近年、伝統的な日本企業にも浸透してきた1on1ミーティング。1on1という対話は、簡単なようで難しいことの典型。ネット上でも1on1に苦労する情報があふれています。
幸い、1on1の入門をはじめ、傾聴を解説する書籍や記事は増えてきています。しかしながら、入門の次のステップとなると、まだ解説やヒントとなる情報は不足しています。
そこで今回紹介するのは、月1回以上1on1を実施している人々を対象とした1on1の調査結果(回答者300人)から、1on1の質向上のヒントを探っていくというものです。
今回明らかになった興味深い点は、コミュニケーション力など対話スキルに加えて、1on1を「マネジメント」する力が重要なこと。具体的には、メンバーごとに個別に対話し、一人ひとりの実態や状況を把握する能力や仕組み作りをする力が求められているのです。
記事の後半では、こうした課題解消のヒントも紹介します。
目次
調査対象は一般社員から役員まで
今回紹介するのは、株式会社KAKEAI(カケアイ)が行った1on1に関する意識調査のデータ。1カ月に1回以上1on1を実施している企業のビジネスパーソン300人を対象に、所属先の1on1の実態や効果などを尋ねています。
300人の回答者の役職は、一般社員が68人、係長・主任が69人、課長・次長が64人、部長が51人、本部長が20人、経営者・役員が28人です。
なお、勤め先の業界は、エネルギー/インフラ関連、飲食/宿泊業、小売業、運送業、農林漁業、金融業、建設/不動産業、製造業、IT、商社、学校・教育機関、官公庁・自治体など多岐に渡ります。
回答者が所属する組織が、人事施策として1on1を開始した時期は以下の通りです。
1000人以上の大手・準大手企業では3年以内、300~999人の中堅・中小企業では1年以内が多く、299人以下の中小企業では6カ月以内が最も比率が高いという結果になりました。
組織規模が小さくなるほど最近1on1を導入したという比率が高いことから、全般の傾向として、1on1が広がった2020年代に、大企業から中小企業へと波及していったと推察されます。もっとも300~999人の組織においては「7年以内」および「それより前」の回答も多くあります。
以下のグラフは、今回の対象者における1on1の実施頻度です。
どの規模の組織においても「1カ月に1回程度」が半分以上の比率を占めています。唯一、差が見られる点が、1000人以上の組織において「2週間に1回程度」よりも「週1回以上」と回答した比率が高いことです。
パフォーマンスもエンゲージメントも改善実感
1on1の導入目的といえば、メンバーの成長、組織風土改革、エンゲージメント向上、離職防止など多岐にわたることが知られています。
本調査でも1on1の効果を尋ねています。どのような回答が多いのでしょうか。

最も多くの回答者に当てはまったのは、「従業員の悩みや不満を早期に把握できるようになった」。それ以外にも、コミュニケーションの活性化から、社員のパフォーマンス向上、エンゲージメント向上など様々な項目が並びました。
ここで回答数が60以上の上位7件を整理すると、以下の3点に集約されます。
📌最上位は「他者理解・コミュニケーションの良化」
首位の「従業員の悩みや不満を早期に把握できるようになった」、2位の「上部と部下のコミュニケーションが活発になった」が該当します。
📌次に多かったのは「成長やパフォーマンス向上」
3位の「(上司側の)リーダーシップやマネジメントスキルが向上した」、4位の「(主に部下側である)従業員のパフォーマンスが向上した」、5位の「業務が改善され、効率的になった」がそれに当たります。
📌そして最後に「エンゲージメントや職場の雰囲気」
6位の「従業員の信頼感やエンゲージメントが向上した」、7位の「職場の雰囲気が改善された」が該当します。
興味深い点として、上記の3点の順位と、一般に想定されている「1on1の効果発現の順序」が一致していることが挙げられます。
効果発現の順序とは、
📌1on1によってコミュニケーション・対話が改善され
📌上司・部下ともに成長やパフォーマンス向上を実感できようになり
📌エンゲージメントや組織風土にも良い影響が現れる
といった正の連鎖のことです。
1on1を通じたパフォーマンス及びエンゲージメントの改善については、1on1総研の過去記事で解説しています。
課題はコミュニケーションよりマネジメント
本気でやれば、着実に効果は出るのが1on1。その一方で、課題を多く残しているのも事実です。
以下は、1on1の全社的な課題について質問した結果です。
このグラフにおける1on1の課題における上位の回答をかみ砕いて表記すると
📌上司のスキル不足
📌多忙を極める管理職(上司)の時間的な負担
📌仕組みや管理の不十分さ
📌不安や抵抗感という心理的な負担
となりました。
これらのうち、1位と2位に挙がった「対話のスキル不足」や「時間の確保」のほか、4位に登場する「不安」や「心理的負担」については、一般に1on1の課題として知られている通りです。
その一方で、3位と5位の「マネジメント(仕組み・管理)」は、今回の調査によって新たに浮き彫りになった課題です。
一度に多人数が集まる会議・ミーティングと異なり、1on1ではメンバーごとに話すテーマも対話のスタイルも異なります。またメンバーによって1on1の頻度や、オンライン・対面の形式を個別対応しているなら、なおさら運営が複雑になります。

しかも、管理職が大人数の部下を抱えているなら、それぞれ異なる環境や事情をきちんと覚えている必要があります。失念が多ければ、部下から「話を聞いてもらえていない」と思われかねません。
このように対話スキルだけでなく、テーラーメイド(個別化対応)で相手の状況変化を把握し続けるためのマネジメント力が問われているのです。
変わりゆく上司・部下の関係
先ほどの調査結果から、マネジャー(上司)側の1on1の負担が大きいことが改めて浮き彫りになりました。マネジャーは具体的にどのようなことに負担を感じているのでしょうか。以下が1on1に対して感じる負荷を上司に尋ねた結果です。
回答数が60を超えた上位5件は
📌1位:時間の確保
📌2位・3位:個々の目標・進捗の管理および個別の対応(フィードバックの仕方など)
📌4位:部下からのフィードバックを受ける上司の心理的負担
📌5位:全般的なマネジメント能力
となりました。1位はやはり時間的な負担感でした。
続いて2・3位に挙がった項目は、先ほど課題に挙がったメンバー一人ひとりに向き合うマネジメントの負担とも通じるものがあります。また4位に挙がったメンバーから受けるフィードバックについては、1on1の実施することによって初めて経験するマネジャーもいるでしょう。
これらの項目は、今のマネジャーが直面している課題の象徴でもあります。
従来の日本企業の多くでは、年功要素が強く、あまり評価に差を付けない傾向にあり、個々のメンバーに面と向かってフィードバックする機会も、年2、3回の評価面談の時くらいに限られていました。
1on1の導入により、メンバーごとに異なる目標や状況、スキルなどを常に把握することが求められるようになりました。特に、近年は中途採用者や再雇用者が増え、社員ごとのキャリアの志向やバックグラウンドの違いに対する配慮が強く求められるようになっています。

また、これまでの日本企業には社員が会社からの指示に従うものだという考えが残っていたこともあり、部下からフィードバックを受けることもあまりなかったでしょう。
しかし、離職が増えつつある今、部下からの信頼を得られないマネジャーから人材流出が起こりかねません。そのほかにもエンゲージメント調査が広がり、対人関係や組織運営に難のある組織がスコアの低迷として顕在化するようになりました。
こうしたプレッシャーの下、自身のコミュニケーションの仕方や職場風土などを改善していくためにも、部下からのフィードバックを受ける姿勢が必要になっています。
スキルよりも仕組みで解決
以上から挙がってきた1on1の課題、すなわち対話のスキル不足、時間というリソースの確保の難しさ、一人ひとりのメンバーと向き合う大変さ、仕組みの欠如、心理的負担……マネジャーは、これらの課題にどのように対処すれば良いのでしょうか。
まず、スキル不足については以下の仕組みが有効であることが過去の調査から分かっています。
📌事前に部下が期待するテーマと対応を上司に伝える
スキル以前の段階として、上司と部下で1on1で話したいテーマや対応に齟齬があるケースは少なからずあります。
例えば、上司は「キャリアについて部下の話を傾聴すべきだ」と意気込んでいたとしても、部下は次の1on1で「直近の仕事について具体的なアドバイスが欲しい」と望んでいるなら、対話にすれ違いが生まれてしまいます。
そこで、部下が事前に話したい「テーマ」を期待する「対応」を上司に伝えることが重要になります。こうするだけで、対話の齟齬が解消され、同時に事前準備もできるので、上司も部下も1on1に対する心理的負担はいくばくか軽減されるでしょう。
詳しくは以下の記事で解説しています。
📌メモを活用する
これは、メンバー一人ひとりに向き合うためのマネジメントの手段として大変有用なものです。
議事録ではないので、部下側の業務上の「気づき」や「これから意識すること」など「要点」を絞って、上司も部下も見られるように「共有」しておくとよいでしょう。マネジャー自身の記憶力に頼らず、文字として記録しておけば、メンバーごとの問題意識や状況の違いを常に更新できます。
メモは単に備忘録にとどまりません。1on1を繰り返すうちに、メモがあれば、その人の課題意識や成長ぶりを時系列で振り返ることができます。先ほど課題として挙がってきた「フィードバックの仕組み」の一つとして活用できます。
1on1の課題として挙げられた「1on1の成果が見えづらい」という問題も、メモの活用である程度解消するでしょう。

📌PDCAを回す
実は定期的に繰り返す1on1は、日常業務のPDCAサイクルを回すためのうってつけの手法でもあります。
メモを活用し、過去の振り返りだけでなく、次回の1on1までにやるべき「宿題」も共有することで、日常業務上のPDCAを回す際の大きな助けになるでしょう。特に若手メンバーの成長を促す際に有効です。
1on1を通じて組織の生産性が高められれば、マネジャーの「時間的・心理的な負担」はかなり解消されるでしょう。なぜなら、「組織の生産性向上への投資」という位置付けになるからです。
もちろん、1on1を繰り返していくことで1on1そのもののPDCAサイクルを回していくことにもなります。特に、部下の成長とパフォーマンス向上ができれば、二人の関係性も良くなることで1on1の質向上にプラスの影響があるでしょう。
メモとPDCAについては、先ほども紹介した以下の記事で詳説しています。