「なぜ多様な人が集まってうまくいくと思うのか」。摩擦を前提にしたマネジメントの始め方
年上の部下、時短勤務のメンバー、価値観の異なる中途入社者。チームの前提がそろわなくなるにつれて、同じ言葉が人によって違う受け取られ方をする場面が増えている。ダイバーシティは推進すべきものとされながら、現場のマネジャーが感じているのは、関わりにくさのほうかもしれない。
社会心理学者の正木郁太郎氏(東京女子大学准教授)は、多様性が語られ始めた頃から、その前提に疑問を持っていたという。人は同質性を好む生き物であり、多様な人が集まれば摩擦も増える。それは避けられないことであり、だからこそ多様性によって何が起きるのか、成功にはどのような工夫が求められるかを分析する必要がある、と。
企業のダイバーシティ推進を支援してきたPwCコンサルティングの吉田亜希子氏もまた、制度は整ってきたものの、何のためにやるのかが宙に浮いたままの企業が増えていると語る。
摩擦は消せない。相手を完全に理解することもできない。ではマネジャーは、目の前のメンバーとどう関わればいいのか。二人の話は、感謝と称賛という具体的な行為と、それが届かない理由へと進んでいった。
ダイバーシティは「万能」なのか
──多様性は推進するべきという風潮のなかで、とはいえ現場ではまだ難しさを孕んでいるという本音も耳にします。
吉田 上から言われたからやっているものの、その必要性や正しさに確信が持てず、迷いが生じている、という声を聞く機会は増えています。「ダイバーシティは正義なのか」という問いを掘り下げられている企業はまだ多いとは言えないでしょう。
正木 あえて極端な言い方をしますが、「なぜ多様な人を集めるだけでうまくいくと思っているのか」というのが正直なところです(笑)。
私が専門とする社会心理学は、人間のあまり美しくない、しかし生き物として仕方ない側面を扱ってきた分野です。同調圧力であったり、様々なバイアスであったりなどです。その観点で捉えると、ダイバーシティは万能なものではありません。恩恵もあれば、負荷もある。その現実から出発し、摩擦を生む要因を分析した上で、制度や取り組みでどう和らげるかを考えないかぎり、前には進めません。
吉田 同質性の高い組織の方が、マネジメントは楽なんですよね。ところが実際の職場には、時短勤務の方もいれば、年上の部下や中途入社の方など、さまざまな背景の人がいます。にもかかわらず、自社に多様な人材をマネジメントするノウハウがなく、上からの支援も不十分な中で、「あなたの責任で管理しろ」と言われ、ミドルマネジャーたちの戸惑いや負担感が増している。それが現状だと思います。

正木 多くの企業がその難しさに向き合い、乗り越えようとするのは、その先に実りが得られることを期待しているからですよね。では、組織の多様性を生かすことで業績が上がったり、組織が劇的に活性化したりしたかと言われると、結論から言えば「よくわからない」というのが主な研究潮流です。
業績が上がった企業もあれば、逆に業績が下がった企業や変わらない企業もあります。そこで、多様性そのものの高低よりも、どういう企業やチームであれば多様性が効果を発揮するのか、マネジャーがどう関わればうまくいきやすいのか、何をひと匙加えたらマイナスがプラスになるのか、といったことを探っていく研究アプローチが多いです。
吉田 実際、効果ははっきりしないものの、社会的な要請の下でやらないわけにはいかず、経営層すら腹落ちせずに進めている企業もありそうです。
納得しないまま進む施策は、属性を起点にしたものになりがちです。たとえば女性活躍推進が「女性を対象とした施策」の打ち出しに偏ると、男性の不満が募るだけでなく、女性の中でも、育児をする人・しない人の間でコンフリクトが起きてしまいます。日本企業の特徴として、属性から制度などを決めていくことが多いので、その結果、マイノリティとマジョリティの対立が起きてしまっています。
正木 殊更に性別を強調することに男女双方が反発する声もあります。関連して、どうして女性ばかり優遇するんだ、という声もあれば、逆に男性優位の残業が多いカルチャーの中で女性としての生き方を尊重してほしい、という声もありますよね。機会の平等がフェアなのか、結果の平等がフェアなのか。ここには社会がまだ答えを出せていない問いが重なっています。さらにいえば、その企業が置かれた状況によって答えは違って当然かもしれません。
本来なら、こうした論点について自分たちのチームはどうなのかと一つひとつ整理していくべきところですが、それをしないまま「ダイバーシティは素晴らしいもの、ウチも多様性を高めなければならない」などとプレッシャーをかけられてしまい、多くの現場の人が悩んでいる。

吉田 その論点をマネジャーが整理するといっても、会社としてどうしたいのかが示されていなければ、判断のよりどころがありません。ところが上位層も、「組織としてこうあるべき」というマネジメントポリシーを明確に持てておらず、その曖昧さが現場に降りてくることもありますよね。
正木 その点、現場がスムーズに動けている組織は、経営層が会社として大事にしていることを明確に打ち出しています。
理念やミッションを打ち出し、「それに合わない人が活躍できる場所は自社ではない」と発信する企業もあれば、「稼いだ人間が偉い、それが男性でも女性でも構わない」という一点だけを掲げる企業もある。正しいかどうかは別にして、どちらもわかりやすいし、 そこまで言い切ってくれたら現場は楽だろうと思います。
──会社としてのポリシーが明確だったとしても、多様な人が働いていれば、どうしても摩擦は起きてしまうのではないでしょうか。
吉田 摩擦を完全に消すのは不可能です。起きてしまった際は、どういう摩擦が、どのような理由で起きているのかを俯瞰で考えてみる。そして、その認識を相手と共有し、解消に向けた努力を一緒に試みる。これが建設的な着地ではないかと思います。
逆に「相手はこう思っているのではないか」と思ったままお互いに言い出せず、収拾がつかなくなるのが良くないケースです。

正木 学術的な見解としては、「仕事上の意見対立は問題ないが、感情の対立は避けたほうがいい」と言われています。ただ、私はこの分類に懐疑的な立場です。意見が対立すれば腹も立ち、結局は切っても切れない関係にあるのではないかと感じるからです。
この問題を乗り越える鍵は二つあります。一つは意見が違っても、何か共通するものを見つけておくこと。相手は同じ地域の出身であることかもしれないし、互いに会社の理念に強く共感していることかもしれない。何か重なる部分があれば、全部違うから嫌だ、とはならずに済みます。
もう一つは、共通の目標です。そもそもチームの目標はなんだったのか、と立ち返れる共通認識があれば、「そのゴールに対してどう向き合うか」という方向に話を進めやすくなります。
吉田 共通の目標について話し合う際、進め方や優先順位をめぐって考えが分かれることもあります。そこで本音を伝えられると建設的に進みますが、同調圧力がその壁になることは少なからずありませんか。
正木 そうかもしれません。その奥には、どうしても評価を気にしてしまう人間の性がありますよね。上司との関係なら評価、同僚同士なら評判を気にして「こんなことを言って変だと思われたらどうしよう」と不安になり、本音が言えなくなる。 だからこそ、そうした懸念があっても「この人になら言っても大丈夫」と信頼してもらえるような関係構築が必要になってくると思います。
信頼関係の構築に必要な「感謝」と「称賛」
──信頼関係はどう築けばいいのでしょうか。
吉田 まずはマネジャー自身の自己開示から始めるのが良いと思います。自分はこういう人間で、こういうキャリアを歩んできて、こういうことを大事にしている。いい面も悪い面も含めて、さらけ出してしまう。
そのとき、「この属性の人にはこういうことを言ってはいけない」などと行きすぎた配慮をしてしまうと、うまくいきません。最低限のコンプライアンスのラインは守りつつ、「実はかつてキャリアに迷いがあった」というような生々しい話を開示するのが良いと思います。

そのうえで、今度は部下の経験や考えにじっくり耳を傾けます。そして相手も自己開示をしてくれるようになったら、そのなかで共通点を見つけていくと良いでしょう。「地元が一緒だね」というようなスモールトークも入り口としては良いですし、こまめに日々の会話を重ねていけば、信頼が積み上がっていきます。
ただ、その共通点に過度に頼らないよう注意が必要です。たとえば同じワーキングマザーであっても、家庭の状況や周囲の支援体制は一人ひとり異なります。自分の経験を共有すること自体は問題ありませんが、それを「正解」として相手に当てはめてしまうと、相手はそこに自分との距離を見出し、かえって心を閉ざしてしまうこともあります。属性の共通性を足がかりにしたあとは、個別の事情に向き合うほかありません。

──そのようなアプローチを取っても、どうしても合わない相手がいるかもしれません。どうしたらよいでしょうか。
正木 企業が主体となって実施する社会貢献活動など、利害関係が生じない場で協働することも、信頼関係を育み、分断を乗り越えるきっかけになり得ると思います。利害が絡むと、どうしても自分に有利な方へ誘導したくなる。成功しても失敗しても大勢に影響のない場で、「仕事だ」と身構えないほうが、フラットに関わり合い、互いの素の人となりを知って分かりあえる可能性が高まると思います。
もう一つ、信頼関係を築く上では「この人は自分のことをよく見てくれている」と相手が認識することも重要です。それを伝える方法はさまざまありますが、わかりやすく示せるのは、感謝、称賛、承認かもしれません。
──部下に対し感謝や称賛を日常的に伝えているのに、手応えがないという声もあります。何が問題なのでしょうか。
正木 その傾向は、データからも読み取れます。ある組織でアンケート調査を行い 「あなたは普段、職場でどれくらい周りの人に感謝していますか?」「あなたはどれくらい周りの人から感謝されていますか?」の二つを尋ねました。職場内でのやり取りに限定しているので、送る側と受ける側の平均値を職場単位で計算したら本来ほぼ同じになるはずです。しかし、「感謝している」という回答のほうが統計的に有意に高く出ます。他社の調査でも、これに近い結果をとてもよく見かけます。
このズレの理由は二つあります。一つは、感謝の言葉を言った気になっているだけで、実際には言っていないケース。もう一つは、言ってはいるが届いていないケースです。たとえば書類を提出してきた部下に「ありがとう」と言っても、部下側は「受け取りました」と言われたくらいにしか受け止めていないことがあります。

吉田 感謝が届くかどうかは、信頼関係の有無にかかっています。関係が不安定な相手から急に「ありがとう」と言われても、普通は身構えます。普段からこまめな対話を重ね、信頼の土台を築いておくことが必要です。
そのうえで、なぜ感謝したいと思ったのかを明確に伝える。「相手の行動が何をどう良くしたのか」まで言葉にすれば、謝意もその理由もはっきり届きます。さらに、上司個人がそう思っているだけでなく、「組織としてもあなたの貢献を認識している」と伝わるよう言葉にする。会社のアワードなどを活用して、全体に可視化している企業もありますよね。
正木 いまのお話にあった、「何に感謝するのか」という軸を決めることは大切です。その軸は会社やチームによって違うもの。主体性を重んじる組織もあれば、事故なく確実に回すことが正解という組織もあります。一つに絞る必要もなく、軸が三つあってもいい。
マネジャーは、自分のチームが何を大事にしているのかを見極め、それに沿った行動を見つけたら褒め、感謝する。「いつも同じことで褒められるな」というくらいでよいのです。軸に沿った感謝が重なることが、価値観の浸透につながっていくのではないかと思います。

組織で乗り越える多様性の負
──感謝や称賛が組織として根づいている会社には、何かしらの特徴がありますか。
正木 たとえば外資系企業や国内のグローバル企業は、話さないとわからないという前提があるぶん、信頼関係を築くために互いに良いところを認め合う仕組みを取り入れ、その重要性をトップが自ら現場に伝えているケースが見受けられます。そうした会社は、多様性を高めるために取り組みを始めたわけではないものの、結果として多様性の高い組織になっている印象です。
では、制度が先にあって感謝が生まれるのか、関係が先にあって制度は後からついてくるのか。これはどちらもあり得ます。制度を取り入れたことで感謝を伝えやすくなり、それが信頼関係につながっていく会社もあれば、逆のケースもあります。
たとえば、ある20人規模の中小企業では、ルールに合わないことであっても「あの人だからいいか」と通す文化がありました。そこには制度の厳密さよりも人と人の信頼関係を重視する姿勢があります。
それは、従業員同士が家族ぐるみで付き合うような関係があるからこそ成り立つ話です。関係と制度は、どちらが先にあっても、相互に作用して常にクロスしていくものだと思います。

吉田 ただ、感謝を伝え合う仕組みを制度として取り入れたとしても、それを現場で回すのはマネジャーです。初めてマネジャーになった方は、感謝を伝えろ、対話しろと言われても、具体的に何をどうすればいいのかわかりません。
制度の目的を共有し、場面に応じた感謝の仕方や対話の進め方を日常の仕事に即して示す。これは人事の大事な役割です。規模の大きい会社であれば、本社人事だけでなく、より現場に詳しい事業部人事がその役割を担うことも有効です。
また、部下と向き合う中で、マネジャーが一人では抱えきれない課題が出てくることもあります。それを一人に任せきりにせず、「上司と部下の課題は組織全体の課題である」という意識で、マネジャーが自身の課題をいつでも持ち寄れる場を設ける。そんな動きも、人事には必要だと思います。
正木 ただ、その人事の方針が、かえって現場の手を縛ってしまうこともあります。出産を経て職場復帰した方に対して、上司が配慮して業務をセーブしたことがありました。ところが部下の方は「どうしてもっと仕事をさせてくれないのだろう」と不満に思っていた。どちらも相手に直接聞かないまま、自分の解釈で動いていたわけです。
もっとも、上司が部下の事情を聞けなかったのには理由があります。当時その会社は、ハラスメント対策として、「仕事の指示命令以外は部下に踏み込むな」と人事が現場に指導していたそうです。その方針が、上司の遠慮を生んでいた。
こういうときに、リスクの低い形で壁を乗り越えるのなら、「あなたにとってベストな方法がわからないので相談させてほしい」というスタンスを取ることをお勧めします。「わからない」ということは自然なことですし、そのようなコミュニケーションであれば、ハラスメントになる心配も、評価が下がる心配もきわめて低いです。
吉田 方針が現場を縛ることもあれば、逆に、何も示されないまま現場に委ねられることもありますよね。ダイバーシティの進め方がまさにそうで、会社として何のためにやるのかが示されていないと、現場は動きようがありません。

ボトムアップのカルチャーが強いところは、上が方針を示さないぶん、自分たちでやるしかないと現場が取り組みを立ち上げる。それ自体は重要ですが、そこで止まると、会社として何を目指すのかにはつながっていきません。
かといってトップダウンだけでも足りません。何のためにやるのかという解釈がないまま数値目標だけが降りてくると、現場は趣旨と違う受け止め方をして、結局分断が残ります。
経営が何のためにやるのかを示し、ミドルマネジャーがそれを自分のチームの事情に合わせて実践する。この両輪がそろって、はじめて取り組みが組織に根づくのだと思います。
──とはいえ、経営がすぐに方針を示してくれるとは限りません。そのなかで、マネジャーには何ができるでしょうか。
吉田 現場で起きている問題と、必要なサポートを、ファクトとともに上層部へ説明することです。現場で何が起きているのかが伝われば、経営層も、ダイバーシティの制度や方針のどこを調整すべきかを判断できるようになります。この重要な役割を担えるのは、ミドルマネジャーだけです。現場の実態を誰よりも知る立場ですから。
(取材:下元陽、構成:山本梨央、撮影:小島マサヒロ)