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AIが“感情労働”を減らす? コミュニケーション準備の新常識
AIが“感情労働”を減らす? コミュニケーション準備の新常識

AIが“感情労働”を減らす? コミュニケーション準備の新常識

職場の会話には、意外と多くの「見えない準備」が潜んでいる。上司に報告する前に「どう切り出すか」を考える。異動先の同僚に初めて依頼するとき「嫌なやつに思われない言い回しはないか」と悩む。海外の同僚とのミーティングでは「ニュアンスが伝わるだろうか」と心配する。

言葉を選ぶことには、大きな時間とエネルギーが費やされている。こうした社内コミュニケーションのために、生成AIはどのように活用できるだろうか。この記事では、対話の準備のための生成AIの使い方を探る。

目次

AIが広げる「準備」の選択肢

まず、生成AIを使った準備が真価を発揮するのは、コミュニケーションに苦手意識を持つ人や、背景の異なる相手とやり取りする場面だろう。

ある若手社員は、他部署への依頼で何度も摩擦を起こしていた。率直な表現が「きつい」「偉そう」と受け止められ、必要以上に衝突を招いていたのだ。本人に悪気はなくても、言葉のニュアンスを調整する余裕がなく、次第に若手社員は「人に依頼をするのが怖い」と感じるようになっていた。そこで彼はChatGPTを活用し、要件を箇条書きにして「社内調整用の丁寧なメールに」と依頼。角の立たない文面に仕上げることで相手の反応は驚くほど改善し、依頼がスムーズに通るようになった。

生成AIは異文化間のコミュニケーションでも同様に使える。ある大手インフラ企業の海外駐在員は、現地スタッフから「私に任せて」と言われたときの対応に悩んでいた。任せきれば状況が見えず不安だが、干渉すれば「信用していない」と受け止められ、相手の自尊心を損ねてしまう。その微妙な“距離感”をどう保つかが課題だったのだ。

こうした微妙な場面で、彼は自分の意図を日本語で書き出し、「失礼なく前向きに聞こえる英語に」と条件を付けてAIに翻訳させた。結果、相手に不快感を与えずに意思を伝えられ、信頼関係を保ちながら業務を進められるようになった。

AIは単なる翻訳機や文書生成ツールではなく、安心して会話に臨むための「台本」を作る存在として活用され始めている。

意外な副産物は「感情労働」の減少

先ほどの例のように、「依頼をするのが怖い」という心理的な障壁が、業務の遂行を妨げることがある。AIを介した準備には、こうした職場のコミュニケーションにおける「感情労働」を軽減する効果がある。

「感情労働」は本来、サービス職などで感情表現を規定される仕事を指すが、本稿では、組織内の依頼・報告・評価の準備で発生する情動規制の負担を便宜上「感情労働に近い負担」と呼ぶ。

このような負担は、依頼や報告に際して「怒られないだろうか」「嫌われない言い方はあるだろうか」と悩む過程で生じ、それによる心理的エネルギーの消耗は決して小さくない。

AIが文面を整えてくれるだけで、その負担は大きく減る。AIが出した文章を見て「これなら大丈夫だ」と思えれば、送信する行為そのものが楽になる。先述の駐在員も「ニュアンスを調整するのに時間を割かずに済む」と語っていたが、要するにAIは“余計な心配をせずに対話へ臨める状態”をつくり出すのだ。

この効果は、上司と部下の対話の場面でも生じる。この効果は、上司と部下の対話の場面でも生じる。部下との面談や評価の準備でAIを活用すれば、「この言い方だと攻撃的に聞こえないか」「建設的なフィードバックになっているか」といった不安を抱えたまま対話に臨む必要がなくなる。

AIが適切な表現を提案してくれることで、上司は心理的な負担を感じずに本質的な内容に集中できる。感情労働を減らすことは単なる省力化ではなく、組織全体の心理的安全性を底上げする効果を持っているのである。

AIで部下とのコミュニケーションを楽にする

あるメガバンクでは、過去の目標面談のログをAIに読み込ませ、課題や改善点を整理する取り組みが進んでいるという。従来はマネジャーがノートやメモを見返しながら一人ひとりの履歴をまとめていたが、その準備をAIに任せれば大幅に効率化できる。

ただし、使い方にはコツがある。AIに前提を与えず、「これどうすればいい?」と丸投げし、その答えをそのまま使うのは危うい。状況や目的、避けたいことを伝えたうえで、出力を叩き台にし、やり取りを重ねることが肝心だ。

さらに、複数の案を出力させて比較したり、「選択肢を提示する形で」と条件を加えたりすれば、出力の実用度は一段と高まる。自社でよく使う言葉を学習させておけば、より職場にフィットした文面も得られる。

すぐ使える対話の準備プロンプト

下記は、社内依頼メールをAIに整えてもらうためのプロンプト例である。AIに入力しがちな依頼文を「Before」とし、AIが良い出力を返せる依頼文を「After」とした。BeforeとAfterを見比べながら、【Input(叩き台)】に要件を入れて試してみてほしい。


😿Before 資料を今日中にください。

出力条件:件名/本文/箇条書きの要件/相手の選択肢(A or B)/締めの一文 


😸After

✂……ここからプロンプト……✂


あなたは社内コミュニケーションの下書きアシスタントです。


【Context(個人特定情報は含めない)】

 - 相手属性:同格の担当者/多忙/関係良好

 - 背景:{{案件名}}の資料共有依頼。今日が理想だが難しければ目安日で可

 - チャネル:メール

【Intent(ねらい)】

 -角を立てずに共有期日を確定。相手の裁量を尊重し、Noと言いやすい選択肢を提示


【Format(出力形式)】

 - ①件名 

 - ②本文(120–250字程度) 

    - 本文内に期日の選択肢 A/B を**明記**(例:A={{希望期限}}、B={{代替期限}})

    - 末尾は配慮表現で**やわらかく締める**


——(ここから下は送信しない)——

 - SAFEチェック(箇条書き):Sendability / Accuracy / Fit / Ethics-Privacy の4観点。問題があれば**具体的な修正案**も併記。


【Tone & Lexicon(トーンと語彙)】

 - 丁寧/配慮あり/要件明確。顧客→「お客さま」、社内→「社内関係者」

 - 「至急!」禁止 → 代替「急ぎ目で」「目安として」

 - 命令調を弱める(〜してください→〜いただけると助かります)


【Guardrails(守り)】

 - 氏名・メールアドレス・部署名・具体金額・URL等の個人/機微情報は出力に含めないプレースホルダで表現

 - 圧・責任転嫁・あいまい期日を避ける

【SAFEチェック(最後に短評)】

 - Sendability / Accuracy / Fit / Ethics-Privacy の4観点で指摘があれば修正案も提示


【Input(AIに渡す材料)】

※ここに要件の箇条書きを記載すると上のフォーマットに沿ってAIが文章を作成します


✂……ここまでプロンプト……✂


部下との議論が必要な場合も、AIを活用した準備が有効だ。あらかじめマネジャーがAIにアイデアを出させておき、それを叩き台として持ち込む。

「何かいいアイデアはない?」とゼロから考えをひねり出すプレッシャーを与えるのではなく、「この案を一緒に検討しよう」と誘うことで、部下は余計な気まずさや負担を抱えずに済み、結果として、生産的な対話になりやすい。

AIは「準備そのもの」を担う存在へ

コミュニケーション準備でのAI活用をより効果的にするには、相手の特性に合わせたカスタマイズが有効だ。たとえば、MBTI(※1)やFFS(※2)のような診断を参考に、「この人は慎重に判断するタイプ」「感情を重視しやすい」といった傾向を入力すれば、より現実的な提案を得られる。AIは答えを断定する存在ではなく、相手を理解するための手がかりを広げる補助線として活用すべきなのだ。

こうした「叩き台の作り方」「前提の渡し方」をもっと上手にやりたいと思ったら、参考になる本や講座、コミュニティは多数ある。学びを重ねれば、AIは単なる便利ツールを超えて「職場の心理的負担を減らし、対話を前に進める準備の相棒」になっていくだろう。

※1 MBTI(Myers–Briggs Type Indicator):人の性格を16タイプに分類する心理検査。外向/内向、直感/感覚、思考/感情、判断/知覚といった指標で傾向を把握する。
※2 FFS(Five Factors & Stress理論/五因子理論):日本でよく使われる行動特性診断。人を「凝縮性・受容性・弁別性・拡散性・保全性」という五つの因子で分析し、強みやストレス耐性の傾向を把握する。

AIが広げる「準備」の選択肢

まず、生成AIを使った準備が真価を発揮するのは、コミュニケーションに苦手意識を持つ人や、背景の異なる相手とやり取りする場面だろう。

ある若手社員は、他部署への依頼で何度も摩擦を起こしていた。率直な表現が「きつい」「偉そう」と受け止められ、必要以上に衝突を招いていたのだ。本人に悪気はなくても、言葉のニュアンスを調整する余裕がなく、次第に若手社員は「人に依頼をするのが怖い」と感じるようになっていた。そこで彼はChatGPTを活用し、要件を箇条書きにして「社内調整用の丁寧なメールに」と依頼。角の立たない文面に仕上げることで相手の反応は驚くほど改善し、依頼がスムーズに通るようになった。

生成AIは異文化間のコミュニケーションでも同様に使える。ある大手インフラ企業の海外駐在員は、現地スタッフから「私に任せて」と言われたときの対応に悩んでいた。任せきれば状況が見えず不安だが、干渉すれば「信用していない」と受け止められ、相手の自尊心を損ねてしまう。その微妙な“距離感”をどう保つかが課題だったのだ。

こうした微妙な場面で、彼は自分の意図を日本語で書き出し、「失礼なく前向きに聞こえる英語に」と条件を付けてAIに翻訳させた。結果、相手に不快感を与えずに意思を伝えられ、信頼関係を保ちながら業務を進められるようになった。

AIは単なる翻訳機や文書生成ツールではなく、安心して会話に臨むための「台本」を作る存在として活用され始めている。

意外な副産物は「感情労働」の減少

先ほどの例のように、「依頼をするのが怖い」という心理的な障壁が、業務の遂行を妨げることがある。AIを介した準備には、こうした職場のコミュニケーションにおける「感情労働」を軽減する効果がある。

「感情労働」は本来、サービス職などで感情表現を規定される仕事を指すが、本稿では、組織内の依頼・報告・評価の準備で発生する情動規制の負担を便宜上「感情労働に近い負担」と呼ぶ。

このような負担は、依頼や報告に際して「怒られないだろうか」「嫌われない言い方はあるだろうか」と悩む過程で生じ、それによる心理的エネルギーの消耗は決して小さくない。

AIが文面を整えてくれるだけで、その負担は大きく減る。AIが出した文章を見て「これなら大丈夫だ」と思えれば、送信する行為そのものが楽になる。先述の駐在員も「ニュアンスを調整するのに時間を割かずに済む」と語っていたが、要するにAIは“余計な心配をせずに対話へ臨める状態”をつくり出すのだ。

この効果は、上司と部下の対話の場面でも生じる。この効果は、上司と部下の対話の場面でも生じる。部下との面談や評価の準備でAIを活用すれば、「この言い方だと攻撃的に聞こえないか」「建設的なフィードバックになっているか」といった不安を抱えたまま対話に臨む必要がなくなる。

AIが適切な表現を提案してくれることで、上司は心理的な負担を感じずに本質的な内容に集中できる。感情労働を減らすことは単なる省力化ではなく、組織全体の心理的安全性を底上げする効果を持っているのである。

AIで部下とのコミュニケーションを楽にする

あるメガバンクでは、過去の目標面談のログをAIに読み込ませ、課題や改善点を整理する取り組みが進んでいるという。従来はマネジャーがノートやメモを見返しながら一人ひとりの履歴をまとめていたが、その準備をAIに任せれば大幅に効率化できる。

ただし、使い方にはコツがある。AIに前提を与えず、「これどうすればいい?」と丸投げし、その答えをそのまま使うのは危うい。状況や目的、避けたいことを伝えたうえで、出力を叩き台にし、やり取りを重ねることが肝心だ。

さらに、複数の案を出力させて比較したり、「選択肢を提示する形で」と条件を加えたりすれば、出力の実用度は一段と高まる。自社でよく使う言葉を学習させておけば、より職場にフィットした文面も得られる。

すぐ使える対話の準備プロンプト

下記は、社内依頼メールをAIに整えてもらうためのプロンプト例である。AIに入力しがちな依頼文を「Before」とし、AIが良い出力を返せる依頼文を「After」とした。BeforeとAfterを見比べながら、【Input(叩き台)】に要件を入れて試してみてほしい。


😿Before 資料を今日中にください。

出力条件:件名/本文/箇条書きの要件/相手の選択肢(A or B)/締めの一文 


😸After

✂……ここからプロンプト……✂


あなたは社内コミュニケーションの下書きアシスタントです。


【Context(個人特定情報は含めない)】

 - 相手属性:同格の担当者/多忙/関係良好

 - 背景:{{案件名}}の資料共有依頼。今日が理想だが難しければ目安日で可

 - チャネル:メール

【Intent(ねらい)】

 -角を立てずに共有期日を確定。相手の裁量を尊重し、Noと言いやすい選択肢を提示


【Format(出力形式)】

 - ①件名 

 - ②本文(120–250字程度) 

    - 本文内に期日の選択肢 A/B を**明記**(例:A={{希望期限}}、B={{代替期限}})

    - 末尾は配慮表現で**やわらかく締める**


——(ここから下は送信しない)——

 - SAFEチェック(箇条書き):Sendability / Accuracy / Fit / Ethics-Privacy の4観点。問題があれば**具体的な修正案**も併記。


【Tone & Lexicon(トーンと語彙)】

 - 丁寧/配慮あり/要件明確。顧客→「お客さま」、社内→「社内関係者」

 - 「至急!」禁止 → 代替「急ぎ目で」「目安として」

 - 命令調を弱める(〜してください→〜いただけると助かります)


【Guardrails(守り)】

 - 氏名・メールアドレス・部署名・具体金額・URL等の個人/機微情報は出力に含めないプレースホルダで表現

 - 圧・責任転嫁・あいまい期日を避ける

【SAFEチェック(最後に短評)】

 - Sendability / Accuracy / Fit / Ethics-Privacy の4観点で指摘があれば修正案も提示


【Input(AIに渡す材料)】

※ここに要件の箇条書きを記載すると上のフォーマットに沿ってAIが文章を作成します


✂……ここまでプロンプト……✂


部下との議論が必要な場合も、AIを活用した準備が有効だ。あらかじめマネジャーがAIにアイデアを出させておき、それを叩き台として持ち込む。

「何かいいアイデアはない?」とゼロから考えをひねり出すプレッシャーを与えるのではなく、「この案を一緒に検討しよう」と誘うことで、部下は余計な気まずさや負担を抱えずに済み、結果として、生産的な対話になりやすい。

AIは「準備そのもの」を担う存在へ

コミュニケーション準備でのAI活用をより効果的にするには、相手の特性に合わせたカスタマイズが有効だ。たとえば、MBTI(※1)やFFS(※2)のような診断を参考に、「この人は慎重に判断するタイプ」「感情を重視しやすい」といった傾向を入力すれば、より現実的な提案を得られる。AIは答えを断定する存在ではなく、相手を理解するための手がかりを広げる補助線として活用すべきなのだ。

こうした「叩き台の作り方」「前提の渡し方」をもっと上手にやりたいと思ったら、参考になる本や講座、コミュニティは多数ある。学びを重ねれば、AIは単なる便利ツールを超えて「職場の心理的負担を減らし、対話を前に進める準備の相棒」になっていくだろう。

※1 MBTI(Myers–Briggs Type Indicator):人の性格を16タイプに分類する心理検査。外向/内向、直感/感覚、思考/感情、判断/知覚といった指標で傾向を把握する。
※2 FFS(Five Factors & Stress理論/五因子理論):日本でよく使われる行動特性診断。人を「凝縮性・受容性・弁別性・拡散性・保全性」という五つの因子で分析し、強みやストレス耐性の傾向を把握する。
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執筆者
相馬留美

2002年にダイヤモンド社に入社し、「週刊ダイヤモンド」編集部で記者となる。その後、フリーランスに転向。雑誌「プレジデントウーマン」や「週刊ダイヤモンド」などの経済メディアでフリーランス記者・編集者として携わる。また、複数の企業・NPOでオウンドメディアの編集長を務める。2024年12月に起業し、執筆活動をするとともに、事業会社のクリエイティブに関わる。空気は読めないけれど、人が好き。

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