「考え方や方向性は正しい。しかし、思うように実行が進まない」……企業活動において、こうした歯がゆい経験をするケースは少なくありません。
その最たる例が、組織改革でしょう。
どんなに立派な改革案を掲げていても、内部抵抗に遭う、それも表面上従うふりして内面では反発している「面従腹背」によって、のれんに腕押しのように改革が遅々として進まないということはよく聞く話です。
今回、組織変革の要諦について、ライフネット生命保険、カインズ、ブレインパッドなどの数々の企業でCHRO(最高人事責任者)として組織変革を担ってきた西田政之さんにインタビュー。西田さんは2025年6月11日付でYKK APの専務執行役員兼CHROに就任予定です。
西田さんが組織変革で最初にやることは、1on1を含めた「対話」と「自己開示」。「会社経営においては、『人』という論理や合理性だけではとらえきれない存在が中核にあることを忘れてはならない」という持論がその根底にあるとのことです。
人的資本経営という錦の御旗の下、エンゲージメントの数値向上、ジョブ型などの制度改革も大事だが、まずは「人の心」に焦点を当てる。そんな「組織変革請負人」西田さんの哲学を紐解きます。
本インタビューは二本の連載で、今回は前編

目次
人は「物語」に弱い
──よく組織変革は「最初が肝心」と言われます。カインズやブレインパッドで「組織変革請負人」を担ってきた西田さんが最初に「心掛けたこと」はどのようなことなのですか。
組織改革は、あくまで企業経営の延長線上にあります。経営の中心には「人」という、論理や合理だけでは捉えきれない存在がいます。したがって組織変革では、知識や論理などの認知能力だけでなく、人の感情や動機などの「非認知能力」を斟酌(しんしゃく)する必要があります。
僕らは生まれて間もない赤ちゃんの時から、母親から「物語」を聞いて育ってきました。人間というのはストーリー性のあるものに動かされるのです。だから、組織変革においてもいかに相手が関心を示す物語を作ることができるかが大切になります。
そこで改革で最初に重要になるのが、相手に「お! 変わるぞ」、「お! これは面白そうだ」と興味を示してもらうことです。
──例えば、カインズの組織風土改革は「DIY HR」と名付けました。カインズで働く人が「お!」と、興味を示すことを意図してDIYという言葉を取り入れたのですか。
そうですね。「DIY」という単語はカインズで働いている人ならほぼ誰もがなじみのあるものです。
また、カインズの組織変革では、それまでの上意下達型の「統制」から「共創」へと組織文化を転換し、自律と自主性を両立する環境構築を目指しました。社員が組織変革を「マイストーリー(自分自身の物語)」として捉え、主体的に参加する環境を構築することが一つのゴールです。
こうして(自主性というニュアンスを含む)「Do It Yourself」を採用しました。

一方、巷で見られるような「パワーポイント」などできれいにまとめたプレゼンテーションだけに頼るのは危険だと思っています。無機質でストーリーになっていない資料は人の心を動かしません。
──米アマゾンでは会議資料を文書にすることをルールにしています。見栄えの良いパワポ資料でも、文章にしてみると前後の接続や論理展開が破綻していることがあると私も実感しています。
論理構成が破綻していたら物語は意味を持ちません。私もきちんと文章で物語を書くようにしています。もっとも文章があまりに長いと皆飽きてしまうので5分、10分で読み切れる分量にします。
その文章に「DIY」や、ブレインパッド時代に使った「Synapse(シナプス)」のようなキャッチーな単語も入れながら物語として書くことで、皆さんに関心を持ってもらうように心がけています。
もちろん、心を動かすという点については、実際に社員との1on1や店舗訪問を通じてじかにやり取りすることも重要なので、同じくらい力を入れました。
組織変革は「1on1」と「自己開示」から
──人事改革では相手の心を動かすことが重要であり、西田さんは1on1をそのための有効手段として活用してきたのですね。
私の場合、1on1を通じてまずは相手の褒める点を探します。「それはすごい! どうやってそれができたのですか?」といった具合に、良かった点についてはその理由を尋ねます。
こうすることで、「この人(西田さん)は自分に興味を持っている」という姿勢を相手に示すのです。
──いきなり改革の話を切り出すのではなく、まず相手への興味や敬意を持つ。遠回りに見えつつ、改革をスピーディに実行するために欠かせないのであれば、「急がば回れ」の姿勢が重要ですね。
ただし、私の場合、対話の前に自己開示も行いました。
ブレインパッドでは自己開示のためにブログを執筆しました。計1万字以上の文章で、自身の出生から現在に至るまでを記述しました。恥ずかしいエピソードも多数記述しました。読んだ人に「この人も普通の人だな。それどころか、どこか“抜けた”ところのある人間だな」と感じてもらうためです。
対照的に、外部から来た人が自分自身を改革者と名乗り、前任者を否定するケースがあります。いきなり過去を否定しても周囲から不安や反発を生むだけで、うまくいくことは少ないと思っています。

──西田さんのように組織改革請負人がその会社に来るとなると、そこで働く人は「自分たちの組織はどうなってしまうのか」と不安に思うこともあるでしょう。
多くの人が「心のシャッター」を閉ざすでしょうね(笑)。
だからこそ、普通の人であることを自己開示して、そのうえで1on1で相手に興味を示すことが重要です。これを私は「マブダチ」作戦と呼んでいます。初めて話した人に、「今日から私たちは友人です。気軽に声をかけてください。飲みに誘ってもらってもいいし、1on1もいつでも歓迎です」といったようにして距離を縮めていきます。
もちろん、こうしても全員が本音で話してくれるようになるわけではありません。それでも、「こんな姿勢で来る人は初めてだ」、「今回来た人はこれまでとは違うかもしれない」と受け取る人が出てきます。
全体のうち2、3割の人は心を開いて前向きになってくれるものです。
──組織改革でも「2:6:2」と呼ばれ、改革に積極的に関わる2割と、様子見のフォロワー6割、消極的な2割に分かれるとされています。
変革が失敗する原因の一つは、「全員を変えよう」としてしまうことです。最初は2割程度の人が振り向いてくれれば十分。特に大企業を変えるのは大変なので、極端に言えば、最初は変革に前向きな人は1割であってもいい。
1割であっても、周辺には数多くの(風見鶏のスタンスを取る)「フォロワー」がいます。こうした人が変革前向き派に加われば、徐々に良い結果は出てきます。結果が出れば、変革に参加するフォロワーがさらに増えていきます。
少人数であっても期待感を抱いてもらえれば、それが希望になります。そして「自分が行動すれば、ひょっとしたら組織が変わるかもしれない」と主体性へと発展させていけるかが重要です。
そこで有用なのが成功事例を作ることです。たとえ小さな成功であっても、その人をすごく褒めてあげるようにしています。
カインズでは、入社2、3年目の若手に社内ラジオの編集長を任せました。すると本人は張り切って取材に行きました。作られたコンテンツのリスナーの数が増えていったので、私はものすごく褒めました。本人に大きな自信と意欲が生まれ、次々に新しい企画を持ってくるようになったのです。
1on1の四つの心がけ
──西田さん自身も1on1を積極的に活用してきたとのことですが、どのようにして組織全体に1on1を浸透させたのですか。
「ヤフーの1on1」(ダイヤモンド社)の著者である本間浩輔さんと懇意にしていることもあり、カインズ時代には本間さん自らが行った1on1のロールプレイをビデオ撮影し、1on1の「型」として社内に共有しました
さらには本間さんの指導を受けられる「1on1ティーチングアシスタント」を100人以上募り、「ミニ本間」を育成しました。組織全体で1on1のトレーニングが行き渡るようにしました。
──1on1が上司による指導の場となり、むしろ心理的安全性が損なわれることもあります。1on1で著名な本間さんとも交流のある西田さんは、そうならないために必要なことは何だと思いますか。
普段から「●●さん」と相手の名前を呼ぶこと。相手の良いところを見て、それを口に出して褒めることです。いずれも当たり前のことです。ですが、この二つのことをきちんとやるかどうかで、相手との関係性は圧倒的に変わってきます。
私にとって「理想的な1on1」とは単なる業務の進捗確認ではなく、相手の内面にアクセスし、自ら成長するための自己内省を促す対話であることです。そのためにも
📌会話全体の7割以上で相手の話を聞く。ティーチングよりリスニング・コーチングに寄せる
📌業務内容だけでなく、感情や動機、キャリア、本人の価値観に焦点を当てる
📌答えを教えるのではなく、問いかけや共感を通じて本人の気づきを促す
📌心理的安全性を確保し、自然体で話せる場にする
ことを心掛けています。

ちなみに先日、埼玉大学の宇田川元一さんとお話しする機会がありました。
──「他者と働く」(NewsPicksパブリッシング)や「企業変革のジレンマ」(日本経済新聞出版)などの著者としても有名ですね。
宇田川先生のスタンスでも、
📌正解を与えずに相手の内面を引き出すこと
📌対話を「自己発見・成長のプロセス」とみなしている点
📌心理的安全性を前提とした関係性構築を大切にしている
これらの点は本間さんの考えと共通していると思います。
違いがあるとしたら、ヤフーの1on1は実務を主目的とした個人の成長支援を中心に設計されているのに対し、宇田川さんの対話は「関係性の質や組織のあり方を変える」ことまで網羅するという、より広義の変容を意図していること。それから「そもそも何を問題として捉えるか」と、前提自体を問い直す発想が強いことだと思います。
──対話を通じて「関係性の変化」にまで発展するためには、コミュニケーションスキルよりも人としての懐の深さや成熟度合いが問われそうですね。
私がよく使う言葉の一つが、「年齢に関係なく学びを止めた瞬間に老害になる」です。
上司側が過去の経験や実績ばかりを判断基準にしてしまい、「そんなやり方ではうまくいかない」などと諭したり、「このようにしなさい」などと、自分の思った通りに相手を誘導してしまったりすることがあります。
しかし、昔と今では価値観に違いがあります。最新のトレンドやテクノロジーによって仕事のスタイルは変化していきます。そうしたことを常に勉強していなければいけないし、そもそも相手の言うことを尊重して聞く姿勢を持たなければいけません。
同時に部下側も、当初ウマが合わなかったとしても、「この人は自分を分かってくれない」と決めつけるのではなく、部下なりに広い心を持って「相手に学ぶ」姿勢を持つべきです。要は上司も部下も相手に敬意を払っているか次第で、二人の関係性の質は大きく変わってくるでしょう。
(撮影:黒羽政士)
*後編に続く