「育成キャンセル」は、上司だけの問題か。AI時代の若手の育て方
上司が部下や後輩への指導を控える「育成キャンセル」が注目を集めている。2026年9月21日、『月曜から夜ふかし』(日本テレビ系)が育成を避けたがる上司の本音を取り上げ、話題を呼んだ。その後、『ABEMA Prime』でも特集され、KAKEAI代表の本田英貴も出演している。
番組では、管理職の6割以上が「育成キャンセル」を経験しているという調査を起点に、上司がなぜ指導をためらうのかが議論された。
大手チェーン企業の人事部に所属し、自らも中間管理職として部下を育ててきたゲストのよっしー氏は、部下が自分を飛ばして相談窓口に訴えたことがあって以来、部下に言いたいことが言えなくなったと語った。
もっとも、上司が育成から手を引くのは、ハラスメントへの恐怖からだけではない。
昨年の東洋経済オンラインの記事では、仕事に追われ、部下を育てる余力のない管理職の間で「部下育成キャンセル界隈」という言葉が自虐的に使われていると紹介している*。
番組で紹介されたライトワークスの調査では、『何度指導しても改善が見込めず、効果がないと感じた』(55.4%)が、管理職が指導を控える理由の最多だった*。
つまり、「育成キャンセル」の背景には、部下に踏み込むことへの躊躇だけでなく、育てる余力のなさや、「言っても変わらない」という手応えのなさなど、さまざまな事情が絡んでいる。
そこに近年、生成AIの普及が加わり、若手が仕事を覚える環境そのものが揺らぎ始めている。
育成の必要性も難しさもこれまで以上に高まるなか、上司は部下にどう関わればいいのだろうか。
育成キャンセルで、若手からは何が失われるのか
指導がハラスメントと受け取られることを恐れる上司の中には、部下と距離を置くのがいちばん無難だと考える人もいるだろう。では、距離を置かれた若手の側はどうなのか。パーソル総合研究所が2024年に実施した「若手従業員のメンタルヘルス不調についての定量調査*」に、考える手がかりがある。
同調査によると、怒られたくない、失敗したくない、人と対立したくないといった気持ちは若い世代ほど強い傾向にあり、そうした気持ちが強い人ほど、上司に叱責されたときのストレス反応が大きいことが示されている。
この結果だけを見れば、若手を叱らないようにしようという上司の判断は理にかなっている。だからといって、成果を出すための指導や支援まで控えるのは望ましくない。
同じ調査では、20代の部下が上司に叱られることより「放っておかれる」ことのほうに強いストレスを感じやすい傾向が明らかになっている。ここでいう「放っておかれる」状態とは、質問しても「自分で考えて」と返され、仕事のやり方も教えてもらえないことなどを指す。
叱責も放任も若手を追い詰めるなら、上司はどうすべきか。怒られることや失敗を恐れる若手の育成には、叱責や放任よりも、本人の力を伸ばせる仕事の割り振りと、その仕事ぶりへのフィードバックが有効だと、この調査は示唆している。

ちなみに、リクルートワークス研究所が2022年に公開した研究*でも、難しい仕事を任されている新入社員ほど成長を実感していることが示されている。ただ、同じ研究によると、難しい仕事を任されている新入社員ほど、人間関係のストレスや指導の厳しさ、理不尽なことの多さなども感じている傾向があるというから、話は単純ではない。
若手への配慮から上司が厳しい指導を控え、いつの間にか難しい仕事まで任せなくなり、若手が伸びる機会を失っていく。そうした「なりゆきの育成キャンセル」が、いま多くの職場で起きているのかもしれない。
生成AIは、若手育成の機会まで奪っていないか
上司の意向とは別に、若手が仕事を覚える機会は減り始めている。大きな要因の一つが、生成AIによる業務の置き換えだ。文書の下書きや要約、データの整理といった業務がAIに置き換わることで、若手が仕事を通じて技能を身につける機会が細っていくことが、国内外で問題視されている。
では、仕事を任されれば若手は育つのかというと、そうとも限らない。AIエージェントの進化で、仕事の進め方そのものが変わってきているからだ。情報収集や分析、資料作成、関係者との調整といった一連の業務をAIが担うようになり、若手は自ら試行錯誤する過程を経ずに、一定の成果を得られるようになってきている。
だが、その成果は、それに見合う能力が若手に育まれていることを、ただちに保証するものではない。AIを使いこなすには、どの作業を委ねるかを決め、進行中は的確に指示や判断を下し、最後にアウトプットの良し悪しを見極めなければならない。いずれの工程にも、依然として相応の思考力が求められるが、若手がどのような問いを立て、何を判断し、どこまで理解しているのかは、成果物を見るだけではわからない。
産業能率大学総合研究所とHR総研の2026年の調査*でも、生成AIの普及を踏まえた新人・若手の育成上の懸念として、人事担当者が最も多く挙げたのは「本人がどこまで自分で考えたのかを確認しにくい」(76.2%)だった。
若手の実力や足りない点がつかめなければ、上司は何をどう指導すべきかを決められない。若手が仕事の目的をどう捉え、AIに何を任せ、そのアウトプットをどう判断したのかを深く把握すること。AIの活用が常態化するほど、上司が担うこの役割はますます重みを増していくと思われる。

AI時代の部下育成、上司はどう向き合えばいいのか
ここまで触れてきたような現状を踏まえ、時代に合った育成のあり方を模索しているマネジャーも少なくないだろう。
たとえば米マッキンゼーは、2026年7月の論考*で「答え合わせモデル」と名づけた方法を紹介している。これは、若手がまず自分で仕事に取り組み、AIがその出来を採点したうえで、AIの答えとどこが違ったのかを、上司が若手と一緒に話し合うというものだ。
この論考では、ある不動産会社の取り組みも紹介されている。この会社は、AIを使えば詳しい市場分析がすぐに手に入るにもかかわらず、若手にまず自分の足で街を歩かせ、地理や交通の流れを調べて自分なりの見立てを作らせた。そのうえで、若手に自分の見立てとAIの分析を比べさせている。
見比べることで、若手は自分の見立てに足りなかった点や見落としていた要素に気づき、正しかった判断には自信を持てる。この会社は、省こうと思えば省ける手間をあえて若手に残すことで、仕事の勘所を育てているのである。
上司の負担を軽減、1on1へのAI介入
若手への機会提供の仕方とは別に、「上司の負担そのものを軽くする」という観点から、育成のアプローチを考えることもできる。
各種の調査からは、多くの若手が率直な指導を求めながら、その伝え方には細やかな配慮を求めていることがうかがえる。また、部下の性格や仕事の経験、将来への不安の大きさ、上司との関係、いま抱えている仕事の進み具合や心身の状態によって、響く伝え方は変わってくる。
KAKEAIのプロダクト「Kakeai AI 1on1」は、これまで上司が一人で担ってきた「どう伝えるか」という判断や匙加減を、AIが手助けする。上司と部下のこれまでの対話から、部下がいま求めている関わり方をAIがくみ取り、上司に示すのである。
例えば、1on1の前には話の進め方や伝えたいことの切り出し方をAIが助言する。1on1の最中には、AIが部下の発言からその時々の思いをくみ取り、次に扱う話題や伝え方をリアルタイムで提示する。1on1が終わったあとには、対話の中で良かった点と改善点を振り返り、部下との次の関わり方につなげていく。
助言のもとになるのは、二人の対話だけではない。部下の職務経歴や特性を入力しておけば、AIの助言はさらに部下に合ったものになる。また、AIは、ほかの上司と部下の間で効果が確かめられた関わり方も参考にしながら、助言を組み立てる(Kakeai AI 1on1の詳細)。

マッキンゼーが紹介する方法も、Kakeai AI 1on1も、育成を上司個人の頑張りに委ねず、仕組みで支えようとしている点で共通している。
「仕組みで支える」という発想は、上司を育成から遠ざけているほかの事情にも当てはまる。たとえば、「ハラスメントの線引きを職場で共有する」「若手が自ら助言を求める力を組織で育てる」「過剰な手続きを減らして上司が部下と向き合う時間を確保する」「部下を育てた上司に報いる」といった手立てが、すでに各所で提言されている。
本稿ではタイトルに「『育成キャンセル』は、上司だけの問題か」と掲げたが、その答えはいうまでもなく、「否」だろう。育成を上司一人の腕に任せきりにしてきた職場のあり方が、いままさに問われている。