加藤守和PwCコンサルティングディレクター、ジョブ型や成果主義、コンピテンシーなど人事ブームを紐解く

人事バズワード30年史を紐解く、日本型雇用の向かう先

加藤守和PwCコンサルティングディレクター、ジョブ型や成果主義、コンピテンシーなど人事ブームを紐解く

新卒一括採用、年功序列、終身雇用など日本の伝統的雇用慣行が崩れ、代わりにジョブ型雇用が広がるなど、日本の人事制度も大きな転換点を迎えています。

とはいえ、多くの人はご存じでしょう。日本では昔から成果主義のようなブームが幾度も訪れては頓挫していった”黒歴史”があることを。

とりわけ人事の領域では、センセーショナルな「バズワード」が生まれ、数年経つと今度は別のブームに移り変わるということが繰り返されてきました。

その一因として人事は、個人のキャリアや働き方、評価、昇進、そして給料に影響を及ぼす身近なテーマ。それだけにバズワードとして世の中に広がりやすい側面があるのでしょう。

とはいえ、流行が生まれては消えていくばかりで、本当の日本の人事課題が何であり、人事改革がどこに向かっているのか分からないというのは由々しき問題です。

今回、人事の世界で長くコンサルティングに携わっているPwCコンサルティングのディレクター、加藤守和氏に日本の人事ブームを紐解いてもらい、今後の展望について語ってもらいます。

PwCコンサルティング、ディレクターでジョブ型やスキル型、従業員エンゲージメントなど人事領域に詳しい加藤守和氏

30年で3度のブーム

──人事領域では1990年代の成果主義を皮切りにバズワードが次々に生まれてきました。加藤さんは、この30年の人事の潮流をどのようにみていますか。

確かに人事の世界ではブームが起こっては沈静化するというサイクルが繰り返されてきました。中にはジョブ型雇用のように盛り上がっては下火になり、また盛り上がるという”振り子”のような現象も起こりました。

これまでを振り返ると、大きく分けて三つの波があったと考えています。最初の波は1990年代後半に起きた「成果主義ブーム」です。

当時、電機業界を中心に海外の人材マネジメントを導入しようという気運が高まっており、事業再編とセットで導入されるケースが多く見られました。年功序列的な報酬制度を改め、ジョブディスクリプション(職務記述書)を作成したうえで成果に応じて報酬を決めるという試みでした。

──およそ30年前に起きた成果主義は、現在広がっているジョブ型とほぼ同様の制度でもあったのですね。昨今のトレンドは”第二次”ジョブ型ブームということになります。

ご承知の通り、1990年代のこの取り組みは定着しませんでした。主な要因として、ジョブディスクリプションを導入することが目的化してしまい、その後のメンテナンス(組織や事業戦略の変更に応じてジョブディスクリプションを修正していくこと)が追いつかなかった点が挙げられます。

こうして最初の波はいったん下火になりました。この一連のブームは、欧米の制度をそのまま持ち込んでも日本企業の風土には馴染まないという教訓となりました。

流動化する人材、離職率の増加が日本的雇用の根幹を揺るがしている
AzmanL/iStock

第二の波は、2000年代前半に注目された「コンピテンシー」です。

ジョブ型という「職務」を起点にした人事制度が機能しなかったことの反省から、日本の人事が従来から立脚してきた「人」視点に回帰し、コンピテンシーによって新しい人事制度を構築しようとする動きが広がりました。

ただ、コンピテンシーには、スキルや知識のような見えやすいものだけでなく、その根底にある思考特性や行動特性が含まれます。概念が非常に抽象的で、心理分野の知見も一部求められます。現場のマネジャーの理解が不十分なまま導入しても、充分に機能しません。

こうして一部の企業を除いて目立った成果がないまま、第二の波も下火になりました。

そして2010年代に入ると再びジョブ型の波が訪れます。今度は「グローバルグレーディング(企業グループ内の人事処遇の世界統一基準)」という形で、主に大手グローバル企業が中心にジョブ型を導入する機運が高まりました。

ジョブ型の流れは不可逆

──第三の波としての第二次ジョブ型ブームの背景にあるのがグローバル化だと。確かに高度経済成長期の「輸出モデル」は、日本人が日本で大量生産した製品を海外に流し込んでいる点からして、真のグローバル経営とは言い難い面もありました。

まさに昨今のグローバル経営の深化が、第三の波の背景にあります。

日本人同士で阿吽の呼吸でやっていた時は問題なくても、外国人上司と日本人部下のような組み合わせが常態化すると、日本でしか運用できない人事マネジメントでは組織にほころびが生じます。

外国人にはジョブディスクリプションがない日本のやり方は理解不能です。外国人マネジャーからすれば、「仕事を規定せずに、どうやって仕事をするのか」と疑問に思うでしょう。

加藤守和PwCコンサルティングディレクター、人起点の日本型と職務起点のジョブ型の違い

もう一つの大きな要因がDX(デジタルトランスフォーメーション)です。ほとんどの企業にとって、DXに対応するには既存の人材が持つスキルセットだけでは不十分です。

そこで、自社のDXにはどのような仕事が新たに生まれ、どのようなスキルセットが求められるのかを先に明確に定義し、適切な人材を採用または育成していく必要があります。そのためにジョブ型に移行する企業が増えています。

これは、これまでのように成果主義やグローバル経営を背景とするジョブ型の機運に対して、「事業を変革させる」という動機に基づいている点において新しい動きです。

──人事の世界では、これまで何度もブームの揺り戻しが起こりました。今回の第二次ジョブ型機運が本当に定着するのか今も懐疑的な向きもあります。

私はジョブ型への流れそのものは不可逆だと考えています。

既存の仕組みを温存することで企業競争力が損なわれれば、企業にも社員にも不幸な結果を招きます。全ての企業がジョブ型に移行するとは思わないものの、7、8割の企業にとってはジョブ型がフィットすると思います。

だから、重要なのは経営トップのコミットメントです。経営者自らジョブ型が必要である理由を丁寧に説明する努力が求められます。

実際に成功例も生まれつつあるので、多くの企業が変革に対して前向きになっていると感じています。これも現在のジョブ型が一過性の流行で終わらないと思う理由の一つです。

PwCコンサルティング、ディレクターでジョブ型やスキル型、従業員エンゲージメントなど人事領域に詳しい加藤守和氏
撮影:Ken Hiraoka

ジョブ型を紐解く六つの背景

──一口に「ジョブ型」と言っても、職務記述書を作る企業もあれば作らない企業もあるように、企業ごとに制度も導入目的も様々です。これらを体系化することは可能ですか。

ジョブ型を取り入れる狙いには、「過去の否定」と「将来への投資」という二つの側面が入り混じっているため、多様に見えるのだと思います。

まず「過去の否定」という側面では、主に三つのポイントがあります。

一つ目は「年功的報酬の是正」、 二つ目は「専門人材の育成と採用」、そして三つ目は「終身雇用の限界への対応」です。

まず一つ目の「年功的報酬の是正」について、パフォーマンスが異なるのに報酬の差がつかない人事体系では、高いパフォーマンスを上げている社員のモチベーションが削がれてしまうという問題は昔からありました。

──日本でも転職する人が増えてきたことで、優秀な人材がより良い待遇を提示する外資系企業またはスタートアップへと流出するという現実を伝統的な日本企業は突き付けられています。

これは二つ目の「専門人材の育成と採用」とも関連してきます。

そこで年齢ではなく職務の価値や責任の大きさに応じて報酬を決定することで、特に若手や中堅の優秀層における不公平感をなくそうとするためのジョブ型が注目されています。これは1990年代の成果主義ブームと根は同じです。

ジョブローテーションなどを通じたゼネラリスト育成の仕組みだけでは、もはやグローバル競争に太刀打ちできないと判断する企業が増えてきました。特にAIのような分野では、日本の伝統的な賃金カーブを超えた報酬金額を提示しないと優秀な人材は採用できません。

付け加えると、かつてのように廉価な良品を大量生産、大量販売するビジネスとは異なり、今隆盛のソフトウェア産業では一人の天才によって市場構図を塗り替えることもあり得るようになりました。

PwCコンサルティング、ディレクターでジョブ型やスキル型、従業員エンゲージメントなど人事領域に詳しい加藤守和氏
撮影:Ken Hiraoka

──半導体の「設計」を例にとると、アップルやAMD、テスラを渡り歩いたジム・ケラーという天才エンジニアによって業界勢力図が一変したことが挙げられます。

卓越した人材を獲得するための仕組みとしても、職務の価値やスキルの希少性に応じて処遇を決められるジョブ型が求められています。

三つ目は「終身雇用の限界への対応」です。全社員が一律にその会社で定年まで勤め上げるのは明らかに難しくなっています。

そこで社員にキャリア自律を促して、リスキリングしながら社内外で通用する専門性を身につけてもらう。それが企業の競争力の向上をもたらし、結果として雇用も継続できる。このような会社と個人の関係を志向する企業にとって、ジョブ型は一つの有効手段となっています。

──次に「将来への投資」についてお話をお聞かせください。

一つ目は「生産性向上」。外国人から見ると、職務を規定しないで皆で仕事する日本企業の働き方は非効率に見えます。「無限定正社員」という日本の雇用契約が長時間労働を助長してきた側面があります。

そのアンチテーゼとして、何時間残業したかではなく、ジョブディスクリプションで仕事内容とその対価を明確化することで、生産性を高めようという動きです。

二つ目は「グローバルな人材マネジメントの実現」。先ほど触れた通り、「日本社員だけ別の人材マネジメント」とすることの限界を乗り越え、クロスボーダーな人事管理の必要性に応じるものです。

そして三つ目が「戦略的な人材ポートフォリオの構築」です。先ほどのDX対応とも関連します。その会社が伸ばしたいと考えている事業領域には、どのような職務やスキルが必要となるのかを明確にしたうえで、計画的に人材を育成・配置していくためのジョブ型です。

ジョブ型を巡る背景、給料・報酬、育成、終身雇用の限界、生産性、グローバル化、人材ポートフォリオ

従来型とジョブ型のハイブリッド

──先ほど海外の仕組みをそのまま取り入れてもうまくいかなかったという話がありました。ジョブ型を定着させるなら「和洋折衷」のようなアレンジが必要になるのでしょうか。

いわゆる「ハイブリッド型」が主流になるのではないでしょうか。

あらかじめ組織における職務を決め、職務の難易度や責任の範囲に応じて報酬を決めるジョブ型と、日本の伝統的なジョブローテーションや育成システムを組み合わせた制度です。

その大きな理由として挙げられるのが日本の教育システムです。一部の工学部や高等専門学校(高専)などを除けば、 日本の学校教育は職業教育ではなく一般教養が中心です。

例えば、新卒でコンサルティングファームに入社する場合、海外であれば大学で習得した知識やインターンでの実績を買われ、即戦力として迎えられるかもしれません。

一方、日本ではいわゆる「ポテンシャル採用」が中心でした。新卒者の多くが”アマチュア”として企業に入社し、入社後に企業内でOJTやジョブローテーションを通じて育っていく仕組みです。

──サントリーの新浪剛史会長も「日本の教育を考えると20代のうちはジョブローテーションが有効」と述べていました。実例としては、カゴメが多様な経験を積ませて部署間連携を推進するという狙いから、職務記述書のない、かつジョブローテーションのあるジョブ型を取り入れています。

歴史的に日本では、新卒一括採用とその後の育成は社会システムの一部として組み込まれてきました。ですから、入社という入口から人材を育てるという人材育成モデルは、今後も一定程度残ると考えられます。

戦後に確立された新卒一括採用やジョブローテーションは日本の伝統的企業(JTC)の慣行
撮影:Ken Hiraoka

結果、多くの企業ではハイブリッド型として、若い社員には日本の伝統的な育成を適用し、その後にジョブ型人事に移行する仕組みが主流になるのではないでしょうか。

──若年層の失業率が欧米に比べて低い日本の現状を鑑みても、日本型雇用にもメリットがありそうですね。

くしくもコロナ禍における雇用情勢で、日本と欧米で対照的な現象が起こりました。

日本では中高年の雇用不安が指摘されました。これは、年功に沿った(高い)報酬とパフォーマンスが乖離していたことが背景にあります。

一方、欧米では経験豊富なシニアの雇用が比較的安定していたのに対し、若年層の失業拡大が懸念されました。この対極的な現象からも、日本と海外の雇用観の違いが表れています。

中編【注目】次世代雇用「スキル型」は日本に広がるのか」に続く

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