意思決定に反映する仕組みがあるかどうかです。
日本企業においても、罰を恐れるあまり重大なクレームや欠陥を隠蔽してしまい大問題になることが珍しくありません。心理的安全性の欠如は重大なリスクや事故につながる可能性があるだけでなく、組織の生産性やセキュリティ面にも悪影響を及ぼします。
職場での意見交換や懸念の表明をためらわずに行える環境を整えることが組織の健全な運営にとって不可欠です。
心理的安全性=「甘やかし」「馴れ合い?」
心理的安全性という言葉が広く知られるようになる一方で誤解も生まれています。心理的安全性はしばしば「甘やかし」や「馴れ合い」と混同されますが、これらとは全く異なるものです。「甘やかし」とは、相手の要求や行動を過度に受け入れ、必要な指導や批評を避けることを意味します。
それに対して心理的安全性は、メンバーが率直に意見を交わし、建設的なフィードバックを行える環境を整えることです。むしろ心理的安全性は、正しい指導や批評をより効果的に行うために欠かせない要素です。
また「馴れ合い」は、仕事の場での人間関係が過度に親密になり、仕事の質や客観性を損なうことを指します。
一方で心理的安全性は、プロフェッショナルな関係を保ちながら、誰もが自由に意見を言い合えるコミュニケーションを促進するものです。心理的安全性は単なる「甘やかし」や「馴れ合い」とは違い、挑戦しながら共に成長するための土壌なのです。
心理的安全性と業績基準の関連性
心理的安全性と業績基準といった二つの要素の高低によって四つの異なる組織状態が生まれます。下記は、エドモンドソン教授が提唱する「心理的安全性と業績基準」のマトリクスです。

「学習ゾーン」
まず図の右上をご覧ください。心理的安全性と業績基準の両方が高い状態を「学習ゾーン」と呼びます。
この状態ではチームメンバーは自由に意見を述べられ、失敗を恐れずに新しい挑戦に取り組みます。さらに仲間と協力しながら高い目標に向かって努力する中で積極的に学習し、イノベーションが生まれやすくなります。
「学習ゾーン」にあるチームは、誰もが意見を出しやすい雰囲気があります。互いにフィードバックを行うことで問題を迅速に解決し、持続的に成長できます。高い業績基準に向けた努力と自由な意見交換が両立するため、チーム全体のパフォーマンスが向上する組織にとって理想的な状態です。
「不安ゾーン」
次にその下です。業績基準が高くても心理的安全性が低い状態は「不安ゾーン」と呼ばれます。
この状態では、厳しい目標を達成するために社員は懸命に努力しますが、その結果ストレスが高まり燃え尽き症候群に陥る危険があります。また人間関係のリスクや失敗を恐れるため、新しいアイデアを提案することにメンバーが躊躇しがちです。
不安ゾーンでは、表面的には高い業績が維持されているように見えますが、チームの内部には緊張感が漂い、イノベーションが停滞します。失敗や批判を避けるために現状を維持することを社員は優先し、自由に意見を言いづらい雰囲気が形成されます。
このような環境では短期的な成果は得られても、長期的にはチームの持続可能な成長や革新的な発展が困難になります。
不安ゾーンを脱却して高い業績を保つためには、心理的安全性を向上させ、社員が自由に意見を述べられる環境を整えることが必要です。そうすることでチームは新たな挑戦に恐れずに取り組め、真の意味で高いパフォーマンスを実現できます。
「快適ゾーン」
心理的安全性は高いが業績基準が低い状態は「快適ゾーン」と呼ばれます。
人間関係は良好で、メンバーは居心地の良い雰囲気の中で仕事をしています。しかし仕事の基準が低いため、納期が遅れたりクオリティが低かったりすることがあります。
目標が達成されなくても特に問題視されず、怒られることが少ないため挑戦や成長が不足しがちです。いわゆる「ぬるま湯」と呼ばれる状態です。
快適ゾーンでは、チームメンバーは安心して働ける環境を享受していますが、仕事に対する緊張感やチャレンジが不足しているため、長期的には組織全体の停滞を招く恐れがあります。新しいアイデアの創出や目標達成へのモチベーションが低くなるため、イノベーションが生まれにくく競争力が弱まります。
快適ゾーンから脱却し、よりバランスの取れた成長を実現するためには、心理的安全性を維持しつつ業績基準を引き上げることが重要です。これにより安心して挑戦できる環境が整い、より高い目標に向けて協力し合いながらチームが成長できるようになります。
「無気力ゾーン」
心理的安全性と業績基準が共に低い左下に位置する状態は「無気力ゾーン」と呼ばれ、組織にとって最も有害な状態です。
この状態では、チームメンバーの間で協力し合って仕事を進める意欲が低く、結果としてチーム全体の成果が低下します。心理的安全性が低いため、新しいことに挑戦したり学んだりすることへの意欲が低くなり、事なかれ主義や無関心が蔓延します。
チームメンバー間での意見の対立が無気力ゾーンでは生まれず、建設的な議論や改善の提案が行われにくくなります。これにより組織の成長やイノベーションが阻害され、生産性が低下する傾向があります。
この状態に不満を抱いている社員が転職を考えている場合も少なくありません。持続可能な成長を組織が遂げるためには、心理的安全性と業績基準の両方を向上させる必要があります。
心理的安全性を高めるために組織がやるべき事は?
心理的安全性を向上させる上で重要な経営者の役割は、組織全体の方向性を定め、必要な環境を整えることです。
エドモンドソンやGoogleの知見を踏まえ、心理的安全性を組織に根づかせるための経営レベルの施策を、本記事では次の六つに整理しました。
1.ビジョンと価値観の明確化
心理的安全性を組織の核心的価値観として位置づけ、その重要性を明確に伝えます。
2.組織文化の形成
オープンなコミュニケーション・失敗からの学習・イノベーションを奨励する文化を醸成します。
3.リソースの配分
心理的安全性を高めるための取り組みに必要な時間・予算・人材を確保します。
4.模範を示す
自己開示を促すために自身も弱みを見せたり、失敗を認めたり、学習する姿勢を示したりすることで組織全体に影響を与えます。
5.評価システムの構築
心理的安全性を促進する行動を評価し、報酬システムに組み込みます。
6.長期的視点の維持
短期的な結果だけでなく、持続可能な成長のために心理的安全性の重要性も強調します。経営者は、コミュニケーションと失敗からの学習を奨励する環境をこれらの行動を通じて作り出し、心理的安全性と高い業績基準の両立を目指すことが重要です。
心理的安全性を向上させるためのマネジャーの役割
マネジャーは経営者の方針に基づき、日々の業務の中で心理的安全性を実践し、チームレベルでその浸透を図る重要な役割を担います。
チーム内の信頼関係構築・オープンな対話の促進・建設的なフィードバックの提供など、具体的な行動を通じて心理的安全性を高めます。本記事では、マネジャーの日常的な行動を次の七つに整理します。
1.チーム内の信頼関係構築
公平性を保ち、メンバー間の相互理解と尊重を促進します。
2.オープンな対話の促進
全メンバーが意見を言いやすい環境を作り、積極的に意見を求めます。
3.建設的なフィードバック
批判ではなく、成長を促すフィードバックを提供します。
4.失敗への適切な対応
失敗を責めるのではなく学びの機会として扱い、チームで学びを共有します。
5.個々のメンバーの支援
各メンバーの強みと弱みを理解し、適切なサポートと挑戦の機会を提供します。
6.多様性の尊重
異なる背景や視点を持つメンバーの意見を積極的に求め、活用します。
7.明確な期待値の設定
チームの目標と各メンバーの役割を明確にし、主体的に動けるように適切な裁量権を与えます。経営者は組織全体の方向性と環境を整える役割を担い、マネジャーはその方針に基づいて日々の実践の中で心理的安全性を具現化する役割を担います。両者が協力して取り組むことで組織全体の心理的安全性を効果的に向上させられます。
心理的安全性を高めた企業の成功例
世界中の多くの企業が心理的安全性を高めるための取り組みを行っています。その一部をご紹介します。
ピクサー・アニメーション・スタジオ
「トイ・ストーリー」シリーズなどで知られるピクサー・アニメーション・スタジオは心理的安全性を重視した企業文化で知られています。彼らは「ブレイントラスト」と呼ばれる会議システムを採用しており、制作の早い段階で積極的な批評をすることを奨励しています。
ブレイントラストは、制作途中の作品について、監督やストーリーテラーなど、制作経験の豊富なメンバーが率直に意見を交わす場です。参加者は、作品の問題点や改善の可能性を遠慮なく指摘します。
重要なのは、ブレイントラストには修正を命じる権限がないことです。意見を採用するかどうか、問題をどのように解決するかの最終判断は、その作品の監督に委ねられます。
率直な批評と、意思決定者の自律性を両立させることで、率直な意見交換を促す仕組みになっています。
Google(グーグル)
Googleは、「プロジェクト・アリストテレス」という大規模な研究結果を基に、社内の心理的安全性向上に取り組んでいます。例えば「Googlegeist」という年次社員調査を実施し、心理的安全性を含む職場環境の評価を年に一度行っています。またマネジャーに対し、心理的安全性を高めるためのトレーニングを提供しています。
参照:Google「re:Work」
さらに失敗を学びの機会として捉える「ポストモーテム(事後分析)」の文化を推進しています。プロジェクトの成功や失敗にかかわらず、その過程を振り返り、学びを共有する習慣が根付いています。
「心理的安全性」を高めるポイントと具体的な行動
エドモンドソンは1999年の研究で、チームの心理的安全性を測定するために七つの質問項目を用いました。以下は、その趣旨を日本語で整理したものです。
「逆転」欄に○が付いた1・3・5は、強く同意するほど心理的安全性が低いことを示す項目です。原論文では、「非常に当てはまらない」から「非常に当てはまる」までの7段階で回答を求めています。
なお、この尺度は個人の性格や能力を診断するものではありません。チームのメンバー全員の回答を集約し、チーム単位の状態を捉えるために使われます。
出典:Edmondson, A. C. (1999) "Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams," Administrative Science Quarterly, 44(2), pp.350-383, Appendix
一方、日本の職場で心理的安全性を捉えるための実務的なフレームとして、石井遼介氏らは「話しやすさ」「助け合い」「挑戦」「新奇歓迎」の四つの因子を提示しています。
1. 話しやすさ
「話しやすさ」は、問題や懸念、異論を早期に共有するための重要な着眼点です。チーム内で自由に意見を述べたり、多様な視点から質問したりできる雰囲気が醸成されていればイノベーションが促進されやすくなります。またネガティブな報告が速やかに伝えられる環境作りがとても大切です。
2. 助け合い
「助け合い」は、トラブルや緊急時にメンバー同士が迅速にサポートし合う文化のことです。助け合い因子があるとチームは、トラブルや行き詰まったメンバーに対して自発的に手を差し伸べたり、知識やスキルを惜しみなく共有したりします。助け合うことでチーム全体の力が高まり、複雑な課題にも効果的に対処できるようになります。
3. 挑戦
「挑戦」は組織やチームに活気を与えます。また時代の変化に柔軟に対応していくためにも重要な因子です。
ここでいう「挑戦」とは、チームによる模索や試行錯誤を指します。新しいアイデアを試すための裁量を与えたり、失敗から学びを得て改善したりすることに集中します。「挑戦」を支援するには、新しいことを積極的に発表したり、フィードバックを得て共に作り出したりするための環境を整えることが大切です。
4.新奇歓迎
学習する組織・チームであるためには、様々な意見を耳にすることが大切です。そのため「新奇歓迎」では多様性を歓迎します。
大勢の社員を一律に扱うのではなく、メンバー一人ひとりに焦点を当て、個性や才能を発揮してもらうための重要な因子です。リーダーは、自分らしさを最大限に発揮しながら会社への所属意識をメンバーが持てるように気を配らなければいけません。
これら四つの因子を日々の行動や施策に反映させることで心理的安全性の高いチーム作りを実現できます。
心理的安全性を高める研修・ツール・参考資料
自社に合わせてカスタマイズし、心理的安全性を高める社員研修は?
公益社団法人日本生産性本部「~D&I/DE&Iを実現する取り組み~心理的安全性の高いチームづくり」
「心理的安全性を高めるチーム構築研修」は、生産性の高い組織づくりを目指す従業員、特にチームリーダーや管理職を対象とした革新的なプログラムです。本研修では、心理的安全性の概念理解から実践的なスキル習得にかけて包括的に学べます。
オンラインLIVE・eラーニング・集合型ワークショップなどの多様な形式で提供され、各組織のニーズに合わせたカスタマイズも可能です。プログラムは、心理的安全性の基本概念・重要性・阻害要因・実現のためのポイントなど幅広いトピックをカバーしています。
特筆すべきは、ワークやアセスメントツールを活用した実践的なアプローチです。参加者の主体的な学びを促進し、自身の気づきを深めることで職場での即時適用を可能にします。さらに個人の心理的柔軟性にも焦点を当て、総合的な組織改革を支援します。
参照:公益社団法人日本生産性本部「~D&I/DE&Iを実現する取り組み~心理的安全性の高いチームづくり」
インソース「部下とのコミュニケーション実践研修~心理的安全性の高い職場を作る」
この研修は、心理的安全性の重要性を理解し、それを高める具体的なスキルの習得を目的としています。管理職やリーダーを対象とした実践的なプログラムで、部下とのコミュニケーション方法を工夫することで、心理的安全性をどのように高めていくのかを習得します。
心理的安全性の基本概念の理解から始まり、アサーティブコミュニケーションの4ステップ・1対1面談の効果的な活用法・チーム全体の心理的安全性を向上させる方法などを幅広くカバーしています。
理論だけでなく実践的なワークやケーススタディを多く取り入れているのも特徴です。自身の職場環境を参加者は振り返り、部下との効果的なコミュニケーション方法を具体的に学べます。
参照:インソース「部下とのコミュニケーション実践研修~心理的安全性の高い職場を作る」
エドモンドソン氏のインタビュー記事
心理的安全性の概念を提唱したハーバード大学のエドモンドソン教授へのインタビュー記事を紹介します。
教授は、単なる「居心地の良さ」ではない心理的安全性の本質を記事の中で解説し、現代のビジネス環境でその重要性が高まっている理由を明らかにしています。
日経BP:心理的安全性のエドモンドソン氏「『失敗は成功のもと』は、ずさんな経営」
心理的安全性の概念を唱えたエイミー・エドモンドソン教授が、失敗に対する適切な姿勢について語ります。単に失敗を容認するだけでなく、それをどう活かすかが重要だと指摘し、経営者の責任ある対応の必要性を強調しています。
ダイヤモンド・オンライン:「心理的安全性」提唱のハーバード大教授が、著書「恐れのない組織」に込めた真意
心理的安全性の第一人者であるエイミー・エドモンドソン教授が、その概念の本質と実践方法について解説します。組織の成功に不可欠な要素として心理的安全性を位置づけ、それを実現するためのリーダーシップの在り方を探ります。
DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー:心理的安全性とは何か、生みの親エイミー C. エドモンドソンに聞く
ハーバード・ビジネス・スクール教授のエイミー C. エドモンドソン教授に、心理的安全性とは何か、そしてチームの心理的安全性を高めるにはどうしたらよいかを尋ねるインタビュー記事です。心理的安全性の定義とその重要性、そして実際の組織への適用方法など幅広い視点から概念の核心に迫ります。
「四つの因子」を計測するサーベイシステム「SAFETY ZONE」
心理的安全性を高めるために組織開発をしようと思ったら、現状を可視化することが重要です。「SAFETY ZONE」は、「話しやすさ」「助け合い」「挑戦」「新奇歓迎」の四つの因子から、チームの状態を可視化するサーベイサービスです。
SAFETY ZONEは匿名性を確保しつつ、多様な質問項目を通じて個々のメンバーの意見や感情を収集します。これによりチームリーダーや経営陣は組織の問題点を特定し、対策を講じるための根拠を得られます。
エイミー・エドモンドソンの主な著書
『恐れのない組織』
心理的安全性の定義、誤解されやすい点、企業事例、リーダーの実践を体系的に扱った一冊です。
『チームが機能するとはどういうことか』
固定的なチームではなく、必要な人がその都度協働する「チーミング」と、組織学習の考え方を論じています。
『失敗できる組織』
失敗を一律に称賛するのではなく、「基本的失敗」「複雑な失敗」「賢い失敗」に分類し、避けるべき失敗と、未知の領域へ挑戦するために必要な失敗を区別しています。
心理的安全性をさらに学べる本
『心理的安全性 最強の教科書』
ピョートル・フェリクス・グジバチ (著)
本書は、組織心理学の重要概念「心理的安全性」について、その理論から実践を包括的に解説しています。著者のグジバチ氏は、Google社の研究結果を基に、日本企業における心理的安全性の重要性と実現方法を詳細に説明しています。リーダーやマネージャーが、チームの生産性と創造性を高めるために必要な知識とスキルを学べる実践的な一冊です。
参照:Amazon「心理的安全性 最強の教科書」
『4段階で実現する心理的安全性』
ティモシー・R・クラーク (著)
本書は、心理的安全性を組織に導入・定着させるための実践的なガイドブックです。
著者は、心理的安全性を四つの段階に分けて解説しています。各段階での具体的な実践方法や事例が豊富に紹介されており、理論だけでなく実務に直結する内容となっています。『チーム全員がリーダーのように動く』『誰もが恐れず挑戦できる』組織づくりのロードマップとして活用できる一冊です。
参照:Amazon「4段階で実現する心理的安全性」
『最高のチームはみんな使っている 心理的安全性をつくる言葉55』
原田将嗣 (著)、石井遼介 (監修)
本書は、日常のコミュニケーションを通して心理的安全性を高める方法に焦点をあてています。理論よりも実践に重点を置いており、読者がすぐに活用できる実用的なガイドブックとなっています。いつもの一言を置き換えることでチームの安全性を高める55のヒントが詰まっています。
参照:Amazon「最高のチームはみんな使っている 心理的安全性をつくる言葉55」







