かつての部下が、ある日突然自分の上司になる。そんな場面に戸惑いを覚える人もいるだろう。とはいえ、それは多様な世代が働く組織の中ではごく自然なことだ。「年上部下」としてどうふるまえば、年下上司との信頼関係を築き、健全なチームを育むことができるのか。本稿では、そのヒントを探っていく。
目次
「やりにくい」は、自分のふるまいから生まれる
年下の社員が、自分の上司になるとき——。その可能性はあると理解していても、実際にその瞬間を迎えると、どこか無力感のような感情が芽生える人もいるだろう。だが、こうした状況を何度か経験するうちに、年下上司にもさまざまなタイプがあることに気づいていく。
たとえば、上司であることを必要以上に誇示しようとするタイプがいたり、一方で、年上の部下に対して過剰に遠慮し、関係構築がうまくいかないタイプもいる。
アメリカの産業心理学者デビッド・メリル氏が提唱したコミュニケーション理論である「ソーシャルスタイル理論」にはドライビングタイプ(感情表現が弱く意見表明が強い)、エクスプレッシブタイプ(感情表現・意見表明ともに強い)、エミアブルタイプ(感情表現が強く意見表明が弱い)、アナリティカルタイプ(感情表現・意見表明ともに弱い)という四つの型がある。
この理論をもとに、感情表現の強さ(=感情志向)と意見表明の強さ(=自己主張)の二軸で年下上司を分類すると、次のような四タイプに分けられる。
💡威圧的タイプ
自信過剰気味で強気な発言が多く、相手に考える隙を与えにくい。
😠口ぐせ
「ここはこの進め方でお願いします」「いや、それやる意味あります?」
💡遠慮がちタイプ
やや控えめで、遠慮がち。指示が曖昧になりがちで、自信のなさが見え隠れする。
😥口ぐせ
「もしよければ、こちらお願いしても大丈夫でしょうか」「私の言い方が悪いのかもですが……」
💡理論派タイプ
思考が緻密で、感情よりも論理やデータを重視。話す前に考える時間が必要な傾向も。
😎口ぐせ
「データ的にはこの方法が最適です」「それって過去にも検証されてます?」
💡共感重視タイプ
ノリや勢い、共感を重視。感情表現が豊かで話が広がりがち
😊口ぐせ
「一緒に進められたら嬉しいです!」「頼りにしてます!」
それぞれのタイプには、つい口にしがちな“口ぐせ”があり、そこにはその人の価値観や不安がにじむこともある。関係構築のヒントは、その口ぐせの奥にある「意図」を読み解くことにあるかもしれない。

こうした年下上司との関わりを重ねるなかで、「やはり年下が上司だとやりにくい」と感じるようになる人もいるかもしれない。だがその気持ちは、知らず知らずのうちに自分自身を「扱いづらい年上部下」へと変えてしまう危うさをはらんでいる。
あなたの周囲に「こんな年上部下になれたら」と感じるような人物はいないだろうか。たとえば、チーム内で自然と信頼を集める存在。困りごとの相談を持ちかけられる頼れる先輩。あるいは飲み会でチャーミングな発言をする人、多趣味でプライベートを大切にしている人。上司としての肩書きがなくとも、しっかりと自分の居場所を築いている姿を思い浮かべるのではないだろうか。
年下上司への「違和感」を伝えることから始める
年下の上司から「仕事のやり方を変えてください」「もっと情報を共有してください」といった指示を受けて、思わずむっとした経験がある人も少なくないだろう。これまで自分が積み上げてきたやり方を否定されたように感じたり、自分なりに最善だと思って取り組んできた方法を受け入れてもらえない理不尽さに、心をざわつかせたこともあるはずだ。
「なぜ、自分の努力や工夫に耳を傾けてくれないのか」「指示を出すのであれば、その背景や意図も丁寧に説明してほしい」。そう感じながらも、多くの人は不満を心の内に留めてしまうのではないだろうか。不満を抱えているところに、「チーム全体の成果に貢献してほしい」と求められれば、心の中に割り切れないもやもやが残るのも無理はない。
だが、だからといって「もういいよ、俺のことは放っておいてくれ」と距離を置いてしまうのは得策ではない。あなたのそうした言葉の裏には、ある種の遠慮や気遣いがあるのかもしれない。しかし、年下の上司にとって、それこそが最も困る反応である。むしろ、年下の上司こそ、あなたと対話を重ねていきたいと願っているのだ。
対話の中に、ヒントは転がっている
では、その対話をどう始めればよいのだろうか。まずは、1on1などの対話の場で、自分が大切にしている価値観や、仕事に対するこだわりを率直に伝えることから始めてみてほしい。
その際、「あの業務には、長年かけて蓄積してきた当社のノウハウが詰まっている。もっと評価してもらえると嬉しい」といった、自身が重視する評価ポイントを共有するのも有効である。大切なのは、あなたの軸を伝えること。うまく言語化できなくても構わない。マネジャーの役割は、部下の思いや経験を言語化し、育成につなげていくことにある。対話によって、あなたの声をマネジャーの判断材料として届けていこう。
率直な一言が状況を大きく変える例をひとつ紹介しよう。ある企業で、ベテラン社員の負担を慮った年下の上司が、商談をオンライン中心に切り替えていた。移動の負担を減らすための配慮だった。しかし、当のベテラン社員は、オンライン商談を苦手に感じていたという。そしてある日、部下のほうからこう切り出した。
「オンラインの商談だと、私の良さが出ないんですよね。やっぱり、対面のほうが性に合ってる気がしていて」
その一言に、年下の上司はハッとした。「そう思っていたのか」と気づき、それ以降は商談を対面形式に戻したという。何げない言葉が、双方にとって納得できる働き方のきっかけになることもある。こうした本音を伝える際は、話題に応じて切り出し方を変えることで、より相手に届きやすくなる。

これらの切り口を参考に、自分の状況に合ったテーマから始めてみよう。苦手なことや嫌いなことについても、遠慮せず伝えていくことが大切だ。話しているうちに、どこですれ違っていたのか、互いに気づけることもある。
はっきりとした要望がない場合、「最近の若手はすぐ帰るやつばかりでさ」といった、ちょっとしたぼやきを軽くこぼしてみるだけでもいい。すると、「実はマネジャーには残業を減らすよう通達が出ていて……」など、上司の行動の背景が見えてくることもある。年下上司の本音を引き出すためにも、自分の違和感やつぶやきを言葉にしてみてほしい。
とはいえ、「愚痴を言うのは気が進まない」という人もいるだろう。その場合は、週に一度、あるいは月に一度でも構わないので、1on1などで簡単な業務報告をする機会をつくってみてほしい。たとえば、「この業務をこんなプロセスで進めた」「そのとき、こう感じて、こう改善した」といった話を、淡々と共有するだけでもいい。大切なのは、内容の中身よりも「接点を持つこと」だ。
「話せばわかる」とよく言われるが、年下の上司との関係では、その「話す前」に遠慮してしまいがちだ。だからこそ、「話さないとわからない」という意識を持ち、あなたのスキルや知見を広げていこう。その姿勢が、年上部下としての新たなポジションを築くきっかけになるはずだ。
経験・人脈・判断力。年上部下が活かせる“三つの価値
年下上司との関係で違和感を覚えることがあっても、自分の強みを活かしてチームに貢献することは十分に可能だ。特に求められるのは、「自分だからこそ提供できる価値」を見出し、行動として示していくことだ。具体的には、次の三つの観点から強みを発揮することができる。
一つ目は、メンターとしての役割だ。長年にわたり培ってきた専門知識や業務ノウハウは、若手の成長にとって貴重な学びの源となる。特にITや製造業など、技術的な知識が問われる職種では、「過去のトラブル対応」や「成功パターン」といった具体的な経験談を伝えることが、若手のスキル定着や失敗回避につながる。学術的にも、メンターシップは若手社員の離職防止や職務満足度の向上に効果的であることが示されており、実践する意義は大きい。
二つ目は、業界知識や人脈の活用である。キャリアの中で築いてきた顧客や取引先との関係性、業界特有の慣習や背景理解は、チームにとって大きな資産となる。たとえば、「この取引先には私から一報入れておきましょうか」といった一言が、プロジェクトを円滑に進めるきっかけになることもある。特に営業や企画、金融など、人脈が直接成果に結びつく業務では、年上部下のこうした貢献が重宝されやすい。
三つ目は、危機対応における経験値だ。予期せぬトラブルが発生した際、冷静に対処できるかどうかは、場数を踏んできた人材かどうかに大きく左右される。製造業や医療、建設など、現場での即時判断が求められる職種では、「以前にも同様のケースがありました」といった一言が、組織を落ち着かせる要となる。暗黙知として蓄積された判断力は、若手にはない独自の強みである。
これらの貢献の仕方は、職種や業種によって効果の出やすい場面が異なる。たとえば、メンター的指導は知識集約型産業に、業界知識や人脈の活用は外部連携が多い職種に、危機管理スキルは現場対応が多い業界に適している。自分の強みを見極め、それをどう活かすかを意識的に言語化することが、年齢を超えて信頼を得る第一歩となるだろう。