西田政之氏、カインズ、ブレインパッド、YKK APなどのCHROとして人事・組織変革の旗振り役。安斎勇樹氏の「冒険する組織¥つくりかた」のフレームワークCCM¥(Creative Cultivation Model)を参考にカインズの組織変革HY DIYを一般化

【実例】カインズに学ぶ、自律する組織の作り方

西田政之氏、カインズ、ブレインパッド、YKK APなどのCHROとして人事・組織変革の旗振り役。安斎勇樹氏の「冒険する組織¥つくりかた」のフレームワークCCM¥(Creative Cultivation Model)を参考にカインズの組織変革HY DIYを一般化

古今東西、ビジネスパーソンの関心ごとであり続ける組織変革。

前回に引き続き、ライフネット生命保険、カインズ、ブレインパッドの人事トップとして組織変革を主導してきた西田政之氏にインタビューし、昨今求められる組織変革の要諦に迫ります。

今回紹介するのが、西田氏が取り組んだカインズでの組織変革の具体的な内容。加えて、今ホットな安斎勇樹氏の書籍『冒険する組織のつくりかた』(テオリア)のフレームワークを使って、カインズの組織変革を整理します。

2025年6月11日付でYKK APの専務執行役員兼CHROに就任予定の西田氏は、金融の営業畑などを経て人事畑に”ジョブチェンジ”し、プロCHROとなりました。近年増えている非人事畑出身のCHROの先駆けでもあります。

人的資本経営の時代、大きな変革期を迎えた人事部門において、新たに必要となっているビジネスの視点やマインドセットについても聞きました。

西田政之氏、カインズ、ブレインパッド、YKK APなどのCHROとして人事・組織変革の旗振り役

組織変革こそDo It Yourself

──西田さんはカインズで「DIY HR」、ブレインパッドで「Synapse(シナプス)」という人事・組織改革を主導してきました。印象深いネーミングに目が行きがちですが、具体的にはどのような施策を打ったのでしょうか。

カインズを例に挙げると、「統制型」の組織から脱却し、「自律性」と「主体性」を両立した組織風土への転換を目指しました。

具体的な施策としては、それまでカインズの人事異動は会社都合によるものがほとんどでした。そこで手挙げ制・公募制を導入し、自分のキャリアをDIY(Do It Yourself)できるようにしました。

また「CAINZアカデミアポータル」という自己学習のプラットフォームも導入しました。「会社から言われたから」ではなく、内発的動機に基づいて自分で課題を設定して学ぶという、学びのDIY化を促すことが狙いです。

作家の山口周さんやデザイン思考の第一人者の佐宗邦威さん、ファンベースで有名な佐藤尚之さんらを招いて教養系の教室を開きました。また小説家で筑波大学准教授の宮本道人さんをお呼びし、30年後の未来小説を書くという「SF思考ワークショップ」を実施しました。

──いずれもその分野の第一線の方ですね。いずれにせよスキルや知識を増やすというよりも、視座を高めて視野を広げる「教養」に重点を置いているようですね。

カインズでは、既に階層別研修や専門スキルを身に付ける研修は整っていました。一方、キャリア自律を促すには問いや仮説を設定する力が必要です。そこで、こうした力を養う講座を増やしたのです。なお、DIYの前提である自分で学ぶ意欲がある人に受けてもらうため、原則公募制にしました。

また変革には「シンボル」があると進みやすくなります。その一例が「人事から変わる」というスローガンを掲げた人事部改革です。

労務機能が中心となっていた人事部に対して、HRBP部隊を設置し、また戦略人事部門も設けました。HRBPは「ミニCHRO」として、各部門の事業責任者の人事変革をサポートします。

自律性と主体性を育む風土改革も人事部門から率先して変えていきました。ある時、人事部のメンバーから「自分たちで朝会のテーマや内容を決めたい」と私に提案がありました。その自主性を買ってOKしたところ、それまでは形式的でつまらなかった朝会が、アナウンサー顔負けのMCトークが展開される活気あるイベントに様変わりしました。

すると連鎖反応が起き、さらに組織を変革したいという次の自主的な動きへとつながり、職場の雰囲気が良くなっていきます。

西田政之氏、カインズ、ブレインパッド、YKK APなどのCHROとして人事・組織変革の旗振り役

前回お話ししたように、メンバーの心に火が付く前の段階では、外部から来た「異物」である私から積極的に自己開示をしてから、1on1や店舗巡回時の対話を通じて社員との心の距離を縮める「マブダチ」作戦を遂行しました。

加えて、早期に経営チームを巻き込むことで「後ろ盾」となってもらうことも重要です。

そうして組織変革の成果が出てくれば、それをメディア含めて社内外に発信しました。幸い、「HRアワード2022」で企業人事部門最優秀賞を受賞したこともカインズには大いに励みになりました。

組織変革とは整合性の修復

──巷には組織変革のフレームワークが溢れています。形式に当てはめすぎるのは良くないとはいえ、西田さんの組織変革には何かしらの「型」があるのですか。

今年(2025年)話題になった安斎勇樹さんによる書籍『冒険する組織のつくりかた』があります。この内容を私なりに解釈したところ、私がやってきた組織改革の手法や考え方を一般化できるのではないかと思いました。

本書で提唱されているのが、「CCM(Creative Cultivation Model)」というフレームワークです。これは組織における機能とアイデンティティの両面で整合性を図るためのモデルで、ここでは、その構成や考え方を踏まえて私なりに要素を整理し、以下のように再構成しています。

冒険する組織のつくりかた、カインズ、YKK AP、ブレインパッド、ライフネット生命などでCHRO歴任の西田政之氏の人事変革の一般化
『冒険する組織のつくりかた』で提示されたCCMモデルを参考に再構成

これらのレイヤーで示したもの同士は有機的につながって連動しており、いずれかが断絶すれば、組織は変化に対して柔軟性を失います。

言い換えれば、組織改革とは「途切れた接続を再びつなぐ」営みです。

──カインズで例えると具体的にどのようなことを指すのでしょうか。

①事業構造のキー要素は、社会的ミッション(パーパスなど)と事業ケイパビリティ(能力・優位性)です。カインズの社会的ミッションは「暮らしを便利に、豊かにする」こと。

その社会的ミッションを達成するためのカインズの事業ケイパビリティとは「生活提案型ホームセンター」というものになります。

値ごろな価格とアイデア勝負をかけ合わせたPB(プライベートブランド)商品の拡充や、国内最大級の品ぞろえという規模感などに、その事業ケイパビリティを見て取ることができます。

この社会的ミッションと事業ケイパビリティという二つの要素によって事業デザイン(ビジネスの戦略や方向性)が決まり、最終的にその企業のブランドとして反映されます。

カインズ、CAINZ、西田政之、CHRO
撮影:Ken Hiraoka

次に②組織構造とは、事業ケイパビリティを探究しつつ、それによって自社の「らしさ」が失われないよう、「組織のアイデンティティはどうあるべきか」を問うもの。これによって組織がデザインされ、組織文化が形成されていきます。

カインズの事業を支える組織文化はかつて、軍隊的とも言える「統率された行動」と「強い顧客志向」でした。これは必ずしも悪い面ばかりではなく、社員の間には「お客さんの喜びが自分の喜び」という強い感情的な共鳴が根づいており、軍隊的な統制力は組織の一体感を生んでいたのです。

最後に③業務構造では、先ほどの組織アイデンティティと個人の自己実現との整合性を取るために職場をデザインすることです。それによって、組織風土が形成されていきます。

かつてのカインズは成長軌道に乗っていたので、統率と顧客志向が強い組織文化は、個人の価値観や自己実現ともある程度整合していました。

安斎勇樹氏の「冒険する組織のつくりかた」のフレームワークCCM(Creative Cultivation Model)を参考に西田政之氏がカインズの組織変革HY DIYを一般化

多様性の時代に組織を「再接続」する

──軍隊的な組織というと一律に「悪い」と決められがちです。しかし、カインズの過去の成長を紐解くと、かつては一定の合理性があったのですね。

ただし、ビジネス環境が時代と共に変化し、カインズも組織構造の変化を迫られていました。

まず①事業構造の観点では、かつての市場が高度成長しているステージから成熟のステージへと入りました。同時に社会の価値観の多様化が進み、多岐にわたる顧客ニーズへの対応が必要でした。

事業構造の観点では、かつての市場が高度成長しているステージから成熟のステージへ
日本DIY・ホームセンター協会より

②組織構造においても、それまでの上位下達型の組織構造では顧客の多様なニーズに対応しきれなくなってきました。

トップからの指示を待っていては手遅れ。現場で即座に対応する必要があります。現場が柔軟に対応するための権限委譲と自律性が求められるようになりました。

さらに、個人の価値観と組織アイデンティティとの整合性が求められる③業務構造においても、社会全体で働き方やキャリアパスに対する価値観は変化していきました。

カインズで働く人々においても、「会社に従うだけで良いのか」という疑問が生まれ、「なぜ働くのか」という問いに発展し、「自分らしさを認められたい」といった要求が顕在化していきました。

私がカインズに入社した時期(2021年)は、まさにそのような状況下にありました。そこで、これらの課題に対応して構造同士の「再接続」を行うために私が導入したのが「DIY HR」です。

西田政之氏、カインズ、ブレインパッド、YKK APなどのCHROとして人事・組織変革の旗振り役

特にカインズの場合、②組織構造・組織文化や③事業構造・組織と個人の整合性の部分にゆがみが生じていると思いました。キャリアや学びのDIYに力を入れたのはそのためです。

結果、組織全体の風土が変わり、現場が自律的に顧客ニーズをくみ取って商品やサービス改革を進めていくようになり、①事業構造との接続性も修復されていったと思います。

──DIYというキャッチーな単語を冠したカインズの組織変革ですが、その根底には、会社の歴史的背景やビジネス構造の変化に対するつぶさな分析があったのですね。

組織変革や人事変革を担うのであれば、CHROのような人事部門の人であっても「経営を語れる」必要があります。例えば、組織変革をやるなら、大元の意義として、パーパスのように「自社がどうありたいか」という根源的な存在意義・理由を考慮しないわけにはいきません。

また経営には「経営目標」があり、”勝ち筋”を描いた「戦略」があります。組織変革はこれらとも整合している必要があります。加えて、前回お話ししたように「人」という論理や合理性だけではとらえきれない存在が経営の中核にいます。

だからこそ、認知能力(知識や論理)と非認知能力(感情や動機)を統合的に活用し、組織に内在する課題を多面的に紐解いていくのです。

これらは「当たり前」のことと思うかもしれません。実際には、当たり前のことをやることは決して簡単ではありません。

思い返せば、私がライフネット生命保険に副社長として招かれた際、創業者で当時会長の出口治明さんから最初に言われたのは、「西田さん、当たり前の経営をしてください」でした。それだけ当たり前のことを徹底することは重要なのです。

なお、ここまでカインズでの改革を事例にお話してきましたが、あくまでも私が所属していた当時の話であり、現時点もそうであるということではありません。組織も人も変遷し、進化していくことは言うまでもありません。

CHROこそ商売感覚が必要だ

──以上のお話から「経営視点なくして組織変革なし」といえます。西田さんは金融の営業畑などでビジネス感覚を積んで人事の世界に入りました。非人事畑出身のCHROが多い今の潮流とも合致しています。

もちろん、富士通のCHROの平松浩樹さんのように、その会社の生え抜きかつ人事出身の人もいます。そうした人だからこそ持っている周囲からの信頼や信任を活かすことで、人事改革を主導しやすい面もあるでしょう。

一方、コカ・コーラ ボトラーズジャパンで最高人事責任者を務める東由紀さんのように、中途入社の人が外部の視点を活かして人事・組織の改革を進めるケースもあります。私もこちらのケースに該当します。

──関連して、日立製作所の中畑英信前CHROも「これからのCHROに事業経験は必須」と明言していました。NECやレゾナックといった企業では人事経験のない人がCHROに抜擢されました。

私の友人の例では、サイバーエージェントの曽山哲人さんは営業統括部門から人事責任者(CHO) に就きましたし、元カルビーCHROの武田雅子さん(現ZENTech〈ゼンテク〉取締役)はクレディセゾン在籍時に営業の責任者を務めた経験をお持ちです。

最近の人事のトレンドとしてCHROはCEO(最高経営責任者)のパートナーと位置付けられるようになりました。このような営業の経験を通じて磨いたビジネス感覚が、経営パートナーであるCHROの役割を果たす際に活きているのだと思います。

先日、カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)の社長である高橋誉則さん、マーサージャパン時代の当時の社長であった古森剛さんと3人で話す機会がありました。

その時、「今のCHRO は、自分で会社を立ち上げるような経験を持つべき」という話題になりました。「少なくとも個人事業主としてお金の出入りをマネジメントする経験がなければ、組織や人事を変革するのは難しい」という話になり、私はまさしくその通りだと感じたところです。

西田政之氏、カインズ、ブレインパッド、YKK APなどのCHROとして人事・組織変革の旗振り役

人的資本時代の人事

──人的資本経営時代には、CEOとそれを支えるCFO(最高財務責任者)とCHROのトライアングルチームが求められると言われています。

CHROの地位は、CFOと比較して軽んじられてきたように感じています。人事の領域には定量的かつグローバルに適用される共通言語や指標が乏しかったことが一つの要因ではないかと考えています。

財務会計にはIFRS(国際会計基準)やUS GAAP(米国会計基準)といった国際基準が存在し、異なる企業同士を比較分析しやすい環境が整っています。

また、CFOがその専門性の高さゆえにCEOにとって不可欠なパートナーとして重宝されてきたのとは対照的に、人事は主観的な要素が強い領域です。人の評価、配置、育成は定量的に測定できるとは限らず、定性的な判断が重要であり、しかも絶対的な正解が存在しません。

したがってCEOは「自分にもできる」と感じやすい領域であったかもしれません。その結果、CHROが経営の中核に据えられることは稀でした。

他方、CHROは人事トップとしての人事権や個人情報など機密情報を握り、また不祥事の後始末など組織の急所に触れる役割を担っています。表立った評価はされなくとも、独特の権力構造の中で一定の地位を築いてきたとも言えるでしょう。 

そのためCEOからすれば、人事は気になる領域ではあるものの、経営には直接関係がないと考えられていたかもしれません。ある意味、人事はアンビバレントな存在だったと言えるかもしれません。

──日本においては1990年代以降、不良債権という財務上の問題に追われ、また「成果主義」導入の失敗もあいまって人事部門の地位が低落していったという見解もあります。

日本だけでなくアメリカにおいても、人事は(定型業務が中心の)オペレーショナルな側面が強かったことや人事関連資格も比較的取得しやすいことから、その地位は高くはありませんでした。

近年の人的資本経営という潮流が、CHROの地位を大きく変えつつあります。人的資本経営の情報開示義務化をはじめ、ESG(環境・社会・企業統治)投資やSEC(米国証券取引委員会)における人的資本情報開示ルールの制定などが、この潮流を加速させています。

人の生かし方こそが企業の価値創造の本質であるという認識が、ようやく経営の共通認識となってきました。その結果、人的資本の定量的な可視化が進み、CHROの重要性が認識され出しました。

マーサーの公開情報によりますと、日本企業におけるCEOの報酬を100とした場合、2022年時点のCFOの報酬は52、CHROは41にとどまりました。CDO(最高デジタル責任者)およびCIO(最高情報生起人者)は46となっているので、CHROの報酬が最も低い状況でした。

*マーサーの発表によると、調査対象は1,029社で、内訳は日系498社、外資531社

それが2024年の予測では、CHROの報酬は57に上昇し、CIO(45)を上回る見込みです。依然としてCFO(68)には及びませんが、その差は確実に縮まっています。この報酬の変化からも、CHROの地位が向上していることが伺えます。

この流れは、資本市場の文脈、株価への影響という観点からも続くと想定されます。

──「企業は人なり」という言葉があるように、本来、人事領域は財務領域と並んで経営上重要な位置づけであるべきはず。本来あるべき姿に戻ったということですか。

人事の重要性が再認識された現状について、人事担当者にとっては「ようやく時代が追いついた」という感覚があるのではないでしょうか。長らく人事の重要性を主張しても世の中から理解されず、「何をいまさら」と思う節もあるでしょうが、理解が進んでいること自体はよいことだと思います。

西田政之氏、カインズやYKK APのCHROとして組織変革を歴任

(撮影:黒羽政士)

Kakeaiサービス資料ダウンロード
Kakeaiサービス資料ダウンロード

関連記事