神奈川・愛知で認可保育園13園を運営する中央出版では、保育士の離職リスクが顕在化し、園長のマネジメントスキル不足が組織課題となっていた。
保育事業のゼネラルマネジャーを務める岡田鉄平氏は、その解決策を「対話」に見出し、2023年に組織的な1on1を開始した。そのチャレンジは「制度の形骸化」との闘いでもあった──。
目次
保育士の口から漏れた「想定外の答え」
「あ、今月は園長と1on1できてません」
自身が統括する「アイン保育園」を訪れた岡田氏が保育士に声をかけると、想定外の答えが返ってきた。
(あれ? 園長は「やった」と言ってたけど……)
岡田氏はそう思ったが口には出さなかった。それと同時に、自身が導入した1on1制度が徐々に形骸化していることを察知した。
誰もがすぐに転職する時代
保育士たちの離職──。これが岡田氏が最も避けたいことの一つだ。
アイン保育園の職員は女性が9割を占める。0歳から5歳のクラスごとに2、3人の保育士がチームを組み、基本的に毎日同じメンバーと過ごす。こうした環境では「周りに合わせる」ことが常態化し、本音を言えずに悩みを抱え込む保育士が少なくない。
人材不足の現在、働き手は待遇だけでなく人間関係の良い職場を求めて簡単に転職してしまう。アイン保育園でも離職リスクが現実的な脅威となっていた。
岡田氏は元園長経験者3人を「トレーナー」に任命し、各園を巡回させる体制を敷いた。悩みを抱えた保育士がいれば、トレーナーが相談に応じる仕組みである。
このトレーナー制度と並行して、岡田氏は別の取り組みも検討した。
あらゆる問題を園長主導で解決できる環境を作りたい。その鍵は園内コミュニケーションの活性化にある。岡田氏はそう考え、2023年に1on1制度を導入した。園長が正社員の保育士全員と月1回、15分から30分個別面談を行う仕組みだ。
保育士との対話を重ねることで園長のマネジメント力を高め、離職リスクの抑制を含む組織課題に対応できる体制づくりを狙った。
制度設計は明快だった。だが、運用が始まると現実的な壁が立ちはだかった。
「端的に言えば、じっくり対話する時間を安定して取れないんです。保育職員は基本的に現場で子どもたちの保育に入っていますから」(岡田氏、以下同)

対話の時間を確保するため、園長も保育士も必死にやりくりしていた。
「“午睡”って分かりますか? 子供たちのお昼寝の時間です。現場を抜けやすいそのタイミングになんとか1on1を行っていました」
しかし、多忙な業務に追われる中で、1on1の実施状況は園ごとにばらつきが生まれていく。そして事態は望ましくない方向へ。
「本部が実施状況をチェックしているから、とりあえずやる、という園が出てきたように感じられました。実施したと報告しているが、きちんと行われているか気になるケースが散見されたのです」
岡田氏は各園を直接訪問し、保育士たちに話を聞いて回った。そこで冒頭の場面につながる。
保育士たちの話と園長の報告が食い違う。その現実を目の当たりにして、岡田氏は一部の園で制度がおざなりになっていることを悟った。
ツールの導入による1on1の効率化
1on1はなぜ形骸化し始めたのか。「話す時間が取れない」ことはもちろんだが、それだけではない。
「保育士と1on1を行う際、園長は話しながら対話の記録を取り、1on1終了後にそれをスプレッドシートに打ち込み、本部に報告・共有します。本部としては、報告を通じて園長の困りごとを早期に把握し、解決をサポートしたいという思いがあります。ただ、そのための記録作業が園長にとって大きな負担となり、1on1敬遠の一因となっていたと考えられます」

岡田氏は状況の打開に向けて新たな手を打った。対話の内容を自動で要約する1on1ツール「Kakeai」を2025年4月に導入したのである。
「対話の記録が自動化されれば、園長は話に集中でき、1on1終了後の煩雑な作業からも解放されます。また、過去の対話の中身を見返すことで、次回の話題が決めやすくなり、部下の成長目標に沿った一貫性のある対話を継続できるようになります」と岡田氏は期待を語る。
Kakeaiは運用の効率化のみならず、1on1の実態も見える化する。アイン保育園では園長たちの“無意識の偏り”が早速可視化された。
「一部の園長は話しやすい保育士との1on1を優先的に行い、実施回数も多い一方、関係が築けていない保育士とは未実施だったり後回しになっていたりしました」
データの可視化が進んだことで、園長たちにも変化が現れた。
Kakeaiを使った1on1では、終了後に部下が対話の満足度を入力する。満足度が低いと赤く、高いと青く表示され、マネジャーは自身の対応の良し悪しを直感的に把握できる。
「各園長には月一回の全体会議で1on1の実施状況を報告してもらっていたのですが、Kakeai導入後は園長たちが自身の満足度の画面をコピーして持参し、皆で共有するようになりました」
会議の場で自らの1on1データを見せ合う園長たち。周りに比べ赤い表示が多くて落ち込む者もいれば、青い表示が多い者もいる。
ただ、園長たちは比較して一喜一憂するだけでなく、「青が多くても、部下と表面的な話しかできていない可能性もある」などと対話の質を深く分析し始めた。
この反応に岡田氏は手応えを感じた。
「人によって現状が異なることが可視化され、それを共有することで各園長が自己理解を深めながら前に進める環境ができてきたな、と」

1on1を形骸化させないためにできること
アイン保育園では「ダイアローグ・プラクティス」を今年の年間テーマとして掲げる。
「各園長は、対話の習慣を楽しみながら1on1の回数を増やし、1on1のデータを見ながら自身の課題に気づき、それを自ら克服していく。このような風土をつくることを目指しています」
岡田氏が対話を通じた変革を進める背景には、業界を取り巻く環境の変化がある。
「待機児童が多かった時代は黙っていても園児は増えましたが、今は保育園も淘汰される時代です。こうした環境で生き残るには、保育の質を高めることが不可欠です。アイン保育園の保育理念は『みらいを生き抜く力を育てる』。この理念を子どもたちに伝えるためには、まず職員自身がその力を体現していなければなりません。それに向けて、一生懸命働いてくれている職員の成長を支援する環境づくりに力を入れています」
岡田氏自身、環境づくりのために闘ってきた。1on1導入時も抵抗があったことを明かす。
「嫌われないように組織を運営するのは簡単です。しかし、それは人に優しいのではなく、自分に優しいだけです。新しいことを導入する際は、園長との摩擦を恐れず信念を持って推進し、それと同時に、相談や要望にじっくり耳を傾けることが大切です。こうした姿勢を貫き、保育の現場で10年かけて築いた信頼関係があったからこそ、最初は反発された1on1導入も、最終的には理解を得ることができたと思っています」
保育の現場に対話の文化を定着させ、フラットな職場環境へと進化することが岡田氏の目標だ。
「新人からベテランまで誰もが意見を出し合い、新しいアイデアを生み出し続ける環境をつくりたい。職員一人ひとりが“レジリエンス力”を身につけ、主体的に動くようになれば、園はどんどん強くなっていきます。対話は組織を前進させる原動力になると思っています」
1on1導入から2年。岡田氏の組織変革への挑戦はこれからも続く。

撮影:小島マサヒロ
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