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目的整理|なぜ、キャリア自律に1on1が必要なのか
キャリア自律とは、自らの価値観や志向性をもとに、キャリアを選択し行動できる状態を指します。
言い換えれば、「与えられた役割にただ従う」のではなく、「自分がどうありたいか」を起点に、主体的に未来を選び取っていく力を得ることとも言えます。
不確実性の高い時代において、職業人生が“会社任せ”では立ち行かなくなりつつある今、個人がキャリアに対して自律的な視点を持つことは、組織にとっても大きな価値となります。人材が“自走する”状態は、マネジメントの効率化にもつながり、組織の活力にもなります。
とはいえ、キャリアの方向性を考えることは、一人では難しいものです。
これまでの経験をどう意味づけるか、今の仕事がどんな意味を持つのか、将来にどんな可能性があるのか──。こうした問いに向き合うには支援が必要ですが、一方的な研修や情報提供では、本人の内にある答えを引き出すのは難しいでしょう。
そこで有効なのが、1on1という対話の場です。
1on1では、マネジャーの問いかけによって、本人が過去の経験を振り返り、現在の状況を整理し、未来への道筋を見出していく。マネジャーはこの「内省と問い」のプロセスを通じて、本人の気づきや選択を支援することができます。言葉にすることで「なんとなく思っていたこと」が整理され、行動の一歩が明確になります。
キャリア自律を促す1on1とは、「指導の場」でも「答え合わせの場」でもなく、自分の人生をどう歩みたいかを、安心して言葉にできる場です。その場の力を活かすことで、個人と組織の関係性もより成熟したものへと変わっていくはずです。
対話設計|キャリア自律を支援するための1on1の組み立て方
キャリア自律を促す1on1を実践するには、対話の進め方を事前に設計しておくことが欠かせません。
日々の業務進捗とは異なり、キャリアに関する対話は、意識的に“問いの深さ”と“安心できる雰囲気”を整える必要があります。
対話は、大きく四つのフェーズに分けて設計すると効果的です。
🪜フェーズ1|内省
まずはこれまでの経験を振り返り、自分にとっての「意味ある瞬間」や「頑張れていた理由」に気づく時間をつくります。
例:「これまでで一番やりがいを感じた仕事は?」「どんなときに自然と力が入っていた?」
🪜フェーズ2|意味づけ
現在の仕事や環境を本人なりにどう捉えているかを言語化していきます。
例:「今の仕事は、あなたにとってどんな意味を持っていますか?」「やらされ感を感じる場面は?逆にやりがいを感じるのは?」
🪜フェーズ3|視野の拡張
他の人の働き方や社外の事例などをヒントに、「自分がこうなれたら」という像を広げます。
例:「周囲で“いい働き方しているな”と思う人は?」「もし制約がなかったら、どんなことをやってみたい?」
🪜フェーズ4|選択と行動
対話で得た気づきを小さな行動に落とし込みます。
例:「今の環境で試してみたいことは?」「半年後、どうなっていたい?」
技術・心得|キャリア1on1を支えるマネジャーとメンバーの振る舞い
1on1は、マネジャーとメンバー双方の向き合い方によって質が決まります。効果的な実践に向けて、それぞれが意識すべきポイントを整理しました。
マネジャーの技術と心得
技術(技)
✅ 傾聴と要約で相手の話を“安心して広げられる”場にする
✅ 過去→現在→未来という順序で、思考が整理しやすいように問いを組み立てる
✅ 本人の使った言葉を繰り返して問い返すことで、価値観の言語化を促す
心得
✅ 正解を引き出すのではなく、“探索の伴走者”であること
✅ 組織の期待を押し付けるでのはなく、メンバー本人に関心を向けること
✅ 迷いや曖昧さを“未熟”と捉えず、そのまま受け止めること
メンバーの技術と心得
技術(技)
✅ 出来事+感情をセットで話すことで、自分の価値観に気づける
✅ 言葉にならない気持ちも“仮置き”しながら話してみる
✅ 完璧な目標ではなく“仮の方向性”から考え始める
心得
✅ キャリアに正解はないと知ること
✅ 話すことで見えてくるものがあると信じてみること
✅ 小さな気づきやモヤモヤでも、“話す価値がある”と捉えること
1on1はマネジャーだけでなく、メンバー自身が“話す力”を育てていく場でもあります。互いが対話の主体者となることが、キャリア自律の第一歩です。
設計・運用のヒント|キャリア1on1を“続く仕組み”にするために
キャリア自律を促す1on1は、継続的に実施される中で効果を発揮します。そのために、以下のような設計・運用の工夫が有効です。
1. テーマ設計
通常の業務1on1とは別に、「キャリア1on1」として明示的にテーマ設定を行う(例:四半期に1回など)
2. 記録活用
Kakeaiなどのツールで“本人の言葉”を残し、変化の蓄積と振り返りを可能にす
3. サーベイ連動
Will / Can / Must への自覚度を測る簡易サーベイを組み合わせ、対話の焦点を明確にする
4. 越境支援
ナナメの1on1や他部署・先輩との対話など、複眼的な視野拡張の場を設計する
キャリアドック1on1の注意点
部下のキャリア形成支援(キャリアドック)の一環として1on1を行う際、いくつかの落とし穴に注意が必要です。これらを回避することで、本来の目的である内省と対話の場として機能します。
① 評価と結びつけない
目的は“評価”ではなく“内省と対話”であることを明示する。
✅ 今後の配置の参考にされる」と思われると本音が出にくくなる
✅ 「評価には影響しません」と冒頭で伝えることで安心感が生まれる
✅ 上司は“ジャッジしない姿勢”を意識する
② “答え”を求めすぎない
明確なキャリア目標がなくてもよい、という前提で進める。
✅ 「将来どうなりたいの?」と聞くとメンバーは言葉に詰まりやすい
✅ 「最近楽しかった仕事」「なんとなく気になるテーマ」など“手がかり”から探る
✅ 曖昧さや迷いを尊重し、“今考えていること”に耳を傾ける
③ Will・Can・Mustの整理にこだわりすぎない
フレームを埋めることが目的化しないよう注意する。
✅ 形式的に「Willは?」「Canは?」と聞くと、自由な発想が妨げられることも
✅ 「今の仕事どう感じてる?」「やってみたいこと、何かありますか?」と柔らかな問いを使う
✅ 枠にはめすぎず、対話の流れを大切にする
④ キャリア=異動や昇進という発想を手放す
その場での成長や、働き方の意味づけも立派なキャリア選択。
✅ 異動希望や昇進意欲がない=キャリア意識がない、とは限らない
✅ 「今の仕事をどう捉えているか」「どう働けたら納得感があるか」も重要な問い
✅ 目の前の仕事への取り組み方を変えることも、キャリアの選択として認める
⑤ 本人の“言葉”を大事に残す
発した言葉を記録し、意味づけ・振り返りに活かす。
✅ 「その言葉、印象的ですね」とリアルタイムで返すことで、本人の内省を深める
✅ 次回の1on1で「前回こう言っていましたね」とつなげることで継続的な思考が育つ
✅ Kakeaiなどのツールを使って“本人の言葉”を蓄積できると理想的
キャリアドックは、“問いを一緒に育てる場”
キャリアドックの1on1は、「答えを引き出す場」ではありません。
迷い・違和感・憧れといった、メンバーの言葉になりきらない気持ちを大切にしながら、
一緒に問いを育て、選択肢を広げる“対話の時間”です。
上司は“導く人”ではなく、“寄り添いながら問いを照らす人”であることが大切です。
その時間が、本人のキャリア自律のきっかけになります。
おわりに
キャリア自律とは、環境に振り回されず、「自分で選び、自分で決め、自分で動く」ことを目指す力を得ることです。
その力を育むには、押しつけでも、放任でもなく、上司が“問いと対話”によってメンバーの内側から主体性・主体的な意志・本人の意志や大切な価値観などを引き出すことが必要です。
1on1はそのための場です。丁寧に、粘り強く、一人ひとりの言葉と向き合うことで、キャリアの解像度が上がり、未来の選択肢が広がります。
“自分で選ぶ力”を育てる1on1。それは、個人の未来だけでなく、組織の未来をも切り拓く鍵になるのです。