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あなたの会社のCHROは本物か。有沢正人氏が語る、人事が経営に加わる条件
あなたの会社のCHROは本物か。有沢正人氏が語る、人事が経営に加わる条件

あなたの会社のCHROは本物か。有沢正人氏が語る、人事が経営に加わる条件

CHROと人事担当役員は、似て非なるものである。

そう断じるのは、HR GENESIS代表取締役の有沢正人氏だ。協和銀行(現りそな銀行)を振り出しに、HOYA、AIU保険(現AIG損害保険)、カゴメと渡り歩き、2025年4月からはいすゞ自動車の常務執行役員CHROを務めた。

2020年9月に経済産業省が「人材版伊藤レポート」を公表したことで、国内大手企業を筆頭に「人的資本経営」が叫ばれるようになり、その船頭役となるCHRO(Chief Human Resources Officer、最高人事責任者)の肩書きを持つ人は大きく増えた。しかし有沢氏は、レポートの公表から6年近くが経った現在も、「“本物のCHRO”はまだまだ少ない」と言い切る。

では、CHROと人事担当役員の境界線はどこにあるのか。有沢氏に、持論を聞いた。

有沢正人
HR GENESIS株式会社 代表取締役
慶應義塾大学卒業後、1984年協和銀行(現りそな銀行)入行。1992年米国でMBAを取得。2004年HOYA人事担当ディレクター、指名委員会・報酬委員会の事務局長も兼任。2009年AIU保険(現・AIG損保)人事担当執行役員。2012年カゴメ特別顧問、同年執行役員人事部長、2017年執行役員CHO就任。2018年常務執行役員CHOを歴任。2025年4月より、いすゞ自動車常務執行役員CHRO人事部門EVP就任。現在は企業の人事課題解決を支援するコンサルティング会社を経営。

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CHROと人事担当役員は、呼び名が違うだけの同じ役職ではありません。人事担当役員の発想の根底にあるのは、「減らす」です。社員を「頭数」と捉え、稼働に要するお金を「人件費」と分類する。それはすなわち、社員をコストの塊と見なし、削減の対象とする考えです。

それに対してCHROの発想は、「増やす」です。増やすのは、人材への投資。つまり、人に使うお金を費用ではなく、将来のリターンを見込むものと捉えます。どれだけの成果を生んだか、社員一人ひとりがどれだけの価値を生んでいるか、投資対効果を見るのがCHROです。

つまり、両者は役割が異なります。人事担当役員が担うのは、人事という一つの機能のリーダー。一方でCHROが担うのは、経営そのものです。経営戦略・事業戦略・人事戦略の三つを理解した上で、人事という領域から経営に貢献するのが仕事です。

2022年に公表された「人材版伊藤レポート2.0」でも、CHROを設置し、各領域のCxOが密接に連携して経営に当たる重要性が指摘されています。しかし私が見る限り、CHROを名乗る人は増えたものの、実際にやっているのは人事実務の管理にとどまる例が少なくありません。

なぜ、人事担当役員ではなくCHROが求められるのか。それは企業のガバナンスを機能させるためです。

ガバナンスが機能しない典型例は、意思決定が社長ひとりに集中している会社です。CFOやCTOなど異なる立場の経営陣が複数いれば、議論が生まれ、価値観の違いによる衝突が起き、イノベーションや挑戦的アイデアが生まれます。

逆に社長ひとりで完結する意思決定には、そうした摩擦が生じないため、社長はリスクを取らず、判断は無難な現状維持に流れます。社外取締役がいても、「異議なし」を美徳とするようでは歯止めになりません。結果、現金をため込み、新しい事業へ踏み出さないといったことが起きる。投資家をはじめとするステークホルダーは、そうした会社に強烈な違和感を抱きます。

だからこそ経営は、CxO体制で担うべきなのです。人事担当役員のように、オペレーションという下方から経営という上方を見上げているだけでは、この輪には加われません。CHROは経営の側に立ち、そこから実務の現場を見て、衝突を生み出す一員にならなければなりません。

では、人事担当役員の職務領域からCHROになるまで、どのような段階があるのか。私は四つのステップで捉えています。

第一段階はインプルーブ、改善です。いまあるやり方を効率化する段階で、極言すれば誰にでもできます。

第二段階はイノベーション、変革です。制度や仕組みを抜本的に見直す段階で、本気で取り組めば、これも誰もが到達できます。

第三段階はエボリューション、進化。制度を変えるだけでなく、その制度によって組織の動き方や社員の行動まで変わる段階で、ここから難易度が上がります。

第四段階がクリエーション、創造です。新しい戦略や価値をゼロから構築する段階と定義しています。真のCHROの境界線は、ここに達しているかどうかです。(注:固有名詞は削除いたしました)

「クリエーション」といえる仕事にも様々なかたちがありますが、ある会社は統合報告書とは別に人的資本報告書を発行しており、また人材戦略を詳しく説明する投資家向け資料を公開している会社もあります。ウェブサイトや統合報告書を通じて人事戦略の全体像を示している会社もあります。このような会社はそれぞれ、戦略として描かれている中身も卓越しています。

私自身の取り組みで言えば、カゴメ時代に独自の目標設定シートを導入したことは、第三段階の「エボリューション」に当たる仕事だと思います。

目標設定シートとは、年度の始めに1年間の目標を記載したもので、社長を除く全社員がこれを作成します。

シートには、まず、自分の部署が中期経営計画の中で担う使命を書く。次に、その使命を今年1年でどう実行するのかを「重点課題」として書く。たとえば「人的資本経営の促進」を重点課題と位置付けた場合は、まずエンゲージメントサーベイの結果を、同規模の他社と比べたスコアで示す。次に、どの水準まで上げるのかを示し、それをいつまでにやるのかを明記する。

すべての課題をこうして数値に置き換えるので、年度末に達成の有無が誰の目にも明らかになり、評価に議論の余地が生じません。

重要なのはここからです。書き上がったシートは、役員のものから新入社員のものまで、社内のイントラネットで全社員に公開されます。

これには、様々な効果がありました。一つは、ジョブディスクリプション(職務記述書)をつくる必要がなくなったこと。目標設定シートを見れば、誰がどんな課題にどう取り組んでいるかが一目でわかるためです。

二つ目は、若手社員が自分のキャリアを考える材料になったこと。将来行きたい部署があった場合、そこの課長が今年何を目標にしているか、シートを読めば分かります。希望を出すと、なぜその部署を選んだのかHRBPが聞きに行く仕組みもあり、希望と実際の異動が一致するケースが数多くありました。

三つ目は、1on1の軸ができたこと。上司は部下に、持てる力を最大限発揮してほしいと考えるものですが、それを妨げている要因を話し合うには、共通の土台が要ります。上司と部下で目標シートを共有すれば、面談のたびに話す題材を探す必要がありません。シートに書かれた課題が、そのまま1on1の軸になるのです。

こうした制度を導入するだけでなく、制度を通じて組織の動き方を変えました。その意味で、これはエボリューションといえると思っています。

ただし、クリエーションには至っていません。私が考えるクリエーションとは、こうした仕組みがなくても、なすべき行動の型が一人ひとりの社員に共有され、組織全体に染み込んでいる状態を創り上げること。非常に難易度の高いことですが、これがまさに今日のCHROが向き合うべきことだと考えます。

こうした持論に至る原点は、銀行に勤めていた時代にあります。34歳で人事部に配属されて間もない頃、300人規模の人事異動を組む役割を任されました。会議室の壁一面に社員の情報カードを貼り出して異動の案を練っていると、1年上の先輩が部屋に入ってきて、「この人の強みは?」「今まではどんな経歴?」「家族構成は?」「この人のキャリア観は?」と、一人ずつ問いただしてきたのです。20人ほど進んだところで、私は答えに窮しました。

そこで告げられたのが、「有沢、おまえ銀行を辞めろ」でした。例えば赴任先が大阪か仙台かで、本人と家族の人生が変わる。その覚悟がないだろう、と言われました。三日徹夜して全案を組み直して説明し了承を得たのですが、「人事異動はアートだ。説明のつかない人事異動などあり得ない」と言われました。

Bevan Goldswain/iStock

あのときの私は、まさにオペレーション屋そのものでした。300人分の異動を、パズルのように機械的に組み合わせようとしていた。そこに新しい価値を生み出すという発想はありませんでした。今なら分かります。あの仕事こそ、クリエーションだったのです。

もう一つの原体験があります。銀行に公的資金が注入された時期、JR東日本の副社長からりそなホールディングスの会長に迎えられた細谷英二さんに、なぜ銀行は午後3時に窓口を閉め、閉めた後に何をしているのかと問われました。

1円でも合わなければ帰れないと答えると、それは顧客に何の関係があるのか、と返される。なぜ銀行は売る側が座り、買う側の顧客が立っているのか、とも問われました。りそな銀行が窓口の行員がお客様と同じ目線でを立ち、営業時間を17時まで延ばしたのは、この一件が発端だと思います。

このとき突きつけられたのは、私自身に「顧客が何を求めているか」という視点が欠けていたという事実です。

社員は最終的に、自社の価値を顧客に届けます。それがどんな経路をたどって届くのかを知らずに人事を担えば、根拠の薄い異動を組んでしまう。だからこそ、経営を担うCHROには、マーケティングの理解が欠かせません。

財務も同じで、人に使う金を消えていく費用と見るのか、会社の資本を厚くする投資と見るのか、バランスシートを見ながら説明できるぐらいの知識を身につけることは、CHROとしてマストだと考えています。

こうした持論に対して最も多く返ってくるのは、「オペレーションの何が悪いのか」という反論です。それなくして経営戦略は成り立たない、軽んじているのではないか、と真顔で問われます。

その役割が不可欠であることに異論はありません。ただし、それを何より重視するのなら、CHROとして経営サイドに立つのは難しいと思います。

ところが、多くの企業の後継者育成計画では、経営人材ではなくファンクションリーダーを後継者に推薦してしまいます。営業本部長に後継候補を挙げさせれば、挙がるのは営業出身者ばかり。しかし、昇進を重ねれば自然に経営人材になるという前提は、もはや成り立ちません。意図的に畑違いの部門を経験させ、視野を広げさせるタフアサインメントを組み込まなければ、経営人材は生まれません。現場の苦しみを知って初めて、経営の議論に説得力が生まれるからです。

私が望むのは、CHROを務めることが社長に至る道のりの一つとして認識されることです。来年実現するとは思いません。しかし5年、10年先には必ず現れる。だからCHROの養成に関わり、経営者の方々に講演するたびに、後継者候補にCHROを想定しているかと問いかけています。

CHRO出身の社長が少ないのには理由があります。CFOは事業に踏み込んでいるから経営が分かるが、CHROは人事の視点しか持たないから分からない。そうした思い込みが経営陣の中にも根強い上、CHRO自身にも問題があります。人事の統括者であることに満足し、事業の現場を見に行かない人が少なくないのです。私自身は、年に一度は必ず全拠点を回っていました。着任直後しか事業を見ないようでは、経営の議論に加われません。

これからは、AIを前提に組織を動かせるかどうかも問われます。CHROとCAIOを兼務すると発表した会社がありますが、AI戦略と人事戦略を別々の人間が担っていては、変化のスピードに追いつけない。今後、こうした動きはもっと増えるはずです。

AIは色々考え方もありますがあくまで戦略を突き詰めるためのツールです。日常的に使い、AIと対話しながら戦略を練ればいい。それによって組織の対話が減るとは思いません。

AIが出してくる叩き台を鵜呑みにせず、様々な立場の人間で意見をぶつけ合いながら磨き上げていく。その議論が、上司と部下という縦の関係だけでなく、同僚同士の横、部署を越えた斜めの関係でも当たり前に起きる。そうしてAIのアウトプットの質そのものを高めていける組織を、多くの企業が目指すことになるでしょう。それはまさに、真のCHROに担ってほしい仕事だと思っています。

(取材:下元陽、構成:加藤智朗、撮影:南阿沙美)

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CHROと人事担当役員は、呼び名が違うだけの同じ役職ではありません。人事担当役員の発想の根底にあるのは、「減らす」です。社員を「頭数」と捉え、稼働に要するお金を「人件費」と分類する。それはすなわち、社員をコストの塊と見なし、削減の対象とする考えです。

それに対してCHROの発想は、「増やす」です。増やすのは、人材への投資。つまり、人に使うお金を費用ではなく、将来のリターンを見込むものと捉えます。どれだけの成果を生んだか、社員一人ひとりがどれだけの価値を生んでいるか、投資対効果を見るのがCHROです。

つまり、両者は役割が異なります。人事担当役員が担うのは、人事という一つの機能のリーダー。一方でCHROが担うのは、経営そのものです。経営戦略・事業戦略・人事戦略の三つを理解した上で、人事という領域から経営に貢献するのが仕事です。

2022年に公表された「人材版伊藤レポート2.0」でも、CHROを設置し、各領域のCxOが密接に連携して経営に当たる重要性が指摘されています。しかし私が見る限り、CHROを名乗る人は増えたものの、実際にやっているのは人事実務の管理にとどまる例が少なくありません。

なぜ、人事担当役員ではなくCHROが求められるのか。それは企業のガバナンスを機能させるためです。

ガバナンスが機能しない典型例は、意思決定が社長ひとりに集中している会社です。CFOやCTOなど異なる立場の経営陣が複数いれば、議論が生まれ、価値観の違いによる衝突が起き、イノベーションや挑戦的アイデアが生まれます。

逆に社長ひとりで完結する意思決定には、そうした摩擦が生じないため、社長はリスクを取らず、判断は無難な現状維持に流れます。社外取締役がいても、「異議なし」を美徳とするようでは歯止めになりません。結果、現金をため込み、新しい事業へ踏み出さないといったことが起きる。投資家をはじめとするステークホルダーは、そうした会社に強烈な違和感を抱きます。

だからこそ経営は、CxO体制で担うべきなのです。人事担当役員のように、オペレーションという下方から経営という上方を見上げているだけでは、この輪には加われません。CHROは経営の側に立ち、そこから実務の現場を見て、衝突を生み出す一員にならなければなりません。

では、人事担当役員の職務領域からCHROになるまで、どのような段階があるのか。私は四つのステップで捉えています。

第一段階はインプルーブ、改善です。いまあるやり方を効率化する段階で、極言すれば誰にでもできます。

第二段階はイノベーション、変革です。制度や仕組みを抜本的に見直す段階で、本気で取り組めば、これも誰もが到達できます。

第三段階はエボリューション、進化。制度を変えるだけでなく、その制度によって組織の動き方や社員の行動まで変わる段階で、ここから難易度が上がります。

第四段階がクリエーション、創造です。新しい戦略や価値をゼロから構築する段階と定義しています。真のCHROの境界線は、ここに達しているかどうかです。(注:固有名詞は削除いたしました)

「クリエーション」といえる仕事にも様々なかたちがありますが、ある会社は統合報告書とは別に人的資本報告書を発行しており、また人材戦略を詳しく説明する投資家向け資料を公開している会社もあります。ウェブサイトや統合報告書を通じて人事戦略の全体像を示している会社もあります。このような会社はそれぞれ、戦略として描かれている中身も卓越しています。

私自身の取り組みで言えば、カゴメ時代に独自の目標設定シートを導入したことは、第三段階の「エボリューション」に当たる仕事だと思います。

目標設定シートとは、年度の始めに1年間の目標を記載したもので、社長を除く全社員がこれを作成します。

シートには、まず、自分の部署が中期経営計画の中で担う使命を書く。次に、その使命を今年1年でどう実行するのかを「重点課題」として書く。たとえば「人的資本経営の促進」を重点課題と位置付けた場合は、まずエンゲージメントサーベイの結果を、同規模の他社と比べたスコアで示す。次に、どの水準まで上げるのかを示し、それをいつまでにやるのかを明記する。

すべての課題をこうして数値に置き換えるので、年度末に達成の有無が誰の目にも明らかになり、評価に議論の余地が生じません。

重要なのはここからです。書き上がったシートは、役員のものから新入社員のものまで、社内のイントラネットで全社員に公開されます。

これには、様々な効果がありました。一つは、ジョブディスクリプション(職務記述書)をつくる必要がなくなったこと。目標設定シートを見れば、誰がどんな課題にどう取り組んでいるかが一目でわかるためです。

二つ目は、若手社員が自分のキャリアを考える材料になったこと。将来行きたい部署があった場合、そこの課長が今年何を目標にしているか、シートを読めば分かります。希望を出すと、なぜその部署を選んだのかHRBPが聞きに行く仕組みもあり、希望と実際の異動が一致するケースが数多くありました。

三つ目は、1on1の軸ができたこと。上司は部下に、持てる力を最大限発揮してほしいと考えるものですが、それを妨げている要因を話し合うには、共通の土台が要ります。上司と部下で目標シートを共有すれば、面談のたびに話す題材を探す必要がありません。シートに書かれた課題が、そのまま1on1の軸になるのです。

こうした制度を導入するだけでなく、制度を通じて組織の動き方を変えました。その意味で、これはエボリューションといえると思っています。

ただし、クリエーションには至っていません。私が考えるクリエーションとは、こうした仕組みがなくても、なすべき行動の型が一人ひとりの社員に共有され、組織全体に染み込んでいる状態を創り上げること。非常に難易度の高いことですが、これがまさに今日のCHROが向き合うべきことだと考えます。

こうした持論に至る原点は、銀行に勤めていた時代にあります。34歳で人事部に配属されて間もない頃、300人規模の人事異動を組む役割を任されました。会議室の壁一面に社員の情報カードを貼り出して異動の案を練っていると、1年上の先輩が部屋に入ってきて、「この人の強みは?」「今まではどんな経歴?」「家族構成は?」「この人のキャリア観は?」と、一人ずつ問いただしてきたのです。20人ほど進んだところで、私は答えに窮しました。

そこで告げられたのが、「有沢、おまえ銀行を辞めろ」でした。例えば赴任先が大阪か仙台かで、本人と家族の人生が変わる。その覚悟がないだろう、と言われました。三日徹夜して全案を組み直して説明し了承を得たのですが、「人事異動はアートだ。説明のつかない人事異動などあり得ない」と言われました。

Bevan Goldswain/iStock

あのときの私は、まさにオペレーション屋そのものでした。300人分の異動を、パズルのように機械的に組み合わせようとしていた。そこに新しい価値を生み出すという発想はありませんでした。今なら分かります。あの仕事こそ、クリエーションだったのです。

もう一つの原体験があります。銀行に公的資金が注入された時期、JR東日本の副社長からりそなホールディングスの会長に迎えられた細谷英二さんに、なぜ銀行は午後3時に窓口を閉め、閉めた後に何をしているのかと問われました。

1円でも合わなければ帰れないと答えると、それは顧客に何の関係があるのか、と返される。なぜ銀行は売る側が座り、買う側の顧客が立っているのか、とも問われました。りそな銀行が窓口の行員がお客様と同じ目線でを立ち、営業時間を17時まで延ばしたのは、この一件が発端だと思います。

このとき突きつけられたのは、私自身に「顧客が何を求めているか」という視点が欠けていたという事実です。

社員は最終的に、自社の価値を顧客に届けます。それがどんな経路をたどって届くのかを知らずに人事を担えば、根拠の薄い異動を組んでしまう。だからこそ、経営を担うCHROには、マーケティングの理解が欠かせません。

財務も同じで、人に使う金を消えていく費用と見るのか、会社の資本を厚くする投資と見るのか、バランスシートを見ながら説明できるぐらいの知識を身につけることは、CHROとしてマストだと考えています。

こうした持論に対して最も多く返ってくるのは、「オペレーションの何が悪いのか」という反論です。それなくして経営戦略は成り立たない、軽んじているのではないか、と真顔で問われます。

その役割が不可欠であることに異論はありません。ただし、それを何より重視するのなら、CHROとして経営サイドに立つのは難しいと思います。

ところが、多くの企業の後継者育成計画では、経営人材ではなくファンクションリーダーを後継者に推薦してしまいます。営業本部長に後継候補を挙げさせれば、挙がるのは営業出身者ばかり。しかし、昇進を重ねれば自然に経営人材になるという前提は、もはや成り立ちません。意図的に畑違いの部門を経験させ、視野を広げさせるタフアサインメントを組み込まなければ、経営人材は生まれません。現場の苦しみを知って初めて、経営の議論に説得力が生まれるからです。

私が望むのは、CHROを務めることが社長に至る道のりの一つとして認識されることです。来年実現するとは思いません。しかし5年、10年先には必ず現れる。だからCHROの養成に関わり、経営者の方々に講演するたびに、後継者候補にCHROを想定しているかと問いかけています。

CHRO出身の社長が少ないのには理由があります。CFOは事業に踏み込んでいるから経営が分かるが、CHROは人事の視点しか持たないから分からない。そうした思い込みが経営陣の中にも根強い上、CHRO自身にも問題があります。人事の統括者であることに満足し、事業の現場を見に行かない人が少なくないのです。私自身は、年に一度は必ず全拠点を回っていました。着任直後しか事業を見ないようでは、経営の議論に加われません。

これからは、AIを前提に組織を動かせるかどうかも問われます。CHROとCAIOを兼務すると発表した会社がありますが、AI戦略と人事戦略を別々の人間が担っていては、変化のスピードに追いつけない。今後、こうした動きはもっと増えるはずです。

AIは色々考え方もありますがあくまで戦略を突き詰めるためのツールです。日常的に使い、AIと対話しながら戦略を練ればいい。それによって組織の対話が減るとは思いません。

AIが出してくる叩き台を鵜呑みにせず、様々な立場の人間で意見をぶつけ合いながら磨き上げていく。その議論が、上司と部下という縦の関係だけでなく、同僚同士の横、部署を越えた斜めの関係でも当たり前に起きる。そうしてAIのアウトプットの質そのものを高めていける組織を、多くの企業が目指すことになるでしょう。それはまさに、真のCHROに担ってほしい仕事だと思っています。

(取材:下元陽、構成:加藤智朗、撮影:南阿沙美)

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執筆者
下元陽

「1on1総研」編集長。クリエイターチーム「BLOCKBUSTER」、ミクシィ、朝日新聞社、ユーザベースを経て2025年KAKEAI入社。これからの人間のつながり方に関心があります。

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