日々めまぐるしく変化する現代のビジネスシーンでは、どんな優秀な人でもミスを完全に避けることは難しくなっています。そんな中で、ミスを糧にして柔軟に立ち直り、逆境をむしろ成長のチャンスに変えられる「レジリエンス」が注目を集めています。
本記事では、レジリエンスの定義や構成要素、組織や個人がそれを高めるための具体的な方法を解説します。
目次
レジリエンスとは何か?
「レジリエンス」という言葉を耳にすると、多くの方は「強さ」や「我慢強さ」を思い浮かべるかもしれません。しかし、この概念が示す本質的な力は、“ただ耐える”のではなく、“弾力のあるしなやかさ”をもって状況に適応し、立ち直っていく能力にあります。
たとえば、仕事や家庭などでストレスフルな環境に置かれたときでも、心が折れることなく、逆境を成長の糧に変えられるのは、レジリエンスが高いからだと言えるでしょう。
レジリエンス(Resilience)の語源は、ラテン語の「resilire(跳ね返る、弾む)」に由来し、日本語では「精神的回復力」「逆境力」などと訳されることもあります。
「メンタルタフネス」や「ストレス耐性」との違い
レジリエンスとよく似た言葉として「メンタルタフネス」や「ストレス耐性」があります。メンタルタフネスやストレス耐性は「厳しい状況でも折れずに踏ん張る」というイメージが強く、“粘り強さ”や“気合い”に近いニュアンスで使われることが多い概念です。
たとえば、大きなクレーム案件に直面したとき、メンタルタフネスだけで乗り切ろうとすると、担当者が「とにかく自分で何とかする」「弱音は吐かない」と孤軍奮闘しがちです。
それに対して、レジリエンスが意識されている企業文化では、チームで問題点と対策を共有しながら、失敗を糧に新たなサービス改善案や研修プログラムの開発につなげることができます。
つまり、メンタルタフネスやストレス耐性が「個人の内面の強さ」を重視するのに対して、レジリエンスは「個人や組織が失敗から学び、柔軟に立ち直るしなやかさ」を育む視点が特徴的です。
現代のビジネスシーンでは、単に耐え抜くだけでなく、状況を好機に変える柔軟性が求められるため、レジリエンスが必要とされる場面はますます広がっていると言えるでしょう。
レジリエンスが注目される背景
コロナ禍で広がったリモートワークは徐々に落ち着きを見せ、最近では週数日の出社やハイブリッド勤務を導入する企業が増えています。しかし、職場に戻ることで通勤や対面コミュニケーションによるストレスが再燃し、リモート時代の働き方を好む人々との意識のギャップが表面化するなど、新たな課題も生じています。
一方、AIやロボティクスの急速な普及によって「自分の仕事が機械に取って代わられるのではないか」という不安が社員の間で高まり、さらに、ロシアのウクライナ侵攻や世界的な物価高といった地政学・経済的リスクが、ビジネス環境の不安定化を一層加速させています。
サプライチェーンや原材料価格の乱高下により、業種を問わず経営判断の難易度が上昇し、企業も個人もこれまでにないほど柔軟な対応力を迫られているのが現状です。
こうした状況で、変化を恐れて現状維持を続けたり問題を先送りしたりする組織は、大きなリスクを抱え込むことになりかねません。
絶え間ない変容にさらされている今だからこそ、逆境から学び、しなやかに立ち直る「レジリエンス」が求められているのです。
レジリエンスが高い人の特徴
レジリエンスが高い人に共通するのは「出来事を一面的に捉えず、可能性を探ろうとする姿勢」です。
ミスや失敗をしたときに、「なんて自分はダメなんだろう」と思い込む前に「ここから学べることはないかな?」と視点を変えられる柔軟性が、周囲から見ても非常に頼もしく映ります。
また、「自力で何とかしなければ」と思い詰めず、周囲とのコミュニケーションを通じてサポートを得るのも特徴です。孤立しそうになったときに素直に「助けてほしい」と言える人は、結果的に状況をプラスに変えやすいでしょう。
一方で、レジリエントでない人はネガティブな出来事を長く引きずりやすい傾向があります。
「もう自分には無理だ」と思い込んでしまい、周囲と話す機会を失う中で、さらに自信を失ってしまいます。こうした悪循環を断ち切るためにも、“レジリエンスを意識的に育てる”ことが大切です。
以下に、レジリエンスを構成する代表的な要素や、それを高めるための主要なフレームワークについてまとめました。
レジリエンスを構成する代表的な要素
レジリエンス研究の第一人者であるペンシルバニア大学のカレン・ライビッチ博士は、レジリエンスが八つの要素から成り立っていると説明しています。
それらは「自己認識」「自制心」「精神的敏捷性」「楽観性」「自己効力感」「つながり」「生物学的要素(遺伝子)」「家族、コミュニティー、組織などの社会制度」です。博士によれば、このうち「生物学的要素」と「社会制度」を除く六つの要素が、個人のレジリエンス力を高める上で特に重要とされています。
❶ 自己効力感(自分ならできるという感覚)
👉 失敗しても「また挑戦できる」と思える度合いに影響。逆境を乗り越えた経験は自信をさらに強化し、次の行動力の源泉となる。
❷ 自己認識 (自分を客観的に把握する力)
👉 強みや弱み、自分の思考パターンを理解することで、適切な対処が可能に。正確な自己認識をすることが、立ち直りへの第一歩となる。
❸ つながり(周囲とのつながり、社会的サポート)
👉 困難に直面した際、家族や同僚、信頼できる仲間、支援者の助けを得やすい環境にいることで落ち込むリスクを下げられる。「つながり」は人間関係のみならず、趣味や娯楽も含む。
❹ 自制心(感情を暴走させない術)
👉 怒りや不安に飲み込まれず、冷静さを保ちながら行動する力。自己認識によって感情や思考を把握した後、それらをコントロールして適切な行動へと導くことがレジリエンスの基盤となる。
❺ 問題解決力(困難にぶつかったときの対応力)
👉 逆境に直面した際、感情的にならずに冷静さを保ち、問題の本質的な原因を分析して適切な解決策を迅速に見出す力。この力により、状況を多角的に捉え、現実的、客観的、かつ実務的な対応が可能になる。
❻ 楽観性(未来をポジティブに捉える姿勢)
👉 前向きな見通しを持てるだけで、困難を乗り越えるエネルギーが湧きやすい。ストレスや困難を単なる脅威としてではなく、自己成長の機会として捉えることで、効果的に対処する力につながる。
これらの要素は相互に影響し合い、複数をバランスよく強化することでレジリエンス全体が底上げされるといわれています。
レジリエンスを高めるフレームワーク
上記の6要素に加えて、研究者や専門家が提案するさまざまなフレームワークを組み合わせると、自分や組織の課題に合わせて多角的にレジリエンスを育てられます。
以下は代表的なものの一例です。
1. PERMAモデル(ポジティブ心理学)
心理学者マーティン・セリグマンが提唱した、ウェルビーイング(幸福感)を構成する五つの要素です。
📌 Positive Emotion(ポジティブ感情)
📌 Engagement(没頭感)
📌 Relationships(良好な人間関係)
📌 Meaning(人生の意味・目的)
📌 Achievement(達成感)
これらの項目はそれぞれが相乗効果を生み出し、人生における喜びや充実感を高める基盤となります。たとえばポジティブな感情を増やす取り組みをしながら、没頭できる活動や良好な人間関係を築けば、辛い状況でも“しなやかな回復力”が発揮されやすくなります。
2. CD-RISC(Connor-Davidson Resilience Scale)
研究や臨床の場で広く用いられる、レジリエンスを測定する自己評価式の尺度です。標準的には25項目版が用いられ、5因子構造を仮定する研究も多く報告されています。
一般に、以下の3点を総合的に評価
するのが特徴です。
✅ 人生をコントロールできていると感じられる度合い
✅ 困難への楽観性や希望感
✅ 粘り強く対処する態度
数値化されたスコアを参考にすれば、自分の強み・弱みを客観的に把握し、強化すべきポイントを絞り込むのに役立ちます。定期的に測定し、行動変容の成果を確認することでレジリエンスを高めるモチベーションを保ちやすいというメリットもあります。
3. 「七つのスキル」アプローチ
企業研修などで導入されやすいモデルです。
📌 目的・目標設定
📌 自己客観視・自己モニタリング
📌 ポジティブ思考(リフレーミング)
📌 感情コントロール
📌 問題解決・意思決定
📌 人間関係・コミュニケーション
📌 セルフケア(休養やマインドフルネス)
これらのスキルを体系的に学び、練習することで、総合的に“しなやかな回復力”を高めることを目指します。たとえば、目標設定が明確になると自己モニタリングもしやすくなり、問題解決力や感情コントロールもよりスムーズに発揮されます。
4. GRIT(Angela Duckworth)
ペンシルベニア大学で教える心理学者アンジェラ・ダックワースによる「やり抜く力」の概念です。 「長期的な目標に対する情熱」と「粘り強さ」があるほど、逆境にぶつかっても諦めずに立ち直ろうとするエネルギーが維持しやすくなり、レジリエンスと深く関連すると考えられています。
情熱を感じる目標を設定している人は、困難に直面しても“投げ出す”より“学びながら前進する”姿勢を保ちやすく、それが長期的には大きな成果や成長につながります。
レジリエンスを高める方法
リフレーミングとマインドフルネス
リフレーミングとは、同じ出来事でも視点や捉え方を変えることで、ネガティブな印象をポジティブな学びへと転換する手法です。たとえばクレーム対応で「自分がミスをした」と思い込む代わりに、「顧客の本当のニーズを発見できるチャンス」と捉えられれば、次の改善策やサービス向上へのアイデアが生まれやすくなります。
ビジネスシーンでは納期遅延や業務上のトラブルがつきものですが、リフレーミングを習慣づけることで、単なる失敗をイノベーションや成長の糧に変換可能です。結果的に、変化の激しい環境にしなやかに対応し続けるレジリエンスを高める大きな要因となるのです。
深呼吸で自分を取り戻す
近年、日々のストレスや雑念に心を奪われすぎないために、マインドフルネスや瞑想を取り入れる人も増えてきました。深呼吸をしながら「今この瞬間」に集中し、感情の波を客観視するだけでも、落ち込みや苛立ちが和らぐ効果があるとされています。
深呼吸するときは、息を吸い込む時間に対して、吐く時間は1.5〜2倍にすると良いでしょう。たとえば、吸うのが4秒、吐くのが6秒といった割合です。これは心理療法やトラウマケアでもよく使われる方法で、苦手な場面に遭遇してパニックになりそうなとき、この呼吸を繰り返すことで副交感神経が優位になって落ち着くことがわかっています。
このようなスキルを身につけておくことでも、レジリエンスを高めることができます。
小さな成功体験とセルフチェック
どれほどポジティブに捉えようと思っても、実行が難しいと感じることは多いもの。そんなときには「セルフチェック表」で自分の落ち込みやすい場面を把握し、成功体験を意識的に蓄積することが有効です。
セルフチェック表の例:
日付 | 落ち込みそうだった場面 | 実際の行動 | 成功体験 |
○月○日 | 会議でスピーチを任され、緊張で眠れなかった | 原稿をメモにまとめ、通勤途中に音読練習をした | 実際に話したら意外と落ち着いてできた |
×月×日 | 新しく導入されたツールの使い方がわからず戸惑った | 公式マニュアルをざっと読み、分からない箇所は同僚に聞いた | 自分で抱え込まないで、周囲に頼れたのがよかった |
△月△日 | 失敗するのが怖くて、なかなか取引先に電話をかけられなかった | 電話する前に要点をメモし、落ち着いて確認してから架電した | 話す順序が整理できて、思ったよりスムーズに会話できた |
このように、ほんの些細な達成でも「自分はこれができた」と記録する習慣を続けると、自尊心や自己効力感が少しずつ育まれ、「もうダメだ」という気持ちに引きずられにくくなります。
組織やチームでレジリエンスを高める方法
心理的安全性の確立
個人が自己成長を目指すだけでは、組織全体のレジリエンスを効果的に高めることはできません。個人のレジリエンスと組織の回復力を橋渡しする重要な概念が「心理的安全性」です。これは、自分の考えや懸念を表明しても否定されたり罰せられたりすることがないという信念が組織内で共有されている状態を指します。
例えば、ミーティングで新人社員が斬新なアイデアを提案した際、「それは前例がないから無理だね」と一蹴されるような環境では、メンバーは徐々にリスクを取ることを避け、保守的な行動に終始するようになります。対照的に、「興味深い視点だね、もう少し詳しく聞かせてくれる?」と建設的に受け止められる職場では、たとえ一度失敗しても、その経験から学び次のチャレンジへ踏み出す人材が育っていきます。
この心理的安全性を醸成する具体的な取り組みとして、定期的な1on1ミーティングの実施が挙げられます。上司と部下が定期的に対話する機会を設けることで、業務上の不安や悩み、アイデアなどをオープンに共有しやすくなり、問題が大きくなる前に早期対応が可能になります。
「メンバーの状況を正確に把握し、適切なタイミングでサポートを提供する」といった仕組みが整うことで、組織としての柔軟性が高まり、結果として離職率の低下やエンゲージメント向上といった具体的な成果にもつながっていくのです。
失敗を肯定する文化とリーダーの共感力
ミスが起きたときに、担当者だけを責めず、原因や改善策をチーム全体で共有する文化を築くことは、組織のレジリエンス強化に不可欠です。
たとえば新商品開発で思わぬ設計ミスが発覚した際、リーダーが厳しく叱責して罰を与えると、担当者は責任を感じて苦しんでしまうかもしれません。次に同じようなミスが起こったときには、怒られることを恐れて失敗を隠蔽してしまう可能性もあります。
個人を責めるのではなくチームで責任を共有し、「ミスはどの段階で、なぜ起きたのか」を全員で検討して対策を練るプロセスを重ねれば、過ちの繰り返しを防ぐことができ、メンバー同士の絆も深まることでしょう。このような環境下であれば、不測の事態が起きても、早期にリカバリーできる柔軟性が育まれます。
結果として、変化の激しい市場や厳しい競争状況でも、社員が失敗からしなやかに立ち直り、継続的に成長していくレジリエンスを手に入れることができるのです。
多様性(ダイバーシティ)とレジリエンスの関連性
日本のビジネス環境は、従来「同質性が高い」と言われてきました。性別や年齢、国籍、障がいの有無など多様なバックグラウンドをもつ人材が少ない組織が多いのが現状です。しかし、急速な社会変化にさらされる今、多様性(ダイバーシティ)を高めることで、組織の柔軟性とレジリエンスを強化する動きが注目されつつあります。
たとえば、多国籍メンバーが参加するプロジェクトでは、初期段階こそ言語や文化の違いからトラブルが発生しやすいものの、一度解決策を見いだすと、その知見が組織全体に広がり、失敗からの立ち直りや予期せぬ問題への対応力が飛躍的に強化されます。
加えて、女性リーダーやベテラン社員、障がいのある社員など、異なる視点が融合することで従来の枠組みにとらわれない新たなイノベーションの芽が生まれやすくなります。
こうした異なる特性をもつメンバー同士が学び合う仕組みを導入すれば、新しいアイデアを試す際に多面的なフィードバックを得られ、変化の激しいビジネス環境にも十分に適応できる組織へと進化するのです。
レジリエンスを高めるために必要なスキル・習慣
継続的な学習とPDCA
レジリエンスは一朝一夕に身に付くものではなく、日々の積み重ねの中で育まれます。
特に「自己理解力」が高まると、自分がどんな状況でネガティブになりやすいかがわかり、対策を立てやすくなります。
問題解決力や感情コントロール力など、あらゆるスキルの伸びを意識するうえで、PDCAサイクル(Plan-Do-Check-Act)を回してこまめに振り返る習慣が有効です。
上司や同僚、コーチからのフィードバックを素直に受け取り、「次はこうしよう」と対策を立てていくうちに、失敗への抵抗感が減り、逆境でも折れにくい心が鍛えられていきます。
まとめ
レジリエンスは単に「我慢強い」ということではなく、逆境であっても学びや可能性を見いだし、しなやかに回復して前へ進む力です。
現代のビジネスシーンでは、このレジリエンスが企業の生産性やリスク対応力、ひいては従業員の幸せ感にも深く結びついています。
個人としてはリフレーミングやマインドフルネスなどを習慣化し、小さな成功体験を積み重ねることが大きな第一歩です。組織としては心理的安全性やミスを肯定する文化を整え、1on1面談や研修を活用して、チーム全体のしなやかさを引き上げていくことが効果的でしょう。
DXが加速する時代だからこそ、変化に柔軟に対応しながらイノベーションを創出できる人材が欠かせません。
レジリエンスを高める取り組みは、一朝一夕に成果が出るものではありませんが、継続していけば「失敗を恐れない挑戦」が文化として根づき、組織の可能性を大きく広げる可能性に満ちています。