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「カタツムリ社員」の時代がやってきた ――頑張り方の多様性が組織を強くする
「カタツムリ社員」の時代がやってきた ――頑張り方の多様性が組織を強くする

「カタツムリ社員」の時代がやってきた ――頑張り方の多様性が組織を強くする

「静かな退職」や「カタツムリ女子」という言葉が注目される今、企業もマネジャーも“熱意”を前提としない働き方をどう受け止めるかが問われている。従業員の価値観やライフスタイルが多様化する中で、転勤廃止や社内副業制度など、生活との両立を重視した制度を導入する企業も増えている。

人口減少と労働力不足が進む中、「頑張り方の多様性」を組織の力に変えるために、マネジャーや企業は何をすべきか――。労働者の働き方に詳しいニッセイ基礎研究所 生活研究部 ヘルスケアリサーチセンター ジェロントロジー推進室 上席研究員・金明中氏の視点から探る。

金 明中

ニッセイ基礎研究所 生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任亜細亜大学都市創造学部特任准教授。独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月より現職。2022年4月より亜細亜大学都市創造学部特任准教授。

目次

静かな退職とカタツムリ女子——「会社のため」から「自分のため」へ

——近年、米国のTikTokなどSNS発信をきっかけに「静かな退職」や、オーストラリア発の「カタツムリ女子」といった言葉が急速に注目されました。金さんはニッセイ基礎研究所で「『静かな退職』と『カタツムリ女子』の台頭——ハッスルカルチャーからの脱却と新しい働き方のかたち」というレポートをまとめています。こうしたテーマに関心を持った背景を教えてください。

📖memo:カタツムリ女子

2023年ごろからSNSやメディアで広まったスラング。英語の “Snail Girl(スネイル・ガール)” は「ガールボス(Girlboss)=猛烈に働く生き方」から距離を置き、自分のペース・心身の健康・生活の余白を優先する女性像を指す。‍

 日本における生き方や働き方の価値観が大きく変化していると感じたことが背景にあります。2019年には、国主導の「働き方改革」(残業時間の上限規制や同一労働同一賃金の導入など)が始まりました。さらに2020年の新型コロナウイルス感染拡大が、その変化を加速させたと考えられます。同時期に海外では “quiet quitting(静かな退職)” という言葉がSNSで広まり、日本でも同様の傾向が見られるようになりました。「カタツムリ女子」もその一例です。

——「静かな退職」は仕事を必要最低限にとどめる考え方ですが、「カタツムリ女子」は仕事以外の時間、つまりリラックスや友人との交流、趣味を大切にする価値観ですね。

 そうですね。彼女たちは自分のペースで、心地よいと感じる暮らしと働き方を大切にしています。決して仕事をやりたくないわけではなく、スキルアップや自己啓発には積極的に取り組みながらも、ワーク・ライフ・バランスを重視するのが特徴です。

——「会社のため」ではなく、「自分のため」に働いているということですね。2016年の女性活躍推進法以降、積極的なキャリア志向が注目されましたが、「カタツムリ女子」はそうした「バリキャリ」とは対照的で、むしろ以前から多かった「同じ会社で長くコツコツ働く」女性像に近いかもしれません。

 はい。カタツムリ女子は以前から存在していましたが、これまでは組織内でメインストリームではありませんでした。かつては女性の生き方として結婚や出産が重視され、それ以外の選択肢は限られていました。しかし今の若い世代は、結婚・出産も多様な選択肢の一つとして捉えています。

「家族のために頑張る」よりも「自分のためにやりたいことをやり、それを楽しむ」働き方を重視する考えが広がっており、仕事だけでなく趣味や交流、休息といった"生活全体"を大切にする傾向が強まっています。こうした価値観の変化により、自分のペースで働くことが一つの生き方として社会に認知されるようになっています。

——多様な働き方が浸透するなかで、彼女たちの存在感も増しているということですね。

「カタツムリ」は男子も増えた

——しかし、こうした変化は、女性に限らず、若年層や男性にも広がっているように見えます。

 まさにその通りです。ギャラップ社の2024年の国際調査でも、日本は従業員エンゲージメントの低さが際立っています。世界平均が23%、アメリカが33%であるのに対し、日本はわずか6%。この数値が示すように、形式的には働いていても、心理的には職場から距離を取る人が多い。静かな退職も、その表れです。

——日本で働く人々は、なぜそこまで「働くこと」への熱量が低いのでしょうか。

 要因は複合的ですが、「頑張っても報われない」という実感は大きな要因でしょう。1990年代のバブル崩壊以降、日本は20年以上、実質賃金がほぼ横ばいでした。かつては長時間働けば昇進・昇給につながるという“成長神話”がありましたが、それが崩れた。さらにSNSで他人の生き方が可視化され、「あんなに頑張らなくても幸せそうに生きている人がいる」と実感する人が増えたのです。

——2010年代に米国で浸透した「ハッスルカルチャー」が、日本でも職場を席巻してきました。長時間労働や「働くことそのものが自己実現である」という考え方ですが、コロナ禍や働き方改革などを経て価値観が揺らぎ、静かに身を引く若者も増えてきた。多様な選択肢が生まれたことで、「ハッスル」が必ずしも最も幸せな働き方ではなくなった、という見方が出てきたということでしょうか。

 ええ。ハッスルできないのではなく、“ハッスルを選ばない”という選択をしているのです。評価制度への不信感や、リカレント教育に冷淡な企業の姿勢なども背景にあります。努力してスキルを磨いても、会社がそれを正当に評価しない。だったら、自分のペースで心身のバランスをとりながら働こうという考え方にシフトしているのです。

——「ハッスルカルチャー」を前提とした日本企業はまだまだ多いので、こうした従業員の変化は企業にとっては大きなインパクトとなりえます。カタツムリ社員の増加が与える影響について、金さんはどう見ていますか。

 これまでの制度や評価基準が、熱意や長時間労働を前提に設計されてきたため、現状との間にギャップが生まれています。これからは、社員の“熱意を引き出す”制度と、“熱意がなくても働き続けられる”制度の両立が求められます。本人の興味ややりたい仕事を引き出すキャリアサポート環境の整備、企業内副業制度や兼業の容認、公募制度、スキル開発の支援など、多様な仕組みが必要でしょう。

——そうした対応が進んでいる企業の例はありますか。

 NTTグループは2022年から原則テレワークとし、転勤や単身赴任を不要にするなど、従業員の生活との両立を重視する方向へ舵を切りました。従業員の「会社中心」から「生活との両立中心」へのシフトに応えた施策だといえます。

パナソニックも、キャリア自律支援やコネクト社内eチャレンジ(公募制社内異動制度)を導入し、個人のライフスタイルや成長を尊重する取り組みを進めています。既存のメンバーシップ型組織からの脱却と、社員一人ひとりのライフスタイルを重視する姿勢の表れでしょう。同社は社内副業制度や企業内大学「CONNECTers’ Academy」も運営しており、いずれも長く働ける仕組みを構築したいという企業の思いを反映しています。

人口減少と労働力不足が進む中、時代は「企業が個人を選ぶ」から「個人が企業を選ぶ」へと移行しています。優秀な人材を確保するためにも、多様な働き方を認める企業の意識転換は不可欠です。

マネジャーは今何をするべきか

——今の30代後半~40代前半の“中間世代”は、マネジャーとしても、働き方の価値観としても板挟みになりがちです。この世代に向けて、「静かな退職」を選んだ人や「カタツムリ社員」を前に、どんなマネジメントをしていくのがよいか、アドバイスをお願いします。

 マネジメントの役割は大きく変わっています。かつては「管理」が中心でしたが、今は「サポート」や「傾聴」が重視される時代です。マネジャーも“自分だけは頑張らなければならない”という思い込みを手放し、部下の多様な価値観を理解したうえで、共により良い職場を作っていく視点が必要です。

——変化をチャンスと捉えるということですね。

 そうです。長時間労働が見直され、生産性が向上すれば、マネジャー自身の負担軽減や待遇改善にもつながります。また、「カタツムリ社員」のような働き方が会社に広がれば、全従業員がその働き方を認められる環境が整います。それはマネジャーにとってもプラスに働くでしょう。

さらに、効率的に働く人が増えれば、生産性は高まるはずです。2023 年の日本の時間当たり労働生産性はOECD加盟38カ国中29位、主要7カ国(G7)で最下位と、労働生産性が低い国ですから、改善なしに労働時間を短縮すれば、単に労働力が減るだけです。今後は「頑張り方の多様性」こそが組織の力になります。企業は、その価値をどう認識し、制度や文化に反映するかが問われているのです。

静かな退職とカタツムリ女子——「会社のため」から「自分のため」へ

——近年、米国のTikTokなどSNS発信をきっかけに「静かな退職」や、オーストラリア発の「カタツムリ女子」といった言葉が急速に注目されました。金さんはニッセイ基礎研究所で「『静かな退職』と『カタツムリ女子』の台頭——ハッスルカルチャーからの脱却と新しい働き方のかたち」というレポートをまとめています。こうしたテーマに関心を持った背景を教えてください。

📖memo:カタツムリ女子

2023年ごろからSNSやメディアで広まったスラング。英語の “Snail Girl(スネイル・ガール)” は「ガールボス(Girlboss)=猛烈に働く生き方」から距離を置き、自分のペース・心身の健康・生活の余白を優先する女性像を指す。‍

 日本における生き方や働き方の価値観が大きく変化していると感じたことが背景にあります。2019年には、国主導の「働き方改革」(残業時間の上限規制や同一労働同一賃金の導入など)が始まりました。さらに2020年の新型コロナウイルス感染拡大が、その変化を加速させたと考えられます。同時期に海外では “quiet quitting(静かな退職)” という言葉がSNSで広まり、日本でも同様の傾向が見られるようになりました。「カタツムリ女子」もその一例です。

——「静かな退職」は仕事を必要最低限にとどめる考え方ですが、「カタツムリ女子」は仕事以外の時間、つまりリラックスや友人との交流、趣味を大切にする価値観ですね。

 そうですね。彼女たちは自分のペースで、心地よいと感じる暮らしと働き方を大切にしています。決して仕事をやりたくないわけではなく、スキルアップや自己啓発には積極的に取り組みながらも、ワーク・ライフ・バランスを重視するのが特徴です。

——「会社のため」ではなく、「自分のため」に働いているということですね。2016年の女性活躍推進法以降、積極的なキャリア志向が注目されましたが、「カタツムリ女子」はそうした「バリキャリ」とは対照的で、むしろ以前から多かった「同じ会社で長くコツコツ働く」女性像に近いかもしれません。

 はい。カタツムリ女子は以前から存在していましたが、これまでは組織内でメインストリームではありませんでした。かつては女性の生き方として結婚や出産が重視され、それ以外の選択肢は限られていました。しかし今の若い世代は、結婚・出産も多様な選択肢の一つとして捉えています。

「家族のために頑張る」よりも「自分のためにやりたいことをやり、それを楽しむ」働き方を重視する考えが広がっており、仕事だけでなく趣味や交流、休息といった"生活全体"を大切にする傾向が強まっています。こうした価値観の変化により、自分のペースで働くことが一つの生き方として社会に認知されるようになっています。

——多様な働き方が浸透するなかで、彼女たちの存在感も増しているということですね。

「カタツムリ」は男子も増えた

——しかし、こうした変化は、女性に限らず、若年層や男性にも広がっているように見えます。

 まさにその通りです。ギャラップ社の2024年の国際調査でも、日本は従業員エンゲージメントの低さが際立っています。世界平均が23%、アメリカが33%であるのに対し、日本はわずか6%。この数値が示すように、形式的には働いていても、心理的には職場から距離を取る人が多い。静かな退職も、その表れです。

——日本で働く人々は、なぜそこまで「働くこと」への熱量が低いのでしょうか。

 要因は複合的ですが、「頑張っても報われない」という実感は大きな要因でしょう。1990年代のバブル崩壊以降、日本は20年以上、実質賃金がほぼ横ばいでした。かつては長時間働けば昇進・昇給につながるという“成長神話”がありましたが、それが崩れた。さらにSNSで他人の生き方が可視化され、「あんなに頑張らなくても幸せそうに生きている人がいる」と実感する人が増えたのです。

——2010年代に米国で浸透した「ハッスルカルチャー」が、日本でも職場を席巻してきました。長時間労働や「働くことそのものが自己実現である」という考え方ですが、コロナ禍や働き方改革などを経て価値観が揺らぎ、静かに身を引く若者も増えてきた。多様な選択肢が生まれたことで、「ハッスル」が必ずしも最も幸せな働き方ではなくなった、という見方が出てきたということでしょうか。

 ええ。ハッスルできないのではなく、“ハッスルを選ばない”という選択をしているのです。評価制度への不信感や、リカレント教育に冷淡な企業の姿勢なども背景にあります。努力してスキルを磨いても、会社がそれを正当に評価しない。だったら、自分のペースで心身のバランスをとりながら働こうという考え方にシフトしているのです。

——「ハッスルカルチャー」を前提とした日本企業はまだまだ多いので、こうした従業員の変化は企業にとっては大きなインパクトとなりえます。カタツムリ社員の増加が与える影響について、金さんはどう見ていますか。

 これまでの制度や評価基準が、熱意や長時間労働を前提に設計されてきたため、現状との間にギャップが生まれています。これからは、社員の“熱意を引き出す”制度と、“熱意がなくても働き続けられる”制度の両立が求められます。本人の興味ややりたい仕事を引き出すキャリアサポート環境の整備、企業内副業制度や兼業の容認、公募制度、スキル開発の支援など、多様な仕組みが必要でしょう。

——そうした対応が進んでいる企業の例はありますか。

 NTTグループは2022年から原則テレワークとし、転勤や単身赴任を不要にするなど、従業員の生活との両立を重視する方向へ舵を切りました。従業員の「会社中心」から「生活との両立中心」へのシフトに応えた施策だといえます。

パナソニックも、キャリア自律支援やコネクト社内eチャレンジ(公募制社内異動制度)を導入し、個人のライフスタイルや成長を尊重する取り組みを進めています。既存のメンバーシップ型組織からの脱却と、社員一人ひとりのライフスタイルを重視する姿勢の表れでしょう。同社は社内副業制度や企業内大学「CONNECTers’ Academy」も運営しており、いずれも長く働ける仕組みを構築したいという企業の思いを反映しています。

人口減少と労働力不足が進む中、時代は「企業が個人を選ぶ」から「個人が企業を選ぶ」へと移行しています。優秀な人材を確保するためにも、多様な働き方を認める企業の意識転換は不可欠です。

マネジャーは今何をするべきか

——今の30代後半~40代前半の“中間世代”は、マネジャーとしても、働き方の価値観としても板挟みになりがちです。この世代に向けて、「静かな退職」を選んだ人や「カタツムリ社員」を前に、どんなマネジメントをしていくのがよいか、アドバイスをお願いします。

 マネジメントの役割は大きく変わっています。かつては「管理」が中心でしたが、今は「サポート」や「傾聴」が重視される時代です。マネジャーも“自分だけは頑張らなければならない”という思い込みを手放し、部下の多様な価値観を理解したうえで、共により良い職場を作っていく視点が必要です。

——変化をチャンスと捉えるということですね。

 そうです。長時間労働が見直され、生産性が向上すれば、マネジャー自身の負担軽減や待遇改善にもつながります。また、「カタツムリ社員」のような働き方が会社に広がれば、全従業員がその働き方を認められる環境が整います。それはマネジャーにとってもプラスに働くでしょう。

さらに、効率的に働く人が増えれば、生産性は高まるはずです。2023 年の日本の時間当たり労働生産性はOECD加盟38カ国中29位、主要7カ国(G7)で最下位と、労働生産性が低い国ですから、改善なしに労働時間を短縮すれば、単に労働力が減るだけです。今後は「頑張り方の多様性」こそが組織の力になります。企業は、その価値をどう認識し、制度や文化に反映するかが問われているのです。

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執筆者
相馬留美

2002年にダイヤモンド社に入社し、「週刊ダイヤモンド」編集部で記者となる。その後、フリーランスに転向。雑誌「プレジデントウーマン」や「週刊ダイヤモンド」などの経済メディアでフリーランス記者・編集者として携わる。また、複数の企業・NPOでオウンドメディアの編集長を務める。2024年12月に起業し、執筆活動をするとともに、事業会社のクリエイティブに関わる。空気は読めないけれど、人が好き。

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