なぜ上司は部下を信頼できないのか。「職場の信頼構造」を徹底解剖

半数以上の職場で、上司が部下を十分に信頼できていない——。パーソル総合研究所の調査が明らかにした驚きの実態だ。

同研究所は、上司と部下の信頼関係を「四つの要素」で捉え直し、そのメカニズムを解明した。テレワーク時代の職場で何が起きているのか。調査から見えてきた信頼の構造に迫る。

テレワーク時代が変えた職場の信頼構造

コロナ禍でテレワークが普及し、多くの職場がハイブリッドワークへと移行した。パーソル総合研究所の井上亮太郎上席主任研究員は、この変化が職場の根本的な構造を変えたと指摘する。

「現代の職場づくりのキーワードは“安心”から”信頼”へと転換しています」(井上氏)

ここでいう「安心」とは、相手の行動が予測可能な環境に置かれている状態を指す。従来のオフィス勤務では、物理的な近さが一種の抑止力として機能していた。上司が部下の働きぶりを直接観察でき、部下の怠慢は即座に評価に反映される。部下は自己の不利益を避けるために勤勉に働く——。これは相手の誠実さへの期待ではなく、環境が生み出す行動の必然性への期待だ。

「信頼」は少し違う。相手の能力と誠実な意図に期待し、監視や管理ができない状況でも相手に身を委ねることだ。テレワークではまさにこの「信頼」が不可欠になる。物理的な監視が効かない中、上司は部下の職務遂行能力と職業倫理に期待し、リスクを承知で仕事を委ねなければならない。

パーソル総研の2020年調査では、管理職の46.3%が「業務の進捗がわかりにくく不安だ」と回答し、部下の39.5%も「非対面は相手の気持ちが察しにくい」と感じていた。監視による統制から期待による協働へ。この変化が職場運営を難しくしている。

上司と部下の信頼関係のメカニズムを解明する

この構造転換を踏まえ、井上氏のチームは上司と部下の信頼関係がどのようなメカニズムで成立するのかを解き明かすことにした。

従来の職場の信頼研究の多くは「どうすれば上司が部下から信頼されるか」に焦点を当ててきた。しかし井上氏は、信頼関係にはもう一つ重要な要素があると考えた。それが「被信頼感」——相手から信頼されているという実感だ。

人は相手の言動から「自分は信頼されている(されていない)」と推察する。この被信頼感もまた、信頼関係の形成に何らかの役割を果たしているのではないか。井上氏は、信頼と被信頼感が相互に影響し合いながら関係を深めていく可能性に着目した。

もう一つ井上氏が注目したのは「上司が部下をいかに信頼するか」である。「現場の管理職から『どうすれば部下を信頼できるのか』という相談を受けることが多い」のだという。

こうした問題意識から、井上氏らは職場の信頼関係を四つの要素で捉え直した。

 ① 上司 → 部下の信頼
  上司が部下を信頼している度合い
 
 ② 部下の被信頼感
  部下が「上司から信頼されている」と感じる度合い
 
 ③ 部下 → 上司の信頼
  部下が上司を信頼している度合い
 
 ④ 上司の被信頼感
  上司が「部下から信頼されている」と感じる度合い

従来は①と③の両立が信頼関係とされてきた。しかし井上氏らは、四つの要素が互いに影響し合い、らせん状に強化されていくという仮説を立てた。

上司が部下を信頼する → 部下はそれを感じ取る → 部下も上司を信頼するようになる → 上司はそれを感じ取る → 上司はさらに部下を信頼する——このような循環が、時間とともに強まっていくのではないか。それが井上氏らの仮説だ。

大規模ペア調査で見えた職場の実態

井上氏の研究チームは大手企業5社で、管理職304名とその部下1,848名による大規模調査を実施した。上司と部下をペアで調査し、3カ月後に追跡調査も行った。

調査では、四つの要素(①上司→部下の信頼、②部下の被信頼感、③部下→上司の信頼、④上司の被信頼感)に着目し、これらの関係性が時間とともにどう変化するかを検証した。

追跡調査を実施後、重要な発見が得られた。四つの要素の間の相関係数がすべて上昇していたのだ。

例えば、上司が部下を信頼することと部下の被信頼感の相関は0.13から0.23へ、部下が上司を信頼することと上司の被信頼感の相関は0.22から0.28へ上昇した。

「時間の経過とともに、四つの要素の相関関係がすべて強まっていた。これは信頼関係が『らせん構造』を持つことを示唆しています」。井上氏はそう説明する。

本調査で井上氏が上司部下ペアを分析したところ、三つの類型が見つかった。互いに信頼し合う「正のらせん関係」(26.4%)は、職場業績も働く幸福感も高かった。

互いに信頼していない「負のらせん関係」は21.1%。そして最も多かったのが、部下は上司を信頼しているが上司は部下を十分信頼していない「信頼の一方向不全関係」(52.4%)だった。

井上氏はこの一方向不全関係を「部下の片思い状態」と表現し、「負のらせん関係に転ぶリスクをはらんでいる」と警鐘を鳴らす。信頼関係は放置すれば自然に良くなるものではなく、良い関係はより良く、悪い関係はより悪くなるという「らせん構造」を持っているためだ。

では、どうすれば「片思い状態」を脱し、正のらせんへと転換できるのか。

後編では、本研究が明らかにした以下の三つの知見を紹介する。

 ✅ 上司が部下を信頼する要因
 ✅ 被信頼感の形成メカニズム
 ✅ 1on1ミーティングが信頼関係に与える効果

📕後編「どうすれば相手から信頼されていると思えるのか? 職場の人間関係の新常識」はこちら

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